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第四話 ヒーローと捕らわれし姫君
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ヒーローとは、弱きを助け悪をくじく正義の象徴。
もし一般人に悪の魔の手が忍び寄ろうものならば、その身を犠牲にしてでも守り抜こうとする。そんな勇気ある存在として描かれることもそれなりにある。
しかし、全てのヒーローがそうである保証はどこにもない。
「これで五百個目だな。よーしよし」
KTHの円卓にて、永山はちまちまとした作業を行っていた。
奴の監視役である美江はというと、その姿を冷ややかな眼差しでじっと見ていた。
「ねえ、KTHまで来て何やってるわけ」
「内職だ。自転車のベルを作るのって、結構美味しい仕事なんだぞ」
永山はご機嫌な様子で言うと、手元にある完成したばかりのベルをチリン♪ と鳴らした。
「何が美味しい仕事よ。ヒーローやっててそれなりの給料をもらってるくせに。そんなバイトとか内職とかの掛け持ちまでして、一体いくら稼いだら気が済むのよ」
「いくら稼いでも気は済まねえなあ。いいか? 金と空気はどれだけあっても困らねえものなんだ。てことで、俺はこれからもずっと稼ぎ続けるのさ。はっははは!」
「……」
この、金の亡者め。
美江は、心の中で軽く毒づいた。
永山は雇われ者であるとはいえ、この地域を守るヒーローなのである。だがこの男、言動はいちいち汚い、発想が外道がかっている、おまけにとんでもないくらい金銭欲が強いという、正義の象徴感ゼロな人物なのだ。数少ないヒーローらしい部分といえば、比較的端麗な容姿と並外れた運動神経くらいのもので、そこを加味すると余計に物悲しい。はっきり言って、こんな男の監視など破格の高給がなければやっていられない。
「いいか、世の中金さえあれば大体の物は手に入るんだよ。金さえあれば、お望み通りの人生が手に入るんだ。どんなものでも、何でも手に入る」
手を休めぬまま永山は語るが、奴は得た金を何かに使っているところを一度も見せたことがない。服も新しい物を買わずに高校指定のジャージを着回ししており、持ち物も内職の道具か安物ばかり。さらに言えば、金の亡者にありがちなギャンブル好きという要素や、色恋沙汰にうつつを抜かす様子さえ全く見受けられない。
永山が稼ぎまくっている金が一体何に使われているのか。それは、美江にとっては学校の七不思議などよりも気になって仕方のない謎であった。
「ふふふ、甘いよ永山君。世の中にはね、お金では手に入れられないものもあるんだよ」
事務机の方から、何やら重々しいトーンの声が聞こえてくる。
声のした方を向くと、そこには画用紙を持った黒沢がどんよりとした表情を浮かべる姿があった。その暗い面持ちのせいか、心なしかいつもよりどっと老け込んでいるように見える。
「どうしたんですか黒沢さん。乙姫様からもらった玉手箱でもうっかり開けちゃいましたか」
「違うよ。どっちかというと、パンドラの箱を開けた感覚に近いかな。はあ……」
黒沢は永山の軽口にすかさず切り返し、手の中の画用紙を見つめながらやけに湿っぽい嘆息をついた。
「お金さえあれば手に入るってものも、そりゃあたくさんあるさ。でも、いくらお金があっても、離れていってしまうものだってあるんだよ」
暗い。あまりにも、今の黒沢は暗過ぎる。普段の軽い感じはどこへやった。
明らかにおかしい様子に困惑した美江は、原因を突き止めようと黒沢にそっと近づき、彼が持っている画用紙をのぞき込んだ。
「あ……」
その瞬間、一連の事情の察しが嫌でもつくこととなった。
画用紙には幼い子供が書いたと思われる少々拙い字で、こう記されていた。
