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記憶喪失編
別れ
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茂みの影に数人の気配。
「ち、急所は外したわね」
一人こちらを睨み付けている女。
お姉ちゃんと呼ばせていた女だ。
(しまった・・・!)
痛みを堪え、洞窟内に走り込む。
「洞窟へ逃げたわ! 追うわよ!」
お姉ちゃんを先頭に洞窟へ向かって皆駆け出す。
ガガガガガガ!
洞窟の地面が錐のようにあちこち突き上がってきた。
「避けて!」
皆飛び退る。
牙が並ぶように地面が盛り上がった洞窟内。
「迂闊には入れそうにないわね・・・」
洞窟の前で身動きが取れなくなってしまった。
洞窟内のテルディアスも同じだった。
右脇腹に穴が開き、身動きが取れない。
(アホか俺は・・・。考える事に夢中になって気配に気づかないとは・・・)
のどの奥に何かがこみ上げてくる。
「ゴホッ、ゴホッ!」
手を見ると赤く染まっていた。
(やられたか・・・)
多分致命傷だ。
放っておけば死ぬだろう。
(ずっと死ぬことばかり考えて・・・、でも魔女の呪いで死ねなくて・・・。
これで終われるのか・・・? ここが俺の終わりなのか?
こんな暗い洞窟で独り。全ての人に憎まれて・・・。
ひねくれ者の俺には、お誂え向きか・・・。)
目の前が暗くなっていく。
「キ・・・ナ・・・」
最後の最後にキーナの笑顔が浮かんだ。
そのまま、テルディアスは目を閉じた。
「一気に炎で攻めるしかないわね」
火炙りにしておびき出す、または出てこなくても蒸し焼きにできるだろう。
そう相談していると、
「待って!」
全速力で駆けてきたキーナが茂みから跳びだしてきた。
「やめて、お姉ちゃん・・・」
ハアハアと肩で息をしながらも、しっかりした足取りで進んでくる。
「フロウ・・・、あなた、どうやって・・・?」
魔法が使えなければ、簡単に解けるものではない。
それをどうやってこの少女は戒めを解いてきたのだろうか。
キーナは洞窟の前で両手を広げて通せんぼする。
「やめて! お姉ちゃん! この人は違うの!」
「フロウ・・・? 何を言ってるの? そいつはダーディンなのよ」
「違う! 違う! この人はただのダーディンさんじゃないの!」
「いい加減にしなさい!」
お姉ちゃんが怒鳴った。
ビクリとなるキーナ。
「今退治しておかないと他の誰かが襲われるかもしれないのよ!」
「お、・・・襲わないもん・・・。ダーディンさんはそんな人じゃないもん!!」
キーナも声を張り上げる。
お姉ちゃんがキーナを睨み付けた。
「フロウ・・・。そこをどきなさい」
実力で排除しようとするためか、一歩一歩キーナに近づいてくる。
「やだ・・・。ダーディンさんを殺すなら・・・。僕も死ぬもん!」
そう叫ぶと、洞窟の中に向かって走り出した。
「フロウ!」
慌てて後を追おうとしたが、トマムに腕を捕まれる。
「ローザ!」
「放してトマム!」
「バカ! お前も行ってどうする!」
「フロウを助けるのよ! 放して!」
引きはがそうとするローザの両腕をトマムが押さえ込む。
「ローザ! そのお前がフロウと呼んでいる、あの子は誰だ?」
ローザの瞳が揺れる。
「フロウよ。あの子はフロウよ」
「ローザ! いい加減現実を見ろ! フロウは、三ヶ月前に死んだんだ」
「やめて!!」
ローザが顔を振る。
「違う・・・、フロウは死んでなんかいないわ・・・、死んでなんかいない・・・」
ブツブツと呟き続けるローザを、トマムは冷静に見つめ続けていた。
「ダーディンさん! ダーディンさん!」
名を叫びながら、牙のように地面が盛り上がった洞窟を乗り越え避けて進んで行く。
奥の暗がりに足が見えた。
「ダ・・・!」
名を呼んで駆け寄ろうとした時、血溜まりが見えた。
ゆっくりと近づいていく。
「ダーディンさん・・・?」
落ちた頭。
動かない指先。
キーナの背筋が寒くなる。
「ダ、ダーディンさん! 嫌だ! やだやだ! 死なないで! お願い、目を開けて!」
肩を揺すってもなんの反応もない。
ただなすがままにユラユラと揺れるだけ。
「やだ! 死んじゃやだ! 誰か・・・、誰か助けて!!」
(?!)
