ヒーロー劣伝

山田結貴

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第一話 史上最低・最悪のヒーロー

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 美江がKTHに戻ったのは、すっかり日が沈みきった後であった。
「はあ……はあ……」
 円卓の前にある丸イスに座りながら、疲労で乱れてしまった呼吸を整える。
 まさか、日当三万円に釣られたばっかりにこんな重労働をさせられるはめになろうとは。
「大変だったみたいだね。あの時、胃痛がひどくなければ渋々自分で出向くつもりつもりだったんだけど。でも、怪人の運搬を面識のない相手に押しつけるなんて。本当に外道なんだから」
 胃痛から回復したらしく、いくらか元気を取り戻したらしい黒沢は、呆れ果てた様子で言いながらパソコンをいじっていた。その視線はパソコン画面ではなく、例の水晶らしき物体がついた用途不明の機械の上に転がされている怪人の方を向いている。
「……これで準備OK!」
 何やら入力操作を終えると、黒沢はエンターキーを押した。
 すると、用途不明の機械の水晶部分から虹色の光が発射された。それは怪人の身体を一瞬で包んだかと思うと、五秒も経たないうちに怪人とともに消えてしまった。
「え、何今のっ……すごっ……ええっ?」
 まるでCGを駆使した演出のようなものを目の前で見せられ、美江は疲れを忘れて興奮する。
 現代の技術というものは、知らないうちにどこまで発達したというのか。
「黒沢さん。今のは一体何ですか」
「ああ、これ? この機械はね、一般には普及していない転送装置。これをパソコンで操作することによって、捕まえた怪人を本部の方に送るんだ。今頃怪人は本部の方で、ナーゾノ星に送り返す手続きをとられてるんじゃないかな」
「へえ……すごいですね」
 転送装置だなんて、SF映画にしか存在していないと思っていた。
 美江は科学の結晶であるとも言える機械に、しげしげと見入ってしまった。
「あ、そうそう。貴女に日当をお支払いしないと」
 黒沢は事務机の引き出しから茶封筒を取り出すと、席を立って美江の元まで歩いてきた。
「約束通りの三万円と、重労働の分の迷惑料として二千円を上乗せしておいたから。これで勘弁してね」
「あ、ありがとうございます」
 それに見合うような働きをしたとはいえ、ちゃんと苦労が評価され、ボーナスとして上乗せ分が生じたことに美江は感謝した。
 現在収入がない身の上としては、これほど喜ばしいことはない。
「で、そろそろ本題に移るけど……ここに勤めてみる気にはなった?」
「えっ!」
 しかし、このタイミングで黒沢から思いがけない不意打ちが飛んできた。
 先程は怪人の出現によってうやむやになってしまった話であったが、黒沢の中ではまだヒーローの監視役の採用面接は継続していたらしい。
「さっきのアルバイト的な仕事で、監視役にコミュニケーション能力を求められていた理由がわかったよね。そして、どうしてこの仕事の給料がやたらと高いのかも」
「あ……」 
 今の一言で、美江は自分の中で全てがつながったような気がした。
「あの高給は、ヒーローに理不尽な言いがかりでむしられる額よりはマシってだけで決められたわけじゃなかったということですね」
「大正解。あんな奴と嫌でも関わり続けなきゃいけない人のために色々考慮して、その結果があのお給料。コミュニケーション能力に自信がある人を求めたのも、並の精神力の人じゃ僕みたいに胃を患いかねないからなんだよね。で、どうするか決めた?」
「そ、それは」
 正直なところ、あの永山という男への印象は最悪だ。あんな奴とは、できることなら一秒たりとも関わっていたくない。おまけに、この仕事は自分が求めていた真っ当な職とはとても言い難い。でも、あの高給がどうしても魅力的だ……。
