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第四話 ヒーローと捕らわれし姫君
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「本当に、このたびはありがとうございました」
廃ビルの前で、救出された女性は永山に向かって一礼をした。
「別に。仕事だから」
メイド姿のヒーローは、耳の穴を指でほじりながら適当にあしらう。礼を言われて謙遜しているというよりは、さっさと会話を切り上げたいようだ。
「仕事と言っても、貴方が私の恩人であることには変わりありません。あの……できれば後日、改めてお礼をさせていただきたいのですが」
女性はモジモジとしながら、上目づかいで永山のことを見つめる。
迷惑そうにしているヒーローの横で、そんな姿を見た美江は気づいてしまった。彼女がこの、容姿端麗なコスプレ男に惚れてしまったということに。
「あ? お礼? いらねえよ、んなもん」
いつもなら「じゃあ、礼なら現金でいくらかよこせ」くらい言いそうなのだが、今回はそれすらしようとしない。そこまでこの男は、彼女とつながりを持ちたくないのだろうか。
「そ、そうですか。流石は正義のヒーロー。そういった欲を持ち合わせていないのですね。素敵……」
さらに誤解を招き、余計に好かれてしまった永山は露骨に不愉快そうな顔をする。恋は盲目という奴か、相手にはそれがさっぱり伝わっていないようであるが。
「では、せめてお名前を聞かせて下さいませんか」
「はあ?」
そういえば、女性の前で永山の名を口に出していなかった。だから彼女は、奴の名前を知らないのだろう。
美江はビル内での出来事を回想し、納得した。
「名前?」
「そう、お名前です。ぜひ、聞かせて下さい」
「名前か。あーっと……黒沢」
こ、こいつ。他人の名前を勝手に使いやがった。
美江は仰天し、隣りの永山に軽蔑の眼差しを向けた。
「黒沢……さん。できればまた、お会いしたいです」
「俺はできれば、二度と会いたくないんだけどな」
「それってもしかして、私がもう変な人にからまれないようにと身を案じてくれているんですか? 嬉しい……」
おいおい、その発想はいくら何でもポジティブ過ぎるぞ。
永山の言葉の真意が痛いくらいによくわかっている美江は、奈落の底より深い溜め息をついた。
「あーっ! もういい。俺はそろそろこいつを連れて行かなきゃならねえから行くぞ。じゃーな」
永山は縄でぐるぐる巻きの怪人を乗せた荷車の取っ手を掴むと、ガラガラと押し始めた。
「あっ。待ってよ!」
妙に早足で立ち去ろうとする永山を、美江は小走り気味に追いかけた。
「何だか、歩くの早くない? いつもはもうちょっとのんびりしてるくせに」
「この場から一刻も早く立ち去りたいってだけだから気にすんな。あーあ、あんなもんのためにバイトを犠牲にして、命まで張らないといけないなんて。ヒーローも楽じゃねえよなあ」
「あのねえ」
二人の背中が小さくなってもなお、見送り続けてくれている女性に対して何のためらいもなく猛毒を吐く永山には、呆れる他はない。
「あんたってさ、どこまでもヒーローっぽくないわよね」
「うっせーな。ヒーローに甘い期待を抱く方が間違ってるって前から言ってるだろ。俺だってさ、今回は結構ショック受けてるんだぜ? だって、怪人から救出しなきゃいけない女がブ」
「あー!」
「何だよ急に、大声出しやがって。気が狂ったか」
「あんた今、女に対して言っちゃいけないことを言おうとしたでしょ。絶対言わせないんだから。女に対する、NGワードは」
例え自分が言われたわけではなかったにしても、男が目の前でそういったことを口に出すのは尋常ではないくらいに腹立たしい。それが事実であろうがなかろうが、その気持ちに変わりはない。
そんな心理から、美江は永山の声をかき消すような真似をしたのだった。
「じゃあ……おかちめ」
「あー!」
「それも駄目か。なら、不器りょ」
「あー!」
「それなら、ブサ」
「あーあーあー!」
「うるせえなあ」
こいつ、どうしてここまで次から次へと悪口を考えつくことができるのだひょっとして、天性の素質でも備わっているのか?