何かを思い出した。
何かが・・・。
(そういえば・・・、前にもこんなことが・・・)
そう、自分の目の前で、誰かが苦しんでいて、助けを求めていた。
同じように・・・。
キーナの中で、何か熱いものが弾けたように感じた。
キュオ!
突如、洞窟内から光が溢れる。
まるで洞窟から光線が発射されたかのようだった。
洞窟の前に立っていたローザとトマムが光に包まれる。
「なんだ?! この光は!」
眩しいはずなのに、何故か二人は光の奥を見ることができた。
そしてそこに、一つの人影が。
「!」
ローザによく似た女の子が立っていた。
肩までの髪が柔らかく揺れている。
「フロウ・・・」
ローザの口からその名前が漏れた。
「フロウ!」
呆気にとられたトマムの手を振り切って、フロウに駆け寄っていく。
「まさか・・・」
よく見知ったその顔に、トマムは驚き、動けなかった。
その少女は、ローザと共に、三ヶ月前に見送ったはずだったから。
「フロウ!」
ローザがフロウの肩に手をかけようと手を伸ばすが、その手は空を切った。
「え?」
ローザの手はフロウの体を突き抜けていた。
そこにはあるはずの体の感触はなかった。
「ふ、フロウ?」
ローザがおどおどとフロウを見つめる。
何故触れられないのか分からないのか、分かりたくないのか。
〈お姉ちゃん・・・。ごめんね、お姉ちゃん。そして、ありがとう〉
「フロウ?」
フロウの声が聞こえると言うより、その音が頭の中で響いているようだった。
フロウがローザの首に手を回し、優しく抱きしめる。
〈あたしが死んだのは、お姉ちゃんのせいじゃないから。だからもう、苦しまないで〉
ローザの目から涙が溢れる。
感触はないが、フロウを抱きしめるように腕を回す。
「フロウ・・・。ごめんね、ごめんね・・・。あなたを守ると誓ったのに、ごめんね・・・」
フロウがふわりとローザの顔を手で包み込む。
〈お姉ちゃん、あたしの分まで生きて。幸せになってね〉
そう言って、ちらりとトマムの方を見ると、
〈お姉ちゃんをよろしくね〉
そう声がトマムの頭で響いた。
トマムはこくりと頷いた。
フロウはにっこりと笑った。
フロウの体がローザから離れていく。
「フロウ!」
〈大好きだよ、お姉ちゃん。ありがとう〉
そう言って笑いながら、フロウが光の中に溶け込んでいった。
「フロウ!!」
手を伸ばし、フロウを追おうとするが、その手は何も掴めない。
光が強まり、目を開けていられなくなった。
あまりの眩しさに目を瞑ると、一瞬強まった光があっという間に消えてなくなった。
恐る恐るトマムが目を開けると、そこにはもう光はなかった。
(なんだったんだ?)
