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シゲール襲来編
キーナのお月様事情
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いつものように街でキーナ達と別れ、ダンは買い物を済ませる。
近頃はメリンダもしっかり食べるようになったので、いろいろ買い出しが出来て楽しい。
今日は何を作ろうかと考えながらウキウキと買い物をする。ただし、基本無表情なので周りからはそう見られない。
街を出て、森の中へと入る。今日はいつもの荷物の中に、昨夜仕上げたばかりの物も一緒に持っている。
風の一族は音を操る一族でもある。歌や楽器に秀でた者が多い。はずなのだが、何故サーガがそれを知らないのかダンは首を捻る。
地の一族は歴史など重んじ、それを後世に伝える為にいろいろな手段を持っているのだが、風はそういうものがないのだろうか?
さすがに他の一族の暮らしの詳細までは知らないダン。とにかくこれをサーガに渡したいと思う。喜んでくれるだろうか。
いつものように結界を潜っていく。
「うっす」
「うっす」
「違う違う。そこはこんにちは」
「こんにちは?」
「そうそう」
メリンダの口調が大分ハッキリして来ている。まるで早回しで成長を見ているかのようだ。
そう思ってダンはふと不安になった。このままメリンダはどこまで成長していくのだろうか…。
記憶が戻っている風には見えない。もし記憶が戻るにしてもどこまで?
そんな不安を覚えつつ、焚き火の前に座る。
「なんだそれ?」
サーガが早速持って来た荷物を尋ねた。
少し大きめのその荷物を袋から取り出す。
「リュート」
「リュート?」
ギターよりも小さく、ウクレレよりも大きい。指で弦をつま弾いて弾くそれを、この世界ではリュートと呼んでいる。
大方の吟遊詩人が持っている楽器だ。持ち運びしやすく、音を奏でやすい。そして何より弾きながら歌を歌うことが出来る。
郷愁歌、英雄譚、悲恋もの、いろいろな吟遊詩人が今日もどこかで歌を作り披露しているだろう。
ずいっとサーガに差し出す。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
無言大会。
ダンの目をじっと見つめるサーガだったが、ダンが引かないと分かると溜息を吐きつつリュートを手にした。
「弾けと?」
ダンが頷く。
「いや、弾いたこともねーんだけど…?」
一朝一夕で弾けるものでも無い。
見様見真似でサーガがリュートを構えてみる。
「弾くの?」
「いや、俺は弾けないよ?」
メリンダの問いにサーガが苦笑いする。
「弾いて弾いて」
メリンダがせがんできた。サーガの笛がお気に入りのメリンダだ。せがむのも無理はない。
「いや、弾いたことねーんだって…」
困った顔をしながら、サーガが弦をつま弾く。
ダンなりに調整はしたのだが、やはり音に精彩を欠く。
「あん? こんなだっけ?」
サーガが微妙な顔をしたので、ダンが音を調整するように説明する。
「ほ~、ここでねえ」
サーガが調整をし始めた。つま弾いて音を確かめる。
やったことないくせに何故分かる。
4本の弦を調整し、満足したのか適当に音階を弾き出す。その手つきはまさに慣れたもの。
「なるへそ。そんでこうか」
サーガがゆったりした曲を弾き始めた。練習のつもりだろうか。
聞いていてなんとも心地よい。ダンは日頃の疲れや不安が吹っ飛んで行くような感じがした。
短い曲だったのか、すぐに弾き終えてしまう。
「ふ~ん、こんなもんか」
「もっともっと!」
メリンダがせがむ。
「よし、いっちょ元気が出そうなの弾いてみっか」
今度はリズミカルな曲を弾き始めた。初めてのくせになぜそんなにも器用に指が動きやがるのか。
今度は歌付きだった。
歌詞は旅に出ていろんな困難にぶち当たったが、それでもめげずに前を向いて歩くという、ある意味応援歌であった。
ダンはなんだか元気が出て来た。今ならいつもより早く動ける気がする。
メリンダも我慢しきれなかったのか、立ち上がってフラフラとリズムを取り出す。体が覚えているのか、辿々しくも舞い始めた。
曲が終わる。ダンは手が痛くなるほど拍手した。メリンダも真似て拍手を送る。
「いやいや、そんなでもねーよ」
何故サーガが音楽に関してはそんなに自信なさげなのだろう?
