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二十二皿目-ビーフカレー(後)
しおりを挟む※本作はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには一切関係ありません。
例年であれば、友人と連れ立ってファンシーな遊園地に行ったり、小旅行したり。
合コンに出たりと外へ遊びに出ていた水谷だが。
今年は貴重な三日間を全てMMOに費やした最終日。
尋ね人は割とあっさり見つかった。
プレイヤーの名前は全て相手の頭上に見える事と。
プレイヤー名から大体の居場所を検索する機能から、案外近くの、初心者が冒険の手始めに出掛ける森だとわかったので、所謂『始まりの街』を出た直後。
道端の茂みで草むしりをしているホビット族の頭上に、尋ね人の名前を見付けた水谷ことMintia-Breezeは、つんのめった。
やけに感情表現の豊かなゲームである。
それは兎も角。
一口に『森』と言っても恐ろしく広いエリアなので、時間との勝負と思っていたら五秒で尋ね人のTakiji-Kobaを見付けてしまい。
いざ話し掛けようとした時、はたと気付いた。
(…これって、通報事案じゃ…)
探している間は必死だったが、そもそも尋ね人が思った通りの人物かに関わらず面識の無い他人な訳で。
その上、見た目子供なホビット族と、見た目大人なエルフの男。
自分でも傍から見たら、迷わず通報するよね、と。
どこか他人事の様に考えつつも、身動きが取れなかった。
結局、後ろで状態異常か回線切れの様に硬直しているエルフを不審に思ったホビット族から心配そうに話し掛けられ、初心者なのを見て取られて『慣らし』のミニクエストに誘われたのだった。
Mintia-Breeze:…つまり、リアルでも普通そんな事をしたら傷む様な使い方をすれば、ゲームでもあっと言う間に損耗率が上がり切って装備がロストする…と言う事ですか。
Mac-Guffin:そーッス。まあ詳しい話はまたにして、いっぺん昼行って来たいんスけど、いーッスか?
Mintia-Breeze:あ、はい。お話どうもありがとうございました。
Saya-Florence:ねーねー。まく君今日何にするの?
Mac-Guffin:んー、外出てカレー喰ってこかな。
Saya-Florence:えー?この暑いのに?冷やし中華とかそろそろ美味しそうじゃない?
Mac-Guffin:そんなんじゃ力出ねーよ。ガっと汗流してシャワー浴びたら午後からレイド(集団PT戦)行ってくるわ。
Saya-Florence:(´・ 3・`)ブー あ、先生はどっち食べたい気分ですか?
Takiji-Koba:私もカレーでしょうか。暑い盛りになると作りたくなるんです。
先のPTの反省点を聞くのに集中していた水谷は、当初の目的を失念していた事を今頃思い出した。
Mintia-Breeze:先生?お料理のですか?
Takiji-Koba:サヤさん…。
Saya-Florence:ごめんなさーい。(。>ㅅ<。)💦んと、『先生』はネタなんだけど、お料理が趣味の人で、とっても上手なんですよー。
Mac-Guffin:フォローになってネーw
Saya-Florence:うっさーい!ヽ(`Д´)ノ
Mac-Guffin:そりゃそーと、タキジさん家のカレーっつーからには一筋縄じゃいかなそーッスね!
Takiji-Koba:いや、普段はカレールーのパッケージ通りの見た目のですよ?最近はビーフカレーに凝ってます。…ただ、
Mintia-Breeze:ただ?
