キーナの魔法

小笠原慎二

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テルディアスの故郷編

秘密のバラ園

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二人の木こりが山の中を歩いていた。
歩き慣れた山の中だ。迷うこともない。
二人は暢気にお喋りをしながら、いつものように歩いていた。

「ん?」

一人がそれに気づいた。

「なんだ?」

視線の先には、宙に浮かぶ黒い球のようなもの。
しかし形は安定せず、時折その周囲を静電気のようなものが走っている。

「黒い…?」
「おい、まさか…」

この世界において黒い異質なものといえば…。

「闇の…、ものか?」
「かもしれんな…」

災厄を撒き散らすと言われている闇の者。
妖魔と違い、その者は場所を選ばない。
こんな山の中、異質なものとなれば、真っ先に疑うのは必然である。

「だが、闇にしてはなぁ…」

一人が訝し気にそれに近づく。

「お、おい」

近づいた男が、その丸い物体に指を近づける。
感触がない。触っているはずなのに、何も感じられなかった。

「触ったりして、何か起きたら…」

もう一人の男が注意する。

「あ、ああ、そうだな」

近づいた男がそれもそうだと指を引き抜いた。
ところが、引き抜いた指の先が消えていた。
消えた場所から血が噴き出す。

「そんな…、指が、指が…!」

遅れて痛みも感じ始める。

「うわ、うわああ! 指が!」

もう一人も慌てふためく。
急いで手当てしなければならない。

「闇の者の仕業だきっと!」
「みんなに伝えねーと!」

出血を抑えるために指をきつく縛り上げ、木こりたちはその場を後にして、急いで山を下りて行った。
木の葉が風に舞い、その黒い球に近づくと、吸い込まれるように消えていった。
不安定なその球は、漂うこともなく、その場に存在していた。
















「アスティ。相手してくれ」

黒い髪の少年テルディアスが、その時すでに師範代となっていたアスティに稽古を申し込む。

「あん?」

アスティが振り向く。
するとその場になよっと崩れると、

「ちょっとだけなら…」

と稽古着の肩をぺろりとはだける。

「おい…」

兄弟子であり、幼馴染であるこのアスティ、人は悪くないのだが、おふざけが酷過ぎるのである。

「アラン、あなたあたしの好みよ~ん」

と口をタコのようにすぼめてテルディアスに抱き着いてくる。

「だーーーー!!!」

慌てて身を捩るテルディアス。
ついでに拳をつくり、アスティを思い切りどつく。

「いい加減にしろ…」
「冗談の分からんやっちゃな~」

コブを作られたアスティが、コブをなでなで身を起こす。

「あんたの場合冗談じゃなくなるだろ」

今までにも抱き着かれ、無理矢理、まあ頬ではあるのだが、熱いぶちゅーをされている。
無理矢理なうえに男にされて気持ち悪いったらありゃしない。

「ふ…、さすがはテルディアス! 俺の行動がよく分かってる!」

と、ポーズを決めながらアスティが叫ぶ。

「わからいでか」

溜息をつくテルディアス。
どうもアスティは不真面目すぎていけない。
なんでこの人が師範代なのだろうといつも首を傾げているのだが、実際テルディアスよりも強いのである。

「あたしが相手するわよ、テルディアス」

見かねたのか、アスティの妹ティアが声をかけてきた。
しかし、

「振りの甘さと踏み込みの甘さがなくなったら相手してもいいぞ」

冷たく言い放つテルディアス。

「な…」

仕方のないことであるが、ティアはテルディアスより弱いのである。
というか、テルディアスとアスティが強すぎるだけなのだけど。
この道場の中でもティアは何気に上位に入る実力者ではあるのだが、いかんせんテルディアスはその実力をはるかに上回る。
テルディアスとしては自分よりも弱い相手より、強い相手、つまりアスティに稽古をつけてもらいたいのであるが、アスティは滅多にまともに相手にしてくれない。

