ヒーロー劣伝

山田結貴

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第一話 史上最低・最悪のヒーロー

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 チラシが貼られていた電柱から歩くこと約五分。美江は、暗い配色の低層ビルの前に立っていた。
「KTHって……」
 ビルは二階建て。玄関近くにある案内の看板によると、一階と二階にはそれぞれ別のテナントが入っているようだ。地下に入っているテナントの名が書かれている部分に、今にも消えてしまいそうな字で「KTH」とある。
「地下ってことは、階段かエレベーターを使うってことよね」
 とりあえずビルに入っていくと、低層であるためかエレベーターは存在していないことがわかった。一階にあるのは上に続く階段と、奥に見えているカフェ『夢幻』という店くらいのものであった。ただ、その平凡な屋内の景色の中に、明らかに一つだけ不調和を奏でているものがあった。通常の建物ならば同じ箇所に一つしかないはずの非常口の扉らしきものが、何故だか二つも並んでいるのである。
「……?」
 二つの扉を交互に見比べる。左側にある方は簡略化された人の図が出口に向かって走るという一般的な絵が描かれた見慣れたものであったが、問題なのは右側の扉である。そこに描かれていたのは、出口に向かって走る人の図が何かを踏みつけて思いきりすっ転んでいるという大変間の抜けたものだった。もしこれがウケを狙って作られたものであるならば、これのデザインを手掛けた人物には、余程笑いのセンスがないに違いない。
「もしかして」
 右の扉に向かって足を進める。これが、黒沢という人が言っていた変な扉なのだろうか。
「この先に、地下への階段があるのかしら」
 美江は間抜けな絵が描かれた扉の前に立ち、緊張した面持ちでゴクッと唾を飲む。小刻みに震える手で、そっとドアノブに触れたその時であった。
「きゃあっ!」
 何の前触れもなくドアが開き、驚いた美江は思わずその場に飛びのいた。
「あ? 何だお前。ここを開けようとしてたのか」
 半開きのドアの先から、男のものと思われる声が聞こえてきた。先程の電話相手の声とは違う、随分と特徴的な声だ。
「な、何?」
 美江が言うのと同時に、ドアが完全に開いて奥の人物が姿を現した。
 そこに立っていたのは、しかめっ面をした男だった。歳はおそらく二十代半ばか、それを少し過ぎたくらい。襟首まで伸ばした長い黒髪を、安っぽいヘアゴムでちょこんと束ねている。背は一八〇センチあるかないかくらいの長身で、小柄な美江とは頭一つ分くらい背丈に差があった。上下使い古しの灰色のジャージにこれまた履き古しと思われる運動靴というかなりやっつけな服装ではあるが、よく見ると三白眼気味の鋭い眼差しに精悍な顔立ちをしていて、見る人によってはなかなかの男前だと感じるだろう。
「あの、誰ですか?」
「はあ? 何で俺がお前なんかに名乗らなきゃいけねえんだよ。さっさとどいてくれねえかな」
「な……」
 何だこいつ。いきなり初対面の相手に向かって。
 男のあまりにも冷やかで無礼な対応に、美江は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「人の顔見て固まってんじゃねえよ。気色悪い奴だな。ま、お前にわざわざどいてもらわなくても、俺が横を素通りすればいい話だったか。ちっ。無駄な時間を食っちまったな」
 男はそう吐き捨てるように言うと、美江の顔を一瞥してからその横を早足で通っていった。
「な、何なのあいつ。最低」
 ある種の衝撃が頭から抜けきらないまま、美江は去っていく男の背中を睨みつける。
 段々と遠くなっていくジャージには、ボロボロにはがれかけたプリントで『夜麻斗高校』と書かれていた。
「あのジャージ、いつから着込んでるわけ? 高校って……」
 そのツッコミが耳に届いたのかは定かではないが、男はもう一度だけ美江の方をちらりと振り返ってからビルから姿を消した。
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