「ローザ?」
呆けたように立っているローザに近づく。
「フロウが、あたしのこと、大好きって・・・。恨まれてても、しょうがないって、思ってたのに・・・」
流れ落ちる涙を拭う。
その頭にトマムはポンと手を置く。
「恨むわけないだろ。たった二人きりの姉妹なんだから」
その言葉にまた涙が溢れる。
今までならばその言葉も受け入れられなかっただろう。
ずっと自分を責めていた。
病気がちな妹の傍に居てやれなかったことを。
「今の光はなんだったんだ?!」
「ダーディンはどうなった?!」
村人達が集まって声を荒げる。
その声に我に返る。
「そうだわ! あの子!」
洞窟に一人で入っていった少女を思い出す。
「記憶喪失なのよ! ダーディンの恐ろしさも知らないから! 助けないと!」
そう言ってローザは洞窟に駆け込んでいく。
「まったく!」
「トマム!」
トマムも後を追った。
「お嬢ちゃん! フロウ!」
なんと呼んでいいかも分からず、とにかく呼びながら奥へ奥へと進んでいく。
その後をトマムが追う。
ローザが足を止めた。
トマムが追いついて横に並んだ。
「血溜まり・・・?」
床に赤黒い血溜まりが広がっていた。
「まさか・・・、あの子?」
「違うわ。きっとダーディンの血ね。ダーディンにはあの時深手を負わせたから。もしあの子が襲われてたとしたら、血しぶきが周りに飛んでなければおかしいわ」
「そうか」
血溜まりの他に赤いものは見当たらない。
あの少女は無事だと考えられる。
「だとしても、二人はどこへ?」
襲われてないにしても、少女の姿もダーディンの姿も見当たらない。
洞窟はそこで行き止まりになっていて、他に出口などもありそうにない。
「あの光の中を女の子が運んだ?」
「そうとしか考えられないけど、でも、あんな華奢な女の子が、大の男一人担いで、あんな短時間で移動できるかしら?」
しかも洞窟内の床はボコボコだ。
「だったら・・・二人はどこへ?」
ローザとトマムは顔を見合わせる。
だが、答えをもたらしてくれるものは誰もいなかった。
洞窟からだいぶ離れた森の中。
倒れた人影、それに縋り付く人影。
「・・・ル、テル!」
必死に倒れている人影の名を呼んでいた。
ゆっくりと倒れている者が目を開ける。
「テルっ!」
涙でぐしゃぐしゃになった顔のキーナがテルディアスに縋っていた。
「キーナ・・・?」
テルディアスがキーナの顔を見る。
それを見て余計に泣き出すキーナ。
「テルぅ~。よ、良かった。し、死んだかと、お、おも、おも・・・」
言葉が続かない。
「キーナ・・・?」
ゆっくりとテルディアスが体を起こす。
「お前、俺が、分かるのか?」
びいびい泣いていたキーナが、きょとんとした顔でテルディアスを見つめる。
「ふにゃ? にゃんで?」
(記憶が、戻ってる?!)
「気づいたらテルが血だらけで―」
その後の言葉をキーナは紡げなかった。
なぜなら、テルディアスに抱きすくめられたから。
「?」
突然抱きしめられて、泡を食うキーナ。
テルディアスはきつくキーナを抱きしめる。
「・・・かった・・・」
テルディアスが小さく呟いた。
「? にゃ、にゃんか言った?」
キーナにはよく聞こえなかった。
別に構わなかった。
ただ、なんとなく口をついて出てしまっただけだから。
(本当に、よかった・・・)
きつく、きつくキーナを抱きしめる。
その存在を体中で感じる。
キーナが小さくぎゅうと漏らした。
やっぱりきつかったらしい。
キーナはさすがになんだか照れくさくて、どうにかこの状況から逃げだそうと頭をフル回転。
おお、そういえばと思いつき、
「テ、テル、怪我は、大丈夫なの?」
と尋ねる。
「・・・」
