キーナの魔法

小笠原慎二

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とある街にて

サーガのお小遣い稼ぎの話

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「ん? サーガ」
「お? 姐さん」

寝る支度を終え、部屋に入ろうとしていた所で、メリンダはサーガとバッタリ会った。
同じ宿に泊まっているのだ。会う事も珍しい事でもない。

「どこか行くの?」

サーガはいつもの服を着ている。

「うふ。実はさ~、昼間俺に声かけてきた可愛いお姉さんがいたからさ~、空いてたら相手して貰おうと思って」

と嬉しそうに話す。
それを聞いて、何故かメリンダ、イラッとした。

「あーそー。いってらっしゃい」

刺々しい言葉で送り出す。

「あー、姐さん、後でちょっと話したい事があっからさ、できれば寝ないで待っててちょ~」

そういうと、ルンルンと口ずさみながら、サーガが廊下を軽くスキップしながら去って行った。
その姿にまたイラッとしたものを覚えながら、

「あの下半身脳みそ男…」

扉を手で掴み、その後ろ姿を見送りながらそう呟いた。

「メリンダさん? 燃えかかってるよ?」

キーナが後ろからおずおずと声を掛けた。
メリンダが掴んでいる扉が、ブスブスと音を立てながら、煙を上げ始めていた。












「本当に来たの?!」
「うん!」

無事にお姉さんと再会し、熱いバトルを繰り広げ…。

「ハア…」

お姉さんが疲れたように溜息を吐いた。

「あんた…、慣れてるわね…。凄かった…」

ぐったりと枕に顔を埋め、お姉さんが呟く。

「うふ。そう?」

脱ぎ捨てていた服を拾い、頭から被る。
そして徐に頬杖を付き、溜息を吐き出す。

「う~ん、でもなぁ。一度も姐さんには言われた事ねーんだよなぁ」
「姐さん?」
「一緒に旅してる仲間なんだけどさ~、しょっちゅうやらせてもらってるんだけどさ~。一度も「良かった♡」って言ってもらった事ねーのよ」

それを聞いて、目をパチクリさせていたお姉さんがクスクスと笑い始めた。

「なんで笑う?!」
「馬鹿ね~。嫌な相手だったりしたら、女がそんなに相手するわけないでしょ?」

サーガの顔が、呆けたような、マヌケ面になった。














「お金も払わずに毎度やらせてくれるなら、かなり満足してるはずよ。言わないのは、照れ隠しじゃない?」

そう言ってお姉さんは、「また気が向いたら来てね」と定型文を発しながら、サーガを見送った。

「そうなのかな~?」

人気の少ない路地を歩きながら、サーガが呟く。
人の心の動きには結構敏感であると言う事は自負している。
キーナに風の一族と聞かされ、ああそれでかと納得できた。
心の動きに敏感ではあっても、正確にその心を読み取れるわけではない。
人の心は奥深いのである。

(払った事は確かにないんだが…、「ツケにしておくわ」とは言われてんだよな~。いつ、「さあ、溜まったツケを払いなさい!」って言われるかビクビクしてんだよな~…)

とサーガが考えながら歩いていると、その耳に微かに悲鳴のような声が届いた。
サーガが立ち止まる。
常人では気付かないであろうくらいの小さな悲鳴。

「今の…」

耳を澄まし、気配を探った。
















「やめてください!」

一人の少女が、三人の柄の悪そうな男達に囲まれていた。

「そんなこと言っても、お嬢ちゃん。こんな時間にこんな所にいるなんて、私を買って下さいって言ってるようなもんだぜ?」

三人が下卑た笑みを浮かべながら、少女を舐め回すように見つめる。

「だから、人と待ち合わせをしてるんです!」

よく見れば、少女の服装は少しお高めの小洒落たもの。
下級貴族か商人の娘かもしれない。

「こおんな所でか?」

それが何故、こんな人気もあまりなく、土地柄もあまり良くない所で待ち合わせなどするのか。

「嫌がるフリして誘ってるんじゃねーの?」
「おー、近頃はそーゆー面白い趣向ができたんだって?」

そう言って男達が手を伸ばしてくる。

「違います! やめて!」

必死でその手を払いのける少女。
拐かされるのも時間の問題かと思ったその時、

じゃり…

男達の後ろで足音がした。
男達が振り向く。

(あらあら、やっぱしぃ)

思った通りの展開が目の前で繰り広げられており、呆れるサーガ。
見れば少女はキーナと変わらないくらいの…、いや、あれでキーナは何気に15歳。
この少女は12、13歳くらいに見える。
多分。きっと。
サーガ、ちょっぴり自信喪失。

