ヒーロー劣伝

山田結貴

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第二話 戦えヒーロー! デパ地下バトル

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 ヒーローとは、弱きを助け悪をくじく正義の象徴。
 時に己の利害に関わらず人々に慈善を施し、真っ当な手法を用いて悪を打ち破る、世界の救世主として描かれることがしばしばある。
 しかし、全てのヒーローがそうである保証はどこにもない。

「黒沢さん。うちのヒーローは一体どこで何をやっているんでしょう」
「どうせバイトだよ。朝も、夜中も、昼間もずっと。彼の居場所は僕にもわからない」
 某日の昼時。美江はKTHで黒沢からヒーローこと、永山についての話を聞いていた。
 経緯はともかくとして、仮にもヒーローの監視役という職業についてしまったのだ。あの破格な高給の分の働きをするために、少しでもあの外道のことを知っておいて、何があっても柔軟に対処できるようにしておかなければならないだろう。予備知識があるのとないのとでは、覚悟というものが違う。
「ずっとバイトしてるって、どこにいるのかわからないような人を監視するのは少々厳しいと思うんですけど。私、彼の連絡先なんて知りませんし」
「大丈夫。外道君のプライベートにまでつきまとって四六時中見張ってろなんて言わないから。あくまでも監視するのは、外道君が怪人と戦ってる時だけ。怪人が出没したって情報を僕が彼に送ったら、花咲君に同じように情報を送るから。その時だけ現場に向かってくれればオッケーだよ。この前、ケータイの番号を聞いたのは、そのためだよ」
「はあ」
 美江はここに勤めることが決まった直後、真っ先に連絡先を聞かれていた。
 それは、携帯電話を情報のやりとりに使うためだったようである。
「一応ヒーローの監視役なのに、そんなゆるい感じの仕事内容で大丈夫なんですか。何か、破格の高給をもらう身としては仕事がなさ過ぎると罪悪感というものが……」 
「気にしなくていいの。暇な時は暇だけど、仕事がある時はとんでもないくらい精神が疲弊するのが監視役だから。えっと、さっき外道君のことについて話を聞きたいって言ってたっけ?」
「ええ、監視役としては彼のことをある程度知っておいた方がいいと思いまして」
「やっぱり花咲君は真面目だね。よかった、二回も人選ミスしなくて」
 黒沢は微笑むと、リラックスした様子でクルクルとイスごと回り始めた。
 どうやら、あのレザー製イスは回転式だったらしい。
「僕も素性については詳しくはわからないんだけど、彼は本当に強いよ。前までここに勤めていたヒーローも結構強かったけど、外道君の怪人をとっ捕まえるペースは尋常じゃない。あのとんでもない金欲と、目的のためなら手段を選ばないっていう考え方さえ改めてくれたら最高のヒーローなのに」
「永山が強いっていうのは、この前に見た戦いで何となくわかりました。でも……」
「でも?」
「いや、ちょっとした疑問なんですけど、どうしてそもそもKTHがヒーローなんて雇って怪人退治を行ってるんですか。私としては、警察とか自衛隊が頑張って怪人退治をすれば、外道なヒーローがはびこることなんてないんじゃないかなーと思ってしまって」
 これは、美江の中で少し前から疑問に思っていたことであった。
 元々治安の維持を目的として設けられた機関が悪事を行う怪人を退治すれば、KTHなどという秘密組織が発足される必要などなかったのではないか。KTHという組織が様々な理由からヒーロー不足に悩み、優秀な人材集めの苦労にあえぐ必要もなかったのではないのでは、と。
 しかし黒沢は、その質問を聞くなり小さく息をついた。
