ヒーロー劣伝

山田結貴

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第四話 ヒーローと捕らわれし姫君

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 うまいことKTHから逃げ出してきた美江は、任務遂行のために町外れの廃ビルまで足を運んでいた。
「何で怪人って、こういったところにいることが多いのかしら」
 五階建ての廃れたビルを目の前にして思い浮かんだのは、実に素朴な疑問だった。
 知っている限りでは、怪人は悪事を働く際には街中に出現し、永山にタコ殴りにされるということもあるにはあった。だが、いざ戦いとなると、何故かはわからないがこういった人気のない場所に怪人が現れるというパターンもちらほら見受けられるのである。
 お陰で美江は、ヒーローの監視役を担うようになってからこの地域の人気のない場所についてやたらと詳しくなってしまった。
「たまにだけど、怪人と永山の戦いってアクション映画みたいにすっごいことになることがあるのよね。そうなったら、周囲にも迷惑がかかって……もしかして、怪人も気を遣って出現場所を考えてるとか? まさか。特撮ドラマじゃあるまいし」
 余計な妄想をさっさと切り上げると、美江はビルの中へと入っていった。
 案の定というべきか、中は静まり返っており、人の気配は全くしない。ほこりが舞う屋内は、くすんだコンクリートの壁に囲まれていて殺風景。あるのは床に散乱している、浮浪者が残していったと思われるゴミの数々くらいのものだ。
 こんなところ、一刻も早く立ち去りたい。すぐに家に帰って、シャワーを浴びるか風呂に入るかしたい。そう思いつつも、仕事と割り切って我慢し続けた。
「それにしても、怪人が女性をさらうなんて。現実にあるものなのね」
 辺りを警戒し足を進めながら、ふと呟いた。
 創作の世界の話であれば、得体の知れない悪者が美女を拉致し、それをヒーローが華麗に救い出してみせる的なストーリーは腐るほど溢れかえっている。しかし、そんなことが現実において実際に起こってしまうとは。
「怪人にさらわれるってことは、その女性はさらわれるくらい魅力的だったってことよね。つまりは、やっぱり美女? さらわれるくらい美人っていうのも、何だか罪なような感じがするけど」
 ブツブツ言いながらさらに発想を飛躍させようとした、まさにその時だった。
「おとなしくしろ。そなたは皇帝の妃となるのだからな」
「いやあ! た、助けてっ」
 怪人のものと思われる男の声と、拉致された女性のものと思われる声がどこからか響いてきた。
 大きさから察するに、声の主の居場所はここからそう遠くはないだろう。
「今のは……あっちね」
 美江は声のした方に向かい、全速力で駆けていった。そして、その先で衝撃的な光景を目にすることとなった。
「……え、あ、えーっと」
 確か物語の黄金パターンというものは、悪者が何らかの理由で美女をさらい、それをヒーローが救う。そんな感じではなかっただろうか。でも、これは……。
「何だお前は。地球人が何の用だ」
 角を生やした怪人と思しき男は、総合的に見るとホストっぽい中年男性という雰囲気であるが、やや険しい顔立ちをしているため悪者に見えないこともない感じの風貌をしている。しかし、美江の困惑の対象はそれではなかった。
「えーっとお」
 その怪人の腕の中で震えている女性は、文章ではとても表し難い……いや、厳密に言うと、文章で表すにはあまりにも忍びない容姿をしていた。
 口に出して表現することはきっと簡単だろう。だが、美江はそれを実行したくはなかった。
 それを行ったら最後、人として何か大切な物を失う。それくらいのレベルの暴言を吐くことになる気がしてならないからだった。
「用がないのであれば、さっさとここから立ち去ってはいただけないか。私は、彼女とゆっくり話をしなければならないのだ」
 衝撃の果てに思考がぶっ飛びかけていた美江であったが、怪人の一言でどうにか現実に引き戻された。
「あ、あ、貴方ね。街で女性を口説きまくった挙句に、拉致までした怪人っていうのは」