「じゃあ、どうすりゃあいいんだよ」
「もっと、オブラートに包んで表現しなさいよ」
「うーん。なら、救出対象だった女が、美人とは言えないタイプだったことに。これでいいか?」
「まあ、セーフね」
もとい、もうツッコみ疲れた。声帯を使い過ぎて、のどがヒリヒリして痛い。
「あーあ。せめてさらわれたのが美人だったらもう少しだけやる気が出たのになあ。ヒーローが救い出すのは美人のお姫様っていう鉄則は、一体どこに行っちまったのかなあ」
ヒーローの鉄則をさんざん破り倒している男が、偉そうに何を言うか。
「あんた、最低ね。女のことをそこまでボロカスに言って、良心は痛まないわけ」
「痛むか、んなもん。それに女だって似たような立場になったら同じようなことを考えるはずだぜ。例えば、女が怪人にさらわれたとして、そこにヒーローが助けに来たとする。もし、その助けに来たヒーローがブおと……コホン、美形じゃなかったとしたら。少なくともその女は、かなりがっかりするだろうよ」
「う……」
永山の理屈が、美江の心に突き刺さる。
悲しいかな、今の説を強く否定できない自分がいるのだ。
「その様子だと、返す言葉もないって感じか? はっははは! ま、俺に惹かれる気持ちもわかるが、やたらとつっかかってくるのはよせよな」
「は?」
ちょっと待て。今サラッとはらわたが煮えくり返りそうになる一言が飛んでこなかったか。
元々歪み気味だった美江の表情が、さらに曇り始めた。
「また言ったわね。あんたになんて、みじんも惹かれてないわよ! 前々からしつこいわね。どうして私が、あんたみたいな外道に惚れなきゃいけないの」
「違うのか? おっかしいなあ。この前の一件で、絶対惚れられてるって確信してたつもりだったんだが」
「はあ?」
この前の一件とな? ますます意味がわからない。
「とぼけんなって。ほら、この前のアレの時だ。変な怪人バンドが、じゃじゃじゃじゃーんってうるさかった時の」
変な怪人バンドというのは、おそらく少し前に地域を騒音地獄に陥れた三人組のことだろう。そのやからと、永山の勘違いに何の関連があるというのだろうか。
「まだピンとこねえのかよ。ほら、俺さ、あの時そいつらボコるのにライブハウスで熱唱しただろ。その時だよ」
それを聞くなり、美江の頬がピクッと引きつった。
あの、思い出したくもない絶望的な歌唱力。この世の物とは思えない、恐怖のメロディ。
想像を絶するひどさに、美江は頭痛に見舞われた上に失神したのだった。
「あの歌の時のこと? それとこれと、どういう関係があるっていうのよ」
「関係大ありだろうが。あの後お前、どうやってKTHに戻ったか。当然覚えてるよな」
「え」
失神していたということもあり、悲しいくらい記憶にない。
困り果てたまま固まる美江を見て、永山は軽く息をついた。
「まさかと思うが、本当に覚えてねえのか? 人にあんなことしておいて」
「な、何よ。あんなことって」
「……そうか。こればかりは俺の勘違いだったみたいだな。悪かった、悪かった。もういい」
何だその態度は。余計に気になるではないか!
煮え切らない態度に苛立ちを募らせた美江は、カッとなって追及した。
「ちょっと、私があんたに何をしたっていうのよ。事と次第によっては訴えるわよ」
「何で俺が訴えられなきゃいけねえんだよ。それに自慢じゃねえけどさ、俺は今の今まで法に触れるようなことは一切したことがねえんだよ。ま、強いて言うなら立ちションくらいはしたけどよ」
「汚いわね。女の前でよくもそう堂々と……って、そんなことはどうでもいいの。あんたが至上最悪の勘違いをした理由、早く言ってよ」
「どうしてもか?」
「どうしてもよ。こうなったら、あんたが真実を吐くまでしつこく問い詰めてやるんだから」
「わかった、わかったよ。特別にタダでしゃべってやるから、キャンキャン吠えるな」
永山はすっかり化粧がはがれ落ちた頬を指先でかきながら、渋々語り始めた。
「あのな、お前がどうやってKTHに戻ったかというと、この俺がおぶって運んでやったんだよ」
「え?」
こんな奴に、自分がおぶられた?
