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二皿目-塩焼そば
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※本作はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには一切関係ありません。
天高く、雲雀の鳴く声がどこまでも伸びてゆく。
そんなある晴れた日の、とある森の中を。
ナップザックを背負った一人の男が進んでいた。
「はっ……はっ……」
男の名は南瀬夏樹(みなせなつき)。
派遣社員として職場を転々とする、今時どこにでもいる様な青年だった。
「ふっ……ふっ……」
多少息は荒いものの、その足取りは軽く、整備されているとは言え、起伏に富んだ道を難無く進んでゆく。
派遣契約の期間が終了した南瀬は、息抜きにと一泊二日の行楽に出かけたのだった。
一泊とは言っても野宿はせず。
森を抜けた先の湖の畔で風景を楽しみつつ食事を取り、そのまま蜻蛉帰りで街のホテルに入る。
そんな小旅行を予定していた。
(空気が美味いな…)
鬱蒼と生い茂る森の中。
木洩れ日が雄大な木々草花に差し込む姿。
土と草の香り。
風に葉擦れ、鳥や虫達は合唱する。
それら全てが南瀬の中のささくれた所を洗い流してくれる。
歩き疲れているはずなのに、むしろ南瀬は森から活力を貰っている様に思えた。
やがて森を抜けると、視界一杯の美しい水平線と、その遥か向こうの山々が南瀬を迎えてくれる。
平日なので自分一人かと思っていた南瀬だが、着いてみるとポツポツと人影が。
そこは本格的なキャンプをするには手狭だが、絶好の観光スポットとして人気があった。
南瀬はナップザックを降ろし小さな折り畳みテーブルを広げると、その上にキャンプ用カセットコンロを設置する。
キャンプ用品として必須のコンロ。
その熱源は多岐に渡り、ガス、固形燃料、アルコール、ガソリン、炭火、薪等。
海外ではツナやピーナッツバターの缶に直に火を付け、その油脂で固形燃料感覚で鍋を温めた後におかずにするツワモノもいるらしい。
それは兎も角。
南瀬のコンロはスプレー缶型をした家庭用カセットコンロに使うガスボンベに、畳めばポケットに入る『レギュレーターストーブ』と言う携帯用コンロを繋げた物だった。
キャンプ用コンロには専用のガス缶を繋ぐ型もあって色々便利だが、余り金をかけられない南瀬は、災害時等のサバイバル用品の兼用を意識して、コンビニ等で燃料が手に入り易い型を選んだ。
(…とはいえ、被災してコレに頼る事態には、出来れば一生逢いたく無いものだが…)
昔、大地震で交通機関が麻痺して帰れなくなり、会社に泊まり込んだ数日間の事を思い出すとゾッとする。
南瀬にとってキャンプ用品集めは趣味ではあるが、同時に気休めの御守りでもあった。
(…どの道、浪費の言い訳だな。まあ趣味なんて大抵そんな物か)
そんな事を考えながら、南瀬はナップザックに括り付けた飯盒を外して火にかけた。
昔ながらの特長的な豆型の飯盒を遠目に見た他の行楽客の一部から失笑が漏れる。
「…ぷっ。おい見ろよ。あいつ今時ハンゴーだぜ」
「よしなさいよ、聴こえるわよ…」
定期的に到来するキャンプブーム。
登山などの本格的なキャンプは未だ初心者にはハードルが高いものの。
交通の便が良くて適度に自然が多く、初心者向けのサポートに優れたキャンプ場を使って気軽に行楽を楽しむ層も増えて来た。
更に、災害対策としても兼用出来る手軽なキャンプ用品として業界が力を入れているのは、やはり調理器具だろう。
まな板、包丁、スキレット、ダッチオーブン、その他用途別のクッカー(鍋)類。
最近では中華鍋とお玉までアウトドア仕様の物が存在する。
そうした日進月歩の中で、昔ながらの飯盒は時代遅れと見る者も少なく無かった。
底板のみ金属で蛇腹に畳めるシリコン鍋や、断熱材で側面を覆い、瞬時に湯を沸かす、洒落たデザインのクッカーをこれみよがしに見せびらかす行楽客らの様子に気付く様子も無く、南瀬は調理を始めた。
