キーナの魔法

小笠原慎二

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テルディアスの故郷編

俺の嫁にならない?

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「さあ、たんとお食べ! あんたたち!」

大皿に盛られた料理を、メリンダがどん!とテーブルに置くと、歓声が上がった。
住み込みの門下生達の夕飯である。

「メリンダ姐さん!」
「メリンダ姐さん!」

とあちらこちらから声を掛けられ、メリンダが高笑いしながら対応している。

「どうしちゃったの? メリンダさん…」

隅っこの席で料理にありつきながら、キーナが冷や汗をタラシながらその光景を見ていた。

「いや~、それがよう。暇だった姐さんがここの飯を作るのを手伝ったんだよ」

キーナとテルディアスもおらず、サーガも剣の練習に出ていて、メリンダ一人で暇だった。
ティアと離しているうちに料理の話になり、どうせ暇だし手伝っちゃおう!と料理を手伝う事になったのだった。

「そいつが意外に旨くてさ~。ここの奴らの胃袋をうまく掴んだのさ…」

そう。何気にメリンダ、料理が得意だったのである。
メシマズキャラに見えていても。

「意外《・・》で悪かったわね」

サーガの後ろに、いつの間にかメリンダが立っていた。
サーガが青くなって振り向く。

「いへいへ、姐さんは全てが極上…」

スパーン

メリンダのアッパーが綺麗に決まった。

「ささ、キーナちゃんも召し上がれ」
「うん。美味しいよメリンダさん」
「ありがと~。キーナちゃん」

気を失ったサーガが、テーブルに転がされているのも無視して、二人は美味しく料理を平らげた。












庭で一人、アスティが酒をちびちびと飲みながら、岩に腰掛けて月を見上げていた。
半月よりも少し細いくらいで、夜をそれほど照らさない心細げな光が辺りに満ちている。
ふらふらと庭を散歩していたキーナが、アスティの姿を見つけた。

「ホヨ? アスティさん、こんな所で一人で何してるの?」
「ん? キーナちゃんか。月見酒してたんだ。そーゆーキーナちゃんは?」
「酔っ払いが増えてきたから逃げてきた」
「ああ~なるほど」

テルディアスの帰還、アスティとの試合、それらをひっくるめて打ち上げなのかお祝いなのかよく分からない宴会モードに突入した食堂は、普段そこまで飲まない酒を引っ張り出し、皆浴びるほどに飲んでいた。
となると絡まれたりなどしたりするし、何より酒臭い。
なのでキーナは庭に逃げてきたのだった。

「キーナちゃんには礼を言いたかったんだ」
「ふにゃ? にゃんで?」
「テルディアスとの試合を終わらせるきっかけをくれたし」
(勝手にダシに使っただけなんじゃ…)
「あいつにも、会わせてくれたし…」
(!)

あいつ?あいつとは?てかそもそも、あの時は御子形態になっていて、髪が伸びていたから様子が違ったはずなのだけれども…。
キーナ、思い起こせどあの時とはやはり、風の間に間に聞こえて来た、女性の「助けて…」という声を聞いた時しか思い浮かばない。
掠れるような、本当に小さな声で助けを呼ぶ女性。
その声を聞きつけ、キーナは手を伸ばした。
その声が、自分以外の誰にも聞こえない物だと分かったから。
そして、自分にはそれを助けられる力があると分かったから。
「大事な人に伝えたい事がある」という女性の願いを聞き、ほんの一時だけ、話す時間を与えた。
その相手がアスティさんだと分かったのは、あの山の開けた場所で、ずっと離れた所で様子を見ていた時なのだけれど。
一瞬目が合った気がしたけれど、あんな遠くでよくキーナだと判別できたものだ。

「ど、どうして僕だって…、分かったの?」
「そりゃあ分かるさ。気配が同じだもの。誰だって気付くだろ?」

いいえ、気付きません。
普段のキーナはベリーショートで男の子に間違われるような風貌。
髪が伸びると美少女と呼ばれるようになるのだが…。

(やっぱり、この人天才肌の人だ…)

普通は気配で人を見分ける事はしません。
余程慣れた人ならばともかく。

「アスティさんて出世に興味ないの?」
「出世?」
「戦場に行けばいっぱい武勲を立てられるのにって話してたよ?」

酒の合間に出た話。
アスティはあれだけ強いのならば、剣で身を立てられるのにという話だった。
今でも道場主ではあるのだが、辺境の道場主より、首都に近い街などで身分を身に付けた方が余程良い暮らしができるであろう。

「出世にも興味ねーし、戦場も行きたくねーな~。だって、戦うと疲れるだろ?」
「まー、そーでしょうけど…」

剣士だよね?
戦うと疲れるって…。いいのか?