「なんだてめえ! 見てんじゃねーよ!」
「痛い目見たくなかったら消えな!」

よくあるチンピラ台詞集から取ってきたような台詞を口にするチンピラ達。
うん。チンピラだ。キンピラではない。

「はぁ~い」

素直に肯定の意を表し、ほてほてとその場から立ち去ろうとする。

「ま、待って! 助けて!」

少女が堪らず悲鳴を上げた。
その言葉を聞いてピタリと足を止めたサーガ。

「いくら出す?」

そう聞きながらにっかりと笑う。

「え?」
「俺ってば傭兵だから、ただ働きはしないの」
「さ、最低…」
「よく言われる♡」

ここはがしっと悪者をやっつけて、「お嬢さん大丈夫かい?」と声を掛ける所だろう!と少女が心の中で突っ込む。

「払うもん払うなら助けるでもなんでもしてやるぜ?それとも、この人通りの少ない所で、次に誰か助けてくれる奴を気長に待つか?」

次に?次なんてあるかどうかも分からない。気長に待つような時間も無い。

「おいチビ。グダグダ言ってないでさっさと消えろ」

三人の中で一番縦にも横にも幅のある奴が、サーガに向かって威嚇する。

「チビ?」

サーガがピクリとなった。
そこへ、

「い、言い値で払うから!! 助けて!!」

少女の声が響き渡った。

「交渉成立♪」

サーガがポケットに手を入れながら、ぐっと腰を落とし、地面を蹴った。
そのままでかい男の胸を足場にし、右の足を思い切り振り上げる。

ドガッ!

そのまま反動を利用し、一回転して着地。
顎に綺麗に決まった男は、そのまま後ろにどさりと倒れ落ちた。

「このチビ!」

そう叫んで、二人の男も走り出す。
と、再び地を蹴ったサーガの両足が、禿げ頭(スキンヘッドと言った方が良いのか?)の顔面を直撃。
禿げ頭もノックダウン。

「この…!」

手を伸ばしてきた残りのひょろりとした男の手をすり抜け、禿げ頭の顔面を足場に跳躍。
上手い具合に回転しながら、踵をひょろり男の頭に落とした。

「誰がチビかーーーーーーーーーーーー!!」

と叫びながら…。

「ぐえっ」

綺麗に脳天に決まり、ひょろり男もバタリと倒れる。

「へっ」

華麗に地面に降り立ったサーガ。
両手はポケットに入れたまま。
そう、サーガ君、背丈はいまいち・・・・だけど、戦闘は強いのです。
チビって言わないだけましだべさ。え?だめ?

(すご…)

それを傍観していた少女。
まさかこんな小さい男・・・・が、大柄な三人をやっつけてしまうとは思っていなかった。
隙を作ってもらえれば逃げ出せるとしか考えてなかった。
サーガが少女に手を差し出し、

「ホイ。3リルでいいぜ」

少女の顔が曇った。
ちょっと格好いいかもと思いかけていたが…。
サーガへの評価がぐんと下がった。
しかし言われるがまま、財布を取り出し、3リル即金で支払った。
これにはサーガもちょっとびっくり。
「高いから負けろ!」と文句をつけられる事も加味しての金額提示だったのだが…。

(あっさり払った…。いいカモかも…)

こらこら。
ところが少女、こんな怖い目に遭ったというのに、その場から動こうとしない。

「帰らねーのか?」

サーガも一応優しい所はある。
こんな危ない所でポツンと立ち続けるつもりのような少女に、一応声をかける。

「だって…。あの人と…。約束してるから…」

消え入りそうな声で少女が答える。

「別に俺はいいけど」

サーガにははっきり言って関係ない事であるし。

「ここに居たら、また同じ目に遭うぜ?」

と伸びてる男達を指さす。

「今なら表通りまで俺の護衛付き!」

さすがにサーガもふっかけすぎたと思っているのか、珍しくサービス精神満載だ。
そこで少女、端と気付く。

「お金払ったら、ここで一緒に待ってくれる?」

サーガを護衛に雇う気か。

「どのくらい?」

サーガもメリンダを待たせているという自覚はあるので、そんなに遅くなるならやりたくない。

「分からないわ…。約束の時間はもう過ぎてるの…。何かあったのかしら…」

ということは、いつ終わるかもしれないという事で。

「んじゃ! 俺は用があるから」

スタスタと背を向けて歩き始めた。

「ま、待って!」

慌てて少女が走り寄ってくる。
そのままサーガの後ろについて一緒に歩き始めた。

(怖さが勝ったか…)

