クロの黒歴史

小笠原慎二

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新居

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早速次の日に手続きをして病院に行って検査をしてもらったら、思った通り妊娠していた。
母子手帳をもらい、感動する。
あたし、お母さんになるんだ…。
平時ならばただ喜びを噛みしめているだけで良かったのかもしれないけど、今はこんな世の中だ。入院するのは余程の理由があるか、臨月にならなければ入れない。

「多少は体を動かしてた方がいいって言うしね!」
「でも絶対無理しちゃだめよ!」

蘭子さんと美鈴さんも喜んでくれた。
今まで陰口を叩いていた人も、距離を取ってくれた。妊婦に何かしたと分かったら、結構重い罰を受けるからかもしれない。今の世界で子供はまさに人類の宝だ。
妊娠すると多少の優遇措置が取られるので、それを狙っていろんな人と関係を持つ人もいるらしい。あたしからしたら凄いことだと思う。
仕事も簡単で力のいらない仕事に回される。蘭子さんと美鈴さんから離れてしまったのは寂しいけど、そこにいたおばさま達がまた親切で、楽しかった。妊娠についてのあれこれをいろいろ教えてもらった。
つわりが酷くて仕事を休むこともあった。何も食べられずぐったりと過ごすこともあった。
でもクロが側にいてくれて、横になっているとその柔らかい体を押し付けてくる。

「クロ~。にくきう触らせて~」

クロのにくきうをモミモミさせてもらって癒される。嫌そうな顔をしながらもさせてくれるいい子だ。
抱きしめて頬ずりして匂いを嗅ぐ。なんて素敵な抱き枕。
それだけでなんとなく気持ちが楽になった。さすがのアニマルセラピー(こじつけ)。

しばらくして悪阻も落ち着き、なんとか日常生活を送れるようになってきたある日。

「なおう」

カリカリカリ

先ほど戻ってきたばかりだというのに、クロが表に出たがった。

「どうしたのクロ? 今帰ってきたばかりじゃない」
「うなう」

カリカリカリ

どうしても出たいらしい。
良く分からないけれど、扉を開けてやる。

「早めに帰ってくるのよ」
「なあう」

扉の隙間に座って、あたしを見上げる。

「どうしたの? 閉められないよ?」
「なあう」

立ち上がって少し進んで振り返る。

「なあう」

まるでついて来いとでも言っているみたいだ。

「どうしたの? 何かあるの?」

良く分からないけれど、行ってみることにした。クロのことだ。もしかしたら子猫でも見つけたのかもしれない。だとしたら早めに保護しなければ。

靴を履いて外に出る。クロが少し先に行ってまた振り返る。

「なあう」
「うん。ついていけばいいのね」

クロの後に続いた。
もう外は真っ暗だ。
ともすれば見失いそうになる黒猫の姿だったが、何故かこの日ははっきり見えた。クロの姿を見失わないように気をつけて進んでいく。道は暗くなり、もうどこを歩いているのか分からなくなってきた。

「クロ? 大丈夫だよね?」
「うなん」

クロの姿だけを見つめて歩く。もうクロしか頼りになるものはない。
そのうち、足元に草が生えている感触がし始めた。どこか郊外の方まで出てしまったのだろうか。

「なう」

クロが止まって、こちらを見上げた。

「着いたの?」

そして前を見た。
そこには美しい草原が広がっていた。月が昇り、波打つ草が銀色に光っている。

「どこここ?」
「なう」

クロがまたトコトコ歩き出す。それについて行く。
しばらく行くと、小さな建物が見えてきた。風情のある、和様式の建物だった。

「なん」

クロがスタスタとその建物の扉を開けて入って行ってしまう。

「ちょ、クロ!」

住居不法侵入になっちゃう!
慌ててクロを引き戻そうと建物に足を踏み込んだ。しかし、そこには誰もいないようだった。

「な~う」

クロの声に導かれて中へ入ると、これまた寝心地のよさそうなベッドがあった。その上にクロが座っている。

「クロ。ダメでしょ。人様のベッドに勝手に乗っちゃ」

クロを下ろそうと手を伸ばすが、ぬるりと手から抜けていく。

「なう」

ポスポス枕を叩く。いや、可愛いけどね。

「寝ろって? いや、人様のベッドで勝手に寝るわけにも…」

でもよく考えたら人がいなさそうだし、どこかわからないけどもう遅い時間だ。これから家に帰るにはとてもしんどいだろう。かと言って勝手に人様のベッドに横になるわけには…。
しかし寝心地のよさそうなベッドだ。見ているだけで眠くなってくるような…。
昼間の疲れが出たのか、なんだか異様に眠くなってくる。これはもう、ここで寝かせていただかなければならないかもしれない…。誰か来たらその時に謝ればいいや…。
睡魔に抗うこともできず、素直にそのベッドに潜り込んだのだった。