「あのねえ、物事はそんなに簡単に考えられることばかりじゃないんだよ。警察は人間相手だけで手一杯だし、怪人が出没するたびにいちいち自衛隊が出動したら大事になって町中大パニックだよ。それだったら、屈強な人材を少数雇って周りが騒がないうちに全てを解決する。その方がうんと合理的だよね。そのために作られたのがこのKTHという組織であって、それは秘密組織という形であっても世間に必要とされている。わかった?」
「はあ。確かに、ヒーローと怪人がタイマンはってるところを一般の人が見てもドラマかショーのリハーサルくらいにしか見えないでしょうから、町中がパニックになる可能性は低い……ですかね」
 ただ、それはそれで撮影現場の写真を撮っておこうと考えるやからや、野次馬根性むき出しのやからが集って、それなりに騒がしくなりそうなものだが。
「それが一番、誰にとっても都合がいいってこと。地域の人だって、自分達の住む町に怪人が出没するって事実を知るよりも『あっ。何かの撮影やってる。カメラどこ~』って思ってる方がきっと幸せだからね。世の中には、知らない方が幸せってこともあるからさ。……うっ。酔った」
 黒沢は回し続けていたイスを止め、軽くえずいた。調子に乗って回り続けたため、三半規管がとうとう悲鳴を上げたらしい。
「そんなにクルクル回るからですよ。あ、もうこんな時間」
 美江は、身に着けている腕時計で時刻を確認した。
 気がつけば、もう食事時を過ぎている。 どうりで空腹を感じるわけだ。
「うぷっ……あー本当だ。花咲君、外でご飯を食べてきなよ」
「え、でも、いつ怪人の出没の情報が入るか」
「大丈夫。そんなに頻繁に怪人は現れないし、もし本部から連絡が来たらすぐに情報を送るから」
 黒沢は、やけに愛想の良い笑顔を浮かべている。
 だが、それには何か裏があるような感じがするのは気のせいだろうか。
「そう言う黒沢さんは、ご飯どうするんですか」
「えっ僕? 僕は色々デスクワーク以下等々があるから、ここを離れるわけにはいかないんだ。こう見えても、結構忙しいんだよ。それに、僕にはお弁当もあるし」
「それってひょっとして、愛妻弁当ですか?」
 美江が黒沢の指で光る結婚指輪を見ながら少々意地悪っぽく尋ねると、黒沢は「あ、ま、まあ」と言葉を濁した。
「いいですね、愛妻弁当。あの、ちょっと見せていただけませんか。将来色々と参考にしたいので」
「え、いや、んー……ええっと」
 愛妻弁当を見せてくれと言われただけだというのに、黒沢の態度が先程とは打って変わっておどおどとしたものになってしまった。
 多少は照れ臭いかもしれないが、愛妻弁当というものはそこまで他人に見られたくないものなのだろうか。
「と、とにかくね、食事とっておいでよ。うん。ちゃんと食べないと、健康に悪いしさ。この近くには、飲食店とかスーパーとかあるし。もう、昼休みとして一時間から二時間くらい戻って来なくても大丈夫。いや、むしろ戻って来なくていいから。怪人が出没しない限り、存分に休憩してていいから」
「どうして、そんなに私を追い出したがるんですか?」
「い、いや別に追い出そうだなんて……ははは。と、と、とにかく。外の世界が花咲君を待っているに違いないんだ。だから、ほら、外に向かってレッツラゴーだよ」
「……」
 黒沢は言葉の迷走の末に、とうとう死語まで口にした。
 美江はそのあからさまにおかしい態度を疑問に思いながらも「あ、じゃ、じゃあ」と言いながら上り階段の方へと向かっていった。
「あの」
「ん……ん?」
 移動の途中で振り返ると、黒沢は固い表情のまま額に冷や汗を浮かべていた。
「そこまで見られたくないものなのかしら?」
 美江は小声で呟いてから、階段を足音を立てながら上っていった。
「ふうーっ。乗り切ったあ」
 黒沢は美江が視界から消えると、緊張が解けたかのように事務机に突っ伏した。さらにもう一息ついてから、手の甲で額の汗を軽く拭う。
「あれだけは他人に絶対見られたくないからなあ。うん、絶対に」
 この時、彼は安心し過ぎたために気がついていなかった。誰も見ていないはずの光景を、美江がちゃっかりと覗いていたことに。
「あれだけ見られたくないってオーラを出されたら、かえって見たくなっちゃうのが人間の心理ってものよね」