サーガもちょっぴり安堵していた。
やはりあんな所に少女を置いて行く事に多少の引け目はあったのだ。

「忘れられたとか、すっぽかされたとか?」
「まさか!」

サーガの言葉に全否定する少女。

「だって、あたし達愛し合ってるもの」
「あーそー」

12、13歳くらいの小娘が…。何が愛だ。
という思い切りシラけた口調のサーガの言葉にも気付かず、少女が見た事もない少女の彼氏についてべらべらと喋り出す。
素敵で格好良くて優しくて頭も良くて背も高くてお互いに会った瞬間に恋に落ちただのうんたらかんたら…。

(よく喋る…)

恐怖の裏返しかと我慢しながら、サーガは少女の言葉を右から左に聞き流していた。
表通りが見えてきたその時。

「あ…」

少女が何かに気付いたように声を発した。
そしてそのまま走る。

「ディーダ!」

その声に、一人のそこそこ顔の良い男が、ギョッとして少女を見た。

「アネッサ…」

男の隣には、これまた綺麗な女性が一緒に歩いていた。
ディーダと呼んだ男に走り寄る少女。

「どういうこと? あたしずっと待ってたのよ! それに…、この女誰よ!」

と綺麗な女性を睨み付ける。
サーガは帰ろうか見守ろうか悩んでいた。
綺麗な女性が一度目を瞑り、

「私にも、納得のいく説明をしてもらえるかしら? ディーダ」

そう言って男を睨み付けた。
二人の女性に睨まれ、オタオタする男だったが、

「リエスタ。違うんだ。もう彼女とは終わったんだって言ったろう?」

そう言って、綺麗な女性の方に視線を合わせる。

「ディーダ! 何言ってるの?!」

少女がディーダの腕を取るが、

「うるさい!」

払いのけられてしまった。

「君とはもう終わったんだから! 付きまとわないでくれ!」

少女が凍り付いた。

「さ、行こう。リエスタ」

綺麗な女性の肩を抱き、男と女性はその場から立ち去っていった。
その場には、動けなくなった少女だけが残った。
その肩に、ぽそと、手が置かれた。
機械人形のようにぎこちなく振り向くと、そこにはサーガの顔。

「あたしの、何がいけなかったの?」

そう呟くと、目から涙が溢れ出してきた。

「あたしの何がだめだったの?」

両手を覆って泣き始める。

「どうしてあの女《ひと》なの? どうしてあたしじゃダメなの?」
「おいおい…」

サーガが頭をかく。

「まあ、何がダメだっつーなら、あんな馬鹿な男に惚れた事だろ」

とサーガが言うと、少女が顔を上げてサーガを睨み付ける。

「ディーダは素敵な人よ! 馬鹿にしないで!」
「でもお前を捨ててったじゃん」

正論だ。
少女の顔を涙が伝う。

「あ、あたし…、あたしが馬鹿だったの…?」

大分頭が混乱してきている。

「あー、だから泣くな泣くな」

サーガが軽く涙を拭ってやる。
あまり意味が無いかもしれないが。
そして少女に言った。

「俺がここにいんだぜ? せっかくなら使えよ」

少女が目をパチクリさせる。

「使う…?」
「人助けでも、用心棒でも、誰かを殴る・・・・・でも、金さえ払うなら何でもしてやんぜ?」

そう言って自分を指さし、にっかりと笑う。
そして少女の肩を抱き、前を向かせる。
そこには去って行く男と女性の姿。

「このままでいいのか?」

少女に語りかける。

「このままただ捨てられて泣き喚くだけで、お前本当に終われるのかよ?」

冷静に語りかける。

「終わる…」

その言葉が、少女の中で響いた。
ふと思い返す。
少し前から様子がおかしくなっていった彼。
急に少女を避けだし、両親が許してくれないなどと言い出し、「ごめん、もう会えない」などと言ってきた。
だがしかし、運命だと言ってくれた事を、少女は信じていた。
何があっても離れる事はないと、信じていた。
愛してると言ってくれた事を、ただ信じていたのだ。
それでも…、信じていたのに…。
少女の目つきが力強いものに変わっていく。
純粋に信じて待っていたのに、彼はそれを振り払い、捨てた。
ふつふつと、怒りが込み上げてくる。
最初は静かに、だんだんと激しく。
前を行く男を睨み付けると、

