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テルディアスの故郷編
母の手紙
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坊ちゃまが無事にお生まれになりましたと若旦那様に手紙を書いて数日後のことでした。
ドンドンドン!!
家の戸を誰かが激しく叩いた。
「ハイハイ」
マーサが扉に近づき、鍵を開け、
「どちらさま…」
ゆっくりと開けようとした時、
バン!
扉は勢いよく開かれ、
「生まれたんだって?!」
ここに現われるはずのない、若旦那様が飛び込んできた。
「どこ? どこ? どこ? どこにいるんだい?」
とキョロキョロと忙しなく頭を動かす。
マーサはその襟首をガシッと掴み、動きを止めると睨み付けた。
「どうしてこの家を知ってるんです…?」
「え、え~と…その…」
若旦那様が青い顔をして目を逸らした。
マーサの迫力に押し切られ、マーサがこの家に向かった時に人を雇い、その後を付けさせて場所を特定させたと白状した。
「お願いします! この通り! 一目だけでいいですから!!」
床に額をこすり続けて頼み続ける若旦那様の姿を見続け、さすがにマーサも折れた。
一目だけだと約束させて、テルディアスとユリアの元へと案内した。
ところが、
ボスッ!
ユリアの部屋に入った途端、若旦那様の顔に枕がヒットした。
「ユ…リア?」
「帰って…。ここはあなたの来るべき所じゃない!!」
「当然ですわよね。ユリアがどれ程の思いでタージェント家を出てここに来たか。若旦那様はそれを見事に台無しにしてくれたのですから」
((確かに))
テルディアスとキーナは無言で頷いた。
(というか、父は俺に会いに来ていたのか…。俺に、会いに…)
一度だって会いに来てくれなかったのに、生まれてすぐに飛んで来たなどと。
しかも土下座して一目だけでも合わせてくれなどと…。
テルディアスはなんだか胸の辺りがじわりと温かくなっていた。
その後も若旦那様は坊ちゃまに会うまでは帰らないとその場に居座り続け、最後はユリアが折れました。
「ただし、一つ条件があります」
『二度とこの家に近づかないこと!』
若旦那様は渋々でしたけれど、この条件を聞き入れましたわ。
そして坊ちゃまにやっと会えた時の顔ったら、本当に、嬉しそうな幸せそうな顔をしておりましたよ。
その後、引き離すのも大変だったのですけれど…。
「いい加減お引き取り下さい!」
「もう少し! もう少しだけ!」
「もう十分でございましょう!」
などと攻防が繰り広げられ、やっと若旦那様を坊ちゃまから引き離して、お帰り頂きました。
テルディアスとキーナは何も言えなかった。
「坊ちゃま、お父上様はあなたに会いに来なかった訳では無いのです。ユリアとの、あなたのお母様との約束で、会いに来られなかったのですよ。でもまあ、よほど坊ちゃまのことが気になっていたのでしょうか、時折街で、それらしき人影を見たりしましたけれど…」
マーサが用事で街に出た時に、時折変な人影が後を付いてきていたりした。
一応変装はしているようであったが、見るからに若旦那様であった。
一応家には近づかないという約束は守っていたらしい。
マーサがテルディアスを連れて来ないかと、待ち構えていたのかもしれない。
それも時を追うごとに少なくなっていったのは、貴族として家を継いだ事により、仕事が忙しくなっていったからなのだろう。
「その後は私が時折近況を報せる手紙を若旦那様に書いておりました」
「母の…、母の手紙は…?! あの、手紙は?!」