テルディアス、そこでやっと今までのことを思い出す。
「そういえば・・・」
キーナを放し、腹を見る。
「なんともない」
きれいさっぱり、抉られたことも分からないほどに治ってしまっていた。
抉られたという証拠に、服は破けてしまっている。
「うっそん! この赤黒いの、血でしょ?」
「ああ・・・」
腹から下の服が、赤黒く染まってしまっている。
しかもまだ乾ききっていない。
魔女の呪いが生きていて、死ねない体になっていたとしても、こんなに早く傷が治ることはない。
(考えられるとしたら、こいつだ・・・)
目の前で呆けた顔をした少女。
「僕の顔に何かついてる?」
と的外れな質問をして来やがる。
(どうせ何も覚えちゃいないだろうが)
記憶喪失になっていた間のことは忘れてしまっているようだし、今までも光の力を使った時のことなど覚えていなかった。
つまりこいつは今まで通り何も知らない。
「ねいねい、何かあったの?」
という質問をしてきた。
ほらやっぱり。
「気づいたらこんな服着てるし、テルは血まみれだし、泥棒7つ道具は失くなってるし。あれは失くしたくないにゃあ」
と周りをキョロキョロ。
「お? あんな所に!」
と木の上に目的の物を見つけたらしく、さっさと走り去っていく。
(ここは・・・、キーナを最初に探しに来た場所か? いつの間に、どうやって・・・)
袋に入れていた双子石を取り出す。
キラリと双子石が手の中で光った。
(まあ、分かるわけがないか・・・)
なにせ当の本人が分かっていないのだから。
その当の本人は、木の枝に引っかかった泥棒7つ道具の鞄を取ろうと、「ジュワッチ!」というかけ声を掛けながら、ジャンプを繰り返している。
「むう~、これでも届かぬか~。かくなるうえは・・・」
と呟いている隙に、テルディアスがジャンプして、軽々と鞄を取ってしまった。
「取ってやったのに、なんだその顔」
タコのような顔をして、ブーブーと文句を垂れている。
遊んでいたらしい。
遊ぶな。
「ほれ」
と、双子石と鞄を差し出す。
「あれ? なんでテルが持ってるの?」
キーナがそういえばと左耳を触ると、やっぱり付いてない。
「ま、いろいろあったからな・・・」
「いろいろ?」
キーナの顔が青ざめていく。
「て、テル? 僕、またなんか足引っ張った?」
「いや、その・・・」
キーナがテルディアスにしがみつく。
「ねいねい、教えてよう! 僕何したのう?!」
「道々教えてやるって! 離れろ! 歩きにくい!」
しがみつくキーナを半分引き摺りながら、テルディアスはなんとか歩き始める。
キーナの左耳で、双子石が再び、ユラユラと揺れていた。
「ち、急所は外したわね」
一人こちらを睨み付けている女。
お姉ちゃんと呼ばせていた女だ。
(しまった・・・!)
痛みを堪え、洞窟内に走り込む。
「洞窟へ逃げたわ! 追うわよ!」
お姉ちゃんを先頭に洞窟へ向かって皆駆け出す。
ガガガガガガ!
洞窟の地面が錐のようにあちこち突き上がってきた。
「避けて!」
皆飛び退る。
牙が並ぶように地面が盛り上がった洞窟内。
「迂闊には入れそうにないわね・・・」
洞窟の前で身動きが取れなくなってしまった。
洞窟内のテルディアスも同じだった。
右脇腹に穴が開き、身動きが取れない。
(アホか俺は・・・。考える事に夢中になって気配に気づかないとは・・・)
のどの奥に何かがこみ上げてくる。
「ゴホッ、ゴホッ!」
手を見ると赤く染まっていた。
(やられたか・・・)
多分致命傷だ。
放っておけば死ぬだろう。
(ずっと死ぬことばかり考えて・・・、でも魔女の呪いで死ねなくて・・・。
これで終われるのか・・・? ここが俺の終わりなのか?
