キーナの魔法

小笠原慎二

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キーナのバイト

お金がない!

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「ちょっと待て。本当に持ってないのか?」
「うん。だって僕、あの時あの二人に、全部あげちゃったもん。てっきりテルが持ってるものだと・・・」

二人が固まった。
想定していない問題が起きてしまった。
キーナはてっきりテルディアスの荷物に入っているのだろうと思っていた。
テルディアスはまさかキーナが持っていた全部を渡したとは思わなかった。
冷や汗が流れた。

お金がない?

今二人はとある街のとある小さな飯屋で、3日振りの豪勢な食事を取っている最中であった。
というより、もうほぼ食べきってしまっている。

「逃げるか・・・」

テルディアスが呟く。
一瞬の隙をついて全力で走れば、なんとか逃げ切ることができるだろう。
だがしかし、

「だめだよ! 逃げるなんて!」

純粋日本人のキーナは、食い逃げは犯罪、ときちんと頭にインプットされているので、謝るなりなんなりして場を乗り切ろうと考える。

「だがしかし・・・」
「話せば分かってくれるかもしれないじゃん!」
「世の中そんなに甘くないっつーに!」
「だけど無銭飲食はダメだよ!」
「だが金がないだろ!」

ひそひそひそと論戦を繰り広げる二人のテーブルの横に、人影が立った。

「お客さん、お金がないから逃げるとか、聞こえたような気がしたけど・・・。私の気のせい?」

にっこりと微笑みながらも異様な威圧感を放つ、この飯屋の女将さんであった。


















「で?」

飯屋の裏方で二人は正座させられていた。
逃げ道を塞ぐように、強面で体格のいい主人と、女にしては背の高い女将さんがどどんと立っている。

「そ、その、気付いたらお財布なくて・・・」
「か、金がないことを知らなくて・・・」

キーナは身振り手振り、テルディアスは諦めたかのように説明を続ける。

「申し訳ない!」
「ごめんなさい!」

二人は頭を下げた。

「しょうがないわね。悪気があった訳でもなさそうだし」

女将さんが溜息を吐いた。

「持ってねぇもん出せったって無理だろうし。そうなると、体でキッチリ払ってもらわにゃ」

主人がニヤリと笑う。

(か、体・・・!?)

テルディアスの脳裏に、あっは~ん的な18禁映像が浮かんだ。

「一月、ここで働いてもらうかな」

主人の言葉を聞いて、テルディアスが床に頭を打ち付けた。

(ふ、普通そうだよな・・・)

そうだよね。

「てことで、さっそく裏で着替えてもらえ」
「あいよ」

手慣れた様子で女将さんが奥に向かおうとする。

((着替え?))

二人の頬を冷や汗が伝う。

「あ、あの~、このフードも取らないと、ダメ?」

念のためキーナが聞いてみた。

「当たり前でしょ。お客さんに失礼でしょ」

(どちらかというと、脱いだ方が失礼かと・・・)

フード取ってマスク取って店先に立とうものなら、集客率は0になること間違いないだろう。
顔の作りがまずいわけではないといえども。

「そ、そうだ! 来る途中見たんだが、グリスタという妖魔を退治したら賞金が出るとあった。それをやればここの払いもすぐできる」

テルディアスが必死に頼み込む。

「無理だ。やめとけ」
「え・・・」
「生半可な実力じゃやられっちまうよ。だったら――」
「それなら大丈夫だ。妖魔はこれまでにも何匹も退治したことがある」

フードの奥から睨み付けるテルディアスの眼光に、主人と女将さんは圧倒される。
確かにこの男、相当な実力者かもしれない。

「分かった。だが、そっちのボウズ・・・は置いてけ。お前がいなくなった時の保険だ」

グサ

キーナの心が抉られた。

「いいだろう」

話はまとまったようだった。

「僕は女の子!!」

キーナが声を上げた。
テルディアスも訂正してやれよ・・・。















店先までキーナが見送りに出る。

「じゃあな、キーナ。行ってくる」

キーナの頭を軽く撫でた。

「うん。早く帰ってきてね」
「ああ、すぐ戻る」

そしてテルディアスは歩き出した。
その後ろに向かって、

「いってらっしゃ~い」

と両手を振りながら盛大に見送るキーナ。
道行く人がテルディアスを振り返った。

(恥ずかしい・・・)