「俺はこの街が好きだから、ここに居たいだけなんだけど、それじゃダメなのかなぁ?」

面倒だから、というだけではなくて、この街が好きだから。
キーナはこの本心からと思える言葉に、クスリと笑った。

「ん~ん。いいと思うよ」

少し前に足を踏み出したキーナの体が、一瞬だが、仄かな光に包まれ、長い髪がなびいた。

「この世界は何も強制などしない。だから自分の好きなように生きれば良い」

その言葉にアスティはハッとなった。
探し求めていた答えを、ようやく探し出したかのように。

「そっかぁ。そうだよなぁ…」

一瞬、自分でない言葉が口から飛び出てきたキーナが、あり?と首を傾げている。

「それよか、キーナちゃんて時々ガラリと雰囲気変わるなぁ」

ギクリ。

「うえ? そう?」

サーガに、あまり人に自分が御子だと言いふらすなと念を押されていたキーナ、心臓バクバク。
勘の鋭い人にはどうやって誤魔化したら良いのだろう?と内心焦りながら頭を回す。
そんな時、庭にもう一体、人影がやって来た。

(ん? あんな所にいたのか)

ずっとアスティを探していたテルディアスだった。
試合後、夕食時、その他の時間。
何故かどうやってか、テルディアスの前に姿を現さないアスティをあちらこちら探し回っていたのだ。

(どこに行ったのかと思えば…)

ようやく探し当てたと近づいていくと、二人の会話が聞こえて来た。

「アスティさんて、恋人作らないの?」
「う~ん、そうね~。キーナちゃん俺の恋人にならない?」

テルディアス、頭からずっこけ、綺麗にスライディングした。

「はい?」
「よく見ると可愛いし、俺、着飾った女よりも素朴な方が好みだし…」
「アスティ!!!」

垣根の向こうからテルディアスが現われ、突っ込む。

「あん? テルディアス?」
「何を言ってるんだあんたは!!!」
「何って、愛の告白」

素早くキーナの手を握る。

「手を握るな!!」

キーナ顔が真っ赤になり、手を握られた事により硬直している。
こういうことに対する免疫力は、全くと言ってなかった。
あったらもう少しテルディアスとの仲が進展してるか。

「というか、女に興味あったんだな…」

アスティ、男色家《ホモ》疑惑が囁かれていた。
気に入った奴には男でもチュウしようとするし、今までに女の影もなかったし…。
ところがどっこい、アスティどや顔で、

「興味どころか経験あるぞ。お前と違って」

爆弾発言。
テルディアスは混乱した。

経験?経験というと、え?え?経験て、え?もしかしてもしかすると、そういうこと?アスティが?あのアスティが?

ぐるぐると混乱の境地に陥るテルディアス。
そんなテルディアスを無視して、

「で、ど~お? キーナちゃん?」

片手で掴んでいた手を、両手で包み込む。

「ま、待て…」

未だ混乱から立ち直れないテルディアス。

「俺の嫁にならない?」
「飛んどるわ!!!」

あまりにも突拍子もない言葉に正気に返るテルディアスだった。

「うっさいぞ、テルディアス。人の恋路の邪魔するな」

とテルディアスを睨み付けるアスティ。
ところが、キーナもテルディアスを睨み付けて、「助けて」オーラを放っている。
話がどんどん凄い事になっていて、最早キーナには処理しきれなかった。

「いや…、だから…、その…」

人の、特にアスティの恋路を邪魔する気は毛頭無いが、相手が相手だけにテルディアスは我慢できない。

「大体なんで、お前、口出ししてくるんだ?」

アスティがもっともな事を言った。
テルディアス言葉に詰まる。
最早自分の気持ちに気がついてはいるが、それをここで口に出すわけにもいかない。
キーナにそんな事を言うわけにもいかないし、ましてやアスティにバレでもしたら、どんなことになるか…。

「そ…その…、だから…」

とゴニョゴニョと何かいい言い訳はないかと必死に考える。

(昔からそうだが、分かりやすい奴っちゃな~)

テルディアスは隠しているつもりだったが、周りから見ればモロ分かりだった。
特に昔から知っているアスティには。
だがしかし、キーナは今、自分の事に必死で気付いていない。
うん、分かってた。
テルディアスなんとか頭の中で言い訳を整理し、

「お、俺は、そいつの、ほ、保護者的なものであって…!」
「15過ぎてんなら保護者の同意はいらんだろ?」

一刀両断。
必死に考えた言い訳も、ただ墓穴を掘っただけだった。

「で、どうかな? キーナちゃん」

改めてキーナに向き直る。
キーナも混乱する頭の中、必死にうまい断り文句を考えていた。

「ぼ、僕は…、その、そ、そーゆーことは…、よ、よく分からないので…」

(逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい…)

まるで呪文のように心の中で繰り返していた。
恋愛経験値ゼロのキーナにとって、告白されるは、ただ怖いだけのものだった。
つまりは、まだまだお子ちゃまだということである。

「ああ、大丈夫大丈夫! 俺も最初は分からなかったから」

なんとかふんわり断りたいのだけれども、アスティは手を放す気は無いようで、

「一緒に過ごすうちになんとなく分かってくるんだよ。好きってこういうことなのか~って。だから、俺と一緒に時を過ごしてみないか?」

両手を包み、真面目な顔で、キーナの瞳を真摯に見つめてくる。
展開の早さにキーナは最早付いていけず、頭が真っ白になって、ただどうやったらこの場を逃げられるかしか考えられなかった。