「もっと! もっと!」
メリンダがもっと弾けとサーガにせがむ。
「う~ん、じゃあまた子守唄でも…」
メリンダを寝かしつける為か、サーガが子守唄を歌い始めた。
「だからなんでてめーも寝るんだよ!」
サーガに足蹴にされ、飛び起きたダン。
サーガに謝りつつ、いつものようにサーガに休んでもらう。
その間に炊事洗濯掃除だ。サーガの歌を聴いたせいか、今日はいつもよりも体が軽く早く動けた。
小屋の中をちらりと覗くと、メリンダも心地よさそうに眠っていた。
(本人なりに)微笑むと、さっさと仕事を済ませてしまう。嬉しいと料理に熱が入る。
またお持ち帰りになってしまった。
「サーガの歌ってそんなにいいの?」
キーナの問いにダンは首を縦に振る。
今日の報告で持って行ったリュートの良さを話すと、キーナが食いついてきた。
キーナもサーガの笛は気に入っている。近頃聞けていないので残念に思っていた。
「そりはそりは…。メリンダさんが元気になったら楽しみだなぁ~」
弾いてもらう気満々だな。
「ふん。どうだか」
素っ気なく吐き出すテルディアス。しかしダンはテルディアスもサーガの笛が気に入っていることはなんとなく分かっている。しかしそれがサーガなので気にくわないのだろう。
(本人なりに)温かい目でテルディアスを見つめる。何故かテルディアスが少し体を遠ざけた。
「僕はね、今日はなんだかお客さんがいつもより少なくて楽だった」
キーナが首を傾げる。あんなにほぼ連日邪魔なほどに来ていた男性客が、昨日今日と少なくなっているのだと。このまま増え続けたらどうしようと思っていたのだが、落ち着いたようで安心したとのこと。
「女性向けのお店なのに、女性への接客を殆どしてなかったのよね…」
フシギダナー。
「このまま落ち着いてくれて、遠ざかっちゃった女性客が戻ってくれたら良いけど…」
男性ばかりの店内になってしまったので、女性客の足が遠のいてしまっているらしい。悩みどころだ。
「テルは? 何かあった?」
「別に。何も」
ナニモナカッタナー。
ダンは思い出す。テルディアスがキーナと帰ってくる前に1度帰って来たことを。
夕飯の準備を始めようとした所、フラリと帰って来たテルディアス。キーナはどうしたのかと疑問に思っていると、じゃらりと大きな袋をダンに渡してきた。
「迷惑料その他ぶんどってきた。キーナに見つかるとうるさいから、適当に隠しておいてくれ」
そう言ってまた街まで戻って行ったのである。
迷惑料…。そしてキーナの店の客数の減少…。
ダンはなんとなくだがその背景が見えるようだった。
ちょっとした小金持ちになったので、もう仕事をしなくともしばらくはのんべんだらりと過ごす事も出来るのだが…。黙っていることにした。
どうせじっとなどしていられないだろう。
「テルも通常運転だねぇ」
1人分かっていないキーナがほにゃんと笑う。
ダンはちょっと後ろめたい気もするが、別に知らなくとも支障はないと後ろめたさに背を向ける。
「あ、それでね。僕明日くらいに…、なんとなく来そうです…」
お月様らしい。
「大丈夫か?」
「ダンの薬はよく効くから。大丈夫」
キーナがダンを見てにっかり笑う。
「でも念の為明日はお休みするかもってお店に言って来た。ちょっとこれの時は…ねぇ」
痛みは引いてもだるさや気持ち悪さはなくならない。薬でもどうにもならないことはある。
「まあ無理はするな。ダン、もしかしたらだが、明日は店に伝言を頼めるか?」
ダンが頷いた。
テルディアスはキーナのお守り兼見張り役。ダンはお店にキーナがお休みすることを伝えに行くことになった。
人と話すことが苦手なダンは、必死に明日言う台詞を考えていたのだった。
そして眠る前にキーナは枕元にある火の宝玉に祈る。
早くメリンダさんが元気になって戻って来て、サーガのリュートを聞けますように。と。
願い事が増えていた。
翌朝、キーナの予想通りお月様は来た。
だいたいの女性はなんとなくそろそろかなという勘が働く。しっかりかっきり28日、30日と生理はやって来てくれないので、人によってはカレンダーに印をつけたりなどして自分の体調を管理するわけだ。日にちは大体の目安でしかなく、その月によっては25日で来たり31日で来たりする。