永山を心から軽蔑する美江にとっては、想像したくもない話であった。
「きつかったぞ、あの労働は。思い出すだけで肩がこる。お前と三匹の怪人を、俺一人で運んだんだからな。怪人どもをKTシーバーで出した大きめの荷車に乗せて、荷車に乗りきらなかったお前を、仕方がなかったからおぶって歩いた。あれは、下手な土木作業よりも苦労したなあ」
こいつ、一体どんな身体能力をしているのだ。体力が、人のものとは到底思えない。
ちらほら失礼極まりない発言が混じっていたような気もしたが、まず美江が気になったのはそこだった。
「でさ。お前をおぶってえっちらおっちら歩いてたらさ、急に後ろからギュって抱きしめられたんだよ。それも、何度も何度もだ。それで、寝たフリこいてここぞとばかりに俺のことを触りまくってんだなと思ったわけだが、あれはただ寝相が悪かっただけなんだな。やれやれ」
記憶にない。そんなこと神に誓って一ミリたりとも記憶にない。
できればこの話は永山の大嘘であって欲しい。だが、こんな嘘をついたって奴に得はない。それに、嘘を言っているようにも見えない。つまり、これは受け入れがたいが事実なのだろう。
恥ずかしさと情けなさがピークに達し、美江は耳を真っ赤にしながらうつむいてしまった。
「ずいぶんとショックを受けてるみたいだな。ま、でも……」
「でも?」
永山が、いつになく真剣な面持ちを作っている。一体、何を言おうとしているのだろう。
少しばかり緊張した美江であったが、その真顔がニタッとした微笑に変わるのはあっという間だった。
「花咲ってさ、地味なわりには案外胸はあるんだな。カップはCかDってところか?」
「……!」
おぶられるということは、否応なしに身体と身体が密着するわけで、胸もその例外ではない。だが、それをわざわざ本人を目の前にして、ニタニタと嫌らしく笑いながら言うか? 普通!
美江の中で、全身に備わるマグマというマグマが大噴出した。
「こ、こ、このドスケベ! 最低!」
「いっ!」
美江は素早く永山の後ろへ回り込むと、先程奴が怪人に対してそうしたように、つま先で男の最大の急所を蹴り上げた。
流石のヒーローもこれには耐えられないらしく、額から大量の汗を吹き出しながら悶絶した。
「ふんっ」
永山の無様な姿を一瞥すると、美江は眉をつり上げたまま先に進んでいった。
「まっ待て……この野郎っ……慰謝料払えっ……」
永山は死にそうな顔をしながらも、どういう思考回路を持っているのか甚だ疑問になる一言を投げかけた。
本当にこの男は、自身の無礼を詫びるどころか、金のことしか頭にないらしい。
「慰謝料ねえ」
とてつもない剣幕を放ちながら、美江はゆっくりと振り返る。そして、服のポケットから財布を取り出してからこう言い放った。
「あんたに払う慰謝料なんて、この程度で充分よ。馬鹿!」
「いってえ!」
美江は財布から十円玉を取り出すと大きく振りかぶり、永山に向かって全力を込めて投げつけた。
奴の額に十円玉が直撃するのを見届けると、今度こそ振り返ることなく歩き去っていった。
廃ビルの前で、救出された女性は永山に向かって一礼をした。
「別に。仕事だから」
メイド姿のヒーローは、耳の穴を指でほじりながら適当にあしらう。礼を言われて謙遜しているというよりは、さっさと会話を切り上げたいようだ。
「仕事と言っても、貴方が私の恩人であることには変わりありません。あの……できれば後日、改めてお礼をさせていただきたいのですが」
女性はモジモジとしながら、上目づかいで永山のことを見つめる。
迷惑そうにしているヒーローの横で、そんな姿を見た美江は気づいてしまった。彼女がこの、容姿端麗なコスプレ男に惚れてしまったということに。
「あ? お礼? いらねえよ、んなもん」
いつもなら「じゃあ、礼なら現金でいくらかよこせ」くらい言いそうなのだが、今回はそれすらしようとしない。そこまでこの男は、彼女とつながりを持ちたくないのだろうか。
「そ、そうですか。流石は正義のヒーロー。そういった欲を持ち合わせていないのですね。素敵……」
さらに誤解を招き、余計に好かれてしまった永山は露骨に不愉快そうな顔をする。恋は盲目という奴か、相手にはそれがさっぱり伝わっていないようであるが。
「では、せめてお名前を聞かせて下さいませんか」
「はあ?」
そういえば、女性の前で永山の名を口に出していなかった。だから彼女は、奴の名前を知らないのだろう。
美江はビル内での出来事を回想し、納得した。
「名前?」
「そう、お名前です。ぜひ、聞かせて下さい」
「名前か。あーっと……黒沢」
こ、こいつ。他人の名前を勝手に使いやがった。
美江は仰天し、隣りの永山に軽蔑の眼差しを向けた。
「黒沢……さん。できればまた、お会いしたいです」
「俺はできれば、二度と会いたくないんだけどな」
「それってもしかして、私がもう変な人にからまれないようにと身を案じてくれているんですか? 嬉しい……」
おいおい、その発想はいくら何でもポジティブ過ぎるぞ。