Takiji-Koba:その…、最近ビーフカレーにパイナップルとゴーヤを入れるのがマイブームと言うか…。
それは夏の盛りの事。
地上を白く染める程強い陽射し。
忙しなく鳴く蝉の声もどこか疲れて聴こえる猛暑の中。
とある安アパートの一室で、一人の男が冷蔵庫を漁っていた。
「そろそろいいかな」
ランニングシャツとジーンズだけの青年は、取り出したタッパーの中身を確認していた。
青年の名は南瀬夏樹(みなせなつき)。
短期派遣を転々とする、今時どこにでもいる様な男だった。
南瀬はクーラーを点けずに窓を全開にし、換気扇を点けっ放しで黙々と野菜を切り、鍋に火をかけ出した。
その、何処か昭和臭の漂う厨房で南瀬が拵えているのは『カレー』だった。
言わずと知れた日本の国民食。
インド料理にハマった英国人を経由して日本にも伝わったとか。
インド人に「あれは何だ」と尋ねたら『カリ(料理)』と答えられたのを勘違いしたとか。
そう言った豆知識は、もう聞き飽きたと言われる位にカレーは日本に根付いている。
当然、家庭毎にその味はあり、正解は無い。
南瀬の実家は主にポークカレーだった。
チキンカレーもたまに作るが、今回はある理由でビーフカレーを作る。
量は七、八皿分。
先ずは玉葱を四玉、微塵切りにしてフライパンの弱火でじっくり炒める。
嵩が減り、飴色になった所で圧力鍋に移し、次は牛肉を焼く。
先のタッパーの中身はカレー用に賽の目切りされた牛バラ肉と牛筋肉が大体二百五十グラムづつ。
だがタッパーには他に黄色い果肉も混ざっていた。
一口大に切られたパイナップルである。
スーパーでサラダやデザート用に一人前分取り分けて売っているので丁度良かったので仕入れた物だ。
パイナップルやマンゴー等の果物に肉を柔らかくする酵素が含まれているのは知られているが、家庭で実践する機会は少ない。
普通、肉汁がしみた果物はもう他に使えないし、酢豚等の一部の料理でないと一緒に使うのは難しいからだ。
棄ててしまえば済む事だが、南瀬はカレーという懐の深い料理ならばと試して見る事にしたのだった。
肉の表面に焼き目を付ける程度で火を止め、続けて人参とゴーヤを一本、カレー用の厚めのイチョウ切りに。
ゴーヤは種を取って、人参よりは薄くして、どれも切り口に焼き目を付ける。
他の料理だと苦くて食べ辛い大きさだが、カレールーが上手く苦味を包み込んでくれる。
これらも圧力鍋に放り込んで一リットル半の水と共に火にかけて加圧する。
その間に標準の大きさのじゃが芋を八個ばかり切って置く。
皮は剥かずに泥を落としたら乱切りにして、切り口に焼き目を付ける。
じゃが芋はすぐ煮崩れするので鍋に入れるのは後だ。
皮を残して焼き目を付けるのも同じ理由だが、南瀬は皮ごと食べる方が好きだし、焼き目があるとルーがよく絡んだりと、良い事ずくめなのも大きかった。
タッパーに残ったパイナップルも焼くが、これは果汁を焼き目で閉じ込めて、カレールーの味を壊さない為だった。
その後圧力鍋がひと煮立ちしたら、火を止めて圧を抜き、浮いた灰汁(あく)を取り除く。
ここでじゃが芋、パイナップル、カレールーを八皿分と、ローリエの葉を一枚入れて再度加圧。
じゃが芋に箸が通る程煮えた所で弱火にし、濃縮野菜ジュース、ガラムマサラ等でルーの味を整えたら火を止め、ご飯に盛り付けて出来上がり。
前日に肉を仕込み、朝から汗だくで作り始めて、出来上がる頃にはもう昼になっていた。
「いただきます」
芳しい香辛料の香りに包まれながら、南瀬は早速木の匙でカレーを掬う。
木製食器は南瀬の趣味だが、何より煮物を頬張る時、鉄の味で邪魔されないのが良い。
それも含めて美味いと言う人もいるかも知れないが。
「むっ…!」
小皿で味見した時と違い、一気に頬張ることで、鮮烈な辛さが舌を突き抜けた。
瞬く間に南瀬は全身の毛孔が開き、益々汗が滝の様に流れてゆく。
だがその後に残るのは複雑な旨味。
丹念に炒めた玉葱と、蕩けた牛筋の出汁。
ルーは爽やかな辛味が特長の辛口と、まろやかな中辛。
二種類の製品を半々使っている。
「次作る時はコンソメの素もブレンドして見ようかな…」
家カレーと言えば、各家庭毎に隠し味がある物で、南瀬もインスタントコーヒーやチョコレート等色々試してみた。
しかし、僅かな匙加減で味が狂うし、その癖、南瀬の好みには噛み合わなかった。
しかし他の料理でオニオンスープや野菜ジュースを多用している内に気付いた。
肉と野菜の『合わせ出汁』に力を入れれば、カレーの味を損なう事無く理想の味に近付けるのではと。
今回はパイン酵素を試すのが主眼だったが。
牛の筋と肉、それに炒めた玉葱と野菜ジュースからなる『旨味』で、かなり理想のカレーに近付いて来た気がする。
「さて、肝心の肉は、と…」
筋と肉をルーの中から見つけ出し、口に放り込むと、見事に蕩けてしまう。
特売のアメリカ産牛肉で安物のはずが、まるで和牛でも口にしているかの様だ。
「やはりカレーは、この『具を喰ってる』感が無いとな…」
最近はレトルトカレーも美味くなったが、それでも大半は『具無し』だ。
幾つになってもじゃが芋や人参、そして肉がゴロゴロしているカレーは見ているだけでも心が沸き立つ。
「具と言えば…、そろそろコイツラもいってみるか」
そう独りごちて、次に南瀬はゴーヤに取り掛かる。
シャクシャクと。
歯応えを残してはいるが、厚切りのゴーヤはカレールーが絡んで然程苦くもない。
寧ろ後味の僅かな苦味が口の中をさっぱりさせてくれる。
普通は色々下拵えして苦味を抑える物だが、非常に相性が良く、夏らしいカレーを見事に演出してくれている。
そしてパイナップル。お子様向けで果物入りはたまにあるが…。
「…これは、アレだ。福神漬け」
無論全く味は違う。
だが『薬味』としてのそれ。
ともすると辛さに匙が止まりかける所で、一口齧るとまたカレーに手が伸びる。
そんな絶妙な箸休めにパイナップルはアリだと思った。
「これは当たりだ!…もう一杯いこう」
こうして、気が付けばお代わり連打した南瀬は、これで数日は楽しめると、残りのカレーをスープストッカー代わりにしている飯盒に移して冷蔵庫にしまった。
アルミで軽い上、飯盒の独特の形状は冷蔵庫に入れても邪魔にならず、しかもそのまま火にかけられるので重宝している。
ほくほく顔をしていた南瀬だが、異変は三、四日経った頃に起こった。
「ルーが酸っぱい!?」
焼き目を付けたとは言え、数日放置した事でパイナップルから果汁が沁み出し、カレールーの味を壊してしまった様だ。
「パイナップルは取り分けて置くべきだったか…」
こうして苦い経験ならぬ『酸っぱい経験』をした南瀬は、以後パイナップルの取り扱いに注意するのだった…。
Mac-Guffin:…タキジさんも、結構チャレンジャーッスねー。
Saya-Florence:私だってそーだよ?
