派遣の美食

ラビ

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二十二皿目-ビーフカレー(前)

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※本作はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには一切関係ありません。



Saya-Florence:てやー!

 とある森の外れ。
何処か郷愁を感じさせる、のどかな草原に、剣戟の音が響く。

 かたや優美で実戦的に欠ける様でいて、その実強力な武具に身を固めた、まだ年若い印象の武装集団。

 対するは粗末で身体に合っていない武具を無理矢理身体に括り付けた体の小柄な人影達。
しかし人と判じるには彼らは皆緑色の肌を持ち、類人猿とも付かぬその人怪達の醜悪に歪んだその貌に浮かぶのは、剥き出しの悪意と侮蔑。

 如何なる理由からか、それぞれ四、五人規模のふたつの集団は、暴力と言う純粋な肉体言語で『交渉』を行っていた。

Saya-Florence:レッ!ベッ!ルッ!制限がっ!かかってるって!思ったよりっ戦い辛い!なっと!

 異形の人怪達の中に飛び込んで、二刀のナイフを振るう少女。

 華奢で優美な体躯とは裏腹に、瞬く間に一体、二体と切り刻んで屠って往く。
その少女の耳は長く尖っており、どこぞの電子の歌姫の様な紺碧色の髪のツインテールを翻す。

 その少女は、ファンタジー物を少しでも知っていれば『エルフ』と呼ばれる種族だとわかる特長を持っていた。

Mac-Guffin:おーい。普段のつもりで殴ってるとヘイト取っちまうから、も少し抑えろー。
Saya-Florence:はーい。(・◇・)ゞリョウカイッ

 普通これだけ暴れれば、少女に人怪達が殺到して取り囲まれそうなものだが、彼等は何故か少女に背中を向けて、もう一人の人物だけを親の仇の如く一心不乱に攻撃していた。

 弓矢、棍棒、ナイフ。
いずれも見窄らしいが『疾く死ね』とばかりに叩き付けられる暴力の嵐はしかし、精緻な意匠の施された盾に尽く弾かれていた。

Mac-Guffin:ザッケンナ、オラー!
プロボック(挑発)!
ゴブリンCの、Mac-Guffinへのヘイトが上昇しました。
ゴブリンDの、Mac-Guffinへのヘイトが上昇しました。
ゴブリンEの、Mac-Guffinへのヘイトが上昇しました。

 声からするとまだ少年の様だが、今は全身鎧で身を固め、素顔は分からない。

 分かるのは、彼が奇声を上げたり、左手に持つ盾に右手の片手剣の刃、その平たい面で打ち付け、楽器の様に鳴らす度、エルフの少女に振り向こうとした人怪ーー『ゴブリン』ーー達が、まるで催眠術にでもかかった様に、再度全身鎧の少年に向き直って攻撃を再開するという、奇妙な行為が繰り返されている事だった。

Saya-Florence:…その、どっかのサイボーグヤクザみたいな『挑発』、ガラ悪いから変えない?
Mac-Guffin:挑発お上品にしてドーすんよ?

 言葉使いは乱暴だが、集団の暴徒を小揺るぎもせず一身に受け止め、少女を守る姿は正しく『騎士』そのものだった。

 たまに少女へ襲い掛かろうとするゴブリンもいたが…。

Saya-Florence:『ハ・イ・ド』♪
ハイド(隠蔽)発動!
ゴブリンDの、Saya-Florenceへのヘイトが低下しました。
ゴブリンD:ゴブ!?

 そのゴブリンの目には、少女が可愛いらしくウィンクした直後、チェシャ猫の微笑みを残して姿を消した様に見えた。
実際にはすぐ横のゴブリンに切り掛っているものを、まるで狐に摘まれた様に見失ったゴブリンは、また全身鎧の少年に引き寄せられる様にして攻撃するのだった。

 しかし、それでもゴブリン達が棍棒やナイフを大きく振り回したりする度に、少女も次第に傷が増えてゆく。
そこへ止めを刺す様に、横合いから少女に光弾が飛んで来た。

Saya-Florence:わたっ!
キュアハートバレット(治癒弾)!
Saya-FlorenceはHPが742ポイント回復しました。

 避ける暇も無く。
野球の球の様に勢いよく飛んで来た光弾をぶつけられたエルフの少女はしかし、それで傷付いた様子も無く、少し驚いただけで元気よく戦い続ける。

 それどころか、先程迄付いていた痣も流れていた血も、まるで化粧を落とした様に消え失せ、益々元気を取り戻して走り回る。

Saya-Florence:…ありがたいんだけど、どーも慣れないなー…。
Takiji-Koba:すいません。単体回復だとこっちの方が威力高くて…。

 乱闘の輪から少し離れた間合いで謝罪したのは、一見してエルフの少女よりも一回り小さい子供に見えた。

 容姿も声も可愛らしく、性別も判断が難しいが、着ている物は男物だった。

 先の二人の中世的な格好に比べて何処か近代的で、それでいて何処か懐古的な軍装で固めたその幼子はしかし、子供らしからぬ所作で奔走していた。

エントレンチメント(塹壕)!
Mac-Guffinの防御力が上昇しました。
Takiji-Kobaの防御力が上昇しました。
Saya-Florenceの防御力が上昇しました。
Mintia-Breezeの防御力が上昇しました。

デトックスポーション(解毒)!
Mac-Guffinが毒効果から回復しました。

ポーションレイン(範囲回復)!
Mac-GuffinのHPが475ポイント回復しました。
Saya-FlorenceのHPが481ポイント回復しました。

スピードローダー(早合)!
Takiji-Kobaは射撃の準備が完了しました。

クイックショット(速射)!
ゴブリンCに287ポイントのダメージ!