「あの手紙は、全て坊ちゃまのお母様から坊ちゃまに宛てた手紙ですよ」
「!」
「あれは、坊ちゃまが一歳になる頃でした」
産後の肥立ちが悪く、ユリアはあまりベッドから出られなくなってしまいました。
そして、坊ちゃまが一歳になった頃、突然ユリアは言いました。
「私、手紙を書くわ!」
「あら。旦那様にですか? お喜びになられますよ」
「いいえ! テルディアスによ!」
「え?」
「私、この子に母親らしいこと全然してあげられなくて…」
「お体を壊しているのだから、仕方ありませんでしょう」
「いつまで生きられるかも分からないし」
「そんな弱気な…」
「だからせめて、手紙を書くわ! 後でこの子が読んで、色々なことを思い出せるように…」
それから毎日欠かさず、手紙を書いておりましたわ。
「それがあの手紙達なのです」
「・・・・・」
「時期が来たらこの話と共に、お手紙をお見せするはずだったのですけど…。まさか手紙を先に見つけられるとは思いもみませんでしたが」
キーナギクリとなる。
(ゴメンナサイ…)
心の中で一応謝った。
「でもきっと、そういう時期だったのでしょうね…」
結果オーライだったのかもしれない。良かった良かった。
「何故かしら? 今なら分かって頂けると思うんです。お母様とお父様が愛し合っていたこと。愛し合っていたからこそ、お二人が離れたこと。そんなご両親から生まれたあなたは、とても愛された子なんですよ」
そう言って、マーサはにっこり笑った。
テルディアスは目を軽く伏せて考える。
(ああそうだ。昔の俺ならさっぱり理解できなかったろう…。相手を想うからこそ身を引く。どうしてそうなるのか、きっと理解できなかった。あの頃のままなら…。だが、今は…。今は…)
そしてちらりと隣に座る少女を見る。
と、少女と何故か目が合った。
少女はにっこりと微笑む。
テルディアスはふいっと視線を外した。
この照れ屋め。
「坊ちゃまの躾を厳しくしたのも、お母様のお言いつけなんですよ。何れ必ずお父様の前に立つことがあるだろうから、その時に臆することなく、堂々と対面できるようにと…。わかりますか? いかにお母様が、あなたの事を考えていらしたか…」
庶民の暮らしをしている者が、いきなり貴族と面して困るのは、礼節だ。
テルディアスの母ユリアは、テルディアスが大きくなって、どんな形にせよ父親と対面する時が来た時に、そんなことでギクシャクしないようにと、最低限のマナーを仕込むようにと、マーサに言っていたのだ。
テルディアスは初めて、何故自分の家が躾に厳しかったのかを知った。
そこに隠されていた母の想いも…。
ドンドンドン!!
家の戸を誰かが激しく叩いた。
「ハイハイ」
マーサが扉に近づき、鍵を開け、
「どちらさま…」
ゆっくりと開けようとした時、
バン!
扉は勢いよく開かれ、
「生まれたんだって?!」
ここに現われるはずのない、若旦那様が飛び込んできた。
「どこ? どこ? どこ? どこにいるんだい?」
とキョロキョロと忙しなく頭を動かす。
マーサはその襟首をガシッと掴み、動きを止めると睨み付けた。
「どうしてこの家を知ってるんです…?」
「え、え~と…その…」
若旦那様が青い顔をして目を逸らした。
マーサの迫力に押し切られ、マーサがこの家に向かった時に人を雇い、その後を付けさせて場所を特定させたと白状した。
「お願いします! この通り! 一目だけでいいですから!!」
床に額をこすり続けて頼み続ける若旦那様の姿を見続け、さすがにマーサも折れた。
一目だけだと約束させて、テルディアスとユリアの元へと案内した。
ところが、
ボスッ!