永山の言葉の真意が痛いくらいによくわかっている美江は、奈落の底より深い溜め息をついた。
「あーっ! もういい。俺はそろそろこいつを連れて行かなきゃならねえから行くぞ。じゃーな」
永山は縄でぐるぐる巻きの怪人を乗せた荷車の取っ手を掴むと、ガラガラと押し始めた。
「あっ。待ってよ!」
妙に早足で立ち去ろうとする永山を、美江は小走り気味に追いかけた。
「何だか、歩くの早くない? いつもはもうちょっとのんびりしてるくせに」
「この場から一刻も早く立ち去りたいってだけだから気にすんな。あーあ、あんなもんのためにバイトを犠牲にして、命まで張らないといけないなんて。ヒーローも楽じゃねえよなあ」
「あのねえ」
二人の背中が小さくなってもなお、見送り続けてくれている女性に対して何のためらいもなく猛毒を吐く永山には、呆れる他はない。
「あんたってさ、どこまでもヒーローっぽくないわよね」
「うっせーな。ヒーローに甘い期待を抱く方が間違ってるって前から言ってるだろ。俺だってさ、今回は結構ショック受けてるんだぜ? だって、怪人から救出しなきゃいけない女がブ」
「あー!」
「何だよ急に、大声出しやがって。気が狂ったか」
「あんた今、女に対して言っちゃいけないことを言おうとしたでしょ。絶対言わせないんだから。女に対する、NGワードは」
例え自分が言われたわけではなかったにしても、男が目の前でそういったことを口に出すのは尋常ではないくらいに腹立たしい。それが事実であろうがなかろうが、その気持ちに変わりはない。
そんな心理から、美江は永山の声をかき消すような真似をしたのだった。
「じゃあ……おかちめ」
「あー!」
「それも駄目か。なら、不器りょ」
「あー!」
「それなら、ブサ」
「あーあーあー!」
「うるせえなあ」
こいつ、どうしてここまで次から次へと悪口を考えつくことができるのだひょっとして、天性の素質でも備わっているのか?
「じゃあ、どうすりゃあいいんだよ」
「もっと、オブラートに包んで表現しなさいよ」
「うーん。なら、救出対象だった女が、美人とは言えないタイプだったことに。これでいいか?」
「まあ、セーフね」
もとい、もうツッコみ疲れた。声帯を使い過ぎて、のどがヒリヒリして痛い。
「あーあ。せめてさらわれたのが美人だったらもう少しだけやる気が出たのになあ。ヒーローが救い出すのは美人のお姫様っていう鉄則は、一体どこに行っちまったのかなあ」
ヒーローの鉄則をさんざん破り倒している男が、偉そうに何を言うか。
「あんた、最低ね。女のことをそこまでボロカスに言って、良心は痛まないわけ」
「痛むか、んなもん。それに女だって似たような立場になったら同じようなことを考えるはずだぜ。例えば、女が怪人にさらわれたとして、そこにヒーローが助けに来たとする。もし、その助けに来たヒーローがブおと……コホン、美形じゃなかったとしたら。少なくともその女は、かなりがっかりするだろうよ」
「う……」
永山の理屈が、美江の心に突き刺さる。
悲しいかな、今の説を強く否定できない自分がいるのだ。
「その様子だと、返す言葉もないって感じか? はっははは! ま、俺に惹かれる気持ちもわかるが、やたらとつっかかってくるのはよせよな」
「は?」
ちょっと待て。今サラッとはらわたが煮えくり返りそうになる一言が飛んでこなかったか。
元々歪み気味だった美江の表情が、さらに曇り始めた。
「また言ったわね。あんたになんて、みじんも惹かれてないわよ! 前々からしつこいわね。どうして私が、あんたみたいな外道に惚れなきゃいけないの」
「違うのか? おっかしいなあ。この前の一件で、絶対惚れられてるって確信してたつもりだったんだが」
「はあ?」
この前の一件とな? ますます意味がわからない。
「とぼけんなって。ほら、この前のアレの時だ。変な怪人バンドが、じゃじゃじゃじゃーんってうるさかった時の」
変な怪人バンドというのは、おそらく少し前に地域を騒音地獄に陥れた三人組のことだろう。そのやからと、永山の勘違いに何の関連があるというのだろうか。
「まだピンとこねえのかよ。ほら、俺さ、あの時そいつらボコるのにライブハウスで熱唱しただろ。その時だよ」
それを聞くなり、美江の頬がピクッと引きつった。
あの、思い出したくもない絶望的な歌唱力。この世の物とは思えない、恐怖のメロディ。
想像を絶するひどさに、美江は頭痛に見舞われた上に失神したのだった。
「あの歌の時のこと? それとこれと、どういう関係があるっていうのよ」
「関係大ありだろうが。あの後お前、どうやってKTHに戻ったか。当然覚えてるよな」
「え」
失神していたということもあり、悲しいくらい記憶にない。
困り果てたまま固まる美江を見て、永山は軽く息をついた。
「まさかと思うが、本当に覚えてねえのか? 人にあんなことしておいて」
「な、何よ。あんなことって」
「……そうか。こればかりは俺の勘違いだったみたいだな。悪かった、悪かった。もういい」
何だその態度は。余計に気になるではないか!
