塚口真司短編集

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紅蓮の炎を纏う王冠

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とある政令指定都市、その名を冠した駅から私鉄に乗り15分ほど揺られ、地元民以外は読み方も分からない駅に降りた目と鼻の先に今にも潰れそうな、オフィスビルと呼ばれるのも憚られる建物があった。

そのビルの三階、今時珍しいすりガラスが付いた扉に『火野屋』と書かれた白いネームプレートが貼られており、そこだけ昭和の匂いがする、しかもエレベーターすらない。
その部屋の前にスーツ姿の男が二人。

「ここ…ですか?」
「そうだ。」
中の主に聞こえないように一つ下がった階段の踊り場でひそひそ話を紡いでいく。
「いや、変り者とは聞いてましたけど大丈夫なんですか?」見た目30代半ばの短髪の男が囁く。
「その辺りは心配しなくて良い、とりあえずさっきも言ったが絶対に彼の話を否定しないでくれ。分かったな?」50代を越え白髪が目立ち始めた男が応える。
「そりゃ、行く前から口を酸っぱくして言われましたから大丈夫ですが、『喋るな』じゃなくて、『否定するな』って…」
「あの人は…」

ガチャリ、と件の『火野屋』からひょっこりと人が顔を出した。
部屋から出てきたのに、王冠の柄の黒いウールハットを被った男。
「あれ、やっぱりヤマさんじゃない?久しぶり~」
ヤマさんと呼ばれた白髪の男が頭を下げる。
「ご無沙汰しておりました。」
「良いの良いの、俺の出番が無いのは平和な証拠じゃない、でも…来たって事はそういう事なんだね。」
「えぇ、厄介な事件です。」
ウールハットの男が扉の奥に行き、姿が見えなくなる。
「まぁ、立ち話もなんだし入っておいで。隣の若い子の紹介もその時に。」
ヤマさんに促され、階段を上がる男の頭の中は疑問符だけ占めていた。
ウールハットに最初は目がいっていたが、ヤマさんに対し、先輩の様に振る舞う明らかに20代前半に見える顔、喋り方は明るいのに眉一つ変えぬ表情。

そして何より…
顔の左側、赤い火傷の痕が頭から離れなかった。



「よし、何とか犯人の目処がついたな。」
『火野屋』が入った建物から外に出て、ノートを見ながらヤマさんが呟いた。
パタンと閉じた小型のノートをポケットにしまい、若い男に声をかける。「小野寺。早速だが、署に戻って捜査し直すぞ。」
「いや…ちょっと待って下さい。」小野寺と呼ばれた男がヤマさんに声をかける。
「あの人は一体…」
ふむ、と駅の方を向き独り言の様にヤマさんが喋り始める。
「あの人は昔、現実の世界に体現された正真正銘の名探偵というやつでな。今でこそ、こんな場所から出ずに安楽椅子の真似事をしているが、当時は現場検証もスルーパス、足で稼ぐ刑事より現場百篇を行い、しかも頭も相当切れて数ある難事件、未解決の迷宮入りを白日の元に晒したらしい。俺が新米の頃からそういう話は枚挙にいとまがない。」
とある事件であの火傷をおったらしく、その時から姿形が変わっていないらしい。

「いや、それは分かりましたけど。あの人の推理…」小野寺が口を開くのを押し留めてヤマさんが話を引き継ぐ。
「分かってる、てんで的はずれの推理だったろう?」
目を見開き二の句が継げない小野寺。
「そうなんだよ、最初はあの火傷の時に何処かに頭をぶつけたらしく快刀乱麻を断つ推理は鳴りを潜めて、てんで的外れの推理に皆がっかりしてたんだが、どうやらその推理を漫才よろしく突っ込んでいくと質問者の頭の整理がついて解決出来る事に俺の前任者が気付いた。」

『違う』

「まぁ、最低限の頭の良さは要るし、実際否定するとその事件の推理を話さなくなるから頭の中で突っ込んだり誰にでも任せられる仕事ではないのだが。」ヤマさんが小野寺をしっかりと見つめ肩に手を置く。
「後任者は小野寺、お前に任そうと思う。大変だが事件解決の鍵はお前が握ってるんだ。」

違う。

小野寺の言葉が喉の奥、音にならずに消えていく。

何故、誰も気付かなかったのだろう。
火野さんは道化を演じ、的外れな推理をするように見せかけてこちらに解決の道筋を残す話し方をしているのを。
でも、何故そんな事を…

ゆっくりと小野寺が顔を上げ『火野屋』が入っているビルの三階辺りに目を馳せると。

先程より赤く、紅蓮の炎の様に見える火傷の痕の男と目が合い、やっと見つけた。とでも言うようにニヤリと笑っていた。


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