 幼子は自分の背丈程もある長さのマスケット銃を携え、油断無く構えている。

 苔色にも似た暗褐色の丈夫そうな生地の服と、短い黒髪がはみ出した丸兜には、赤十字に似たワッペンと、たくさんのポケットが縫い付けられ。
腰には前掛けの様な大きな鞄まで下げて着膨れしていた。

 遠目にはスモックを着ているかの様なシルエットの幼子は、鞄やポケットから手品の様に弾薬や薬瓶に包帯、果てはスコップまで取り出しては仲間の傷を癒し、防御を固め、前線が崩壊しない様に支援を続けている。

 手すきになると散発的に銃撃まで加えている様は、正に『衛生兵』そのものだった。

 そんなチグハグな印象を持つ幼子の背後に立つ人影から、絶えずキリキリと何かを引き絞る音が。

Mintia-Breeze:はっ!
アローレイン(散弾射)!
ゴブリンCは147ポイントのダメージ!
ゴブリンDは153ポイントのダメージ!
ゴブリンEは146ポイントのダメージ!

 武装集団の最後の一人は金髪の見目麗しい青年。
耳の型から、少女と同じエルフと分かる。

 北欧系の男性モデルの様に然りと背筋を伸ばした立ち姿は、細身だがバランス良く引き締まっており、女性なら誰でも見蕩れそうな『華』があった。

 簡素だが動き易い布服を纏い、木の弓を構える様は物語から抜け出したかのようで様になっている。
…が、その貌には少し焦りが見えた。

Mintia-Breeze:はっ!
Mintia-Breeze:はっ!

 青年が空に向けて一射撃つ毎に、たった一本放たれた筈の矢は無数の光の雨となってゴブリン達に降り注ぐ。

ゴブリンC:ゲギャ!ギャ!
ゴブリンD:ギャ!ゴブー!
ゴブリンE:ゲギャギャ!

 乱戦にも関わらず、矢はゴブリンだけに刺さり、仲間には擦りもしない。
幼子の銃撃もそうだが、普通ならフレンドリィ・ファイア(同士討ち)が起こりそうなものを、前線で切り結んでいる二人はその可能性を気にもかけていない。

Mintia-Breeze:はっ!
Mintia-Breeze:はっ!
Mintia-Breeze:はっ!

 熟練の戦士の様な風格とは裏腹に、エルフの青年は一刻も早くゴブリンを殲滅しようと、焦った様に矢の雨を降らし続ける。
そこへ全身鎧の少年が警告を発した。

Mac-Guffin:ちょ、ミンティアさん範囲攻撃抑えて!ヘイトがそっち流れるっしょ!
Mintia-Breeze:え?
Saya-Florence:あ。ゴブが一匹、そっち向いちゃってる。

 止める暇も無く。
ゴブリンが一体、前線を突破して青年へと突進した。

Mintia-Breeze:わわっ!
Mac-Guffin:ごめ、そっち一匹抜けた!

 全身鎧の少年は残り二体を引き留める為に動けず。
エルフの少女が追い縋るも間に合わず。
そこへ、幼子が間に入った。

Takiji-Koba:着剣!
ベイアネットモード(銃剣形態)!

Mintia-Breeze:…え?
Takiji-Koba:吶喊(とっかん)!
ストックブロウ(銃床突き)!
ノックバック(突き飛ばし)発生!
ゴブリンEは255ポイントのダメージ!

Mintia-Breeze:…ええぇ!?

 幼子は腰に差したナイフを素早くマスケット銃の先に装着すると、そのまま刺さず、棒術の様にマスケット銃を振り回して銃床でゴブリンを突き飛ばした。

 後退ったゴブリンは目を白黒させて動きを一瞬止めてしまう。

 大の大人を子供が庇う。
奇妙な構図だが、幼子のそれは無謀とは程遠い、訓練された兵士の動きだった。

 それに触発されたのか、エルフの青年も弓を振りかぶってーー、

Mintia-Breeze:このっ…!
Takiji-Koba:あ、それは!
Mintia-Breezeの攻撃!
ゴブリンEに244ポイントのダメージ!
ウェポンブレイク(武器損壊)!
『オーク・ショートボウ』は消滅しました。
Mintia-Breeze:…へ?

