キーナの魔法

小笠原慎二

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出会い

別れ

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「身に余る光栄な話だとは思います」

テルディアスの言葉に、クラディウスは嬉しそうに顔を上げた。

「ですが、お断りします」

続く言葉に、クラディウスは項垂れた。

「今の俺には、何を置いてもやらねばならないことがあります。それに…、俺の帰る場所は…、あの街の、あの家だけです」

テルディアスの脳裏には、赤い家のそれ程大きくない家。
その前に立ち、穏やかに微笑むマーサの姿。
必ず帰ると誓った場所。
必ず帰ると誓った人。
自分はいつか必ず、あそこに帰るのだと信じている。
クラディウスは悲しそうな、寂しそうな顔をして、

「そ、そうか…」

そう呟いた。









「時間をとってしまって済まなかったね。だが、会えて良かった」
「いえ、俺もお会いできて良かったです」

クラディウスがテルディアスを戸口まで送った。

「何かあったら言ってくれ。できる限り力になる」

そう言って手を伸ばす。
一拍おいて、テルディアスはその手をとった。

「はい。ありがとうございます」

固い握手を交わし、手が離れ、テルディアスがクラディウスの目を見つめた。

「さようなら。お父さん」

クラディウスの目が見開かれた。
テルディアスはそのまま、すぐに背を向け、去って行った。













クラディウスの従者の男、トームがふと外を見ると、テルディアスが宿から出て行く所だった。
久々の親子の対面ということで席を外していたのだが、用が済んでも呼ばれないことにふと疑問を覚え、トームはクラディウスの部屋へと向かった。
扉をノックする。

「旦那様? テルディアス様はもうお帰りになられたので?」

が、返事がない。
おかしいと思い、扉を開けると、クラディウスが床に蹲っていた。

「旦那様?!」

慌てて駆け寄る。

「旦那様?! いかがなされて…」
「・・・だよ」
「は?」
「お父さんと、呼んでくれたのだよ…」

振り向いたその顔は、キラッキラに輝き、目はウルウルと怪しく光り、顔は紅潮している。
ちょっとキモイと思ってしまったのは内緒である。

「あああああああ!! 私はずっと悔しかった!! あの子の成長を間近で見られないことが!! 可愛いあの子を抱けないことが!!」

床に蹲ったまま身を悶えさせるクラディウス。

(こうなるともうダメだな…)

トームは色々諦めた。
収まるのを静かに待つしかない。

「だけど、私は今日、とても幸せだよ」

突然、静かな瞳で宙をぼんやり見上げ始める。

「一人前になった我が子を見送ることが出来たんだ。親としてこれ以上幸せなことはないよ」

嬉しそうに、そして何処か寂しそうにクラディウスは言った。

「旦那様…」

ちょっと感動しかけたトームであったが、

「お父さん…、お父さん…、お父さん…」

と呟きながら、再び悶え始めたクラディウスを見て、一気に冷めた。

(コレさえなければ、いい締め方なんだけどなぁ…)

トームは、しばらく収まりそうにないクラディウスを、放って置くことにした。












(元の世界に帰れる?!)

ボンの口から出た衝撃の言葉に、キーナ一瞬呆然となる。

(ええ?! いや、ちょっと待って! そもそも帰っていいもん?!)

すぐに頭が高速回転を始める。キーナにしては珍しい。

(色んな問題片付いてないし、テルだって元に戻ってないし)

今ここで帰ってしまったら、色々中途半端すぎて帰っても気になるのでは?!と頭を抱える。

(それに、元の世界に戻ったら…)

テルディアスの顔が浮かんでくる。

(元の世界に…、戻ったら…)

「あ~、ちょい待ち。出来るかもしれないという仮定であり、確証ではないよ」

ボンから待ったがかかりました。

「ホエ?」
「おいらの力は扉を開けるだけで、そこがどこに繋がってるかまでは分からないの」

身振り手振りで説明し始める。

「平行世界《パラレルワールド》と一口に言っても、色んな世界がある。ここと同じように人が生活して魔法が使える世界。反対に科学が発達してる世界。はたまた、人類がまだ進化する前の世界に、人でない者が進化して発展した世界等々。
 渡る間に君のいた世界への扉を開けられることもあるかもしれないって話で、ないかもしれない。まあ、魔法は想いの力に反応する確率が高いから、想いが強ければすぐにでも帰れる可能性もある」
「あやふやだね」
「あやふやなの」