『パパへ。ゆかりのうんどうかいにきてくれるっていってたのに、おしごとできてくれなかったね。ゆかりは、パパといっしょにおやこつなひきにでたかったです。ママもおこっています。はっぴょうかいにもきてくれなかったし、いっしょにおでかけもあんまりしたことがないのでさみしいです。パパは、ゆかりのことがきらいなの? ママもおこっています。ゆうきおにいちゃんも、パパといっしょにあそびにいきたいっていってたよ。ママもおこっています』
おそらく、黒沢の子供からの手紙だろう。普段仕事ばかりで遊んでもらえない子供の不満が、ここまでかというくらいにぎっちり詰まっている。
……『ママもおこっています』というフレーズがやたらと出てくる部分については、かなりの悪意が感じられるが。
「これ、娘さんからの手紙ですか」
「あー……うん。今日、仕事に使う書類を出したらそれが混ざっててね。多分、香織が……いや、何でもない。運動会だとか、学習発表会だとか、親としては当然行きたいよ。家族とレジャー施設みたいなところに行って、思い出作りに時間を使いたいさ。でもこの仕事、全然休暇が取れないんだよ。まあ、その分高給だけどもね。うう、このままだと家族の心が僕から離れていっちゃうよ。特に、香織の気持ちは確実に……ああっ! こっちだって好きで子供達との約束を破ってるわけじゃないのに。地域の平和がなんだ。僕の家庭の平和はどうなる!」
黒沢はヒステリー気味に叫ぶと、豊かな頭髪をバリバリとかきむしった。
いくら地域の平和のためであるとはいえ、犠牲になっているものがあると思うと何だか切ない。
「はいはい。黒沢さんの家庭のヒーローは俺じゃなくて黒沢さん自身なんですから、せいぜい頑張って下さいよ。ま、黒沢家がどんな結末を迎えようとも俺の知ったことじゃないですけどねー」
永山が内職を続けながら適当に答えると、黒沢の頬がピクッと引きつった。どうやら、彼の心の地雷を踏んづけてしまったらしい。
「ずいぶんと他人事みたいに語ってくれるね。永山君」
「だって、俺にとっては他人事ですもん。仕方がないじゃないですか」
「あのねえ、僕の仕事がやたらと増えてるのは誰のせいだと思ってるんだい。君が怪人をとんでもない手段でばかり倒しまくるもんだからね、KTHの存在を知る極一部の自治体や団体から大量の苦情が来るんだよ。僕はね、日頃の雑務に加えてそういった苦情への対処とかも全部一人でやってるの。わかる? この苦労。残業とか、休み返上が当たり前な状態まで追い込まれちゃってるわけだよ。君をヒーローとして雇ってしまった僕にも多少は要因があることも百歩譲って認める。でも、君自身にも問題はバッチリあるんだからね!」
「そんな長ったらしい台詞を、よくもまあ噛まずに言えましたね。そこだけは称賛に値しますよ。んー……じゃあ、黒沢さんの家庭不和の原因となってしまっている罪滅ぼしに、家庭の平和を守るためのアドバイスを一つ。子供の運動会に参加できないなら、夜の運動会には積極的に参加した方がいいですよ。手を抜かずに全力でやれば、奥さんの心は戻ってくるんじゃないですかねえ」
「う、確かに最近はご無沙汰だったかも……って、何の話をさせるんだい。そういう話は」
「ちなみに、一番力を入れるべき競技は組体操ですよ。愛の力で大技を決めればですねえ」
「だから、もういいって!」
多分、永山が言っていること自体はそこまでえぐい部類のものではないのだろう。だが、その言い回しが妙にねちっこく、嫌でも卑猥な方に向くように聞こえてたまらない。耳と脳が実に不愉快だ。
美江がこのやりとりに対し眉間に深いしわを作った直後、黒沢のパソコンから甲高い電子音が流れた。もはやお馴染みとなった、怪人出現の合図である。
「あ、出たね。怪人……」
黒沢は気苦労からすっかり意気消沈しながらも、いつもと変わらぬスピードでパソコンを操作する。瞬く間に、画面に怪人に関する情報が映し出された。
「永山君、ちょっと」
「はい?」
永山は渋々ながら作業している手を止め、パソコンまでけだるそうに歩いてきた。
「言うまでもないことだけど、怪人が出たよ。場所は、B区のショッピングモール前。さ、KTシーバーを使って変身して。転送装置で、怪人のところまで送るから」