こんな暗い洞窟で独り。全ての人に憎まれて・・・。
ひねくれ者の俺には、お誂え向きか・・・。)
目の前が暗くなっていく。
「キ・・・ナ・・・」
最後の最後にキーナの笑顔が浮かんだ。
そのまま、テルディアスは目を閉じた。
「一気に炎で攻めるしかないわね」
火炙りにしておびき出す、または出てこなくても蒸し焼きにできるだろう。
そう相談していると、
「待って!」
全速力で駆けてきたキーナが茂みから跳びだしてきた。
「やめて、お姉ちゃん・・・」
ハアハアと肩で息をしながらも、しっかりした足取りで進んでくる。
「フロウ・・・、あなた、どうやって・・・?」
魔法が使えなければ、簡単に解けるものではない。
それをどうやってこの少女は戒めを解いてきたのだろうか。
キーナは洞窟の前で両手を広げて通せんぼする。
「やめて! お姉ちゃん! この人は違うの!」
「フロウ・・・? 何を言ってるの? そいつはダーディンなのよ」
「違う! 違う! この人はただのダーディンさんじゃないの!」
「いい加減にしなさい!」
お姉ちゃんが怒鳴った。
ビクリとなるキーナ。
「今退治しておかないと他の誰かが襲われるかもしれないのよ!」
「お、・・・襲わないもん・・・。ダーディンさんはそんな人じゃないもん!!」
キーナも声を張り上げる。
お姉ちゃんがキーナを睨み付けた。
「フロウ・・・。そこをどきなさい」
実力で排除しようとするためか、一歩一歩キーナに近づいてくる。
「やだ・・・。ダーディンさんを殺すなら・・・。僕も死ぬもん!」
そう叫ぶと、洞窟の中に向かって走り出した。
「フロウ!」
慌てて後を追おうとしたが、トマムに腕を捕まれる。
「ローザ!」
「放してトマム!」
「バカ! お前も行ってどうする!」
「フロウを助けるのよ! 放して!」
引きはがそうとするローザの両腕をトマムが押さえ込む。
「ローザ! そのお前がフロウと呼んでいる、あの子は誰だ?」
ローザの瞳が揺れる。
「フロウよ。あの子はフロウよ」
「ローザ! いい加減現実を見ろ! フロウは、三ヶ月前に死んだんだ」
「やめて!!」
ローザが顔を振る。
「違う・・・、フロウは死んでなんかいないわ・・・、死んでなんかいない・・・」
ブツブツと呟き続けるローザを、トマムは冷静に見つめ続けていた。
「ダーディンさん! ダーディンさん!」
名を叫びながら、牙のように地面が盛り上がった洞窟を乗り越え避けて進んで行く。
奥の暗がりに足が見えた。
「ダ・・・!」
名を呼んで駆け寄ろうとした時、血溜まりが見えた。
ゆっくりと近づいていく。
「ダーディンさん・・・?」
落ちた頭。
動かない指先。
キーナの背筋が寒くなる。
「ダ、ダーディンさん! 嫌だ! やだやだ! 死なないで! お願い、目を開けて!」
肩を揺すってもなんの反応もない。
ただなすがままにユラユラと揺れるだけ。
「やだ! 死んじゃやだ! 誰か・・・、誰か助けて!!」
(?!)
何かを思い出した。
何かが・・・。
(そういえば・・・、前にもこんなことが・・・)
そう、自分の目の前で、誰かが苦しんでいて、助けを求めていた。
同じように・・・。
キーナの中で、何か熱いものが弾けたように感じた。
キュオ!
突如、洞窟内から光が溢れる。
まるで洞窟から光線が発射されたかのようだった。
洞窟の前に立っていたローザとトマムが光に包まれる。
「なんだ?! この光は!」
眩しいはずなのに、何故か二人は光の奥を見ることができた。
そしてそこに、一つの人影が。
「!」
ローザによく似た女の子が立っていた。
肩までの髪が柔らかく揺れている。
「フロウ・・・」
ローザの口からその名前が漏れた。
「フロウ!」
呆気にとられたトマムの手を振り切って、フロウに駆け寄っていく。
「まさか・・・」
よく見知ったその顔に、トマムは驚き、動けなかった。
その少女は、ローザと共に、三ヶ月前に見送ったはずだったから。
「フロウ!」
ローザがフロウの肩に手をかけようと手を伸ばすが、その手は空を切った。
「え?」
ローザの手はフロウの体を突き抜けていた。
そこにはあるはずの体の感触はなかった。
「ふ、フロウ?」
ローザがおどおどとフロウを見つめる。
