1 / 43
第一話 史上最低・最悪のヒーロー
(1)
しおりを挟む
ヒーローとは、弱きを助け悪をくじく正義の象徴。
その多くは非の打ちどころのない才知・武勇を持ち、高潔で慈善的な心を持った完璧な存在として描かれる。
しかし、全てのヒーローがそうである保証はどこにもない。
最悪だ。
花咲美江は、二十四年の人生の中で一番の絶望を味わっていた。
先日、派遣社員として勤務していた会社に契約を更新してもらうことができず、実質解雇されてしまったのだ。それもこれも、日本経済の不況のせいである。
しばらくの間ならば、なけなしの貯金を切り崩していけばまともな生活くらいはできるだろう。だが、それがいつまで持つかなんてたかが知れている。真っ当な仕事であるならば何でもいい。新しい職を探さなくては。
無職となってしまった日からすぐに思い立ち、仕事を探し求めたが、今の今までいくら求人誌による求人情報に頼ろうが、職業安定所に泣きつくように通い詰めようが職には恵まれなかった。
いっそ親元に帰ってニートかフリーターにでもなった方が楽だろうか……。
そんな甘ったれた考えが頭をかすめる日々が続く中、美江の目にあるものが飛び込んできた。
「監視役、募集中?」
それは、いつものように職業安定所に行き、元気よく突っぱねられた日の昼時であった。
通りかかった道の電柱に、明らかに手書きと思われる求人チラシがあった。セロハンテープで角の四隅を、ぞんざいに貼り付けられている。
内容を見てみると、募集先の住所や連絡先の他に『どんな相手とでもコミュニケーションをとれる自信のある方、大大大大歓迎!』と、やたらと太いマジックペンで書かれていた。
「これ、正社員の募集かな」
バイトや契約社員みたいにあっさり切り捨てられてしまう立場はもうごめんだ。
美江はこの時、このチラシの内容が少々風変わりであることについては全く気にもとめず、真っ先にそんなことを考えた。『溺れる者はわらをも掴む』ということわざがあるが、その心境に実際に陥ってしまった人間の発想というものは恐ろしいものである。
「応募してみようかな」
コミュニケーション能力については自信がある。もしかすると、天職に巡り合えるかもしれない。
美江は半ばやけっぱちになりながら、携帯電話でチラシに書かれた連絡先に電話をかけた。
「はい。こちらKTH。どういったご用件でしょうか」
携帯電話から聞こえてきたのは、男性の声であった。
わりと気さくな口調で、よく通る低音の美声である。
「あの、チラシの求人情報を拝見しまして。その、応募を」
「えっ、本当? いやぁー嬉しいなあ。チラシ見て応募してきたの、貴女が初めてだよ」
「……え?」
何だこの人。敬語だったの、最初の数秒だけ?
男性の話し方が急に砕けたため、美江は反射的に眉をひそめた。
「うーん、やっぱりあんまり人通りがない場所にチラシを貼ってたのがいけなかったのかな。でも、今こうして勇気ある応募者が出たから結果オーライかな……」
「あの、そろそろ話を元に戻していただいてもよろしいでしょうか」
「ああっと、ごめん。応募が嬉し過ぎてつい興奮してしまった。で、もしかして何か聞きたいことでも? それなら、今すぐにでも面接して、その時に詳しいことを話すよ。住所はチラシに書いてあるよね」
「いや、あの、その」
「KTHはその住所のところにあるビルの中の変な扉の先だからすぐにわかるよ。僕の名前は黒沢。貴女は?」
「は、花咲です」
「花咲さんね。じゃ、この後面接で」
「あ……」
何だか美声の男性のペースに流されているうちに、面接の予定を決められた上に電話を切られてしまった。
普通は互いの都合のいい日を話し合って、後日に面接という流れが妥当であるはずなのだが、あの男性はその辺りを考えようとは思わなかったのだろうか。
……悲しいかな。美江は今いつでも暇を持て余している身なので、すぐに面接に来いと言われても全く困りはしないのだが。
「大丈夫なのかな、こんなんで」
少々不満が募りつつも、無職である身を考えればぜいたくなんて言っていられない。
美江は顔を曇らせながらも、チラシに書かれた住所へと向かっていった。