 美江の心に、ぐるぐると葛藤が渦巻く。
「私は、その」
 その迷いについて口にしようしたのとほぼ同時に、階段の方から足音が聞こえてきた。
 美江と黒沢は、音の響いた方に視線を向けた。
「黒沢さん、先程はしつこいくらいに連絡をよこして下さってありがとうございました。そのおかげで、俺はあやうくスクーターの運転中に事故を起こすところでした」
「あっ……!」
 なめらかな嫌味をスラスラ吐きながら現れたのは、高校時代から着続けていると思われるボロジャージを身にまとった永山であった。その姿が目に入るなり、黒沢の顔つきが険しくなる。
「それは、君が地域の平和よりもバイトを優先しようとしたからだろ。君が出るまでパソコンのキーを連打して呼び出し続けたもんだから、こっちは指が腱鞘炎になるかと思ったよ」
 どうやら黒沢が永山を説得するのに用いたのは、ひたすら連絡を入れ続けるというシンプルな強硬手段だったようだ。
「腱鞘炎ねえ。それはただ、黒沢さんがお歳を召したせいで関節や節々が悲鳴を上げているだけなんじゃないですか。加齢性の肉体の衰えを、俺のせいにされても困るんですけど」
「か、加齢性って」
 永山の辛辣な一言に、黒沢の頬がピクッと歪んだ。
 彼はどうみても加齢を指摘される年齢にはとても見えないというのに、どうしてここまできつい物言いを平然とできるのか。
「ちょっと、今のはいくら何でも失礼でしょ」
 永山の言いぐさに耐えられなくなった美江は、咄嗟に口を挟んだ。
「お前は確かあの時の……。会うのはこれで二度目だったか」
「厳密には三度目なんだけど」
「記憶にねえなあ」
 どうやら永山は、KTHの入口で美江とすれ違った時のことは覚えていないらしい。
「記憶にないの? 別にいいけど。それより、さっきの黒沢さんに対する暴言。謝りなさいよ。どう見たって、加齢がどうとか言われる歳じゃないでしょ」
「はあ? 何言ってんだお前。この人はすっげえ若作りしてるけど、実年齢は」
「永山君、その続きを言ったらただじゃ済まないからね」
 黒沢が、穏やかな美声で二人の会話を遮った。しかし、そのトーンに情の類は感じられない。
「ほほう、ただじゃ済まないとは。一体どんな職権乱用をするおつもりで?」
「それは、君のご想像にお任せするよ。ははははは」
 黒沢は笑いながら答えたが、目が怖い。どうやら、年齢について触れられたくないようだ。
「まあ、このままこの話を続けていても無駄でしょうからこの辺りでやめにしましょう。俺は、そんなことよりもうんと大事な話をしに来たわけですから」
「給料の値上げならお断りだよ」
「残念。今回は特別手当の方ですよ」
 永山はそう言うと、ちょこんと束ねている後ろ髪をいじりながらこう切り出した。
「今回の任務の遂行は、バイトの途中で行いました。その際に使ったスクーターが、怪人退治の時に破損してしまったんですよ。そのスクーターは店からの借り物でしてね、あの後店長から大目玉を食らいましたよ。ぎりぎりクビは免れましたけどね、スクーターの修理費を払うはめになりました。でも、それは怪人退治の時に破損したのだから当然KTHの方で払ってもらえますよね。ついでに、店長に怒られるはめになった俺の苦労に見合うボーナスもつけてくれると非常に嬉しいんですけど」
「ふーん。怪人退治の時にスクーターがねえ」
 黒沢が美江に目配せをした。永山の話が、事実であるのかを尋ねているようだ。
「えっと……」
 永山が怪人を退治しに来た時、確かに奴はスクーターに乗って現れた。だが、果たしてあの現場でスクーターが破損するようなことがあっただろうか。落ち着きながら、よく思い出す。
「……あ」
 あの時、スクーターが破損するという事態は一応起きている。しかし、その原因は永山自身にあるではないか。