特にまだ生理が始まったばかりの女の子だと、この日にちがかなり前後する。始まったばかりだと自分の体調の変化にも気付きにくく、このなんとなく来るという勘もあまり働かず、下着を汚してしまったり生理用品を無駄に使ってしまうこともしばしば。まったくもって女の子は大変である。
だいたいの周期が整い、自分の体調の変化にもなんとなく気付くようになってくると、この「くるかも」という勘が働き、さほど下着を汚したり生理用品を無駄に使うことも少なくなっていく。生理用品も消耗品なので無駄に使うと結構お財布が痛いのです。
そしてキーナは異世界特有の精霊の気配という有り難い勘の働きもあり、ほぼ正確に自分の体調の変化に気付けるようになっていた。精霊様様。
ダンに痛み止めの薬をもらう。
「痛みはなくなるけど、この体の重さどうにかならないかな…」
キーナがぼんやりと宙を睨む。痛みがない分カリカリとした不快な気分はないのだが、いつものように体が動かないというのはそれだけでストレスである。
それにお股の不快感。今の時代は生理用品というとても素敵アイテムがあるのでとても有り難い。出る感覚はそれだけで不快感だ。
この異世界はその辺りどこかの女性が頑張ってくれたのか、生理用の下着がある。なんと実は魔道具だったりする。
風と水のなにやらの魔法が掛けられているらしく、勢い出て来た経血もあっという間に吸収、分解して常時さらっさら。キーナ、これだけは異世界に来て良かったと思っている。
ただし値段はやはりお高め。使うほどに力が消耗されてしまうので、普段着には使っていない。この時だけ使う特別下着だった。
特別と聞いてエッチな下着を思い浮かべないように。どちらかというとおしりをゆったりまったり包んでくれるおばパン(おばさんパンツ)と呼ばれる系のものである。
何しろ寝ている時には経血は背中の方にまで流れて行くほどだからね!あの量は半端じゃないよ!だからこそ生理用パンツは少し深めなのだよ!
生理ナプキンでは横漏れの心配があるが、このパンツに横漏れはない!なのでキーナは安心して寝転んでいられるのだった。
ダンが2人の昼食を用意しておく。
「すまんな。頼んだぞ」
テルディアスの言葉にこくりと頷き、ダンは街へと出かけていった。
今日は慣れない人と話をしなくてはならない。ドキドキ。
何、話すことはいとも簡単だ。
「キーナが体調不良なので今日はお休みする」
とだけ伝えれば良い。それにキーナも昨日のうちに体調が悪くなるかもしれないとはお店の方に言ったらしいのでそれほど難しいことではない。ないのだが…。
ダンは緊張でドキドキしていた。慣れない人ということと、そして伝える相手が女性であることと…。
キーナが働く店では地の一族の女性のようにガタイのいい女性はいない。皆キーナと同じくらいか少し高いくらいの華奢な女性達である。それでもちょっと怖かった。
店が見えて来た。
ダンは深呼吸をする。「体調不良で休み」それを伝えればいいだけだ。
店の前に立ち、思い切って扉を開ける。
「いらっしゃいませ~」
薄茶の髪の女性がダンを迎えた。
「お一人様ですか?」
ダンはおろおろと違うと首を振る。
「あら? あなた確か…キーナの送迎をしていた…」
ダンが首を縦に振って肯定の意を示す。
「いらっしゃいませ~、ってどうしたのチナ」
奥にいたレイファが出て来た。
「あ、レイファさん、こちらの方、キーナの送迎をしてた方」
「ああ、大きい人。確か、ダンさん、だったっけ?」
ダンが首を縦に振る。
「ああ、もしかしてやっぱり来たって? 正確に分かるってあの子凄いわね」
「そうですね」
女の子達がくすりと笑い合った。
「お休みって伝えに来てくれたんですね。ありがとうございます」
レイファとチナが頭を下げた。
ダンがオロオロとこちらも頭を下げる。
用は済んだとダンはさっさと店を出ようとした。しかし、レイファが踵を返そうとしたダンの腕を掴んだ。
「すいません。ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど、お時間良いですか?」