何故触れられないのか分からないのか、分かりたくないのか。
〈お姉ちゃん・・・。ごめんね、お姉ちゃん。そして、ありがとう〉
「フロウ?」
フロウの声が聞こえると言うより、その音が頭の中で響いているようだった。
フロウがローザの首に手を回し、優しく抱きしめる。
〈あたしが死んだのは、お姉ちゃんのせいじゃないから。だからもう、苦しまないで〉
ローザの目から涙が溢れる。
感触はないが、フロウを抱きしめるように腕を回す。
「フロウ・・・。ごめんね、ごめんね・・・。あなたを守ると誓ったのに、ごめんね・・・」
フロウがふわりとローザの顔を手で包み込む。
〈お姉ちゃん、あたしの分まで生きて。幸せになってね〉
そう言って、ちらりとトマムの方を見ると、
〈お姉ちゃんをよろしくね〉
そう声がトマムの頭で響いた。
トマムはこくりと頷いた。
フロウはにっこりと笑った。
フロウの体がローザから離れていく。
「フロウ!」
〈大好きだよ、お姉ちゃん。ありがとう〉
そう言って笑いながら、フロウが光の中に溶け込んでいった。
「フロウ!!」
手を伸ばし、フロウを追おうとするが、その手は何も掴めない。
光が強まり、目を開けていられなくなった。
あまりの眩しさに目を瞑ると、一瞬強まった光があっという間に消えてなくなった。
恐る恐るトマムが目を開けると、そこにはもう光はなかった。
(なんだったんだ?)
「ローザ?」
呆けたように立っているローザに近づく。
「フロウが、あたしのこと、大好きって・・・。恨まれてても、しょうがないって、思ってたのに・・・」
流れ落ちる涙を拭う。
その頭にトマムはポンと手を置く。
「恨むわけないだろ。たった二人きりの姉妹なんだから」
その言葉にまた涙が溢れる。
今までならばその言葉も受け入れられなかっただろう。
ずっと自分を責めていた。
病気がちな妹の傍に居てやれなかったことを。
「今の光はなんだったんだ?!」
「ダーディンはどうなった?!」
村人達が集まって声を荒げる。
その声に我に返る。
「そうだわ! あの子!」
洞窟に一人で入っていった少女を思い出す。
「記憶喪失なのよ! ダーディンの恐ろしさも知らないから! 助けないと!」
そう言ってローザは洞窟に駆け込んでいく。
「まったく!」
「トマム!」
トマムも後を追った。
「お嬢ちゃん! フロウ!」
なんと呼んでいいかも分からず、とにかく呼びながら奥へ奥へと進んでいく。
その後をトマムが追う。
ローザが足を止めた。
トマムが追いついて横に並んだ。
「血溜まり・・・?」
床に赤黒い血溜まりが広がっていた。
「まさか・・・、あの子?」
「違うわ。きっとダーディンの血ね。ダーディンにはあの時深手を負わせたから。もしあの子が襲われてたとしたら、血しぶきが周りに飛んでなければおかしいわ」
「そうか」
血溜まりの他に赤いものは見当たらない。
あの少女は無事だと考えられる。
「だとしても、二人はどこへ?」
襲われてないにしても、少女の姿もダーディンの姿も見当たらない。
洞窟はそこで行き止まりになっていて、他に出口などもありそうにない。
「あの光の中を女の子が運んだ?」
「そうとしか考えられないけど、でも、あんな華奢な女の子が、大の男一人担いで、あんな短時間で移動できるかしら?」
しかも洞窟内の床はボコボコだ。
「だったら・・・二人はどこへ?」
ローザとトマムは顔を見合わせる。
だが、答えをもたらしてくれるものは誰もいなかった。
洞窟からだいぶ離れた森の中。
倒れた人影、それに縋り付く人影。
「・・・ル、テル!」
必死に倒れている人影の名を呼んでいた。
ゆっくりと倒れている者が目を開ける。
「テルっ!」
涙でぐしゃぐしゃになった顔のキーナがテルディアスに縋っていた。
「キーナ・・・?」
テルディアスがキーナの顔を見る。
それを見て余計に泣き出すキーナ。
「テルぅ~。よ、良かった。し、死んだかと、お、おも、おも・・・」
言葉が続かない。
「キーナ・・・?」
ゆっくりとテルディアスが体を起こす。
「お前、俺が、分かるのか?」
びいびい泣いていたキーナが、きょとんとした顔でテルディアスを見つめる。
「ふにゃ? にゃんで?」
(記憶が、戻ってる?!)