「は?」
「変身」というワードが耳に入るなり、永山の眉がつり上がった。
「は? じゃないよ。めずらしくここにいる時くらい、ちゃんと変身して出動してよ。ほら、早く」
黒沢は変身を促し続けるが、永山はいつものように不機嫌そうな顔を作る。そこまで拒絶するほど、変身に抵抗があるのだろうか。
「だから、あの格好だけは死んでもしたくないんですってば。しかも、今回怪人が出たのはショッピングモールの前だって言いましたね? めっちゃ人通り多いじゃないですか。つまり黒沢さんは、俺にあの格好を大衆の前にさらせとおっしゃりやがるわけですか。冗談じゃない。それは、パラシュートなしでスカイダイビングしろって言ってるのと同じですよ」
「いや別に、僕は君に間接的に死ねと言った覚えはないんだけど……」
永山は普段からありとあらゆる暴言を吐くが、ヒーロースーツの話となると言葉に含まれる猛毒がさらに強みを増す。その要因は例のスーツが尋常ならざるくらいにダサいところにあるらしいのだが、いまだにそれを見たことがない美江には、いまいちピンとこない話だったりする。
「このままだと本当に着せられかねないですからねえ、とりあえず早急に現場には向かいますよ。てことで、何か乗り物を貸して下さい。この辺、タクシー捕まりづらいんで」
「あのね、だから変身して転送されたらすぐに」
「ほーう。黒沢さんは、俺に水を張っていないプールに向かって高飛び込みをしろと」
「だから、間接的に死ねだなんて言ってないから。乗り物って言われても、僕が通勤に使っている自転車くらいしかないんだけど」
黒沢はチャリ通勤。すごくどうでもいいことを、美江は初めて知った。
「それで充分ですよ。貸して下さい」
永山は至極真面目な口調で催促をするが、今度は黒沢がいい顔をしない。何やら疑わしそうにしながら、表情をこわばらせている。
「それ、本気で言ってる?」
「この期に及んでジョークをかますほど、俺は明るい性格はしてませんよ。ほら、早く鍵貸して下さい。大丈夫ですよ、借りた自転車を勝手にリサイクルショップへ売り飛ばしたりなんてしませんから」
「それがあっさりと口から出るってことは、ちょっとでも考えたことがあるってことだよね。そんなことしたら、直接的に死ねって言わせてもらうから。……まあいいや、わかったよ」
黒沢は不毛な討論に疲れてしまったらしい。投げやりな口調で言うと、事務机の引き出しから自転車の鍵を取り出して永山に手渡した。
「どうも。じゃ、さっさと行ってきますね」
永山はニヤッと笑うと、駆け足でKTHから出ていった。
「ったく、人から自転車借りて怪人倒しに行くヒーローって。あ、花咲君」
「あ、はい」
今まで黙りっぱなしだった美江だったが、しばらく振りに声を発する機会を得た。
「外道君が何をやらかすかわかったもんじゃないから、いつもみたいに監視をお願い。特に、自転車が無事な姿で戻ってくるように」
「わかりました。じゃあ、今から向かいます。でも……」
美江は悩ましげに眉根を寄せ、口元に手を当てる。それを見た黒沢は、つられるようにして首をかしげた。
「でも?」
「あいつが運転する自転車を、どうやって追いかけたらいいものかと」
「あ……」
馬鹿みたいな身体能力を持つ男がこぐ自転車に、平凡な女の身でどうやって食らいつけばいいものか。きっと、猛スピードでまかれてしまうに違いない。
「そっか、そうだよね。花咲君に転送装置なんて使ったら、確実に怪我してしまうだろうし。うーん、今度本部に連絡して、何か発注した方がいいかな。あ、そうだ。本部から手違いで届いたローラースケートがこの部屋のどこかに置いてあったような」
「……」
どこをどうやれば、手違いで本部からローラースケートが届くのだ。このKTHという組織、時々耳を疑うような話が飛んでくるので驚き呆れてしまう。
「いいです。大丈夫です。気合で走るか、タクシー捕まえるかしますから」