銀シートを裏張りして保冷機能を付けたバッグの中から大き目のジャム瓶を取り出す南瀬。
中には野菜や茸、ウインナー等みっしり詰まっており、その上、油に漬けられていた。
その油を一匙二匙、飯盒の中に垂らし、鍋底全体に広げる様に飯盒を回す。
次に市販の生焼そばの麺を解しながら入れて、水筒の水を少し垂らす。
水が焼ける音を豪快に立て、割り箸で更に麺を解した所で、ジャム瓶に詰まった具をゴロゴロと飯盒に放り込むと、辺りに芳しい香りの炊煙が立ち上った。
『ごくり』と。
生唾を呑み込む音を立てたのは誰だったか。
キャンプ場は別にある為、ここでは軽食で済ませてから移動する者が大半だった。
あってもせいぜいレトルトか、インスタント麺を温める程度の行楽客らの中にあって、まるで縁日の屋台のような調理を行う南瀬に視線が集まる。
南瀬が用意して来たジャム瓶の中身は『アヒージョ』。
低温の油で煮る事で作る、れっきとした保存食である。
ツナ缶にしてもコンフィチュールと呼ばれる油漬けの保存食から来ており、その歴史は古い。
真冬でも無い限りナマ物を長時間持ち歩くのは危険だし、現地で切る手間を入れるだけで余分な荷物が増えて嵩張る。
そこで南瀬は具を纏めてアヒージョにしてしまう事にした。
先ずオリーヴ油をヒタヒタになる位鍋に入れて弱火で温めたら、具を放り込む。
大蒜は四、五粒程と、唐辛子を一本輪切りに。
しめじは一房を石突を落として縦に細かく裂いて、ウインナーは一袋分を半分に切る。
全て入れて塩胡椒を軽く振り、ローレルを一葉乗せたら蓋をする。
大蒜に火が通る位じっくり煮たら火を止めて、細かく刻んだパセリを混ぜ、粗熱が取れたら丸ごと煮沸消毒したジャム瓶に詰めて出来上がり。
これで軽く一月は保つので、キャンプに持ち歩く程度なら問題無いだろうと南瀬は判断した。
(…モヤシやキャベツみたいな水気の多い野菜は、まだアヒージョを試して無かったから、ぶっつけ本番でやるのは躊躇してしまった…)
焼そばに添えられていた粉末の塩ソースを飯盒の中でかき混ぜつつ、今後の課題について考えていた南瀬だが、火を入れて十分もしない内に具沢山の塩焼そばが完成した。
具も麺も既に火が通っているので、時間をかける必要も無かった。
飯盒の内蓋を器に、麺と具を盛り付けた南瀬は手を合わせた。
「…いただきます」
雄大な景色に感謝しつつ割り箸を取る南瀬。
早速麺を啜ると、多様な具材で香味油となったオリーヴ油の旨味がよくわかる。
また、あっさりした塩味にした事で麺の旨味、小麦の味を楽しめる。
(どうして野外で食べる焼そばは、こうも美味いのか…)
縁日の屋台、海の家、そういった所の焼そばは大抵、野菜から水がでてヘタっていたり、麺も伸びているものだが、何故か思い出に残っている。
まして今回は自分で調理している。
不味い筈が無かった。
続けて具に取り掛かる南瀬。
大蒜のホクホク感、しめじのシャキシャキ感も良いが、やはり主役はウインナーだろう。
オリーヴ油でジューシーさを増し、噛み切って皮が弾ける時の歯応えがたまらない。
すかさず南瀬は保冷剤を貼り付けておいた缶ビールを開けて、一気に呷る。
「……っかーーっ!たまらん!」
器に入り切らなかった分を更によそい、ビール片手に焼そばを頬張りつつ絶景を楽しむ。
最高の贅沢だと思った。
そんな様子を周りの行楽客らは羨ましそうに見ていた。
「な、なあ…」
「キャンプ場まで我慢しなさいよ…」
そんな周りの様子にはやはり気付く事も無く、やがて南瀬は食事を終えた。
(具を多めに入れたから、麺一玉で十分だったな…。まあ、また帰り道があるから余り食べ過ぎても不味いか)
コンロとゴミを片付け、新聞紙を丸めて飯盒の中に入れて余分な汁気や油を吸わせて拭き取りながら、残ったビールを啜る南瀬。
缶も空になったら踏み潰して持ち帰る。
キャンパーのマナーであり、自然に対する敬意でもあった。
幸い次の派遣契約も決まった。
ここで得たものを糧に、また仕事を頑張れると、南瀬は感謝を新たにしたのだった。
