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三皿目-鯖缶の冷や汁
しおりを挟む※本作はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには一切関係ありません。
…鯵、アンコウ、鰯、鰻、鰹、鰈、鱚、コチ、鯖、鮭、鯛、鱈、泥鰌、ハゼ、鰰、河豚、鰤、ホッケ、鮪、鱒、秋刀魚、烏賊、蛸、タラコ、アサリ、蛤、ムール貝...。
南瀬の目の前には、数え切れない程の魚介類がひしめいていた。そして、それらは全て食べやすく加工され、丁寧にパッケージされ、さらにはビッシリと霜が張っていた。
(...腹減ったな...)
求職活動の傍ら、生活費の為にスポット派遣を続けている青年、南瀬夏樹。今日の彼の仕事は水産加工品会社の冷蔵倉庫内での仕分けである。
保冷機能の付いたトラックで運び込まれたのは、ほとんどが惣菜用に加工されてたり、フライ用の切り身だったり、そのまま解凍もしくは加熱するだけで一品出来上がる様な商品が中心だった。
それらを社員やパートが値札を付けて仕分けするのを補助すべく、支給の防寒服を着込んだ南瀬はひたすら商品を降ろし、ダンボールや発泡スチロールの箱を開けて中身を取り出し、詰め替えるカゴを用意する。
カゴは使い回しなので、駅のホーム等で駅員がその辺に貼り付いたガムを剥ぎ取るヘラーースクレーパー、あるいはそのままガム取りヘラーーで古いラベルを削ぎ落とす。
幸い防寒服は充分暖かく、寒さを気にする事無く、軍手を嵌めた手で黙々と作業をこなしていた。
軍手も支給品で、衛生管理の為、毎朝洗濯済なのを渡される。
...その割には皆、防寒服のまま外に出て煙草を吸っていたり、食堂に行ったりと、結構いい加減な気もするが。
「派遣君、煙草は?」
「いえ、吸いません」
新しい現場に出る度に繰り返されるやり取りだが、あっさり引いた彼等はまともな方だろう。
南瀬にとって、煙草はただ必要無いだけだと言うのに、中には有り得ない物を見たと言わんばかりの反応をされる事がしばしばあり、正直辟易していた。
今までで最悪の例で、缶ジュースに吸い殻を放り込まれたり、タバコを吸わない事で上司に怒り出された時にはふざけるなと言いたかった。
それは兎も角。
散々寒い所で作業していて、急に外に出た物だから、まだ残暑が残る陽気が更にキツかった。夏バテは収まって来た物の、油断するとすぐに疲労が溜まる。
(帰ったら魚で何か作るかな...)
一日中魚介類ばかり見ていたせいか、南瀬の胃袋は魚を求めていた。とは言えこの時期に煮物や焼物はキツイ。炒め物や揚げ物も有りだが...。
(冷や汁にするか...)
冷や汁は、地方によって様々だが、暑い盛りに食べる、冷たい味噌汁を使った料理全般を指す。それこそ、冷めた味噌汁をご飯にぶっかけた「ねこまんま」も冷や汁と言えなくも無い。
しかし南瀬が作ろうとしているのは、宮崎県辺りで作られる、焼き魚を擂り潰して混ぜた物が一番近い。以前から作ろうと思って調べていたのだが、些細な問題に気付いた。
「...味噌の消費量がキツ過ぎる...」
本格的に作ろうとすると、味付けを味噌だけでまかなう為、量を抑えても500グラム余り必要になる。食費の負担を減らすのが自炊の目的のひとつなのだから、そんな贅沢な使い方は出来ない。
後、本来なら合わせ出汁を引かなければならないが、バテてるのに手間をかけ過ぎると、後が続かない。
理想と現実を擦り合わせようと知恵を絞りながら帰宅した南瀬は、戸棚の片隅にあった、銀色に鈍く光る物に目を付けた。鯖味噌缶である。
エプロンを締めた南瀬は、先ずは豆腐を水切りして置いて、その間に焼き味噌を作り始めた。
擂鉢に鯖味噌缶をひとつ開ける南瀬。冷や汁には鯵を塩を振らずに焼いた物が定番だが、白身魚なら何でも有りだ。それに缶詰の汁も味付けに使えるかと、試しに全部空けて見た。
擂粉木で適当に擦り潰したら、味噌をお玉一杯入れて混ぜてみる。練ってもボソボソしている様ならもう一杯足して練る。
繰り返してく内、もったりした粘土状になったのを頃合に、油を引かない中華鍋で焼き始めた。
すぐに味噌の芳ばしい香りが立ち込める。そのまま中火で焦げ出した部分を木ベラで内側に練り込んで、全体が茶色から焦げ茶色に染まったら火を止める。
別のフライパンで白胡麻を香りが立つまで乾煎りし、粒が無くなるまで擂り潰したら焼き味噌に混ぜ、氷水で焼き味噌を溶く。
泥状からサラサラのスープ状になったら、市販の白出汁で味を整えて、潰した豆腐に注ぎ、薬味に大葉を刻んで乗せて...。
「鯖缶のなんちゃって冷や汁...としか名付け様が無いなあ...」
またしても魔改造料理。出汁と味付けを鯖味噌缶の汁と白出汁で誤魔化したので手抜き感はあるが、焼き味噌の香りが食欲をそそる。
そのまま飲んだり、飯にかけてかっ込んだりと色々楽しめるが、昔戸隠で胡桃ダレの蕎麦を食べたのを思い出し、まずはつけ蕎麦にしてみた。
「...いただきます」
こう暑いと、つい冷たい麺類に偏ってしまうなと自嘲しつつ、蕎麦を冷や汁に絡めて口に含んだ途端、複雑だが心地良い香りが鼻を抜けた。
焼けた鯖、味噌、胡麻、そして大葉。見た目の泥臭さからはかけ離れた豊かな風味には、優雅さすら感じられた。
「今度、紫蘇やパクチーでも試してみたいな...。これは香草が際立つ」
コテコテの濃厚なスープは、癖の強い香りに負けない所か、お互いを引き立てあっている様に感じられた。
味も、安物の鯖味噌が極上のスープに化けていた。そして底に沈んでいた豆腐。冷や汁がよくしみて滅法美味く、腹持ちも良い。蕎麦一玉で、もう満腹だった。
「...これで手抜きせず、魚を焼いて、良い味噌と合わせ出汁で仕込んだらどうなるか怖い位だな...。にしても...」
南瀬が食卓に据えた、そこそこ大振りの擂鉢をちらりと見ると、中には並々と満たされた冷や汁が有った。一食分取り分けた位では減った気すらしない。
「鯖味噌一缶丸ごとは、ちと多すぎたか...」
練り込む味噌の適量を手探りで計ってたせいで、ーー味噌自体はそんなに使わずに済んだがーー最終的な量がとんでもない事になっていた。美味い事は美味いが、濃厚過ぎて独りで食べていたら、すぐに飽きてしまいそうだ。
「...次からは鯖缶半分にしよう...」
思い付きで作る物だから、試作段階で、この手の失敗はいつもの事だった。とは言え、昔に比べればマズくて食べられない様な失敗は無くなって来ている。
失敗作の処分も全て自分でやっていたのだから、経験を重ねて行く内に、何とか味が破綻しない様、ある程度見極めを付けられる様になって来た南瀬である。
最初は調べた通りに作ったりもするが、誰に披露するでも無いのに独創性に拘りたい変人の料理研究は、こうして繰り返されるのだった。
ともあれ。今日の所は...、
「...ご馳走様でした」
南瀬は箸を置いた。
ー完ー
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