「言い値で払うわ!!」

少女が宣言した。

「契約成立!」

サーガが拳を胸の前でぶつけ合う。

「おっと、一発1リル、前払いで」

少女の怒りが、ちょっと落ちかけた。












即金で1リル受け取り、サーガが素早く男を追いかける。

「へいへい、ちょっといかい? 色男のお兄さん」

後ろから肩を捕まえ、少し強引にこちらに向かせる。

「なんだ? お前」

胡散臭そうな目をしてこちらを眺め回す男。
サーガはにっかりと笑い、

「あちらのお嬢さんからお届け物♡」

と、宣言した。

「アネッサから…? そんなものいらない…」

と言いかけた男の顔に、サーガの右の拳がめり込んだ。

ドゴッ

吹っ飛ぶ男。
壁にぶつかり、目を回す。

「ごめんなさ~い。もうお金受け取っちゃってるの~。返品は受け付けておりまっせ~ん」

と舌を出す。
そして、少女に向けて、手を来い来いと招く。
少女が駆け寄ってくる。

「何?」
「まだ仕上げが残ってんだろ」

不思議な顔をする少女の耳元で、サーガが何やらボソボソと教えると、少女の目が見開かれた。

「あた…、あたしが言うの?!」
「他に誰がいんだよ」

サーガが呆れたように少女を見た。

「こんなことをするなんて…」

と、弱々しい声が聞こえてきた。
多少手加減してやったので、もう気を取り戻したらしい。

「ひどい女だな! アネッサ! ああそうか、あんな所に一人で立ってたんだっけ?何もなかったはずはないよな…?」

少女がビクリとする。

「だからか? だからこんな酷いこぼっ?!」

サーガがつま先を男の口の中に突っ込み、無理矢理口を閉ざさせる。

「ハイハイ、ちょっくらお黙りやがれ」

ぐりぐりと突っ込んでやると、アガアガと苦しむ。
突っ込んだまま少女を見やると、肩を震わせていた。
それは恐怖からか、それとも怒りからか。

「聞いたろ? こいつ、どうなるか分かっててあんな所で待ち合わせしたんだぜ?」

サーガの言葉が少女に突き刺さる。
目を背けたい現実。しかしそれが事実。

「俺が偶々通りかからなかったら、お前、今頃…」

その先は、言われなくても分かっている。
酷い傷を抱え、何を恨んで良いのかも分からず、死人のように生きる事になったかもしれない。
少女の中で、怒りの感情が高くなっていく。

「あ…、あんたなんか…」

サーガがつま先を外した。

「あんたなんか、こっちから願い下げよ! このクズ!!」

少女が、腹の底から男に向かって怒鳴りつけた。
ポカンとなる男。

「ウッシシシシシシ! 良く言った!!」

途端に、一帯を風が巻いた。

「キャ…」

少女の体がフワリと浮き上がる。

「ウシャシャシャシャ! いい気味!!」

サーガが少女を抱えて飛び去った。
突然の風に目を瞑った男が目を開けると、そこにはもうあの少女の姿はなかった。
言うだけ言って消えてしまったのだ。
ポカンとしている男の目の前に、綺麗な女性が立った。

「あ…あ、リエスタ…」
「あんたなんか、こっちから願い下げよ。このクズ」

その言葉に、男は呆然となり、固まった。
リエスタと呼ばれた女性はそのまま男を置いて、その場を去って行った。
そして、明日にでもあのアネッサと呼ばれていた少女を探そうと思った。
彼女とは言い友達になれそうな気がしたから。















街一番、かどうかは分からないが高い塔の上に、二人は降り立った。

「ウヒャハハハハハ! 見たかよ、あいつのあの顔!」

顔がちょっと良いくらいで女にモテる。
そんな男はサーガも例に漏れず、大嫌いである。
言うだけ言って去って来てしまった少女は、まだちょっとぼんやりしていたが、そのうち、口元に笑みが広がってきた。

「うん、確かに…。いい気味!」
「ダロ?」

二人はそこで存分に笑い合った。
そして顔の筋肉が引きつけを起こしそうになる頃、

「あなた、魔法が使えるのね」

少女がふと問いかけた。

「ま~な」

戦場に出るには、ある程度の魔法が使えないと不利になるので、基本的な術は使えるようになっていなければならない。
サーガの、空を飛ぶ魔法はさすがに基本形ではないのだが。

「もう一度飛びたいわ! 飛んでくれる?」
「!」

少女の問いに、にっかりと笑うサーガ。

「別料金だぜ?」
「言い値で払うわ!」

お約束になってしまった台詞を、少女も笑いながら言った。

「契約成立!」

サーガの周りを風が踊り出す。
サーガが少女に手を差し伸べた。
少女もためらわずその手を取る。
風が二人を包み込み、フワリと少女の体が浮き上がる。

「きゃ…」
「大丈夫大丈夫。俺はぜってぇ落とさねぇよ」

サーガの力強い言葉に、少女も微笑む。

「うん」

風が二人を大空へと巻き上げる。
少女が指さす方へ。
山の向こう。
海の見える所。
雲に触れるほどに高く。
ゆったりと二人は大空を舞った。
楽しい時間は何故かあっという間に過ぎるもので。
さすがにこれ以上遅くなると少女的にもまずいと判断し、少女の家前まで送り届ける。
案の定立派な屋敷の前だった。
フワリと門の前に降り立つ。