煮え切らない態度に苛立ちを募らせた美江は、カッとなって追及した。
「ちょっと、私があんたに何をしたっていうのよ。事と次第によっては訴えるわよ」
「何で俺が訴えられなきゃいけねえんだよ。それに自慢じゃねえけどさ、俺は今の今まで法に触れるようなことは一切したことがねえんだよ。ま、強いて言うなら立ちションくらいはしたけどよ」
「汚いわね。女の前でよくもそう堂々と……って、そんなことはどうでもいいの。あんたが至上最悪の勘違いをした理由、早く言ってよ」
「どうしてもか?」
「どうしてもよ。こうなったら、あんたが真実を吐くまでしつこく問い詰めてやるんだから」
「わかった、わかったよ。特別にタダでしゃべってやるから、キャンキャン吠えるな」
永山はすっかり化粧がはがれ落ちた頬を指先でかきながら、渋々語り始めた。
「あのな、お前がどうやってKTHに戻ったかというと、この俺がおぶって運んでやったんだよ」
「え?」
こんな奴に、自分がおぶられた?
永山を心から軽蔑する美江にとっては、想像したくもない話であった。
「きつかったぞ、あの労働は。思い出すだけで肩がこる。お前と三匹の怪人を、俺一人で運んだんだからな。怪人どもをKTシーバーで出した大きめの荷車に乗せて、荷車に乗りきらなかったお前を、仕方がなかったからおぶって歩いた。あれは、下手な土木作業よりも苦労したなあ」
こいつ、一体どんな身体能力をしているのだ。体力が、人のものとは到底思えない。
ちらほら失礼極まりない発言が混じっていたような気もしたが、まず美江が気になったのはそこだった。
「でさ。お前をおぶってえっちらおっちら歩いてたらさ、急に後ろからギュって抱きしめられたんだよ。それも、何度も何度もだ。それで、寝たフリこいてここぞとばかりに俺のことを触りまくってんだなと思ったわけだが、あれはただ寝相が悪かっただけなんだな。やれやれ」
記憶にない。そんなこと神に誓って一ミリたりとも記憶にない。
できればこの話は永山の大嘘であって欲しい。だが、こんな嘘をついたって奴に得はない。それに、嘘を言っているようにも見えない。つまり、これは受け入れがたいが事実なのだろう。
恥ずかしさと情けなさがピークに達し、美江は耳を真っ赤にしながらうつむいてしまった。
「ずいぶんとショックを受けてるみたいだな。ま、でも……」
「でも?」
永山が、いつになく真剣な面持ちを作っている。一体、何を言おうとしているのだろう。
少しばかり緊張した美江であったが、その真顔がニタッとした微笑に変わるのはあっという間だった。
「花咲ってさ、地味なわりには案外胸はあるんだな。カップはCかDってところか?」
「……!」
おぶられるということは、否応なしに身体と身体が密着するわけで、胸もその例外ではない。だが、それをわざわざ本人を目の前にして、ニタニタと嫌らしく笑いながら言うか? 普通!
美江の中で、全身に備わるマグマというマグマが大噴出した。
「こ、こ、このドスケベ! 最低!」
「いっ!」
美江は素早く永山の後ろへ回り込むと、先程奴が怪人に対してそうしたように、つま先で男の最大の急所を蹴り上げた。
流石のヒーローもこれには耐えられないらしく、額から大量の汗を吹き出しながら悶絶した。
「ふんっ」
永山の無様な姿を一瞥すると、美江は眉をつり上げたまま先に進んでいった。
「まっ待て……この野郎っ……慰謝料払えっ……」
永山は死にそうな顔をしながらも、どういう思考回路を持っているのか甚だ疑問になる一言を投げかけた。
本当にこの男は、自身の無礼を詫びるどころか、金のことしか頭にないらしい。
「慰謝料ねえ」
とてつもない剣幕を放ちながら、美江はゆっくりと振り返る。そして、服のポケットから財布を取り出してからこう言い放った。
「あんたに払う慰謝料なんて、この程度で充分よ。馬鹿!」
「いってえ!」
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