テルディアスは足を早めた。



















入り口の扉には鈴が取り付けられており、開けたり閉めたりするとカロカロと音を鳴らす。
カロカロと音を響かせながら、キーナが店の中に入ると、女将さんがおいでおいでをしている。
素直に近寄っていくと、

「早速だけど、お嬢ちゃんには働いてもらうわよ」

と腰に手を当てる。

「ふにゃ?」
「あの男が帰ってこない可能性もあるからね」
「うにゅ? テルは帰ってくるよ?」

キーナには分かっている。
テルディアスは必ずキーナを迎えに来るだろう。

「そう言ってトンズラした男は今までにも何人もいたからね」

どうやら無銭飲食した無礼な輩が今までにもいたらしい。

「てなわけで、さ、着替えましょ♪」
「ニャー!!」

キーナを軽々と担ぐと、奥へと運んでいった。
それを見ていた、たまたま居合わせた常連のお客さん。

「なんだい? あのボウヤ」
「女の子だとさ」

常連さんが目を剥いた。

「あれで?!」
「ああ」

キーナが聞いたら傷ついていたかも。

「無銭飲食でな。また、あいつが喜ぶ」

また、とは、今までにも逃げようとした者を捕らえ、働かせた時に、女将さんが趣味も相まって色々と着せ替えて遊んでいたことがあったのだ。
なぜならば、

「そういや・・・、もう7年か・・・」
「ああ・・・。もう、諦めてはいるがな・・・」

結婚して早7年。
子供ができなかったのだ。















キーナがほぼ無理矢理に着せ替えられている。

「まあ、可愛い!」

キーナが赤くなる。
端的に言えばメイド服である。
かなりスカートが短めではあるが。
いつもだぼっとした旅装束なので、ぴっちりした服を着ると、それなりに体の線が出てくる。
あちこち膨らみはまだ未発達ではあるが、締まる所はちゃんとしまっているので、それなりの服を着ればちゃんと女の子に見える。

女装した可愛い男の子に見えなくもないけれども・・・。
コホン。

「いいわね~。女の子は。あ~、やっぱり女の子が欲しいわ~」

そう言って目を輝かせる女将さん。

「あたし達、結婚して7年目になるんだけど、子供に恵まれなくてね。こればっかりは天からの授かり物だからって諦めてはいるんだけどね・・・。でも、やっぱりね・・・。あんたみたいな女の子がいたらなって・・・、思・・・」

女将さんが服を握りしめながら、肩を震わせた。
子供のいない悲しみを噛みしめているかのようで、キーナはなんとかしてあげたいと思った。

「あ、あの、僕でよければ、テルが戻るまでだけど、子供の代わりに――」
「あら本当?!」

振り向いた顔は喜びに輝いていた。

「じゃ、これ履いて! これつけて! 髪もちょっといじくってみよっか~!」

テキパキとキーナに身につける物を揃えていく。

「だ、だまされた・・・?」

内心複雑なキーナであった。



















その頃テルディアスは、西の森を目指して歩いていた。
情報によると西の森での目撃、被害が多い。
ザカザカと草を踏みしめ、木々を掻き分け進んで行く。
ふと飯屋での事を思い出す。
主人に、

「体でキッチリ払ってもらわにゃ」

と言われた時、何故自分はあんな、あっは~ん的な事を考えてしまったのか・・・。

(欲求不満?! 溜まってる?! 俺って奴は・・・、俺って奴は・・・)