ともあれ。今日の所は...、
「...ご馳走様でした」
南瀬はナップザックを担ぐと、また歩き出すのだった。
ー完ー
天高く、雲雀の鳴く声がどこまでも伸びてゆく。
そんなある晴れた日の、とある森の中を。
ナップザックを背負った一人の男が進んでいた。
「はっ……はっ……」
男の名は南瀬夏樹(みなせなつき)。
派遣社員として職場を転々とする、今時どこにでもいる様な青年だった。
「ふっ……ふっ……」
多少息は荒いものの、その足取りは軽く、整備されているとは言え、起伏に富んだ道を難無く進んでゆく。
派遣契約の期間が終了した南瀬は、息抜きにと一泊二日の行楽に出かけたのだった。
一泊とは言っても野宿はせず。
森を抜けた先の湖の畔で風景を楽しみつつ食事を取り、そのまま蜻蛉帰りで街のホテルに入る。
そんな小旅行を予定していた。
(空気が美味いな…)
鬱蒼と生い茂る森の中。
木洩れ日が雄大な木々草花に差し込む姿。
土と草の香り。
風に葉擦れ、鳥や虫達は合唱する。
それら全てが南瀬の中のささくれた所を洗い流してくれる。
歩き疲れているはずなのに、むしろ南瀬は森から活力を貰っている様に思えた。
やがて森を抜けると、視界一杯の美しい水平線と、その遥か向こうの山々が南瀬を迎えてくれる。
平日なので自分一人かと思っていた南瀬だが、着いてみるとポツポツと人影が。
そこは本格的なキャンプをするには手狭だが、絶好の観光スポットとして人気があった。
南瀬はナップザックを降ろし小さな折り畳みテーブルを広げると、その上にキャンプ用カセットコンロを設置する。
キャンプ用品として必須のコンロ。
その熱源は多岐に渡り、ガス、固形燃料、アルコール、ガソリン、炭火、薪等。
海外ではツナやピーナッツバターの缶に直に火を付け、その油脂で固形燃料感覚で鍋を温めた後におかずにするツワモノもいるらしい。
それは兎も角。
南瀬のコンロはスプレー缶型をした家庭用カセットコンロに使うガスボンベに、畳めばポケットに入る『レギュレーターストーブ』と言う携帯用コンロを繋げた物だった。
キャンプ用コンロには専用のガス缶を繋ぐ型もあって色々便利だが、余り金をかけられない南瀬は、災害時等のサバイバル用品の兼用を意識して、コンビニ等で燃料が手に入り易い型を選んだ。
(…とはいえ、被災してコレに頼る事態には、出来れば一生逢いたく無いものだが…)
昔、大地震で交通機関が麻痺して帰れなくなり、会社に泊まり込んだ数日間の事を思い出すとゾッとする。
南瀬にとってキャンプ用品集めは趣味ではあるが、同時に気休めの御守りでもあった。
(…どの道、浪費の言い訳だな。まあ趣味なんて大抵そんな物か)
そんな事を考えながら、南瀬はナップザックに括り付けた飯盒を外して火にかけた。
昔ながらの特長的な豆型の飯盒を遠目に見た他の行楽客の一部から失笑が漏れる。
「…ぷっ。おい見ろよ。あいつ今時ハンゴーだぜ」
「よしなさいよ、聴こえるわよ…」
定期的に到来するキャンプブーム。
登山などの本格的なキャンプは未だ初心者にはハードルが高いものの。
交通の便が良くて適度に自然が多く、初心者向けのサポートに優れたキャンプ場を使って気軽に行楽を楽しむ層も増えて来た。
更に、災害対策としても兼用出来る手軽なキャンプ用品として業界が力を入れているのは、やはり調理器具だろう。
まな板、包丁、スキレット、ダッチオーブン、その他用途別のクッカー(鍋)類。
最近では中華鍋とお玉までアウトドア仕様の物が存在する。
そうした日進月歩の中で、昔ながらの飯盒は時代遅れと見る者も少なく無かった。
底板のみ金属で蛇腹に畳めるシリコン鍋や、断熱材で側面を覆い、瞬時に湯を沸かす、洒落たデザインのクッカーをこれみよがしに見せびらかす行楽客らの様子に気付く様子も無く、南瀬は調理を始めた。
銀シートを裏張りして保冷機能を付けたバッグの中から大き目のジャム瓶を取り出す南瀬。
中には野菜や茸、ウインナー等みっしり詰まっており、その上、油に漬けられていた。
