キーナの魔法

小笠原慎二

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光の宮編

ベッド

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「いいからお前はそこで寝ろ」

毛布を一枚体に巻き付け、床にゴロリと横になる。

「し、しかし、御子様を差し置いて私がベッドなんて・・・」
「俺の命だ。聞けないのか?」

アイの心配を余所にテルディアスは平気の平左で目を閉じる。
もとより野宿などで慣れた体だ。床の上で寝るのもそれほど苦ではない。
しかしアイは、そんなテルディアスを見下ろしながら、悲しそうな顔をしていた。

「私は、御子様の好みの女ではなかったのですね」
「は?」

アイの言った意味が分からず、片目を開けるテルディアス。

「神官達にそう申し上げておきます。そうすれば、明日からは別の女性が・・・」
「ちょ、ちょっと待て!」

テルディアスがガバリと身を起こす。

「そ、そうじゃない! お前が好みじゃないとか・・・、そういうわけじゃなくて・・・、ど、どんな女が来ても抱く気は無い・・・」

顔を赤らめ、目を伏せ気味にしながら答える。
う~ん、純情。
ところがアイは、別の意味で捉えたらしく、

「では、美少年のほうが・・・」
「違う!!」

巷でも男色家疑惑の濃いテルディアス。ここでも勘違いされてやんの。

「だから、その・・・」

ソワソワと顔を赤らめ、落ち着き無く答える。

「す、好きでもない女を・・・、抱くことはできないというか・・・」

その時テルディアスの脳裏にキーナの姿が浮かんだ。
焦って首を振る。

(な、なんでキーナが出てくる!)

なんででしょうね~。

気付けばアイが、またもやポッカ~ンという感じの顔で、テルディアスを見下ろしていた。

「な、なんだ、その顔」
「あ、いえ・・・! そんな考えの方が、いらっしゃるんですね・・・」
「・・・悪いか」

顔を赤くして縮こまるテルディアスを見て、アイがクスリと微笑む。

「いえ、いいと思います」

そしてまた、悲しい顔になる。

「ここには・・・、そんな方、いらっしゃいませんから・・・」

アイの膝の上に乗せられた両手に、力が入った。

「その様子だと、やはり望んで身を任せているわけではなさそうだな」

テルディアスが立ち上がり、アイの隣に座り込む。

「話せ、全て。御子《オレ》なら、何かを変えることができるかもしれない」

アイがピクリとなる。
その瞳に涙が滲み始めた。

「私達、娼婦と何が違うんでしょう・・・」

震える声でアイが話し出す。

「毎夜違う男に抱かれて・・・、子を成してもすぐに離されて・・・」

涙が頬を伝い始めた。

「私も、力が発現するまでは、普通の女の子でした。幼馴染みと結婚の約束をして・・・。
でもある時力が発現して、喜んだ親と街の人達が宮に報せて、私は強制的に・・・。
連れて来られたその日に、私には拒む権利も与えられず・・・、それからずっと・・・」

幼馴染みのロストが行くなと叫んでいた。
ロストは街の人達に押さえつけられ、身動きも取れなくなっていた。
アイは光の者に無理矢理光の宮まで連れて来られた。
それからずっと、宮から出ることも許されず、ただ子を成す為にある日々。
テルディアスは何も言うことができなかった。

「安らぎを得たのはあの子が生まれた時、僅かな間・・・」

子を成し、無事に産み、その後半年は夜の勤めは免除されていた。
その間はとても穏やかな時間だった。
産んだ子供も可愛かった。
半年経つとまた勤めが始まった。

「その子ともすぐに引き離されて・・・」

子供も3歳になると、強制的に離された。
生まれた子はほとんど光の力を持っていなかった為だ。
もし強い力を持った子を産めていたら、同じ宮で過ごすことも許されたろう。

「こんな力なんていらない! 私は普通に結婚して、普通に子供を産んで、普通に家庭を持ちたかった!」

一通り言い終えると、アイは顔を覆って泣き出した。
ずっと溜まっていたものを、初めて吐き出せたのだ。
そんなアイに、かける言葉も見つからず、テルディアスはそっとアイの頭をなで始める。

「すまん・・・、今は、これくらいしか・・・」

ぎこちなく動くテルディアスの手は、温かく、優しかった。
アイは、ゆっくりと頭を動かし、テルディアスを見つめた。
テルディアスもアイの顔を見つめた。
そのまま少しの間二人は見つめ合っていた。
そしてアイが、テルディアスの肩に頭をこつんと、甘えるように乗せた。

「十分です」

テルディアスはアイの頭をなでた。
キーナの頭とは違い、長くつややかな髪が撫でていて心地よかった。

(これが実情か。腐ってやがる・・・)

光の宮は闇の力を退ける希望の砦と教わってきた。
故に、それに選ばれることはとても栄誉な事だと。
だが実情は違っていた。

(これじゃあ娼館とさほど変わらないじゃないか!)

テルディアスが撫でていない方の拳を握りしめた。




















夜が明け、テルディアスは支度をしていた。
体調も整っているということで、早々に呪法を解こうという話になったのだ。
体を清潔にし、なぜかパンツ一丁の姿にさせられていたのだけど。

「昨夜はどうだった?」
「え?」
「よく寝れたか?」

支度を手伝っていたアイに問いかける。

「はい。おかげさまで・・・」

アイは少し頬を赤らめながら答えた。
おやおや?

「御子様は大丈夫なのですか?」

テルディアスはやはり床で寝ました。
女性と同衾なんてできる勇気もないしね。

「慣れてる」

無愛想に答えるテルディアス。
アイがやはり顔をほんのり赤らめている事に気付かなかった。
扉がノックされ、一人の神官が姿を見せる。

「準備は整いましたでしょうか?」
「ああ」
「ではこちらへ」

神官が先に立つ。
テルディアスが後から付いて歩く。

「いってらっしゃいませ」

アイが頭を下げて見送った。

「ああ、行ってくる」

御子の寝室から、テルディアスが出て行った。

そのまま神官の後に付いて、長い廊下を歩いて行く。
最奥の大きな扉の前に来ると、神官が足を止め、扉に手をかけた。
扉はガチャリと開かれ、中が見える。
そこは神託の間。
ここで御子が光の神に祈りを捧げ、神託を受ける場所。
もっとも聖なる場所であった。
今はそこに、5人の神官が、床に書かれた魔方陣の円に立ち、テルディアスを待っていた。
その中央にテルディアスが立ち、案内してきた神官が、残っていた魔法陣の円に立った。

神官達が、一斉に呪文を唱え始めた。
その声に反応するかのように、魔法陣が徐々に光を放ち始める。
そして、テルディアスはその光に包まれていった。
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