「口説いた? 失礼な。私は、我が故郷であるナーゾノ星の皇帝にふさわしい、美しい女性に声をかけ、皇帝の妃になってくれるよう頼み込んでいただけだ。彼女を強引にここまで連れてきたのは事実だが、彼女の美しさであればきっと皇帝も満足してくれるはず。そう思い、場所を変えてじっくりと説得を試みているというだけなのだ」
 どうやら、怪人が女性をナンパして回っていたというのは永山の勘違いであったらしい。しかし、気になったのはその部分ではない。
「う、美しいって……」
 美江は自分の目がおかしいのかと思い、何度も拉致された女性の方をじっと見る。
 ……駄目だ。いくら見てみたところで感想は変わらない。やっぱりコメントに困る。
「助けて、お願い……」
 女性は、悲痛な表情で訴えかける。不安と恐怖に襲われているせいか、美江の複雑そうな様子は気にも止めていないようだ。
「助けたいけど、私じゃあどうにも」
 つい勢いで怪人の前に出てきてしまったが、今の自分にはどうすることもできない。
 軽率な行為をしてしまったことに、美江は今更ながら気がついた。
 そういえば、あれから結構時間が経ったというのに、まだ永山は現れない。一体、どこで何をしているのか。
「やっと着いたか。やれやれ」
「!」
 一人怪人を前にしてオロオロしていたところ、靴音と同時にかったるそうな声が背後の方から飛んできた。この声は間違いない。だいぶ時間がかかったが、ようやくヒーローのお出ましのようだ。
「遅いわよ。今まで何やっ……」
 監視役として、今日こそは何かガツンと言ってやろう。
 そんなことを考えながら振り向いた美江であったが、その瞬間、再び思考が変な方向へとぶっ飛ぶこととなった。
「どうした、地味っ子。せっかくのヒーローのお出ましに、その顔はねえだろ」
 永山は特に何事もないように、清々しさを感じさせるほど平然とした態度で言い放った。それがさらに、場の空気の不調和を増幅させる。
「だ、だ、だって」
 これを見て、絶句しない人間を探す方が大変に決まっている。
 のどまで出かけた言葉であったが、すんでのところで引っかかり、口から飛び出すことはかろうじてなかった。
 美江が目にしたもの。それは、メイドが着るようなフリフリのエプロンやスカートを身につけた永山という、おぞましくシュールなものだった。頭にはヘッドドレスをつけ、顔には軽くではあるものの、化粧までしている。
「あ、あんたにそんな趣味があったなんて」
「馬鹿野郎。誰が好き好んで女装なんかするか。さっきまでオカマバーでバイトしててさ、着替える間も惜しんで駆けつけたもんだからこんな格好なんだよ。いい金になるから続けてるけど、やっぱスカートってのはヒラヒラしててうっとおしいなあ」
 地域を守るヒーローよ。あんた、オカマバーでもバイトしてたんかい。
「あ、誤解されたくないから断っておくが、俺は普通に女好きだからな。全くもって、そっちの気はないから安心しろ」
「そう。わかったわよ」
 非常にどうでもいい情報が二つほど手に入ったところで、美江は適当に返事をしてからひどく脱力した。
「何をさっきからごちゃごちゃとしゃべっている。さっさと立ち去れ、地球人」
 先程から放置されっぱなしの怪人が、険しい顔つきで永山のことを睨みつけた。かなり苛立っているらしく、このままだと何かをやらかしかねないことは誰が見ても一目瞭然である。
「はあ? 誰がわざわざこんな恥ずかしい格好で駆けつけておいて、何もしないうちに帰るか。ヒーローとしての仕事をきっちりこなすまで、俺はてめえに背中を見せる気はねえよ」
 めずらしくそこそこまともな台詞を言う永山であるが、普段の素行の悪さにメイドさんルックが相乗されてみじんも説得力がない。
 しかも、ここでさらに事態をわけのわからない方向へと持っていく発言がぶち込まれた。
「ヒーロー? ほう、お前が仲間をあの手この手で痛めつけているという、ヒーローという奴か。噂には聞いていたが、まさか女だったとは」
「えっ」
 怪人が真顔で言い放ったのを聞き、美江は自分の耳を強く疑った。
