ヒーロー劣伝

山田結貴

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第四話 ヒーローと捕らわれし姫君

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 B区のショッピングモール前にある通りは、大都会のものとは比べ物にならないものの、大変賑わっていた。多くの店が立ち並ぶ道を、老若男女が行き交っている。
「はあ……はあ……」
 そんな活気のある中、美江は一人設置されたベンチに腰かけて息を切らしていた。
「どこに行ったのよ、永山……!」
 ショッピングモール周辺までは、ほぼ問題なく辿り着くことができた。だが、肝心の監視対象である永山が全然見つからないのだ。
「この地図、いまいち役に立たないんだから」
 そう言って睨むのは、携帯電話の画面である。そこには黒沢から送られてきた永山の位置情報が映っているのだが、いかんせん詳細なものとは言い難い。どうにも使い勝手が悪く、あまり役に立たない。
「はあ……」
 溜め息をつきながら、小さくうつむく。聞こえるのは、車が走っていく音と人々の雑踏くらいのものである。
 美江は長いこと歩き回ったせいで早くも疲れ果ててしまい、軽く目を閉じた。
「こんなにたくさん人がいるところで、一人を探し出すなんて無茶よ。もうっ」
「おい」
「大体、怪人はどこに行ったのよ。せめて怪人が見つかれば、目星くらいはつけられるのに」
「おい!」
「あっ」
 周囲の雑音をかき消すような特徴的な声がようやく耳に入り、美江は顔を上げた。
 そこには、どうにか無事な状態のままの自転車と、仏頂面で仁王立ちをする永山の姿があった。
「これだけ人が声をかけてやってんのに、聞こえてなかったのか? 耳遠いんじゃねえの。あ、さてはお前も黒沢みたいに若作りして、外見だけ取り繕ってんじゃねえだろうな。こう見えて実は……五十三歳だとか」
 出会って早々、ぶちかまされたのは暴言だった。
 走り回って上昇していた美江の血圧は、さらにカッと上昇した。
「は? 失礼ね! 私はれっきとした二十四歳よ。何なら、保険証見せましょうか?」
「そうムキになるなよ。軽い冗談だろうが」
「あんたが軽い冗談だと思っていても、他人にとってはかなりの猛毒なのよ。いい加減気づきなさいよね。で、ずいぶんとのんきにしゃべっているようだけど、怪人はどうしたの。見たところ、とっ捕まえた様子でもないみたいだし」
「あー……怪人か?それがさ、また間に合わなかったみたいなんだよな」
「は?」
 また? 以前にも怪人が現れた際にヒーローが間に合わなかったという大変情けない事態になってしまったことがあったが、それをまたやらかしたというのか。
「それ、どういうこと」
「いや、厳密に言うとちらっとだけ怪人を見たんだが……ぷっ。くくく……」
「何急に笑い出してんの。私の顔見て笑ってるんなら承知しないわよ」
「誰がお前の地味な顔なんかで笑うかよ。くくくくく……」
「何なのさっきから。気色悪い」
「だ、だってさ。ひひひひひ……」
「……帰ろうかしら」
「勝手に帰るな。お前は俺を監視することで高給を得ているわけだろ? だったら、自分の職務くらいしっかり果たせ。ひいっぷぷぷ……今、何があったか話すからさ」
 永山が大きく深呼吸をし、どうにかこみ上げてくる笑いを抑える。そして、落ち着いてから美江がショッピングモール周辺をさまよっていた頃に起きた出来事について話し始めた。
「今回の怪人の悪事がさ……ぷぷっ。お、お、女を口説きまくって……くくくく。お、悪い悪い。俺が駆けつけた時、ここの近くのベンチに迷惑そうな顔をした女と、頭のてっぺんにちょこんと角を生やしたホスト風のおっさんが座っててさ、そのおっさんが女をめっちゃ口説いてんだよ。内容はそこまでよく聞こえなかったんだが、あの甘い言葉を吐く姿といったら……ぶはははっ!」
「笑ってないで、ちゃんとしてよ」
「へいへい。で、面白いからちょっと陰からのぞいて見てたらさ、そのおっさん、女からビンタ食らって『キモい!』の一言と同時にフラれたんだよ。そうしたらおっさんさ、すっげえ傷ついた顔しながら霧になって消えちまって。その時の様子がまた……ひゃっはははは!」
 この男、ちらっとどころか一部始終をがっつり見ているではないか。
 美江は今にも笑い転げそうな永山に対し、並のブリザードよりも冷たい視線をぶつけた。
「まあ、その後周囲から聞いた話によると、そのおっさん怪人はここら辺でずっと女をナンパし続けていたらしいぜ。見た目が見た目だから、怪人じゃなくて角付きコスプレをしたホストだと思われてたみたいだけどな」
「ふーん。そう」
 美江はKTHに雇われるまで、ヒーローや怪人などといった存在のことを全く知らなかった。
 最初の頃は、何故こんなに目立ってしょうがない者達のことを今まで認識していなかったのだろうと疑問に思っていたものだったが、ここ最近になって何となくその理由がわかってきたような気がしていた。自分を含め、この地域に住む人々はヒーローや怪人を認識していなかったのではなく、そういった存在がいることを鼻っから信じていなかったばかりに目の前にいても見えたことがなかっただけなのだと。