「あ、そう。じゃあ、ちゃんと外道君が怪人を倒すかを監視してね。最悪、自転車はどうなってもあきらめるから。頼んだよー!」
美江は黒沢からの喜ばしくない声援を浴びながら、KTHを後にした。
もし一般人に悪の魔の手が忍び寄ろうものならば、その身を犠牲にしてでも守り抜こうとする。そんな勇気ある存在として描かれることもそれなりにある。
しかし、全てのヒーローがそうである保証はどこにもない。
「これで五百個目だな。よーしよし」
KTHの円卓にて、永山はちまちまとした作業を行っていた。
奴の監視役である美江はというと、その姿を冷ややかな眼差しでじっと見ていた。
「ねえ、KTHまで来て何やってるわけ」
「内職だ。自転車のベルを作るのって、結構美味しい仕事なんだぞ」
永山はご機嫌な様子で言うと、手元にある完成したばかりのベルをチリン♪ と鳴らした。
「何が美味しい仕事よ。ヒーローやっててそれなりの給料をもらってるくせに。そんなバイトとか内職とかの掛け持ちまでして、一体いくら稼いだら気が済むのよ」
「いくら稼いでも気は済まねえなあ。いいか? 金と空気はどれだけあっても困らねえものなんだ。てことで、俺はこれからもずっと稼ぎ続けるのさ。はっははは!」
「……」
この、金の亡者め。
美江は、心の中で軽く毒づいた。
永山は雇われ者であるとはいえ、この地域を守るヒーローなのである。だがこの男、言動はいちいち汚い、発想が外道がかっている、おまけにとんでもないくらい金銭欲が強いという、正義の象徴感ゼロな人物なのだ。数少ないヒーローらしい部分といえば、比較的端麗な容姿と並外れた運動神経くらいのもので、そこを加味すると余計に物悲しい。はっきり言って、こんな男の監視など破格の高給がなければやっていられない。
「いいか、世の中金さえあれば大体の物は手に入るんだよ。金さえあれば、お望み通りの人生が手に入るんだ。どんなものでも、何でも手に入る」
手を休めぬまま永山は語るが、奴は得た金を何かに使っているところを一度も見せたことがない。服も新しい物を買わずに高校指定のジャージを着回ししており、持ち物も内職の道具か安物ばかり。さらに言えば、金の亡者にありがちなギャンブル好きという要素や、色恋沙汰にうつつを抜かす様子さえ全く見受けられない。
永山が稼ぎまくっている金が一体何に使われているのか。それは、美江にとっては学校の七不思議などよりも気になって仕方のない謎であった。
「ふふふ、甘いよ永山君。世の中にはね、お金では手に入れられないものもあるんだよ」
事務机の方から、何やら重々しいトーンの声が聞こえてくる。
声のした方を向くと、そこには画用紙を持った黒沢がどんよりとした表情を浮かべる姿があった。その暗い面持ちのせいか、心なしかいつもよりどっと老け込んでいるように見える。
「どうしたんですか黒沢さん。乙姫様からもらった玉手箱でもうっかり開けちゃいましたか」
「違うよ。どっちかというと、パンドラの箱を開けた感覚に近いかな。はあ……」
黒沢は永山の軽口にすかさず切り返し、手の中の画用紙を見つめながらやけに湿っぽい嘆息をついた。
「お金さえあれば手に入るってものも、そりゃあたくさんあるさ。でも、いくらお金があっても、離れていってしまうものだってあるんだよ」
暗い。あまりにも、今の黒沢は暗過ぎる。普段の軽い感じはどこへやった。
明らかにおかしい様子に困惑した美江は、原因を突き止めようと黒沢にそっと近づき、彼が持っている画用紙をのぞき込んだ。
「あ……」
その瞬間、一連の事情の察しが嫌でもつくこととなった。
画用紙には幼い子供が書いたと思われる少々拙い字で、こう記されていた。
『パパへ。ゆかりのうんどうかいにきてくれるっていってたのに、おしごとできてくれなかったね。ゆかりは、パパといっしょにおやこつなひきにでたかったです。ママもおこっています。はっぴょうかいにもきてくれなかったし、いっしょにおでかけもあんまりしたことがないのでさみしいです。パパは、ゆかりのことがきらいなの? ママもおこっています。ゆうきおにいちゃんも、パパといっしょにあそびにいきたいっていってたよ。ママもおこっています』