「あれはあんたが怪人をスクーターで跳ね飛ばしたから壊れたんでしょ! 時速何キロくらい出してたかとかまではさっぱりわかんないけど、借り物であんな非常識なことをする方が間違ってるわよ。あんたがあんなことさえしなかったら、絶対スクーターが壊れることはなかったわね」
「げっ。お前、そんなところまで見てやがったのか」
 美江が厳しい口調で指摘すると、永山の額に冷や汗が浮かんだ。
「ほーう。怪人に攻撃されて壊れてしまったとかいうならともかく、自分の意思で故意的にやったことに対しては特別手当は出せないなあ。それは自己責任として、実費でバイト先にスクーターの修理費を弁償してね!」
「ぐぬぬぬぬ……」
 黒沢に不謹慎なくらい満面な笑顔で言われると、永山は悔しそうに歯ぎしりをした。
 端正でありながら冷たく鋭い三白眼で、美江にキッと睨む。
「てめえ、やっぱりKTHの回し者だったんだな」
「回し者じゃなくて、あんたの監視役よ。史上最低・最悪のヒーローを見張るためのね」
「ぐ、お、覚えてろよ!」
 漫画などに登場する雑魚キャラなんかが言いそうな捨て台詞を怒鳴るように吐くと、永山が大げさに足音を鳴らしながらKTHから出ていった。
「ふんっ。あんな奴が地域の平和を守ってるなんて信じられない。黒沢さん、やっぱりあんなヒーローはクビにした方がいいんじゃ」
「……勝った」
「はい?」
 何がですか。何に勝ったというのですか。
 そう尋ねる間もなく、美江は黒沢に感謝の眼差しを向けられた。
「あの外道君に口で勝ったのは、本当に初めてだ。貴女がいなかったら、またあいつに言い込められるところだった。今回の勝利は、完全に貴女のおかげだよ。本当にありがとう!」
「ええっ」
 初めての勝利ということは、今の今までは永山の理不尽な要求を涙を飲みながらじっと受け入れてきたということなのだろうか。だとしたら、何とおぞましいことなのか。
「もうこれは面接うんぬんとか、どうでもいい。ぜひとも、貴女にはここでヒーローの監視役として働いてほしい。言わば、これはスカウトだよ。お願い! あの外道君の監視役を引き受けて!」
「あ、いや、ちょっと」
 自分よりずっと年上であると思われる相手に深々と頭を下げられ、美江はすっかり戸惑ってしまった。
 ここまで監視役を誰かに懇願したくなるほど、黒沢はずっと永山に苦しめられてきたのだろうか。
「そんな。頭を上げてくださいよ。こんなことされても困ります」
「いや、貴女が首を縦に振ってくれるまで絶対に頭は上げない。何なら土下座でも……」
「それはもっと困ります! わかりましたから。ヒーローの監視役、引き受けますから」
「本当?」
「きゃっ!」
 美江が根負けするなり、黒沢は尋常ならざるスピードで頭を上げた。
 人間離れした反応速度及び変わり身の早さ、恐るべし。
「いやあ……こんなに喜ばしいのはもう何年振りだろう。娘が生まれた時以来かなあ。うう、これでKHTの財政も、この地域の平和も、僕の胃の平和も保証されたも同然だ。早速明日から、ここでのお勤めをぜひともよろしく!」
「は、はあ」
 何だか今日一日だけで、自分の境遇が大きく変わってしまった気がする。
 美江は困惑を表情に残したまま、軽く息をついた。
 特撮ドラマの世界に出てきそうな怪人とやらがこの現代社会において当たり前のように存在していて、その怪人とやらを退治するための秘密組織的なものと、怪人を実際に打ち倒すヒーローもまた現実に存在している。そして、言わば一般人である自分が、そんな非現実的な世界の住人になりつつあるなんて。
 ……しかも、その地域の平和を守っているというヒーローが子供の夢をめっためたにぶち壊しそうなくらい最低というか、外道だなんて。
「何か、すっごく複雑……」
 こうして、美江の常識では考えられないような日常が、否応なしに幕を開けることとなった。 
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