Mac-Guffin:考えナシで、しかも自分じゃなくて周りに毒味させる誰かさんと一緒にされちゃーなー。
Saya-Florence:な、なんで知ってるの!?
Mac-Guffin:ゼミで割と話題になってるし?一度弁当のオカズ交換した時、死ぬ程後悔したとか何とか。
Saya-Florence:うきゃー!
Takiji-Koba:いや、幸い味が壊れたのは殆ど食べた後でしたので。それからは小鍋にパイナップルだけ分けるか、トッピングにしてます。
Mac-Guffin:あ、それならレトルトでマネ出来るッス!
Takiji-Koba:市販のレトルトはルーが薄いのが多いからどうでしょうね…。自分の作ったビーフカレーとは相性が良かったけど、私も今度チキンやポークで試してみます。
Mintia-Breeze:もしかして…。タキジさんは、ビーフ・チキン・ポークで、カレーの作り方を変えているんですか?
Takiji-Koba:そうですけど?
Saya-Florence:うぞっ!Σ(゚ロ゚;)
Takiji-Koba:いや、普段は具を変える程度ですが、気が付くと去年作っていたのと別物になってたり。昔の作り方でも、こっちの具と合わせれば良さそうとか色々試してたらキリが無くて…w
Mac-Guffin:パネェ…。
Mintia-Breeze:…タキジさんは、何故そこまでするのですか?
Takiji-Koba:はい?
Mintia-Breeze:お気を悪くされたらすみません。ご趣味だそうですが、お話を聞く限り、もう充分美味しく作れている様でしたので。
Takiji-Koba:それはまあ、楽しいからでしょうか?
自分からしたら、主婦になって毎日料理を含めた家事をするなんて苦行でしかない。
もしこの人が『師匠』なら、何を思ってあんな男の為にそこまでするのか。
そう思って投げ掛けた問いに、子供の様に可愛らしく首を傾げたホビット族は、気負い無く答えた。
Takiji-Koba:例えば、このゲームもそうですが、毎日淡々とノルマをこなす『作業』をするより、上手く行かない事があっても、変化を楽しんだ方が遊び甲斐があると…。まあ、これは私の考えでしかないですが。
Mac-Guffin:それは確かに、あのプレイスタイル見てたら納得ッスねw
Takiji-Koba:ご飯も…。元々ものづくりが好きだし、食べる事も食べて貰う事も好きなので、同じ作るなら楽しい方が良いな。…と、そう思って作ってたら、自然とこうなってましたw
そう言って照れた様にはにかむ、幼子に似たアバターを見た水谷も納得した。
この人だ。
この人で間違い無いと。
自分に似た感性を持ちながら、自分には出来ない事が出来る人だと。
理屈でなく、そう思った。
その夜。
早速水谷は、近くのカレー屋のテイクアウトにカットパインを添えて楽しんでいた。
「確かに意外と合うけど…。師匠のカレーで食べてみたいな」
水谷はパイナップルを口に放り込みながら、TV画面に映る自分のアバターに視線を移した。
その手には、あの後Takiji-Kobaから譲り受けた新しい弓が握られている。
面白がって作ってみたものの、そのピーキーな性能でお蔵入りされていた物だが、水谷は大いに気に入った。
後にMintia-Breezeは、この弓とセットで一部に有名となるのだが、それはまた別の話になる。
ともあれ。今日の所は...、
「...ご馳走様でした」
水谷は匙を置いた。
ー完ー
応援ありがとうございます!
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