「やっぱ、お前のほうが教えるの向いてるよな」

いつの間にかテルディアスの隣に立っているアスティが、うんうんと頷いている。
テルディアスの注意はいつも的確なので、みんなテルディアスと稽古したがった。
師範代でもないのに…。

「アスティ…」

テルディアスがもう一つ大きく溜息を吐く。

「あんた師範代だろー!!」
「あら、いや~ん」

逃がすものかとその腕を掴むと、

むにん

「むに?」

鍛えられているはずのその腕がいやに柔らかい。

「そう、実はあたし、女の子だったのよ…」

いつの間にか、目の前のアスティが、女のように化粧を施している。
似合わないリボンまで頭の上に見えた。

「あ?」

不気味さを覚え、テルディアスが逃げ出そうとするが、

「いざゆかん! 秘密のバラ・・園へ!」
「ぎゃーーーー!!!」

アスティが覆いかぶさってくる。
テルディアスは必死に抵抗して…。













「はっ!!」

目が覚めた。
目の前には、いつものようにいつの間にか忍び込んで来ているキーナがすやすやと寝ている。
テルディアスはそのキーナの腕を掴んでいた。
夢の内容を思い出し、謎が解けたテルディアス。
ゆっくりと手を放し、ゆっくりとキーナから距離を取る。
少し雲はあるが、今日もいい天気になりそうな爽やかな朝なのに、テルディアスの心は暗く曇ったままだった。
起きたばかりだというのに、大きく息を吐く。

(ったく…。なんつー夢だ…)

実際にありえることなので、余計に気が重かった。












ダーディンの姿になって一度、テルディアスは故郷に戻ったことがある。
寂しさと悲しさとやるせなさと、何より誰かと触れ合いたかった。
しかし、昔から自分を知っている人たちも、ダーディンになってしまった自分に気づかなかった。
そのことがどうしようもなく悲しくて、余計に寂しくなって…。
元の姿に戻るまでは、近づくこともないだろうと、そう思っていた。
思っていたのに…。

「テルディアス! 遅いわよ!」

メリンダがハッパをかけてくる。
近づくほどに足が重くなるテルディアス。気づけばキーナ達と距離が開いている。

「あんたの故郷なんでしょ! あんたが案内しなさいよ!」

メリンダがぐいぐいとテルディアスの背を押して先を促す。

「俺は…、やはり、行くわけには…」
「どうせ通り道でいずれは通る街なんだから、諦めなさい」

怖い顔でメリンダがテルディアスに迫る。
それを見ながらサーガは思う。

(迂回する道もあったんだがね)

それは言わない。
サーガとしても、テルディアスが青い顔しているのを見るのが面白いからだ。

「ほら! 早くしないと、また野宿になるわよ!」

テルディアスの背を押しながら、メリンダが先を急がせた。
四人はてくてくと街道を早足で進んでいく。







「おっ」

キーナが声を上げる。

「あれかー!」

森の抜け、丘に立つと、その街は見えた。
聞いていた通り、海が近い。街の向こうに海が広がっている。
かなり立派で大きな街だった。
てくてくと街の入り口に向かう。

「ふうむ、普通の街だねい?」
「ったりめーだろ」

何をキーナは期待していたのだろう?
テルディアスの故郷であって、テーマパークではないのだよ?
その時、暗い顔して歩いていたテルディアスが、ぎくりとなって足を止めた。
道の先にある、少し大きな木の根元に、人影がある。
その人影はよく知っているものであった。

「何か面白いものあるかな~?」

キーナが楽しそうにルンルンと歩く。

「そうね~、色々見て回りたいわね~…」

メリンダが足を止めているテルディアスを横目に見て、すたすたと近づく。

「首に縄付けていくのと、自主的に行くのとどっちがいい?」

と怖い顔で近づき、腰に装着していた鞭を取り出し、一度ピシリと音を出す。
テルディアスに選択肢はなかった。











木の根元に立つ人物が、その木の肌を優しく撫でる。
その少し下のほうに、いくつか付けられた横線。
幼い頃、ここで背を測ったりしたものだ。
そんな思いに耽っていると、街道をやってくる四人の姿が映った。