 まあ、現実世界のヒーローが外道であることや、現実に存在する怪人達が実にしょうもない悪事ばかりを働く奴らだと知れ渡らない方が人々も幸せだし、何かと都合がいいのも事実だが。
「おい。人のことをさっきからじっと見てんじゃねえよ」
「え、あ、いや」
 永山から指摘を受け、美江は気がついた。
 もう既に何度かやらかしてしまっていることではあるが、どうやら考え事をしている間、ずっと永山のことを見続けてしまっていたらしい。
「ったく、ちょいとばかし人より見てくれが良く生まれたばかりに。ジロジロ見られるってのもな、なかなか不愉快なもんなんだぞ。本当、お前俺に惚れたんじゃねえだろうな? やめてくれよ。俺、地味な女は好みじゃねえんだから」
「はあ⁉」
 何故にボーっとしてしまったというだけで、上から目線かつ大変腹立たしい一言をかまされなきゃいけないのだ。
 美江は憤慨し、怒りに任せて怒鳴り始めた。
「あんたみたいな最低な奴に、誰が惚れるもんですか。性格も悪いし、金のことしか考えてないし、変な声だし!」
「はあ? 声が変? わかった。お前さては、声フェチだな」
「うっ……そ、そんなことはどうでもいいでしょ。とにかく、私があんたに惚れるってことだけは絶対にありえないから。わかったわね」
「そういうことにしておいてやるよ」
 永山が適当にあしらった直後、手首のKTシーバーから着信音が流れた。
「そろそろ鳴ると思ったんだ」
 画面に指で触れると、そこに黒沢の曇った表情が映った。
 美江は嫌々ながらも、通信内容を聞くために永山に近づいて共に画面をのぞく。
「永山君。怪人はどうなったんだい」
「ええ。今日はしっかり逃げられましたよ!」
「……」
 永山の無駄に威勢の良い声に、黒沢は画面の中で思いっきりつんのめった。
「あのねえ、だから転送装置を使えって言ったんだよ。どうせ、いつぞやの怪人バンドの時みたいに間に合わなかったんでしょ」
「いや、間に合ってはいたんですけどねえ。じーっと観察している間に、怪人がいなくなってしまったというだけの話でして」
「この前よりも、もっと悪いじゃないか!」
 黒沢のお怒りはごもっともである。
「まあまあ。そう怒鳴ると減りかけの寿命がさらに縮みますよ。今回の怪人は見たところ、そこら辺の女を口説きまくってるってだけなんで、そんな大した奴じゃないですよ。見ていて面白いですし、そこまで焦ることもないと思いますけど」
「面白いってねえ。何かあってからじゃ遅いんだよ。君にはそれなりの給料を払ってるんだからさ、その分くらいは働いて欲しいもんなんだけど」
「へえ、そうなんですか? 俺は、給料の分はしっかりと働いているつもりなんですけどね」
「?」
 永山は何かを企んでいるような含み笑いを作った。KTシーバーのカメラ部分にはテープが貼ってあるはずなのだが、黒沢はそれを目視したかのようなタイミングで眉をひそめた。
「まさかと思うけど、給料上げろって言ってる?」
「ご明察。流石、聡明な黒沢さんは理解が早い」
「褒めても無駄だよ。悪いけど、君の給料を上げる気は全くないから。君がせめてもう少し真面目で、正義感が強くて、心持ちが良くて、外道を匂わせる要素がないような人だったら考えないこともないんだけど」
「それのどこがもう少しなんです? 不満ばかりじゃないですか」
「こういうことを言われたくなかったら、そんな風に言われないような人間になるように努力してね。ははははは」
 画面の中で笑う黒沢だが、目だけは恐ろしいくらいに正直過ぎる。その瞳には、全くと言っていいほど情がこもっていない。
「ちっ……わかりましたよ。給料の話はまたそのうちということで。じゃ、今日の任務はこれで終了ということでいいですね。俺、そろそろバイトがあるので切りますから。以上」
 永山は不機嫌そうにしながら通信を切ると、美江の方に顔を向けた。
「おい、一つ頼まれて欲しいことがあるんだが。いいか」
「な、何?」
「黒沢の自転車、KTHに返しておいてくれないか」
「は?」
 何を言っているのだこいつは。何故に監視役が、そんなことをヒーローに頼まれなければならないというのか。
 美江の表情は、あっという間に不快の色を示した。
「どうして私が。あんたが借りたんだから、自分で返しなさいよ」
「言っただろ、これからバイトがあるって。ここからバイト先に行ったら近くてさ、今から返しに行くのは面倒なんだよ」
 理由が身勝手な上に、それはとても人に物を頼む態度とは思えなかった。
「知らないわよ、そんなの」
「今言ったんだから、ちゃんと知っただろ。ほら、これが自転車の鍵だ。じゃーな」
「あ、ちょっと!」
 強引な屁理屈を置き土産に、永山は俊足を活かして人混みに紛れていってしまった。
 あまりの速さに面喰ってしまったせいで、美江には文句をつける時間すら与えられなかった。
「あんな奴がヒーローとか、本当笑えてくるんだけど」
 本日のヒーロー観察日記。地域に出没した怪人を見て腹筋崩壊。つまり、あいつは何の活躍もしていない。
 一人ポツンと取り残された美江は、目の前に佇む自転車を一瞥してから溜め息をついた。
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