しばし自己嫌悪で頭を抱えてうずくまり、先に進めなくなってしまったテルディアスだった。



















女将さんがひょいっと顔を出す。

「あ~んた。ちょっと来て」

その声は弾んでいた。
常連さんに断りを入れ、奥に入る。

「会心の作ができたわ!」

と女将さんがルンルンで案内する。

「どれどれ」

部屋に入り、

「どーだ!」

と女将さんが指し示す方を見ると、

「おおおお~?!」

ホントにビックリタマゲタ声を上げた。
そこに居たのは、メイド服のような服を着て、ニーハイソックスで足元をカバーし、頭には付け毛によるツインテールを成した、一目で女の子と分かるキーナが立っていた。

「こりゃまた可愛くなったな~」

素直な感想が口から滑り出る。

「でしょ~」

女将さんも満面の笑み。

「元の素材がいいからね。張り切っちゃった」

とキーナを抱きしめてナデナデする。

「本当はお化粧もしたいんだけど・・・」

キーナが素早く顔を横に振る。

「嫌がるのよね~」

(これ以上慣れない物を身につけたくない!)

とキーナ必死の抵抗。
女将さんはとてつもなく残念そう。

「これで十分だろ。お客さんも喜ぶぜ」
「そうね。それじゃ。基本的なことを教えましょう」

キーナを連れ立って、三人はお店の方へ戻っていった。

















森の中、一本の木に背を預け、テルディアスは周りの様子を窺っていた。
左手の方から何かが近づいて来る気配がする。
そのまま立っていると、ガサリと草木を掻き分け、がたいのいい三人の男達が現われた。

「ん?」

テルディアスに気付く。

「なんだお前? お前もグリスタ退治に来たのか?」

三人の中で一番厳い、リーダー格の男が話しかけてきた。

「だったらやめときな。あれは俺の獲物だ。お前みてぇな優男にゃ、退治は無理だよ。帰って母ちゃんのおっぱいでも吸ってんだな。だっはっは」

三下らしい台詞を吐いて、笑いながら三人は去って行った。
それを静かに見送るテルディアス。

(どうやっておびき出そうかと思っていたが・・・。いい餌が現われたな)

テルディアスは気配を消しながら、三人を追い始めた。





















カロカロカロ

お店の扉の鈴が鳴り、お客さんが二人ほど来店した。

「いらっしゃいませー!」

会話をしていた二人は聞き慣れない声に前を向く。
そこに居たのは可愛い女の子。
もちろん、キーナです。

「空いているお席へどうぞ」

にっこりと微笑むその笑顔に、固まる二人の客。
いそいそと手近な席に座ると、二人してじいっとキーナを眺めている。
女将さんにレクチャーを受け、キーナが水を持って来て、二人の前に置いた。
にっこりと笑いながら、

「ご注文は?」

二人の客はキーナの笑顔に見とれながら、

「ら、ランチセット二つ・・・」

と注文した。

「はい! ランチセット二つですね!」

とキーナが注文票に書き込む。

「ランチセット二つ~!」

とキーナが店の奥に向かって声を上げる。

「あいよ~」

と主人の声。
回転した時に短いスカートがふわりと舞って、怪しげな景色が見えそうになる。
二人の客はそこから目が離せなくなった。
ギラギラとキーナの不可侵領域に向けて視線を放つ。
だがそうそうに破られるものではない。

「これでいいの?」
「上出来上出来」

女将さんがキーナの頭をナデナデ。
気に入ってるのかもしれない。

「初めてだからドキドキした~」

と足を軽く動かす度に、スカートがユラリユラリと揺れる。
二人の客は目が離せない。
というか、だんだん何故か上体が低くなっていく。
このままテーブルに突っ伏してしまうのではないだろうか。