その多くは非の打ちどころのない才知・武勇を持ち、高潔で慈善的な心を持った完璧な存在として描かれる。
しかし、全てのヒーローがそうである保証はどこにもない。
最悪だ。
花咲美江は、二十四年の人生の中で一番の絶望を味わっていた。
先日、派遣社員として勤務していた会社に契約を更新してもらうことができず、実質解雇されてしまったのだ。それもこれも、日本経済の不況のせいである。
しばらくの間ならば、なけなしの貯金を切り崩していけばまともな生活くらいはできるだろう。だが、それがいつまで持つかなんてたかが知れている。真っ当な仕事であるならば何でもいい。新しい職を探さなくては。
無職となってしまった日からすぐに思い立ち、仕事を探し求めたが、今の今までいくら求人誌による求人情報に頼ろうが、職業安定所に泣きつくように通い詰めようが職には恵まれなかった。
いっそ親元に帰ってニートかフリーターにでもなった方が楽だろうか……。
そんな甘ったれた考えが頭をかすめる日々が続く中、美江の目にあるものが飛び込んできた。
「監視役、募集中?」
それは、いつものように職業安定所に行き、元気よく突っぱねられた日の昼時であった。
通りかかった道の電柱に、明らかに手書きと思われる求人チラシがあった。セロハンテープで角の四隅を、ぞんざいに貼り付けられている。
内容を見てみると、募集先の住所や連絡先の他に『どんな相手とでもコミュニケーションをとれる自信のある方、大大大大歓迎!』と、やたらと太いマジックペンで書かれていた。
「これ、正社員の募集かな」
バイトや契約社員みたいにあっさり切り捨てられてしまう立場はもうごめんだ。
美江はこの時、このチラシの内容が少々風変わりであることについては全く気にもとめず、真っ先にそんなことを考えた。『溺れる者はわらをも掴む』ということわざがあるが、その心境に実際に陥ってしまった人間の発想というものは恐ろしいものである。
「応募してみようかな」
コミュニケーション能力については自信がある。もしかすると、天職に巡り合えるかもしれない。
美江は半ばやけっぱちになりながら、携帯電話でチラシに書かれた連絡先に電話をかけた。
「はい。こちらKTH。どういったご用件でしょうか」
携帯電話から聞こえてきたのは、男性の声であった。
わりと気さくな口調で、よく通る低音の美声である。
「あの、チラシの求人情報を拝見しまして。その、応募を」
「えっ、本当? いやぁー嬉しいなあ。チラシ見て応募してきたの、貴女が初めてだよ」
「……え?」
何だこの人。敬語だったの、最初の数秒だけ?
男性の話し方が急に砕けたため、美江は反射的に眉をひそめた。
「うーん、やっぱりあんまり人通りがない場所にチラシを貼ってたのがいけなかったのかな。でも、今こうして勇気ある応募者が出たから結果オーライかな……」
「あの、そろそろ話を元に戻していただいてもよろしいでしょうか」
「ああっと、ごめん。応募が嬉し過ぎてつい興奮してしまった。で、もしかして何か聞きたいことでも? それなら、今すぐにでも面接して、その時に詳しいことを話すよ。住所はチラシに書いてあるよね」
「いや、あの、その」
「KTHはその住所のところにあるビルの中の変な扉の先だからすぐにわかるよ。僕の名前は黒沢。貴女は?」
「は、花咲です」
「花咲さんね。じゃ、この後面接で」
「あ……」
何だか美声の男性のペースに流されているうちに、面接の予定を決められた上に電話を切られてしまった。
普通は互いの都合のいい日を話し合って、後日に面接という流れが妥当であるはずなのだが、あの男性はその辺りを考えようとは思わなかったのだろうか。
……悲しいかな。美江は今いつでも暇を持て余している身なので、すぐに面接に来いと言われても全く困りはしないのだが。
「大丈夫なのかな、こんなんで」
少々不満が募りつつも、無職である身を考えればぜいたくなんて言っていられない。
美江は顔を曇らせながらも、チラシに書かれた住所へと向かっていった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる