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いくつもの夜を越えて~ある冬の日~外伝

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「あんたはいつだってそうだ!そうやって、こちらの気持ちを考えずに勝手に決めて、それが正しいと思ってやがる。」

味のしないタバコを癖の様に口元に持っていく。

『こんな時間にわざわざかけたのに、あんまりな対応じゃない?』
「こんな時間?こんな時間にかけてきたのはそっちだろうが。」
『だって、あなた仕事中は出ないじゃない。しかも、私の番号からかけても出ないし。』
『当たり前だ、身内のスマホまで使いやがってそれで戻って来いだ?』
こんなに人を憎く思ったのは初めてだった。
嫌いじゃなく、憎い。
隼人さんの店を辞めて実家に戻ってこいだなんて、この人は何も分かっていなかった。
熱くなる体と対照的にコンビニの喫煙所は吹きさらしの中、途轍もなく寒く、いつの間にか雪がパラパラと降り始めていた。

『もう、話すことなんてない。』
相手の返事も待たずに切って、乱暴にポケットにスマホをしまう。

独りで良かったと心底思うのはこんな時だった。
待ってる人がいる家に帰り、この嫌な気持ちをぶちまけて困らせるのは真っ平後免だった。

感情的に生きたくなかった。
一番身近な感情的な人が、酷く醜く見えてからは論理的に生きたいと思った。
理路整然と話して、言った言葉に責任を持って意見を変えたくなかった。

吸いすぎて灰が伸びに伸びたタバコを灰皿の上で落とそうと右側を向くと目の端に人影が。
そちらに顔を向けると、一人の人がこちらをじっと見つめていた。
まぁ、大声出したしなぁ…と反省している間もその人は微動だにしなかったので不思議に思って見つめると、同じ職場の彩月さんだった。

でも、その顔がさっき仕事してた時と余りにも違って、というか泣き顔でくしゃくしゃになっていた。

何時もなら「どうしたの?大丈夫?」と言うはずが先程の電話のせいか、少し意地悪な気持ちになっていた。
おくびの様にほんの僅かだけど、今の気持ちをぶつけてしまった。


「ひでぇ顔」
カチン、と音が聞こえそうな程、苛立った顔になった彩月さんが口を開く。
「そっちこそ、ずいぶん醜い顔が出来るんですねぇ。どなたからの電話だったんですか?」
「別に。」
喋りながらこちらに駆け寄ってくる彩月さん。
「べ・つ・に?いやいや、あんな大声で話して、そんな形相になる程、怒って。挙げ句に人の顔を見て『ひでぇ顔』と言ってしまうなんていつもの神楽さんじゃないみたい。」

タバコを持ってない方の手を強く握る。
「『いつもの』はんっ、いつもの俺の何を知ってるんだよ。」申し訳なさよりも違う気持ちが勝る。
相手は隼人さんの店の従業員で、こんな物言いで辞められたりしたら、隼人さんにも申し訳がたたないのに、止まらなかった。
「何も、何も知りません。」ハッとした顔になった後、急にトーンダウンした口調で話し始める。
「丁寧な教え方、人当たりも良い。今みたいに声を荒げる事もなくて。まるで、壁があるみたいで…もっと本音で話せば良いじゃん!言いたいこと言って何が悪いのよ!腹に抱え込んで生きて、後で翻して!言われた方はたまったもんじゃないのに!」うわーんと子供の様に泣き出した彼女を見て、あの人みたいに保身じゃない感情のぶつけ方をされて怯んでしまった。
何かで読んだ『相手が感情的になればこちらは冷静になる』という言葉が嫌にしっくりきた。



「神楽さんはさぁ」スマホから流れる音楽に乗せる様に彩月が言葉を発した。
「ん?」
「将来、どうするの?」白い無地のマグカップを両手で包み込んで、下を向いた彼女を見下ろす。
なるほど、だから仕事中にジロジロとこちらを見ながら何か言いたそうにしてたのか。
透明のグラスをテーブルに置きながら座る。
なにから話すべきか。
あの冬の日の後、二人で歩いて帰りながら色んな話をした。
実は家が近かった事、お互いの好きなもの。
最後は温もりが失くなって、いやに甘ったるくなったココアを回し飲みして笑いあった。
でも、電話の相手は最後まで言えなかった。
おそらく、隼人さんがそこを話したからこその今の質問なのだろう。

親の期待に応えられなくて、失望されて。
でも、そもそもは俺が大人になってしたかった事を否定されたのが始まりだった。
『そんなのどうせ上手くいかないわよ、向いてないわよ貴方には。』の言葉は覚えてるのに、将来の夢は忘れてしまった。
そして、憎しみは消えない。

でも。
彩月は違った。
頭ごなしに否定しなかった。
話せば話すほど気付いた事は、良いものは良いと言ってくれるし、自分が気に入らなくても俺を蔑ろにしなかった。

LUNKHEADが『ひとかけらの勇気手にしたら前だけを見て歩いていける』と歌うのに合わせて、頭の中でまだ整理出来てないないけど、思った事を言おうと思った。



あの日と同じように珍しく雪が降っていた。
隼人さんの店に行く前と家に帰る前はこのコンビニでコーヒーを飲みながらたばこを吸うのがいつの間にか日課になっていた。
勿論、最近彩月と仕事終わり、一緒に帰る時もここに寄って普段通りに缶コーヒーを飲んでいる。
『じゃあ今日は冷たくないホットココア買おう~、っと』笑いながらいう彩月を思い出すとタバコを持つ手が震える。
逢えて良かった、と心のそこから思う。

灰を落とそうと灰皿の上にタバコをもっていくと目の端に人影が。
一人の小学生がコンビニから出る所だった。
手に持った細長いお菓子を持ちながら駐車場から歩道へ出て、車道で左右を伺う姿を見て、危ないな。と思う。

確かに信号は左右どちらも50メートルは歩かないといけないので気持ちは分かるがここは車通りが多く、しかも微妙にこのコンビニはカーブの膨らんだ部分にあるので遠くまで見えない。
ただ、今のご時世では『危ないよ』と声をかけたら変質者に間違われそうなので、タバコを灰皿に捨て歩道まで向かう。
せめて見守うと思った。
こういう時、彩月ならそういうこと気にせず注意するだろうな、と思って笑ってしまう。

とその時、右側から車が走ってるのを気付かず走り出す子供。

反射的に体が動いた、そして子供を抱き抱えて………

【了】
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