何しに来たんだこいつら。

そのうちテーブルを通り過ぎて、キーナの不可侵領域を覗き込もうと努力をし始めた。
そこにぬっと立ち塞がる影。

「ランチセット二つ。お待ち」

威圧感半端ない女将さんが、注文したランチセットを二つ掲げて立っていた。
慌てて体勢を立て直す二人。

「は・・・はい」

二人は観念して、大人しく食べ始めた。
またカロカロと音がして、お客さんが入って来た。

「いらっしゃいませー!」

キーナの元気な声が響き渡る。



















暗くなった森の中。
三人の男達が持って来た食料を食べていた。

「出てきませんね、兄貴!」
「きっと兄貴に恐れをなしたんですよ!」
「かもな」

がっはっはと笑い合う三人。
その様子を少し離れた木の上から、テルディアスが眺めていた。

(静かだ・・・。妖魔の気配がない・・・)

森は穏やかな空気に包まれ、怪しい気配は一切なかった。

(違う森へ行ったか?)

そうなると長期戦になるかもしれないなと考えていたテルディアスの腹の上に、リスがちょろりと這い上がってきた。
ヒクヒクと鼻を動かす仕草は愛らしい。
特にテルディアスはなんの反応も示さず、そのうちどこかに行くだろうと放っておくと、何故かリスはテルディアスの腹の上でくつろぎ、毛繕いをし始めた。

(人の腹の上で・・・。キーナみたいな奴だな・・・)

呆れもしたが、やはりそのまま放っておいた。
















「いっただっきま~す!」

ちゃんといただきますをしている。えらいえらい。

「初めてにしちゃよく頑張ったな、お嬢ちゃん」
「本当によくやってくれたわね」
「えへ」

主人も女将さんも満面の笑顔。
キーナも遠慮せずに夕飯をいただく。
飯屋だから、ご飯はうまい。

「テルが帰ってくるまで、僕頑張るんだ!」

とアムアムとご飯を頬張る。
その言葉に顔を見つめ合う二人。
女将さんがぐっとキーナの方へ身を乗り出す。

「キーナちゃん、悪いことは言わないから、旅をやめて家に帰りなさい」
「むぐ?」
「大抵の男はこのまま帰って来ないわ」
「ああ。あの男もきっと帰ってこない」

今までにそういうことがあったのだろうか。
だとしたらヒドイ男もいたものである。
しかしテルディアスは違う、とキーナは分かっているけれども・・・。

「なんで旅をしているのかは知らないけど、女の子一人で旅を続けるのは危険よ。このまま家へ帰りなさい」

心配して言ってくれているのはよくわかるのだけれども。

(その家には帰りたくても帰れないんだけど・・・)

とポリポリ。
ハッキリ言えば、この世界にキーナの帰る場所などない。
あ、言ってて悲しくなってきた。

「ね?」

とこちらを見てくる主人と女将さん。
さ~て、なんて説明したらいいのでしょう?

「え~と、その・・・」

なんとか上手く言いくるめなければとキーナは頭を働かす。

「だ、大丈夫! テルは帰ってくるよ! そ、それに、僕、どうしても会わなきゃならない人がいて、だから、旅をやめるわけにはいかないの」

キーナの珍しく真面目くさった顔を見て、主人と女将さんは、何か事情があるのだろうと察する。

「そう・・・」
「そうか・・・」
「にゃは・・・」

愛想笑いで何となく誤魔化す。

「なら、仕方ないわね」
「しばらくここで稼いでいくといいさ。この先金に困らないようにな」
「お給金は弾んでおくわ」

主人は強面だけど優しいいい人だ。
女将さんもウィンクして、なんだか可愛いいい人だ。
二人の優しさに触れて、キーナは嬉しくなった。

「ありがとう!」

その笑顔に二人はKOされた。

(か、かわいい・・・)

美味しいね~とパクパク食べるキーナを見ながら、二人は、女の子がいたらこんな感じ?と考えながら、楽しい夕食を過ごした。
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