そのにっこりと微笑む笑顔に、逃れられない何かを感じたダンは、大人しく腕を引かれて奥の椅子に座らされた。
まだ早い時間のせいか、客の姿はない。
チナが気を利かせたのか、水を持って来た。
向かいにレイファが座り、ダンの目をじっと見つめる。ダンは緊張しながら、その視線を逸らすように視線をあちこちに彷徨わせる。
「ぶっちゃけ聞きますけど、あの2人、出来てますよね?」
ぶっちゃけて来た。
ダンは焦りながらどもりながら、なんとか言葉を紡いで今の状態を説明した。
実際ダンも最初は2人が出来ているものだと思っていた。しかし一緒に行動してその矛盾に気付いていったのである。むしろ何故くっついていないのか甚だ疑問であった。
2人は拙いダンの説明から、なんとか状況を把握してくれたようだった。
「そっか~。その病気を治すまではこれ以上の進展はないのか…」
「もやっとしますが、それなら仕方ないですね」
サーガの病気説をお借りしました。
「ダンさんは、もうお相手はいらっしゃるのですか?」
とチナが聞いて来た。
ダンはいないと首を横に振る。なによりダンはまず女性恐怖症を治さなければならない。
「わたくしなどは、如何ですか?」
とチナがにっこり。
「チナ~。お仕事中だよ~。お仕事中のナンパはお断りだよ~」
レイファがニヤニヤとチナを見る。
「まだお客様もいらっしゃいませんし、ナンパされているのではなくてわたくしから誘っているだけですし」
すまし顔で答えるチナ。
ダンは内心ガクブルだった。
女性に告白されるというのは、少し嬉しい気持ちもあったが、それよりも怖さが立った。
ここで断わったらどんな目に合わされるのか。といって、良いですとも答えることも出来ない。
無表情を余計に固く無表情にして、ダンはガクブルをなんとか隠し通す。
「ほらほら、いきなりでダンさんも困ってるって。後にしな」
「そうですね。ダンさん、よろしければ考えておいてください」
にっこり笑って立ち上がるチナ。レイファも立ち上がったので話しは終わったとダンも立ち上がる。
そして逃げるように店から出て行ったのだった。
「チナ、ガタイのいい人好きだよね」
「ああいう方は好みですね。それになんとなく頼りがいがありそうで良いですわ」
チナさん、先見の明があるかもしれない。
ただし、ダンの足がこのお店から遠ざかるようになってしまったかもしれない。残念。
ダンがいつもの森の中を通って行く。その顔はどことなくほっとしていた。
ダンに女性とのお付き合いはまだまだ難しそうだ。
結界を潜り抜けると、すぐにリュートの音が聞こえてきた。サーガの歌も聞こえる。
朝を迎えた喜びの歌のようだ。落ち込んでいた気分が晴れていくような気がした。
「うい~っす」
「うい~っす」
「違う違う。そこはこんにちは」
「そこはこんにちは」
「こんにちはだけでいいから」
「こんにちは」
「そうそう」
丁度曲が終わり、サーガが挨拶をして来た。真似してメリンダも挨拶してくる。
「ダンはご飯を作ってくれる人だろ? 昨日も来たっしょ?」
「うん! ご飯!」
昨日よりも会話がしっかりして来ている。
少し湧き上がった不安を飲み込んだ。
「ダン、ご飯、美味しいよ!」
メリンダに満面の笑みで言われ、照れるダン。そう言ってもらえると作りがいがある。主夫の喜び。
近頃は作った物が綺麗になくなるので、ダンも料理に精が出る。
今日もメリンダを寝かせるのかと思いきや、サーガがダンに頼み込む。
「夜寝付きが悪いから、起こしたままでいいか?」
昼に寝すぎて夜寝ないらしい。
ちょっと不安だったが、仕方ないと了承する。良い子は夜眠るものです。
キーナが今日は寝込んでいることを報告。サーガがそれで察したようだった。
いつものように丸薬をサーガに差し出したが、サーガが今日は飲まないと拒否した。
「それ飲むといざという時に起きれないだろ?」
確かにそうではあるが…。まあメリンダもそれほど手がかからなくなってきたし、と丸薬は諦めた。
サーガが休もうとすると、メリンダが不思議そうにサーガに近づく。
