異世界は黒猫と共に

小笠原慎二

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黒猫と共に迷い込む

叔母さん

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「無理はしなくてもいいんだけど、もしできるなら、私の死に様を見て欲しいの。これが、私が八重ちゃん達に送れる、最後のプレゼント」

叔母さんはそう言って、にっかり笑った。
高一になって、まだバタバタしていた頃。
叔母さんの付き添いで病院に行って帰って来た母が、私達姉妹を呼んだ。

「叔母さんがね、今日病院に行って、癌だって…」

こみ上げて来た涙を、母が手で押さえた。
癌と言われても、実感がなかった。
叔母さんは母の姉で、結婚もしておらず、もちろん子供もいない。
なので、私達をもの凄く可愛がってくれた。
しょっちゅう家に遊びに来て、色んなものを買ってくれたりした。
この前の連休だって、家に遊びに来た。

元気そうだったのに、癌。

健診で引っかかったものの、仕事が忙しくて、病院を後回しにしていたらしい。
乳癌だったのだが、すでに転移が見られたのだそうだ。

「これから手術とか、放射線治療とか、いろいろ忙しくなるから、あんたたちにも手伝って欲しいの」

目を赤くしながら、母はこれからの事を語った。
私はなんとなく危機感も持てず、その夜は普通に過ごした。










数日後、叔母が入院し、手術を受けることになった。
学校終わりに母から聞いていた病院へ直行する。
受付で場所を聞いて、病室へ向かう。
なんと贅沢な個室だった。大部屋が空いてないからだとか。

「空いたらすぐに移るのよ~。こんなところにいたら金がかかってしょうがないからね!」

まあ、病院の都合で個室だから、お金はかからないらしいけど。
入院している叔母は、元気だった。
普通にお喋りして、笑って、趣味のラノベ話しで盛り上がる。
叔母もラノベや漫画が大好きだったので。
漫画は元々好きだったのだが、ラノベは私が教えた。
試しに読んでみたら?と渡したら、どはまりしたのだ。ここにラノベ信者がまた増えたなり。

暇だから本を持って来てと言われたので、お勧めの本を持って来ようと約束。
叔母は普通に元気で、まったく病気なんかには見えなかった。
だけど、ちょっと叔母が真剣な表情になると、私に言った。

「菜々ちゃんにはまだちょっと難しいかもしれないけど、八重ちゃんは多分きっと、受け入れられると思うんだ。だから、無理はしなくてもいいんだけど、もしできるなら、私の死に様を見て欲しいの。これが、私が八重ちゃん達に送れる、最後のプレゼント」

叔母さんはそう言って、にっかり笑った。

「え? 何言ってるの? 治療して、治るんでしょ?」
「あれ? お母さんは言ってなかった? 私、あと3ヶ月なんだって」

3ヶ月…。

何故かこの言葉は、耳を素通りしていった。

「う~ん、八重ちゃん達にはまだ荷が重いと思ったのかな? あの子も18の時に母親亡くしてるんだけどな~」

ちなみに、母方の祖母は母が18歳の時に、祖父は私がまだ小さい時に亡くなってしまっている。

「重いかもしれないけど、いつかは対面することだし、丁度良いと思うんだ。私の死で、何かを学んでくれたら、それでいいの。結局、私の自己満足かもしれないけど。だから、無理強いはしない。できたら、でいいからね」

その後も何か話した気がするが、素通りしていった3ヶ月という言葉が何故か繰り返し押し寄せて来て、何も頭に入って来なかった。











手術をして、放射線の治療をして、一時帰宅をして…。
叔母さんは、家中の物を片付け始めた。

「あたしが死んだら、全部処分しちゃって良いからね」

と言いながら、自分の手で片付けている。
最後は綺麗に逝きたいのだと、ぽつりと言った。
出来ることは済ませてしまえと、叔母さんは体も辛いだろうに、自分が死んだ後のことについて、色々母に伝えていった。

生命保険のこと、通帳、印鑑、ローンのことなどなど。

特に借金はないから、安心しろと胸を張った。ローンもなんとかという保険で全部支払われるんだそうだ。
受け取りは全て母の名前になっているとのこと。

「これで、八重ちゃん達を大学に行かせてあげてよ」

家がそれほど裕福ではないので、進学について悩んでいた私だったが、叔母さんのこの言葉により、進学することに決めた。
お母さんにも、

「大学に行っとけ」

と背中を押された。
ちょっと目が赤かったけど。










その後も病院に行ったり来たり。
そのうち、病院から出てこなくなった。
そして、蝉の声がうるさくなった頃、叔母さんは息を引き取った。

それまでの様子を、私はできるだけ見ていた。
叔母さんに頼まれた通りに。

治療で苦しそうな表情の増えていく叔母さん。
体の自由がきかなくなっていくと泣いていた叔母さん。
痛みで歯を食いしばっていた叔母さん。
そして、殺してくれと、囁いた叔母さん。

全部、ずっと見ていた。できる限り。

空が青くなったなと笑っていた叔母さん。
この本面白いと笑っていた叔母さん。
野良猫がいると窓の外を指さして笑っていた叔母さん。

苦しい表情も増えたけど、叔母さんはよく笑っていた。

「時々で良い。ほんのたまにでいいから、私を思い出してね。人は、忘れられた時、本当に死ぬのよ」

そう言って、寂しそうに笑った叔母さん。

葬儀の時、皆がわんわん泣く中で、私は涙が一滴も出なかった。
感情が麻痺してたんだと思う。


私が泣いたのは、毎日通っていた病院への道を、もう行かなくていいのだと実感した時。
もうこの道は通わなくていいのだと分かった時、ぽろりと来た。
そのまま家に走って帰って、部屋の中で号泣した。
本当に、こんなに涙って出るんだっていうくらい、泣いた。
泣いて泣いて、落ち着いた時、クロが遠慮がちに甘えて来た。
その小さな頭を撫でて、もう叔母さんはいないんだって、実感した。

「クロは、長生きしてね」

そう呟いた私を、クロの金の瞳が、少し心配そうに見つめていた。
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