目を閉じているのに、誰かが横に立ったのが分かった。

「妙子」

優しく名を呼んでくれる。一番会いたい人。

「ん~…闇使さん?」

何故か眠すぎて目が開かない。ひと目でも顔が見たいのに。

「ここは我が輩が用意したお主のための家だの。ここで安全に子を産むのだの」
「ここ…? 闇使さんが…?」
「うむ。手伝いも雇った。その者達を存分に使うがよい」
「手伝い? 闇使さんは?」
「我が輩は側にはいられぬ。すまぬ」
「闇使さん…」
「妙子。良い子を産むのだぞ」
「闇使さん…。うん。あたし、頑張るね…」







目が覚める。
なんだか闇使が側にいた気がしたが…。

「な~う」

クロが甘えてきた。

「クロ? 今誰かいなかった?」

体を起こす。扉はちゃんと閉まっている。今の今までここにいた気がしたけれど…。

「夢?」

夢にしてははっきりした夢だなぁ。

「うなう」

クロが猫扉を開けて出ていった。クロのための扉もあるなんてなんて親切な…。じゃなくて!

「え? ここ、まさか本当に闇使さんが?」

ベッドから下りて、部屋を見渡す。最低限の家具は揃っている。

「え…ここって…」

部屋を出て他の部屋も覗いて見る。トイレ、風呂完備。綺麗なキッチン付き。

「あたしの元の家にそっくり…」

家族と住んでいたあの家。魔物の襲撃で壊れ、家族も皆いなくなってしまった。なので国の指定の家に移り住んだのだ。
家具など違う物はあるが、間取りはそっくり同じだ。
両親の部屋。弟の部屋。今まで寝ていたのはあたしの部屋…。偶然にしては出来すぎている。

「闇使さん…。何者なの…」

今更ながら『ストーカー』という単語が思い浮かぶ。
いや、だけど、あたしにあんな素敵な人がストーカー? 逆なら分かる気がするが…。

「うあおう」

クロの声が外から聞こえる。
まるで来いとでも言っているみたいだ。

「クロ?」

玄関で靴を履いて出てみる。そういえば今更ながらに思ったけど、家の中はよく掃除されているようでチリ1つない。
元の家なら玄関を開けたらそこはマンションの廊下になるのだが、そんなわけもない。開けてすぐ目の前に草原が広がっている。

「クロ? って、何これ?!」

扉を開けてすぐ右手に縁台みたいな物が置かれていて、その上にさらに食材の詰まった箱が乗っている。
その横でクロがふんぞり返って座っていた。

「え、これどうしろと? あ、冷蔵庫あったっけか」

え、電気来てるのここ? 家の周り見渡す限り草原なんだけど。

「なあ」

クロがまたついて来いという風に歩きだす。どうやら案内してくれるみたいなのでついて行く。
家の横は一面壁だった。まあ、マンションだからお隣との境になる所だしね。
裏手に出る。マンションだったらそこにはベランダがあるはずなのだが、やっぱり草原が広がっている。しかし少し広めに草が刈ってあり、そこに物干し台と物干し竿がオブジェのように立っていた。

「なんとまあ、よく洗濯物が乾きそうな物干し場ですこと」
「なう」

クロが窓の前に座っている。ベランダに通じる窓だ。下はそこだけコンクリート?なのか石なのか敷き詰められていて草が生えておらず下りやすくなっている。よく見ればサンダルが置かれているではないか。これはありがたい。
クロが窓をカリカリする。

「え~、開いてないでしょ~」

手をかけたらガラリと開いた。随分不用心な所で寝てたな、あたし…。
クロが家の中に入っていく。もう案内は済んだようだ。しかし、外から見るとなんとなく和風なのに、内装が近代的でギャップが凄い…。もう何も考えるまい。

「いよっし。食材冷蔵庫に入れますか」

腕を捲って靴を持ち、玄関へと向かう。

ぴんぽ~ん

チャイム鳴るんだ…。
てかこんな所に人?!
慌てて玄関へ行き、ドアを開ける。

「は、は~い…」
「ごめんくださいまし。私、おこんと申しますが、妙子様でよろしいでしょうか?」
「はい?」
「私く…ゴホン。闇使様という方からご依頼を受け、妙子様の身の回りのお世話を申し付かった者でございます。本日よりよろしくお願いいたします」

と、なんだか狐のような顔をした女性が頭を下げた。

「はあ…?」

いや、着物て…。今日び見ないよそんな恰好?!