 ゴブリンを打ち据えると同時に弓は一瞬で砕け、光の粒となって跡形も無く消えた。
突然の事に呆然とする青年に、立ち直ったゴブリンが棍棒を振りかぶるが、そこへ幼子が銃剣の刃を突き込んだ。

アサルトチャージ(突撃)!
クリティカル(大成功)!
ゴブリンEに744ポイントのダメージ!
ゴブリンEは倒されました。
ウェポンブレイク(武器損壊)!
『スチール・ベイアネットナイフ』は消滅しました。

Mac-Guffin:『支援』がトドメ刺したーー!?
Saya-Florence:オモシローい!

 幼子が攻撃した瞬間、マスケット銃に据え着けられたナイフが砕け散って消滅したが、銃そのものは無事だった。
そして倒れ伏したゴブリンもまた、暫くすると光と消えて往く…。

 余りに目まぐるしい展開にエルフの青年が呆れる内、残りのゴブリン達も倒され、その場に残ったのは彼らだけとなった。

Mac-Guffin:よっしゃ!シナリオクエスト完了!おつかれー。
Saya-Florence:お疲れ様ー♪(^^♪
Takiji-Koba:お疲れ様でした。
Mintia-Breeze:…あ、はい。皆さん、お手伝いありがとうございました…。



「ううっ…、私のショートボウ…」
 世間はGWに入り。
初夏の陽気に恵まれた頃の昼近く、とあるマンションの一室で。
一人のOLらしき女性がゲーム機を繋いだテレビ画面を前に嘆いていた。

 女性の名前は水谷鏡子(みずたにかがみこ)。
長期派遣を転々とする、今時どこにでもいる様な女性だった。

「何かマズったのかなぁ…。『師匠』も何か言ってたし」
 水谷はゲーム機に繋いだキーボードを打って、PT(パーティー)メンバーに質問した。

 水谷が遊んでいるのは、最近人気の『MMO』と呼ばれるオンラインゲームのひとつだった。

 インターネット回線を使い、リアルタイムで世界中のプレイヤーと遊べるのが売りだが、水谷はこれまでゲーム自体余り興味が無かった。

 それが急に新品のゲーム機を購入して、今は画面に齧り付いている。

 切っ掛けは親戚の女の子からもたらされた話だった。

 年下だが、趣味や話題等、話が合うので、たまに会ったりSNSや電話でおしゃべりをする女友達で、その日挙がったのも他愛の無い話題のひとつでしかなかった。

 同級生の友達がネトゲにハマってるとか。
ゲームを遊びながら、SNSの様にチャットでおしゃべりしてるとか。
 
 二人とも内容に意味等求めていない。
ただ、ダラダラと世間話する雰囲気を楽しんでいた。

 しかし、話題が『ゲームそっちのけで、ご飯の話ばかりする飯テロプレイヤー』になった時、水谷は妙な既視感を覚えた。

 その場は聴き流して終わったが、飯テロの内容、そのラインナップに得体の知れぬモヤモヤを抱いたまま数日を過ごした。

 やがて水谷は親戚の女の子から詳細を聞き出し、ゲーム機器を揃えて件のMMOを初めた。
飯テロプレイヤーのアバター(ゲームキャラクター)『Takiji-Koba』を探しに。

 水谷自身、何故ここまでするのか分からない。
ただ、確信めいたものを感じていた。

 何度か職場でニアミスしている男。
その男の為に毎日凝ったお弁当を作っていると思われる主婦。
自分と味の好みが近い、その人妻がプレイヤーなのではないかと。


「それは兎も角、グラフィックのレベル高いわね…」

 昨今のネットゲーム、特にアクションRPG的な物は3Dグラフィックが主流となっている。

 日進月歩で急速に精密なグラフィックのゲームは増えているが、『ハリボテ感』や『マネキン感』を感じさせない造り込みにおいて、このMMOは群を抜いている。

 しかしゲーム自体の内容は単純明快だ。

 この世界の新人冒険者となって世界を旅して回る。
後は本人の好きにすれば良かった。

 無論、装備集めもゲームの主眼だが、プレイヤーの中には如何に自分のアバターを着飾るかに全力を注ぎ、グラビアの様なSS(スクリーンショット。モニター上の画像を写真の様に記録した物)を撮り貯めてはネットに挙げている者も多い。

「種族は…、やっぱりエルフよね。こんなのに傅かれたい…」

 気が付けば水谷も時間を忘れてキャラメイクに没頭してしまう。

 最終的に、彫りが深く大人の色気を放つ、ホストめいた美青年エルフを完成させた頃には空が白みかけていた。

「うわー…。GWじゃなかったらヤバかったわ…」

 出来れば一眠りしたかったが、今の職場はGW全て休みにしてくれる程甘く無い。

 水谷は休み明けに備えて体内時計をズラさ無いよう、ゲームを軽く進め、操作を覚えながら昼過ぎまで時間を潰すと仮眠を取る事にした。

「…って、もう朝!?」

 寝過ごした水谷は今日が自分の休みの最終日だと気付き愕然とした。

「早く見つけないと…!」

 一度冷静になれば。
別に今、確実に尋ね人がログインしている保証は無く。
そもそも今日中に探す必要も無い事に気付けただろうが、水谷は無自覚に『ゲームを続ける理由』を作っていた。

 つまりはまた一人、MMOの魅力に取り憑かれたゲーマーが誕生したのだった…。


ー続ー
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