 永山の容姿は、男として見れば良い部類に入る。だが、三白眼気味の目つきに精悍な顔立ちという中性的要素がゼロに等しいマスクのせいか、女装したところで全然女には見えないのだ。いや、むしろ女に見えないどころか、それなりに整っていると考えられる容姿を台無しにしていると言ってもおそらく過言ではないだろう。
 拉致した女性を美しいと言い切るところといい、女装で現れた永山を本気で女と勘違いするところといい、この怪人には美的センスというものが存在していないのかもしれない。
「俺を見て女だって思った奴は、多分てめえが初めてだぞ。てめえの顔についてる、その目は飾りか?」
 永山も呆れ返っているのか、眉を引きつらせながらきつめの毒を吐いた。普段ならば暴言レベルにも思えるのだが、今回ばかりは的を射ている。
「何を言う。もしこの目が飾りであったならば、私はこの美しき女性を溢れかえる地球人の中から見つけ出すことはできなかっただろう。街で多くの女性に声をかけてきたが、彼女が最も美しい。こうして、手荒な手段に打って出る価値があるほどにな。そんな彼女を見つけ出した私の目は、断じて飾りなどではない!」
 飾りだ。その目は、絶対に飾りに違いない。果たしてナーゾノ星の皇帝とやらも、この女性を妃として勧められて納得するだろうか。
 美江はもう口の中までこみ上げてきている言葉の数々を、残る数ミリの良識と理性で必死に抑えた。
「ぷっ……くく。はっははは! だ、だ、駄目だ。今まで耐えてたが、やっぱり笑える。ひいっ……ひははははは!」
 永山にはそういったことに関して働かせる良識や理性は備わっていないらしく、とうとう腹を抱えて笑い始めてしまった。
 一週間前に奴が何を見て、どういった理由で笑い転げていたのか。今となっては何となく想像がつくが、この場で大笑いするというのはいくら何でも非常識ではないだろうか。
「ちょっと! 笑ってないでいい加減ヒーローらしく仕事しなさいよ。あんまりひどかったら、黒沢さんに全部報告するからね」
「ヒ、ヒーローらしくったてさあ、俺はアレを助けないといけないのか? 普通ヒーローが助けるのってさ、とびっきりの美女ってのがセオリーだろ。そ、それが、実際にさらわれたのが……ぶははははっ!」
 今回に限り、奴は自分に正直過ぎるというだけで間違ったことは言っていないのかもしれない。それでも、この態度は女性に対し失礼にもほどがあるのだが。
「助けて下さい……私このままだと、どこか遠いところに……うっうっ」
 女性はとうとう極限に近い心理からか、すすり泣きをし始めてしまった。数々の無礼な発言や態度のせいで泣き出したのではないだけ、まだマシであるが。
「うはっははは!」
 永山はというと、まだ大声で笑い続けていた。物事には、限度というものがある。ここまでひどいと、もはや下衆以外の何物でもない。
「……チクろっと。黒沢さんに」
 流石に我慢しきれなくなった美江は、わざと永山に聞こえるように言いながら携帯電話を取り出した。
「わ、わかった。ちゃんとヒーローらしくするから勘弁してくれ。ただでさえ今回は特別手当なしだってのに、給料そのものまで減らされたらたまったもんじゃねえ」
 永山は金の話がちらつくなり、ピタッと笑うのをやめた。ずばり、作戦成功である。
「ったく、ヒーローらしく、ヒーローらしくってしつこく言いやがって。さらわれた女ってのが、一番らしくねえってのによ」
 言動の外道っぷりだけは、改善されないようであるが。
「む、ヒーローめ。彼女は渡さぬぞ」
「ひいっ」
 怪人は決して放すまいと、なおのこと強く女性を拘束する。
 これでは女性に当たる危険性があるため、うかつに攻撃を加えることができない。普通の精神の持ち主であれば。
「そうかよ。なら……」
 色々な意味で普通の精神を持ち合わせていない永山は、口角を上げてから怪人に向かって走り出した。そして、途中でスライディングの姿勢をとり、怪人に足払いをかけた。
「うあっ!」
 バランスを崩した怪人はそのまま、よろよろとしながらその場に尻もちをつく。
 それと同時に怪人の手元が緩み、女性はするりと腕から抜け出した。 
「きゃあっ」