おそらく、黒沢の子供からの手紙だろう。普段仕事ばかりで遊んでもらえない子供の不満が、ここまでかというくらいにぎっちり詰まっている。
……『ママもおこっています』というフレーズがやたらと出てくる部分については、かなりの悪意が感じられるが。
「これ、娘さんからの手紙ですか」
「あー……うん。今日、仕事に使う書類を出したらそれが混ざっててね。多分、香織が……いや、何でもない。運動会だとか、学習発表会だとか、親としては当然行きたいよ。家族とレジャー施設みたいなところに行って、思い出作りに時間を使いたいさ。でもこの仕事、全然休暇が取れないんだよ。まあ、その分高給だけどもね。うう、このままだと家族の心が僕から離れていっちゃうよ。特に、香織の気持ちは確実に……ああっ! こっちだって好きで子供達との約束を破ってるわけじゃないのに。地域の平和がなんだ。僕の家庭の平和はどうなる!」
黒沢はヒステリー気味に叫ぶと、豊かな頭髪をバリバリとかきむしった。
いくら地域の平和のためであるとはいえ、犠牲になっているものがあると思うと何だか切ない。
「はいはい。黒沢さんの家庭のヒーローは俺じゃなくて黒沢さん自身なんですから、せいぜい頑張って下さいよ。ま、黒沢家がどんな結末を迎えようとも俺の知ったことじゃないですけどねー」
永山が内職を続けながら適当に答えると、黒沢の頬がピクッと引きつった。どうやら、彼の心の地雷を踏んづけてしまったらしい。
「ずいぶんと他人事みたいに語ってくれるね。永山君」
「だって、俺にとっては他人事ですもん。仕方がないじゃないですか」
「あのねえ、僕の仕事がやたらと増えてるのは誰のせいだと思ってるんだい。君が怪人をとんでもない手段でばかり倒しまくるもんだからね、KTHの存在を知る極一部の自治体や団体から大量の苦情が来るんだよ。僕はね、日頃の雑務に加えてそういった苦情への対処とかも全部一人でやってるの。わかる? この苦労。残業とか、休み返上が当たり前な状態まで追い込まれちゃってるわけだよ。君をヒーローとして雇ってしまった僕にも多少は要因があることも百歩譲って認める。でも、君自身にも問題はバッチリあるんだからね!」
「そんな長ったらしい台詞を、よくもまあ噛まずに言えましたね。そこだけは称賛に値しますよ。んー……じゃあ、黒沢さんの家庭不和の原因となってしまっている罪滅ぼしに、家庭の平和を守るためのアドバイスを一つ。子供の運動会に参加できないなら、夜の運動会には積極的に参加した方がいいですよ。手を抜かずに全力でやれば、奥さんの心は戻ってくるんじゃないですかねえ」
「う、確かに最近はご無沙汰だったかも……って、何の話をさせるんだい。そういう話は」
「ちなみに、一番力を入れるべき競技は組体操ですよ。愛の力で大技を決めればですねえ」
「だから、もういいって!」
多分、永山が言っていること自体はそこまでえぐい部類のものではないのだろう。だが、その言い回しが妙にねちっこく、嫌でも卑猥な方に向くように聞こえてたまらない。耳と脳が実に不愉快だ。
美江がこのやりとりに対し眉間に深いしわを作った直後、黒沢のパソコンから甲高い電子音が流れた。もはやお馴染みとなった、怪人出現の合図である。
「あ、出たね。怪人……」
黒沢は気苦労からすっかり意気消沈しながらも、いつもと変わらぬスピードでパソコンを操作する。瞬く間に、画面に怪人に関する情報が映し出された。
「永山君、ちょっと」
「はい?」
永山は渋々ながら作業している手を止め、パソコンまでけだるそうに歩いてきた。
「言うまでもないことだけど、怪人が出たよ。場所は、B区のショッピングモール前。さ、KTシーバーを使って変身して。転送装置で、怪人のところまで送るから」
「は?」
「変身」というワードが耳に入るなり、永山の眉がつり上がった。
「は? じゃないよ。めずらしくここにいる時くらい、ちゃんと変身して出動してよ。ほら、早く」