「だ、だめだ!」

ここでテルディアス、やっと突っ込んできた。

「なんだよう? なんでだめなんだ?」

良い雰囲気(と勝手にアスティが思っているだけ)を邪魔され、テルディアスを睨み付ける。
テルディアス、突っ込んだ割にはうまい言い訳も考えておらず、言葉に詰まる。

「そ…、その…」

テルディアス必死に考え込む。
アスティを諦めさせるには、アスティを納得させるには…。
そして閃いた。

「そ、そいつには、婚約者がいるんだ!」

あながち間違いでは無い。
婚約者、ではないが、運命の人を探している最中ではあるし。

「え?」

アスティがキョトンとする。
キーナ、テルディアスの言いたい事を瞬時に理解し、そんないい言い訳があったかと希望に目を光らせる。

(あながち嘘じゃない)

キーナの中でもコレで断ろうと決断される。

「そーなの?」

アスティが聞いてくる。
キーナ、縦に高速で首を動かし、肯定の意を表す。

「そっかぁ。なんだ。最初に言ってくれりゃいーのに」

考えついていなかっただけです。

(ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ)

と心の中で繰り返すキーナ。
これでやっと終われるとほっとした。
と思いきや、アスティ手を放すどころか、そのままぐいっと自分の方に腕を引っ張り、キーナを引き寄せた。
そして優しくキーナを抱き寄せると、そのおでこに口を近づけ、ちょんと軽いキス。

「そいつに飽きたら、俺の所に来てもいーからね♪」

キーナが固まる。
テルディアスも固まる。
次の瞬間、

ボフン

キーナが臨界点に達し爆発した。

「お?」

真っ赤になって、意識を失うキーナ。

「お? お? お? お?」
「キーナ!」

崩れ落ちそうになるキーナを支えようとするアスティの手から、テルディアスがキーナを奪い取る。

「あんた一体何やってんだ!!!」
「お?」

地面に寝かせ、手で仰いでやる。

「しっかりしろキーナ! 夢だ夢! 全部夢だ!」

と声をかける。

「おや~?」

ようやっと事態が飲み込めたアスティが頭を掻いた。

「う~ん、キーナちゃんには、おでこにチュウも早かったか?」
「とりあえずあんたは、誰彼構わずするのを止めろ!」

自分も被害者であるテルディアスが突っ込む。

「失礼な! ちゃんと人は選んでるぞ!」
「すな!」

選べば良いという問題じゃない。

「まったく…、冗談にも程があるぞ」
「なぬっ! 俺が冗談で愛の告白すると思ってるのか?!」
「思ってる」

きっぱり。

「俺そんなに不真面目じゃないもん…」
「日頃の行いだろ」

背を向け、のの字を書きながらいじけるアスティに、容赦なく突っ込むテルディアス。
まあ、普段から(男に向かって)「初めてをあ・げ・る」とか言って遊んでいるのだから無理もない。

「キーナちゃんはさ~、俺の中の止まってた時を動かしてくれたのよ」
「!」

すぐに立ち直ったアスティが語り出す。

「それに、一緒に居れば、何か新しい景色が見れそうな気がしたのよ」
(それは…、分かる気がする…)

テルディアスもそんなことを感じていた。
キーナと居ると、色々新しい事を発見する。

「それと…」

ぴょこんとテルディアスの隣にしゃがみ込み、未だ意識の戻らないキーナの顔を眺める。

「2、3年後が楽しみだよな!」
「アスティ…」

確かに、今はまだ成長途上。
これで女性らしい体つきになり、顔もそれらしく変わっていったらと思うと…。
内心穏やかでは無い。

「こんないい女が目の前にいて、冗談で告白なんてできるわけないだろう?」
「・・・・・・」

何も言えなくなってしまった。
確かに、冗談ではなかったのだ。
いつもふざけているばかりのアスティが。
意外ではあったが、テルディアス納得できてしまった。
そんな真面目な空気が流れる中で、

「で、お前はいつ告白するの?」

思い切り吹いた。

「な、な、な…」
「バレバレだって」

ニヤニヤとテルディアスを見るアスティ。

「お前さぁ、自分がどれだけ素直な奴か、少し自覚した方が良いぜ?」
「で、できるわけないだろう!」

汗ダラダラのテルディアス。やっとこ反論。

「こいつは…、こいつには…」

と、苦しそうな目をするテルディアス。
アスティ、そんなテルディアスの表情に、何かを垣間見た。
言えない事情が、テルディアスの気持ちの問題だけでは無いのだと。

「ま、いっさ。ただ、後悔はしないようにしろよ」

そう言って立ち上がり、また岩に腰掛けた。

「で、お前はなんでこんな所にいんの? テルディアス」

そう言われてテルディアスハッとなる。
そもそもアスティに聞きたい事があったので探していたというのに。

「あんたを探してたんだよ! アスティ!」
「あらん、俺に愛の告白?」
「するか!!!」

仄かな月明かりが、そんな三人を照らしていた。
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