 勢いあまって床に倒れ伏してしまったが、どうにか怪人からは逃げられたようである。
「あのねえ! 彼女が怪我したらどうするつもりなのよ。少しは考えて行動しなさいよ!」
 見かねた美江は一応注意を促したが、永山は聞く耳を持たない。
「当てなかっただけまだマシだろうが。お前はな、少し妥協というものを知れ」
 無茶苦茶な台詞を吐き捨てると、怪人に向かって本格的な武術のかまえをとった。どうやら、本気を出して戦うつもりらしい。
「行くぜ。うらあ!」
 威勢よく叫ぶと、永山は立ち上がりかけていた怪人に向かって得意の回し蹴りを放った。
「くっ」
 やはり相手は仮にも怪人である。地球人よりも優れた動体視力でそれを見切り、後方に避ける。
「ひいっ!」
 怪人がかわした蹴りは、ビュンという風を切る音と同時に女性の近くをかすめた。
 わざと狙ったのではあるまいな。そう疑う気持ちも少なからずあったものの、真剣に戦っている以上、永山に追及するのは不可能であった。
「た、助けて。助けてっ」
 乱闘に巻き込まれかけた女性は、命からがら這いつくばるようにして美江の元まで逃げてきた。
 美江は「もう大丈夫です。落ち着いて下さいね」と言いながら彼女の背中を優しくさすり、ヒーローの戦いを見届け続けた。
「ちっ。なかなかやるじゃねえか。この、中年ホスト崩れが」
 永山はメイド服のレースをこれでもかというくらいになびかせながら、怪人にパンチを繰り出す。
 懸命に戦ってくれているのはいいのだが、汗で化粧がドロドロと落ち始めているせいで顔面が大変滑稽なことになっている。
「噂には聞いていたが、なかなかやるな。だが、ヒーローとはいえ所詮は脆い地球人だ」
「うっ!」
 怪人の拳が永山の頬をかすめると、そこから微かに血がにじんだ。
 めずらしく、ヒーローが劣勢だろうか。
「おとなしく彼女を引き渡していれば、お前も痛い目を見ずに済んだというのに。麗しい姫を救い出そうという、英雄気取りが仇となったな」
「あれのどこが姫だよ。てめえの価値観、どこまで狂ってんだ」
 黙れ外道。これ以上言うと、間接的に彼女が傷つく。
「あとな、さっきからちょいちょい入るてめえの発言さ、いちいち気に障るんだよ。……そうだ。この腹いせに、冥土の土産を聞かせてやるよ」
 まさかと思うが、冥土とメイドをかけてこんなことを言っているんじゃないだろうな。もしそうだとしたら寒い、寒過ぎる。
 美江が勝手に色々と考えている間に、永山は一瞬の隙をついて怪人の胸ぐらをわし掴みにした。
「ぐっ……」
 苦しそうに顔を歪める怪人を、永山はグイッと強引に引き寄せる。そして、カッと目を見開き、悪魔のような笑みを浮かべた。
「俺はな、痛い目を見るためにここに来たんじゃねえ。てめえに痛い目を見せるためにここに来たんだよ!」
 頭文字にヤのつく職業の方も下手をすれば青くなりそうなお言葉をかますと、それと同時にマッハの如き突きが何発も繰り出された。
「うぐっあっべふっげっ……がはあっ」
 額、目、あご、首、みぞおち……放たれた拳は、全て的確に急所をとらえていた。ある意味人間離れした技と言えなくもないが、恐ろしいことこの上ない。
「があっ……うっ……うっ」
 怪人は尋常ならざる痛みにあえぎ、フラフラになりながら激しくうめく。
 永山はそれを確認すると、数歩間をとってから営業スマイルに似た笑みを作った。
「それでは、最後にもう一発かますとしますか。では、おくたばり下さいませ。ご主人様♪」
 その言葉でしめるんかい。
 そう思ったのも束の間、世界で一、二を争うくらいに邪悪なメイドさんはスカートをはためかせ、中のトランクスを丸出しにしながら怪人の股間を蹴り上げた。
「あぎゃわおうがええ……」
 男にとっての最大の急所を攻撃された怪人は、文字で表記するには大変難しい奇声を発しながらその場に倒れ伏した。
 相手が怪人だからって、そこまでしなくても。
「はい、これにて一件落着」
 ヒーローという名の加害者は、とてもご満悦な様子であった。
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