「ほい、到着」

風がすぐに散っていった。
サーガが手を出す。

「5リルでいいぜ」
「ハイハイ」

財布から5リル、即金で払う少女。
本当に何者だ。
あ、サーガ、こんなんで5リルも稼げたぜ、みたいな悪い顔してる。
少女からは見えない角度で。
少女はさっぱりした笑顔で、

「色々とありがとう! 楽しかったわ!」

ぼったくられた事実に気付いていない…。

「ん? ああ、良かったな」

少女も楽しんだようだし、結果オーライということで。
そこでふと少女は思い出す。

「そういえば、あなたの名前を聞いてなかったわ」
「俺はサーガ。傭兵のサーガ。金さえもらえりゃ、ベッドの中までもご同行するぜ」

その洒落は少女にはちょっと刺激が強かったらしい。
一瞬で少女の顔が赤くなった。
まあ、サーガのことだから洒落ではないのだろうけど…。

「なんつってな。じゃーな」

軽く笑って、手を振って歩き出す。

「あ…、あの…、あたしの名前…」
「アネッサだろ。聞いてたよ。ちゃんと」

サーガが振り返り、にっかりと笑った。

「可愛い名前だな」

アネッサの心が、キュンとなった。
締め付けられて、苦しいけれど、とても心地よいような…。

「じゃーな。アネッサ」

再び背を向け、手をヒラヒラと振りながら、サーガは歩み去って行った。

「…! さよならサーガ!」

アネッサも力一杯手を振った。
サーガは振り返る事はなかったけれども。
サーガの姿が闇に紛れ、見えなくなるまでアネッサは見送った。
そして、その姿が消えてしまった後、ポツリとアネッサは呟いた。

「お金…、払ったら…、ずっと側に、いてくれるのかな?」

お勧めはしないがな。





風の傭兵サーガ。
本人の気付かない所で、実は女性の心を攫っていたりしていた。
なんてやつだ。











「いや~、儲けた儲けた♪ 楽な客だったな~」

本人はこれだもんね。
女性では無く、客としてしか見ていなかったという…。

「あ、やべ。姐さん起きてっかな? すっかり遅くなっちまったもんな~。寝てっかな~?」

サーガの歩みが走りになった。
宿屋に辿り着いた時、メリンダはきちんと起きて待っていた。
そして告げたのだ。
昼間の怪しい男のことを。
ところがどうもその男は大丈夫な感じで、ほっと一息。
さてさて、お楽しみの時間ですと太腿に手を這わせ、その隠れた領域に忍び込もうとした所で、

「で、何をしている?」
「え?」

メリンダの視線が突き刺さった。

「だって…、するっしょ?」

メリンダの足の裏が顔にめり込む。

「あんた、昼間声かけてきたお姉さんと楽しんで来たんでしょ?」

確かにそうなんですけれども、これは別腹というか。
てっきりメリンダもその気で待っているのだとばかり思っていた。

「いや、ま、そりゃそうなんだけども…」

押しつぶされた鼻をさすりながら、サーガはきちんと言うことにした。

「ちゃんと姐さんとするために余力は残してきたぜ?」

姐さんの為を思って、全力は出してきませんでした!
そう宣言した途端、メリンダの目が据わった。
メリンダが無言でベッドを降り、スタスタとサーガが座っていた椅子に近づき、それを手に取った。
椅子を振りかぶり、

「頼んでないわよ!!!」

思いっきり振り下ろした。













メリンダの怒りに気圧されて、悲鳴を上げることもできず、サーガは叩きつけられた椅子にぶつけた頭をさする。
風の防御を張ったのだが、寸での所で堅牢さが足りなかったらしい。

「あ~、やっぱ…、遅くなっちまったせいか?」

人の心を正確に読み取ることは、まったくもって難しいのである。
本当に、難しいものだ。
それからサーガは、腕組みしながら真剣に考えた。

(余力…、どうやって処理しよう…)

アホはほっといて、良い子の皆さんはもう寝ましょう。
遠くで野良犬の遠吠えが聞こえた。
サーガが眠りに就くには、まだ少し時間がかかるようであった。
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