 実は先程、わざと足音を立てて階段を半分くらい上ったところで一旦立ち止り、すぐに忍び足でUターンをしてKTHに戻ってきたのだった。
 美江は気配を押し殺し、KTHと階段の境目からどこかの家政婦が部屋を盗み見ているような姿勢で黒沢の様子を観察し始めた。
「はあ……」
 黒沢は憂鬱そうに溜め息をつくと、事務机の下からごく一般的な手提げ鞄を取り出した。おそらく、黒沢の私物だろう。
「どんなものが出てくるのかしら」
 早く出てこい、愛妻弁当。
 美江は手に汗握りながら、二・〇もある自慢の視力で鞄を凝視した。
「ああ、やっぱり今日もこれかあ」
「……?」
 とうとう鞄が開かれ、中から弁当の包みと思われる物が取り出された。
 しかし、それを見るなり美江は我が目を疑い、何度もまばたきを繰り返し始めた。
「な、何あれ。ハート?」
 知的な顔立ちをした男性の鞄から飛び出したのは、ハート柄をした包みであった。
 地は薄いピンク。そこにところ狭しと引っついている数々のハート達は赤、青、紫、濃いピンク、大きいものから小さなものまでとバリエーションは様々。あえて砕けた言葉で端的に表現するならば、『超ラブリー』と言うのがふさわしいだろう。
 黒沢の表情を見るだけで、この弁当の包みの柄が本人の趣味で選ばれたものではないということが痛いくらいに理解できる。それはともかくとして、似合わない。似合わないにもほどがある。
「香織、まだこの前の旅行の約束が駄目になってしまったことを根に持っているんだな。いくら休みが少ない上に、急な本部での会議とかで予定が台無しになることが多くて家族サービスができないからって。うう……」
 妙に説明じみた言い訳のような独り言から判断すると、これは香織という黒沢の嫁からの、間接的な報復による悲劇であるらしい。
「僕だって、好きで子供との約束をすっぽかしてるわけじゃないのに。これも全部、地域の平和のために……うっわ、包みだけじゃなかったか」
 『超ラブリー』な包みの時点で半笑いになっていた美江であったが、包みの中が露になると、とうとう我慢できなくなり声を殺して本格的に笑い始めた。
 中から飛び出したものは、絶妙にかわいらしくて小さな弁当箱が三つ。それぞれその形状からあだ名をつけるならば、右端から『クマちゃん』『ウサギちゃん』『パンダちゃん』だろうか。
 誰がどう見ても、これは幼稚園児向けに作られたデザインのものだということがわかる。
「う、料理とかまで」
 とどめは、その『超ラブリー』な弁当箱の中身であった。黒沢の嫁がどこまで器用なのかはわからないが、ありとあらゆる料理が全てハート型になっている。料理に刺さっているつまようじですら、全て愛らしいキャラクターものを使用するという徹底ぶりだ。
 しかも、弁当に箸はついておらず、代わりに幼児向けのスプーンとフォークが添えられている。仮にも夫相手にここまでやるか、普通。
「こんな面倒な嫌がらせ、よく毎日続けるよね。ここまでしなくたって」
 こんな愛憎に満ちた愛妻弁当であれば、他人に見られたくないという心理が働いても仕方がないような気がする。いい歳をした男性がこんな『超ラブリー』な弁当を食べているところを見られたら最後、どん引きされるか大笑いされるかのどちらかに決まっている。
 ただ、美江の場合はそのどちらでもあったのだが。
「うん、味はいい。味だけは、本当にいいのに」
 黒沢はお子様用フォークでハート型のコロッケを突き刺して口に運んだ。
 その直後に溜め息交じりに呟いた一言は、哀愁さえ漂わせていた。
「ぷっ……私、見てはいけないものを見ちゃったのね」
 これは決して、人に言ってはいけない。なるべく他言をせずに、心の内にしまっておこう。
 笑いをこらえて肩をプルプルと震わせながら、美江は忍び足でKTHをあとにした。
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