ユリアの部屋に入った途端、若旦那様の顔に枕がヒットした。
「ユ…リア?」
「帰って…。ここはあなたの来るべき所じゃない!!」
「当然ですわよね。ユリアがどれ程の思いでタージェント家を出てここに来たか。若旦那様はそれを見事に台無しにしてくれたのですから」
((確かに))
テルディアスとキーナは無言で頷いた。
(というか、父は俺に会いに来ていたのか…。俺に、会いに…)
一度だって会いに来てくれなかったのに、生まれてすぐに飛んで来たなどと。
しかも土下座して一目だけでも合わせてくれなどと…。
テルディアスはなんだか胸の辺りがじわりと温かくなっていた。
その後も若旦那様は坊ちゃまに会うまでは帰らないとその場に居座り続け、最後はユリアが折れました。
「ただし、一つ条件があります」
『二度とこの家に近づかないこと!』
若旦那様は渋々でしたけれど、この条件を聞き入れましたわ。
そして坊ちゃまにやっと会えた時の顔ったら、本当に、嬉しそうな幸せそうな顔をしておりましたよ。
その後、引き離すのも大変だったのですけれど…。
「いい加減お引き取り下さい!」
「もう少し! もう少しだけ!」
「もう十分でございましょう!」
などと攻防が繰り広げられ、やっと若旦那様を坊ちゃまから引き離して、お帰り頂きました。
テルディアスとキーナは何も言えなかった。
「坊ちゃま、お父上様はあなたに会いに来なかった訳では無いのです。ユリアとの、あなたのお母様との約束で、会いに来られなかったのですよ。でもまあ、よほど坊ちゃまのことが気になっていたのでしょうか、時折街で、それらしき人影を見たりしましたけれど…」
マーサが用事で街に出た時に、時折変な人影が後を付いてきていたりした。
一応変装はしているようであったが、見るからに若旦那様であった。
一応家には近づかないという約束は守っていたらしい。
マーサがテルディアスを連れて来ないかと、待ち構えていたのかもしれない。
それも時を追うごとに少なくなっていったのは、貴族として家を継いだ事により、仕事が忙しくなっていったからなのだろう。
「その後は私が時折近況を報せる手紙を若旦那様に書いておりました」
「母の…、母の手紙は…?! あの、手紙は?!」
「あの手紙は、全て坊ちゃまのお母様から坊ちゃまに宛てた手紙ですよ」
「!」
「あれは、坊ちゃまが一歳になる頃でした」
産後の肥立ちが悪く、ユリアはあまりベッドから出られなくなってしまいました。
そして、坊ちゃまが一歳になった頃、突然ユリアは言いました。
「私、手紙を書くわ!」
「あら。旦那様にですか? お喜びになられますよ」
「いいえ! テルディアスによ!」
「え?」
「私、この子に母親らしいこと全然してあげられなくて…」
「お体を壊しているのだから、仕方ありませんでしょう」
「いつまで生きられるかも分からないし」
「そんな弱気な…」
「だからせめて、手紙を書くわ! 後でこの子が読んで、色々なことを思い出せるように…」
それから毎日欠かさず、手紙を書いておりましたわ。
「それがあの手紙達なのです」
「・・・・・」
「時期が来たらこの話と共に、お手紙をお見せするはずだったのですけど…。まさか手紙を先に見つけられるとは思いもみませんでしたが」
キーナギクリとなる。
(ゴメンナサイ…)
心の中で一応謝った。
「でもきっと、そういう時期だったのでしょうね…」
結果オーライだったのかもしれない。良かった良かった。
「何故かしら? 今なら分かって頂けると思うんです。お母様とお父様が愛し合っていたこと。愛し合っていたからこそ、お二人が離れたこと。そんなご両親から生まれたあなたは、とても愛された子なんですよ」
そう言って、マーサはにっこり笑った。
テルディアスは目を軽く伏せて考える。
(ああそうだ。昔の俺ならさっぱり理解できなかったろう…。相手を想うからこそ身を引く。どうしてそうなるのか、きっと理解できなかった。あの頃のままなら…。だが、今は…。今は…)
そしてちらりと隣に座る少女を見る。
と、少女と何故か目が合った。
少女はにっこりと微笑む。
テルディアスはふいっと視線を外した。
この照れ屋め。
「坊ちゃまの躾を厳しくしたのも、お母様のお言いつけなんですよ。何れ必ずお父様の前に立つことがあるだろうから、その時に臆することなく、堂々と対面できるようにと…。わかりますか? いかにお母様が、あなたの事を考えていらしたか…」
庶民の暮らしをしている者が、いきなり貴族と面して困るのは、礼節だ。
テルディアスの母ユリアは、テルディアスが大きくなって、どんな形にせよ父親と対面する時が来た時に、そんなことでギクシャクしないようにと、最低限のマナーを仕込むようにと、マーサに言っていたのだ。
テルディアスは初めて、何故自分の家が躾に厳しかったのかを知った。
そこに隠されていた母の想いも…。
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