「サーガ? 朝なのに寝るの?」
「俺はお寝坊さんだから朝なのに寝るのよ」
「じゃああたちが手繋いでてあげるね」
「ありがと、メリンダ」
あれじゃあゆっくり休めないのではとダンは心配になるが、サーガは目を閉じる。
その横でサーガの手を握りながら、メリンダが子守唄を歌い出した。サーガが歌っていたものだ。
それは子供の歌い方ではない。しっかりと音程をとり、声も綺麗に出ている。
ダンは湧き上がる不安を抑えつつ、この隙にと動き出す。
しばらくしてサーガが寝入ってつまらなくなったのか、メリンダが手を解きダンの側にやって来た。
汚れた食器などを洗うのをじっと見つめる。
「何やってるの?」
「食器洗い…」
じゃぶじゃぶと洗うのをずっと見ている。
何が面白いのかと思いながらも、ダンは食器を洗いきる。
適当な台に置いて乾かす。その間に別の用事。
メリンダの服はサーガが毎日取り替えている。メリンダは今は脱ぎ着しやすいワンピースを着せている。なのでそれをお洗濯するのだ。
干している食器や鍋をじろじろ見ていたメリンダがやって来て、洗濯するダンの様子をじっと見る。
「何やってるの?」
「洗濯…」
見られていると仕事がしにくい。
洗濯をささっと終わらせ、次は掃除である。
今日はメリンダが外に出ているので久しぶりに小屋の中もしっかりやってしまおうと動く。
それもメリンダがじっと見つめていた。
「何やってるの?」
「掃除…」
やりにくい。
ダンお手製の箒で掃いて、雑巾掛け。メリンダはその様子をじっと見ていた。
掃除が終わって料理の準備に入る。
ダンお手製の竈に鍋を仕掛け、材料を準備。ちらりとメリンダを見ると箒を手にして地面を掃いていた。真似しているらしい。
危ない事をしていなければいいかと、下拵えを始める。すると箒を置いてメリンダがやって来た。
「何やってるの?」
「料理…」
包丁をじっと見つめられ、なんとなく緊張するダン。
メリンダは飽きもせずじっとその手つきを見つめていた。
メリンダが見ていない隙に包丁を手にするのではないかと気が気でないダンは、料理に集中することが出来なかった。いつもより気疲れしてしまったダンだった。
サーガが起きるとダンはほっとした。
いつメリンダが何かするのではないかと心配でならなかったからだ。サーガはずっとこんなに気を張っているのかと改めて尊敬する。
「見つめるな気持ち悪い…」
何故嫌がられるのだろうか。
「まだメリンダさんのお見舞いには行けないの?」
今日は一日寝ていて暇だったのか、キーナがそう聞いてきた。
しかしダンは首を横に振らざるをえない。サーガにも一応そのことについては相談してある。あの状態のメリンダをキーナには見せられない。それが2人の結論だった。
良い状態にはなって来ている。しかしまだ目を離せない状況であると説明する。
目を離せない、がちょっと違う意味だけれども。
「そっか…」
キーナがっくり項垂れる。ちょっと心が痛むけれど、キーナのためにもメリンダのためにもここはぐっと堪える。
「キーナ、落ち込むな。良い感じになって来ているんだ。近いうちに会えるさ」
「うん、そうだね」
テルディアスの言葉に、にっこり笑うキーナ。ダンは心の中でテルディアスにお礼を言った。
キーナがいつものようにベッドの枕元にある火の宝玉に祈る。
早くメリンダさんが良くなりますように。早く会えますように。と。
体調の悪さも手伝ったのか、すぐに眠りに落ちていった。
生理の時はとにかく眠いのである。
近頃はメリンダもしっかり食べるようになったので、いろいろ買い出しが出来て楽しい。
今日は何を作ろうかと考えながらウキウキと買い物をする。ただし、基本無表情なので周りからはそう見られない。
街を出て、森の中へと入る。今日はいつもの荷物の中に、昨夜仕上げたばかりの物も一緒に持っている。
風の一族は音を操る一族でもある。歌や楽器に秀でた者が多い。はずなのだが、何故サーガがそれを知らないのかダンは首を捻る。
地の一族は歴史など重んじ、それを後世に伝える為にいろいろな手段を持っているのだが、風はそういうものがないのだろうか?