「気づいたらテルが血だらけで―」
その後の言葉をキーナは紡げなかった。
なぜなら、テルディアスに抱きすくめられたから。
「?」
突然抱きしめられて、泡を食うキーナ。
テルディアスはきつくキーナを抱きしめる。
「・・・かった・・・」
テルディアスが小さく呟いた。
「? にゃ、にゃんか言った?」
キーナにはよく聞こえなかった。
別に構わなかった。
ただ、なんとなく口をついて出てしまっただけだから。
(本当に、よかった・・・)
きつく、きつくキーナを抱きしめる。
その存在を体中で感じる。
キーナが小さくぎゅうと漏らした。
やっぱりきつかったらしい。
キーナはさすがになんだか照れくさくて、どうにかこの状況から逃げだそうと頭をフル回転。
おお、そういえばと思いつき、
「テ、テル、怪我は、大丈夫なの?」
と尋ねる。
「・・・」
テルディアス、そこでやっと今までのことを思い出す。
「そういえば・・・」
キーナを放し、腹を見る。
「なんともない」
きれいさっぱり、抉られたことも分からないほどに治ってしまっていた。
抉られたという証拠に、服は破けてしまっている。
「うっそん! この赤黒いの、血でしょ?」
「ああ・・・」
腹から下の服が、赤黒く染まってしまっている。
しかもまだ乾ききっていない。
魔女の呪いが生きていて、死ねない体になっていたとしても、こんなに早く傷が治ることはない。
(考えられるとしたら、こいつだ・・・)
目の前で呆けた顔をした少女。
「僕の顔に何かついてる?」
と的外れな質問をして来やがる。
(どうせ何も覚えちゃいないだろうが)
記憶喪失になっていた間のことは忘れてしまっているようだし、今までも光の力を使った時のことなど覚えていなかった。
つまりこいつは今まで通り何も知らない。
「ねいねい、何かあったの?」
という質問をしてきた。
ほらやっぱり。
「気づいたらこんな服着てるし、テルは血まみれだし、泥棒7つ道具は失くなってるし。あれは失くしたくないにゃあ」
と周りをキョロキョロ。
「お? あんな所に!」
と木の上に目的の物を見つけたらしく、さっさと走り去っていく。
(ここは・・・、キーナを最初に探しに来た場所か? いつの間に、どうやって・・・)
袋に入れていた双子石を取り出す。
キラリと双子石が手の中で光った。
(まあ、分かるわけがないか・・・)
なにせ当の本人が分かっていないのだから。
その当の本人は、木の枝に引っかかった泥棒7つ道具の鞄を取ろうと、「ジュワッチ!」というかけ声を掛けながら、ジャンプを繰り返している。
「むう~、これでも届かぬか~。かくなるうえは・・・」
と呟いている隙に、テルディアスがジャンプして、軽々と鞄を取ってしまった。
「取ってやったのに、なんだその顔」
タコのような顔をして、ブーブーと文句を垂れている。
遊んでいたらしい。
遊ぶな。
「ほれ」
と、双子石と鞄を差し出す。
「あれ? なんでテルが持ってるの?」
キーナがそういえばと左耳を触ると、やっぱり付いてない。
「ま、いろいろあったからな・・・」
「いろいろ?」
キーナの顔が青ざめていく。
「て、テル? 僕、またなんか足引っ張った?」
「いや、その・・・」
キーナがテルディアスにしがみつく。
「ねいねい、教えてよう! 僕何したのう?!」
「道々教えてやるって! 離れろ! 歩きにくい!」
しがみつくキーナを半分引き摺りながら、テルディアスはなんとか歩き始める。
キーナの左耳で、双子石が再び、ユラユラと揺れていた。
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毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
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