ヒーロー劣伝

山田結貴

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第一話 史上最低・最悪のヒーロー

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 色々な意味で元の姿をとどめていない怪人が白目をむいて失神すると、男は「一丁上がり」と呟いてから手をパンパンと払った。
「ちっ。こんな奴を叩きのめすのに六分もかかっちまったか。目標タイムを守れないとは、情けねえ」
 男はピザ屋の制服の袖を少しめくり、手首についた機械らしき物で時間を確認して舌打ちをした。
 それはリストバンドにスマートフォンがくっついたようなデザインで、戦隊ものの主人公達が変身する時にでも使用していそうな装置に見えなくもない。
「あ、あのー……」
 美江は少々臆しながら、男に声をかけた。
「誰だお前。ずっとここにいたのか」
「い、いましたよ。ずっと。貴方がそこに転がってる角が生えたチンピラをボコボコにしてるのを、この目でがっつり見てました」
 もっとも、怪人の額に生えていた角は暴行のせいですっかりへし折れてしまっているが。
「ふーん。存在感がなさ過ぎて全く気がつかなかったな。きっとお前、地味過ぎて辺りの景色と一体化してたんだな」
 こ、こいつ。いきなり何てことを言ってくれるのだ。
 確かに美江の風貌は、肩まで伸ばした髪を全く染めず、メイクも服装も歳にしてはかなり控えめといった、かなり目立たないものである。しかし、面と向かって「地味」と吐き捨てられたのは生まれて初めてだった。
 相手にこう出られると、こちらの態度も自然と悪くなる。
「存在感がなくて悪かったわね」
「悪いと思うなら、改善するように以後努力するんだな。で、何で女一人でこんなところをフラフラほっつき歩いてたんだ。人目を盗んで、密売取引でもしようってか」
「そんなわけないでしょ!」
 ほぼ初対面の人間に、ここまで腹立たしいことを立て続けに言われるのも生まれて初めてだ。
 美江は手に持っているスタンガンを男に押し当ててやろうかと思ったが、これは怪人に向けて使うために特別に作られたものだということを思い出し、どうにか堪えた。
「そうムキになるなよ。カルシウムが足りてねえのか? ま、お前の健康状態なんざ知ったことじゃねえけどさ。……ん?」
 話の途中、男の視線が美江の手元に向いた。どうやら、手に持っているスタンガンの『KTH』と入ったロゴに気がついたらしい。
「そのスタンガン……ははーん。お前はKTHの回し者だったのか」
「回し者って言い方はないじゃない。私はただ、黒沢って人に頼まれてここに」
「黒沢ねえ。若い女をパシッてよこすなんて、何考えてんだか。でも、ちょうどいい。黒沢に頼まれてここに来たってことは、KTHのことを知ってるんだろ。だったら、一つ頼まれてくれ」
「え?」
 美江がポカンとしている様子など気にも留めず、男はいまだに失神したままの怪人の方に向き直った。
「よし。〇〇一‐二四」
 指先を使って手首についた機械の画面をタッチして操作すると、機械から怪人に向かってまばゆい光が放射された。
「うわあ……」
 光が止むと、怪人はいつの間にか小型の荷車の上に乗せられて縄でぐるぐる巻きに縛り付けられていた。
 現代の技術でこんなことが可能であるなんて。
 美江が感心していると、男はうんうんとうなずいてからこんなことを切り出した。
「これでいいな。じゃ、こいつをKTHまで届けてくれ」
「はあ?」
 女一人で成人男性みたいな怪人を運べだなんて、正気の沙汰で言っているのかこいつは。
 男からの無茶振りに、美江は耳を疑った。
「な、何で私がそんなことしなきゃいけないのよ。あんたの仕事じゃないの」
「それが、都合が悪くてさあ。俺はな、これからピザの配達を再開しなきゃいけねえんだ。俺が働いてる『スマイルピザ』って店はお客様第一で、ピザが出来てから三十分以内に配達して店に戻らないとクビになっちまうんだよ。怪人をKTHまで届けてたら、予定の時間を過ぎちまう」
「ヒ、ヒーローとしての任務の遂行よりも、バイトを優先するわけ?」
「怪人をKTHにすぐに届けなかった場合にヒーローをクビになっちまう確率は限りなく低いが、ピザの配達は間に合わなけりゃ即効クビ。つまり、これは損得勘定の結果の優先順位ってわけだ。バイトの合間に怪人倒しに来ただけまだ責任感ってもんがあるだろ。それ以上のものを求められるのは酷ってもんだ。じゃ、あとは任せた」
「ちょ、ちょっと!」
 美江があわてて呼び止めると、男はスクーターにまたがりながら顔だけ向けた。
「何だ。俺は今、ナンパされてるほど暇じゃねえんだけど」
「そんなことするわけないでしょ、失礼ね」
「ふん。言われたことが図星で照れてるのか? 悪いけど、お前は俺の好みじゃねえよ」
「だから、違うって言ってるでしょ!」
 本当は、スクーターのところまで走ってあの男のことをぶん殴ってやりたい。しかし、金の亡者と称される奴にそんなことをすれば、法外の治療費を請求されかねないのでここはグッと我慢する。
「素直じゃねえなあ。でも、まあいい。怪人の運搬を押しつけちまったし、名前くらいなら教えてやるよ。それだけで済むなら安いもんだ」
 男は美江の言い分を聞かず、微かに口角を上げた。
「俺は永山努ながやまつとむ。今度こそ、じゃーな」
 それだけ言うと、永山はヘルメットを被り、スクーターを飛ばしてどこかへ去っていった。
「な、何なのよあいつ……」
 夕暮れ時の殺風景な廃工場前には呆然とする美江と、白目をむいたままのチンピラ風宇宙人だけがポツンと取り残された。
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