さすがに他の一族の暮らしの詳細までは知らないダン。とにかくこれをサーガに渡したいと思う。喜んでくれるだろうか。
いつものように結界を潜っていく。
「うっす」
「うっす」
「違う違う。そこはこんにちは」
「こんにちは?」
「そうそう」
メリンダの口調が大分ハッキリして来ている。まるで早回しで成長を見ているかのようだ。
そう思ってダンはふと不安になった。このままメリンダはどこまで成長していくのだろうか…。
記憶が戻っている風には見えない。もし記憶が戻るにしてもどこまで?
そんな不安を覚えつつ、焚き火の前に座る。
「なんだそれ?」
サーガが早速持って来た荷物を尋ねた。
少し大きめのその荷物を袋から取り出す。
「リュート」
「リュート?」
ギターよりも小さく、ウクレレよりも大きい。指で弦をつま弾いて弾くそれを、この世界ではリュートと呼んでいる。
大方の吟遊詩人が持っている楽器だ。持ち運びしやすく、音を奏でやすい。そして何より弾きながら歌を歌うことが出来る。
郷愁歌、英雄譚、悲恋もの、いろいろな吟遊詩人が今日もどこかで歌を作り披露しているだろう。
ずいっとサーガに差し出す。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
無言大会。
ダンの目をじっと見つめるサーガだったが、ダンが引かないと分かると溜息を吐きつつリュートを手にした。
「弾けと?」
ダンが頷く。
「いや、弾いたこともねーんだけど…?」
一朝一夕で弾けるものでも無い。
見様見真似でサーガがリュートを構えてみる。
「弾くの?」
「いや、俺は弾けないよ?」
メリンダの問いにサーガが苦笑いする。
「弾いて弾いて」
メリンダがせがんできた。サーガの笛がお気に入りのメリンダだ。せがむのも無理はない。
「いや、弾いたことねーんだって…」
困った顔をしながら、サーガが弦をつま弾く。
ダンなりに調整はしたのだが、やはり音に精彩を欠く。
「あん? こんなだっけ?」
サーガが微妙な顔をしたので、ダンが音を調整するように説明する。
「ほ~、ここでねえ」
サーガが調整をし始めた。つま弾いて音を確かめる。
やったことないくせに何故分かる。
4本の弦を調整し、満足したのか適当に音階を弾き出す。その手つきはまさに慣れたもの。
「なるへそ。そんでこうか」
サーガがゆったりした曲を弾き始めた。練習のつもりだろうか。
聞いていてなんとも心地よい。ダンは日頃の疲れや不安が吹っ飛んで行くような感じがした。
短い曲だったのか、すぐに弾き終えてしまう。
「ふ~ん、こんなもんか」
「もっともっと!」
メリンダがせがむ。
「よし、いっちょ元気が出そうなの弾いてみっか」
今度はリズミカルな曲を弾き始めた。初めてのくせになぜそんなにも器用に指が動きやがるのか。
今度は歌付きだった。
歌詞は旅に出ていろんな困難にぶち当たったが、それでもめげずに前を向いて歩くという、ある意味応援歌であった。
ダンはなんだか元気が出て来た。今ならいつもより早く動ける気がする。
メリンダも我慢しきれなかったのか、立ち上がってフラフラとリズムを取り出す。体が覚えているのか、辿々しくも舞い始めた。
曲が終わる。ダンは手が痛くなるほど拍手した。メリンダも真似て拍手を送る。
「いやいや、そんなでもねーよ」
何故サーガが音楽に関してはそんなに自信なさげなのだろう?