「では失礼して、さっそくこちらをお運びいたしましょうかね」

と玄関脇にあった食材の詰まった段ボールを持ち上げる。

「あああ、いえ、私が…」
「いえいえ。妙子様は身重の身なのでございましょう? 重いものは私が運びますので」

とひょいひょい中に運び入れてしまった。

「まあまあ、電化製品も一通りお揃いで。電気もきちんと通っていると。ガスも、問題ありませんね」

冷蔵庫を開けて確かめ、ガスレンジも火を点け確かめ、水道も捻って出るか確かめている。
それ、あたしがやらなきゃならなかったんじゃ? まあいいか。

「もう一人派遣されてくる者がいるとは聞いておりますが、まだ来ていないようですね。では本日は私が腕によりをかけて食事を作らせていただきますわ」

そう言って見事な手つきで何かを作り始めた。
そういえば起きてからまだ何も食べてないや。

「あ、手伝います」
「いいえ!!」

何故か鋭い口調で止められる。

「妙子様は非常にお料理の才能が独創的であるとお聞きしております! なので、決して料理に関わらせるなとのご命令です」

わお。あたしの料理の腕の評価最低だね。

「で、でも…」
「手持無沙汰と仰るならば、そちらのワイパーで家の中を軽く掃除していてもらえますでしょうか? そちらのお猫様の毛が少々飛んでいらっしゃるようですので」
「あ、はあ…」

確かにクロの毛は少し飛んでるけど、掃除するほどじゃないんだけどな…。
しかし座っているだけというのも気が引けるので、丁寧にゆっくりワイパーをかけた。

「できましたよ。手を洗って席に着いてくださいまし」

早! 30分経ってないんじゃないか?
手を洗ってリビングに行くと、テーブルの上に並べられた品々。
ご飯に味噌汁、鮭の切り身に和え物…。

「豪勢か!」

今日び見ないぞこんな食事! いや、あたしに料理スキルがないせいもあるかもしれないけれど!

「おほほ。御冗談を。こんな簡単な食事で申し訳ありませんが、まだ朝食を食べていらっしゃらないご様子でしたので、簡単なものをお作りしました」
「簡単…」

誰か料理スキルくれ…。

「では、ご一緒にいただきましょうか」
「あ、一緒に食べるんですね…」
「はい。妙子様お一人で食べるのも味気ないでしょうから、できるだけ一緒にとってやってくれと申し付かっております」
「あ…そうですか…」

そんな優しくされたら…会いたくなるじゃないか…。

食べながらおこんさんがこの場所について説明してくれた。
ここはとても険しい山の中で、普通の人間がおいそれと来られるような場所ではないらしい。
あたし来たけど?
だからこそ魔物も来ないので安心して過ごしてほしいと。
あたし来れたんだけど?
そう質問したけどスルーされた。
食べ終わった後の片付けは手伝うのを許された。
うん、頼ってばかりだと運動不足になりそうだし、怠惰になりそうで怖いからね!

お昼を食べ終わったくらいで、

ぴんぽ~ん

またチャイムが鳴った。

「は~い」

普通におこんさんが出ていく。ううん。まだ慣れない。

「ああら、あんたが来たん?」
「おやおや、もう一人いるとは聞いてたがお前さんかい」

なんだか棘のある会話が聞こえ、おこんさんが少しふくよかな女性を伴って入ってきた。

「妙子様、話しておりましたもう一人の手伝いの者ですわ」

ふくよかな女性が頭を下げる。

「おぬきと申します。妙子様ですね。本日よりよろしくお願いいたします」
「は、本日なんて、もう半分過ぎてしまっているじゃないかい」
「私は本日このくらいの時間になってもいいと言われていたんです!」

二人が睨み合う。仲が悪いのか?

「あ、あの、喧嘩はその…」
「ああ! 失礼しました。それと、こちら我が一族からの差し入れでございます」

一族?
おぬきさんが背負っていた風呂敷を床に置いた。

「これはあって困るものでもございませんからね。久しぶりのおめでたということで、一族の女達も張り切ってしまって」

笑いながら風呂敷を解くと、そこには手作りのおむつや肌着が山盛りになっていた。

「わ、私の一族とて、お祝いしてございます!」

おこんさん何故躍起になって言い訳するのだろう。

「ああら、そちらは子供を作る方が忙しいのではなくて?」
「なんですって!」
「まあまあ…」

なんだか、二人の一族?は仲が悪いようだ。

「なう」

クロがいつの間にか側に来て一声鳴いた。

「あら、クロ」
「「ひうっ!」」

二人が変な声を出して固まった。

「おほほ~。私たちは仲良しでございますよ~」
「ええもちろんでございますぅ~」

冷や汗を流しながらお互いの手を取り、小踊りする二人。
ううむ、関係性が良く分からない…。
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