その油を一匙二匙、飯盒の中に垂らし、鍋底全体に広げる様に飯盒を回す。
次に市販の生焼そばの麺を解しながら入れて、水筒の水を少し垂らす。
水が焼ける音を豪快に立て、割り箸で更に麺を解した所で、ジャム瓶に詰まった具をゴロゴロと飯盒に放り込むと、辺りに芳しい香りの炊煙が立ち上った。
『ごくり』と。
生唾を呑み込む音を立てたのは誰だったか。
キャンプ場は別にある為、ここでは軽食で済ませてから移動する者が大半だった。
あってもせいぜいレトルトか、インスタント麺を温める程度の行楽客らの中にあって、まるで縁日の屋台のような調理を行う南瀬に視線が集まる。
南瀬が用意して来たジャム瓶の中身は『アヒージョ』。
低温の油で煮る事で作る、れっきとした保存食である。
ツナ缶にしてもコンフィチュールと呼ばれる油漬けの保存食から来ており、その歴史は古い。
真冬でも無い限りナマ物を長時間持ち歩くのは危険だし、現地で切る手間を入れるだけで余分な荷物が増えて嵩張る。
そこで南瀬は具を纏めてアヒージョにしてしまう事にした。
先ずオリーヴ油をヒタヒタになる位鍋に入れて弱火で温めたら、具を放り込む。
大蒜は四、五粒程と、唐辛子を一本輪切りに。
しめじは一房を石突を落として縦に細かく裂いて、ウインナーは一袋分を半分に切る。
全て入れて塩胡椒を軽く振り、ローレルを一葉乗せたら蓋をする。
大蒜に火が通る位じっくり煮たら火を止めて、細かく刻んだパセリを混ぜ、粗熱が取れたら丸ごと煮沸消毒したジャム瓶に詰めて出来上がり。
これで軽く一月は保つので、キャンプに持ち歩く程度なら問題無いだろうと南瀬は判断した。
(…モヤシやキャベツみたいな水気の多い野菜は、まだアヒージョを試して無かったから、ぶっつけ本番でやるのは躊躇してしまった…)
焼そばに添えられていた粉末の塩ソースを飯盒の中でかき混ぜつつ、今後の課題について考えていた南瀬だが、火を入れて十分もしない内に具沢山の塩焼そばが完成した。
具も麺も既に火が通っているので、時間をかける必要も無かった。
飯盒の内蓋を器に、麺と具を盛り付けた南瀬は手を合わせた。
「…いただきます」
雄大な景色に感謝しつつ割り箸を取る南瀬。
早速麺を啜ると、多様な具材で香味油となったオリーヴ油の旨味がよくわかる。
また、あっさりした塩味にした事で麺の旨味、小麦の味を楽しめる。
(どうして野外で食べる焼そばは、こうも美味いのか…)
縁日の屋台、海の家、そういった所の焼そばは大抵、野菜から水がでてヘタっていたり、麺も伸びているものだが、何故か思い出に残っている。
まして今回は自分で調理している。
不味い筈が無かった。
続けて具に取り掛かる南瀬。
大蒜のホクホク感、しめじのシャキシャキ感も良いが、やはり主役はウインナーだろう。
オリーヴ油でジューシーさを増し、噛み切って皮が弾ける時の歯応えがたまらない。
すかさず南瀬は保冷剤を貼り付けておいた缶ビールを開けて、一気に呷る。
「……っかーーっ!たまらん!」
器に入り切らなかった分を更によそい、ビール片手に焼そばを頬張りつつ絶景を楽しむ。
最高の贅沢だと思った。
そんな様子を周りの行楽客らは羨ましそうに見ていた。
「な、なあ…」
「キャンプ場まで我慢しなさいよ…」
そんな周りの様子にはやはり気付く事も無く、やがて南瀬は食事を終えた。
(具を多めに入れたから、麺一玉で十分だったな…。まあ、また帰り道があるから余り食べ過ぎても不味いか)
コンロとゴミを片付け、新聞紙を丸めて飯盒の中に入れて余分な汁気や油を吸わせて拭き取りながら、残ったビールを啜る南瀬。
缶も空になったら踏み潰して持ち帰る。
キャンパーのマナーであり、自然に対する敬意でもあった。
幸い次の派遣契約も決まった。
ここで得たものを糧に、また仕事を頑張れると、南瀬は感謝を新たにしたのだった。
ともあれ。今日の所は...、
「...ご馳走様でした」
南瀬はナップザックを担ぐと、また歩き出すのだった。
ー完ー
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