苦笑い。

「おいらと一緒に行けば、いつか元の世界に帰れるかも・・しれないってだけだけど、一緒に行く?」

















なんとなく、すぐさま情報集めに戻るのも気分が乗らず、ブラブラと街中を歩いていたテルディアス。
そこそこ大きな川に、白い立派な橋がかかっており、その中ほどで立ち止まる。
川面を見下ろし、先程のことを思い返してみたりする。

(昔の俺なら一も二もなく首を縦に振っていただろう。いや、それよりもまず、父親との話し合いの席に着こうなどとは考えもしないだろう。マーサの話を聞いたから?だがしかし、昔のままの俺だったら…、マーサの話を理解することは難しかった。昔のままの、俺だったら…)

一人の少女の顔が浮かぶ。
天真爛漫というか、荒唐無稽というか、常識外れというか…。
自分の中の色々な物を、変えてしまったあの少女。
いつの間にか、自分の中であの少女の存在が大きくなっている。
テルディアスは溜息を吐いた。

(まずは元の姿に戻ることだ。そうしなければ何も始まらん…)

そう、何も始まらないのだ。
ところがふと思う。

(いやまてよ? 元の姿に戻るということは、あいつと一緒に居る理由が無くなる訳で…)

この前メリンダに縛られた時も、同じような話をした。

(元の姿に戻るということは…)

つまり別れを意味することであり…。
でも元の姿に戻らないと何も始まらない訳であって…。
終わりが始まりで、始まりが終わりで…。
テルディアスは橋の上で一人、頭を抱えた。














「今は…、ダメ」

キーナの口から、絞り出すように声が出る。

「今は…、まだ…、帰れない…。やるべきことをやってない…」

今を逃せば、二度と帰る手段を手にすることは出来ないかもしれない。
しかし、色々な問題が山積みの状態で、帰ることなどできはしない。
キーナの少し苦しそうな顔を見上げ、ボンはにっこりと笑いかけた。

「うん。それでいいと思うよ」

軽い返答にキーナが少し落胆する。

「おいらと一緒に行くと、どんな世界に流れ着くかも分からないし。それに、役目があって喚ばれたなら、それが終わったら帰れるかもしれないしね!」
「役目を終えたら帰れる…?」

そんなことがあるのだろうか。
というかそもそもその役目とは…。光の御子のことか?

「確証はございません」

ボンが舌を出した。
ですよね。

「さってと、そんじゃそろそろ行こうかな?」

ボンが立ち上がった。

「早く会えるといーね。恋人さんに」
「ありがと」

手を振り、答える。

「リオンはおいらの大事な人だからね。おいらの何を犠牲にしてでも助け出すと決めてるのさ」

その時、何故かキーナの目に、ボンが5歳のボウヤではなく、テルディアスくらいの年頃の青年に見えた。
なんじゃらほい、と不思議に思って目をこする。
改めてボンを見るが、やはり5歳くらいの少年にしか見えない。
なんだったのだろう?

「ほんじゃ、お邪魔しました」

器用にボンが窓によじ登る。

「あ、そーだ。君の名前は?」

よじ登った所で、ボンが振り向いて聞いた。

「僕? 僕はキーナ…」
「そっちじゃなくて」

ちっちっちとボンが指を振る。

本当の・・・名前は?」

ハッとなる。
本当の、名前。
本当の、自分の名前。

「僕の、本当の、名前は…」







「へぇ~、可愛い名前じゃん」

ボンはにっかりと笑うと、窓の外に身を乗り出す。
そのまま降りていくのかと思いきや、器用に上に上って行く。

「そんじゃ、キーナ・・・、元気でね~」

器用に逆さまで頭だけ出して手を振る。

「うん。ボンも頑張れ!」

キーナも手を振り返すと、ボンの頭が消えた。
どうやって上って行ったのだろう…。
そよそよと風が入ってくる。
せめて窓を閉めていけ。
ところがキーナはそんなこと気にしていないようで。

「本当の、名前…か」

と呟いた。

(忘れかけてた。元の世界の僕の名前)

口元に手を当て、考え込む。

(元の世界に帰る…。もうほとんど諦めていたのに…。もし…、帰れるとしたら…、僕…)

テルディアスの顔が浮かぶ。
この世界に来て、ほとんど一緒に過ごしてきた人。

(だけど、元の世界に帰ったら…、テルはいなくなっちゃうんだよね…)

お腹の痛みも忘れて、キーナはそのまま考え込んでいた。



しばらくしたら、考えるのに疲れて、考えるのをやめた。
悩んだ所でどうにもならん。
そう結論づけたのだった。
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