黒沢は変身を促し続けるが、永山はいつものように不機嫌そうな顔を作る。そこまで拒絶するほど、変身に抵抗があるのだろうか。
「だから、あの格好だけは死んでもしたくないんですってば。しかも、今回怪人が出たのはショッピングモールの前だって言いましたね? めっちゃ人通り多いじゃないですか。つまり黒沢さんは、俺にあの格好を大衆の前にさらせとおっしゃりやがるわけですか。冗談じゃない。それは、パラシュートなしでスカイダイビングしろって言ってるのと同じですよ」
「いや別に、僕は君に間接的に死ねと言った覚えはないんだけど……」
永山は普段からありとあらゆる暴言を吐くが、ヒーロースーツの話となると言葉に含まれる猛毒がさらに強みを増す。その要因は例のスーツが尋常ならざるくらいにダサいところにあるらしいのだが、いまだにそれを見たことがない美江には、いまいちピンとこない話だったりする。
「このままだと本当に着せられかねないですからねえ、とりあえず早急に現場には向かいますよ。てことで、何か乗り物を貸して下さい。この辺、タクシー捕まりづらいんで」
「あのね、だから変身して転送されたらすぐに」
「ほーう。黒沢さんは、俺に水を張っていないプールに向かって高飛び込みをしろと」
「だから、間接的に死ねだなんて言ってないから。乗り物って言われても、僕が通勤に使っている自転車くらいしかないんだけど」
黒沢はチャリ通勤。すごくどうでもいいことを、美江は初めて知った。
「それで充分ですよ。貸して下さい」
永山は至極真面目な口調で催促をするが、今度は黒沢がいい顔をしない。何やら疑わしそうにしながら、表情をこわばらせている。
「それ、本気で言ってる?」
「この期に及んでジョークをかますほど、俺は明るい性格はしてませんよ。ほら、早く鍵貸して下さい。大丈夫ですよ、借りた自転車を勝手にリサイクルショップへ売り飛ばしたりなんてしませんから」
「それがあっさりと口から出るってことは、ちょっとでも考えたことがあるってことだよね。そんなことしたら、直接的に死ねって言わせてもらうから。……まあいいや、わかったよ」
黒沢は不毛な討論に疲れてしまったらしい。投げやりな口調で言うと、事務机の引き出しから自転車の鍵を取り出して永山に手渡した。
「どうも。じゃ、さっさと行ってきますね」
永山はニヤッと笑うと、駆け足でKTHから出ていった。
「ったく、人から自転車借りて怪人倒しに行くヒーローって。あ、花咲君」
「あ、はい」
今まで黙りっぱなしだった美江だったが、しばらく振りに声を発する機会を得た。
「外道君が何をやらかすかわかったもんじゃないから、いつもみたいに監視をお願い。特に、自転車が無事な姿で戻ってくるように」
「わかりました。じゃあ、今から向かいます。でも……」
美江は悩ましげに眉根を寄せ、口元に手を当てる。それを見た黒沢は、つられるようにして首をかしげた。
「でも?」
「あいつが運転する自転車を、どうやって追いかけたらいいものかと」
「あ……」
馬鹿みたいな身体能力を持つ男がこぐ自転車に、平凡な女の身でどうやって食らいつけばいいものか。きっと、猛スピードでまかれてしまうに違いない。
「そっか、そうだよね。花咲君に転送装置なんて使ったら、確実に怪我してしまうだろうし。うーん、今度本部に連絡して、何か発注した方がいいかな。あ、そうだ。本部から手違いで届いたローラースケートがこの部屋のどこかに置いてあったような」
「……」
どこをどうやれば、手違いで本部からローラースケートが届くのだ。このKTHという組織、時々耳を疑うような話が飛んでくるので驚き呆れてしまう。
「いいです。大丈夫です。気合で走るか、タクシー捕まえるかしますから」
「あ、そう。じゃあ、ちゃんと外道君が怪人を倒すかを監視してね。最悪、自転車はどうなってもあきらめるから。頼んだよー!」
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