「!」

その中に、見たことのある人物。

「テルディアス…?」

その声が聞こえたのか、その人物がぎくりとなる。

「アスティ…」

テルディアスが恐々、アスティを見た。

「テルディアスなのか?!」

アスティが走り寄った。

「本当に? 本当にテルディアスなのか?!」

とテルディアスにベタベタ触りまくる。

「ア、アスティ…」

いくらなんでも触り過ぎでないか?とテルディアス思うが、この人だったらこれが普通かと思ってしまう。
ところがやはり、自由にさせ過ぎた。

「隠れてティアのパンティ頭に被って密かに楽しんでいたあのテルディアスか?!」
「さりげなく可笑しな話を盛り込むな!!」

はっと思い、後ろを振り返ると、白い目で見てくる三人。

「嘘に決まっているだろうが!!」

なにせアスティは真面目な顔して平気で嘘をぶち込んでくるのである。
質が悪い。

「生きて…、たんだな…」

本当に嬉しそうな顔をしてテルディアスを見つめるアスティ。

「ああ…」

なんとなく警戒するテルディアス。

「テルディアス…」

と、テルディアスが何を思ったか、両手でアスティのおでこと顎を抑え込む。

「何をする?」
「たぶん、条件反射だ」

とても嫌な予感がしたのである。

「そんなに照れるな」

と、アスティの口がタコのようにすぼまり、テルディアスに近づいてくる。

「うぎゃああああ!」
(正夢かーーーー!!)

必死に抵抗するも虚しく、アスティの顔がテルディアスの顔に近づいていく。
キーナが顔を咄嗟に隠す。
何か見てはいけないようなものを見ている気がして。
でも指の間からしっかり見ている。

「と、止めなくていいのかな?」

笑いながら見ていたメリンダとサーガが声を揃えて言った。

「「いいんでない?」」

テルディアスは必死に、唇だけは回避した。
頬にぶちゅうして満足したのか、アスティの動きが止まった。
やっとこ逃げ出したテルディアスが地面に膝をつき、肩で息をする。
余程必死だったのだな。
アスティがちらりとテルディアスを見下ろし、何か考えた目をしていたが、徐にテルディアスに近づき、問いかけた。

「そういや、テルディアスよう」
「なんだ?」
「なんで髪、白いんだ?」

ぎくりとなる。
もちろん、ここに来るまでに、いつものお化粧は済ませてある。
肌の色はなんとか誤魔化しているが、髪はそうはいかない。

「そ、その…、それは…」

上手い言い訳が思いつかず、どもるテルディアス。
それをじいいっと見つめるアスティ。
何気に勘がいいアスティ。見つめられるのが怖い。

「あー、そいつはさ」

サーガが口を挟んで来た。

「こっから西の国の風土病に罹っちまったらしくてさ、その病にかかると髪が白くなるんだってさ。んで、その病を治すためには東の果てにある村にある薬草を取りに行かなきゃならんらしいんだ」

すらすらと答えるサーガをポカンと見つめるキーナとメリンダ。
いつの間にそんな設定を考えていたのだ?

「へー。そうなのか?」
「そ、そうだ!」

渡りに船と話に乗るテルディアス。
サーガに助けられるというのが気に食わないのだけど。

「元の姿に戻るまでは、こいつは来たくねーってごねてたんだけどさ、移る病気でもねーし、近くまで来たんだし、俺たちもこいつの故郷見てみてーってさ」
「そうかそうか、大歓迎だ!」

特に矛盾も感じられないその話を、アスティは信じ込んだらしい。

「さあさあ、こっちだ。案内するぜ」

と逃げ出さないようにテルディアスをヘッドロックしたまま、アスティが街に向かって歩き始めた。

「わーい」

その後ろを楽しそうにキーナがついていった。

「よくスラスラ出てきたわね」
「ま、ね。一応考えてはいた」

こっそりと話す二人。
とりあえずうまく街に入ることができたと、胸を撫でおろしながら、キーナ達の後を歩いて行った。
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