「もっと! もっと!」
メリンダがもっと弾けとサーガにせがむ。
「う~ん、じゃあまた子守唄でも…」
メリンダを寝かしつける為か、サーガが子守唄を歌い始めた。
「だからなんでてめーも寝るんだよ!」
サーガに足蹴にされ、飛び起きたダン。
サーガに謝りつつ、いつものようにサーガに休んでもらう。
その間に炊事洗濯掃除だ。サーガの歌を聴いたせいか、今日はいつもよりも体が軽く早く動けた。
小屋の中をちらりと覗くと、メリンダも心地よさそうに眠っていた。
(本人なりに)微笑むと、さっさと仕事を済ませてしまう。嬉しいと料理に熱が入る。
またお持ち帰りになってしまった。
「サーガの歌ってそんなにいいの?」
キーナの問いにダンは首を縦に振る。
今日の報告で持って行ったリュートの良さを話すと、キーナが食いついてきた。
キーナもサーガの笛は気に入っている。近頃聞けていないので残念に思っていた。
「そりはそりは…。メリンダさんが元気になったら楽しみだなぁ~」
弾いてもらう気満々だな。
「ふん。どうだか」
素っ気なく吐き出すテルディアス。しかしダンはテルディアスもサーガの笛が気に入っていることはなんとなく分かっている。しかしそれがサーガなので気にくわないのだろう。
(本人なりに)温かい目でテルディアスを見つめる。何故かテルディアスが少し体を遠ざけた。
「僕はね、今日はなんだかお客さんがいつもより少なくて楽だった」
キーナが首を傾げる。あんなにほぼ連日邪魔なほどに来ていた男性客が、昨日今日と少なくなっているのだと。このまま増え続けたらどうしようと思っていたのだが、落ち着いたようで安心したとのこと。
「女性向けのお店なのに、女性への接客を殆どしてなかったのよね…」
フシギダナー。
「このまま落ち着いてくれて、遠ざかっちゃった女性客が戻ってくれたら良いけど…」
男性ばかりの店内になってしまったので、女性客の足が遠のいてしまっているらしい。悩みどころだ。
「テルは? 何かあった?」
「別に。何も」
ナニモナカッタナー。
ダンは思い出す。テルディアスがキーナと帰ってくる前に1度帰って来たことを。
夕飯の準備を始めようとした所、フラリと帰って来たテルディアス。キーナはどうしたのかと疑問に思っていると、じゃらりと大きな袋をダンに渡してきた。
「迷惑料その他ぶんどってきた。キーナに見つかるとうるさいから、適当に隠しておいてくれ」
そう言ってまた街まで戻って行ったのである。
迷惑料…。そしてキーナの店の客数の減少…。
ダンはなんとなくだがその背景が見えるようだった。
ちょっとした小金持ちになったので、もう仕事をしなくともしばらくはのんべんだらりと過ごす事も出来るのだが…。黙っていることにした。
どうせじっとなどしていられないだろう。
「テルも通常運転だねぇ」
1人分かっていないキーナがほにゃんと笑う。
ダンはちょっと後ろめたい気もするが、別に知らなくとも支障はないと後ろめたさに背を向ける。
「あ、それでね。僕明日くらいに…、なんとなく来そうです…」
お月様らしい。
「大丈夫か?」
「ダンの薬はよく効くから。大丈夫」
キーナがダンを見てにっかり笑う。
「でも念の為明日はお休みするかもってお店に言って来た。ちょっとこれの時は…ねぇ」
痛みは引いてもだるさや気持ち悪さはなくならない。薬でもどうにもならないことはある。
「まあ無理はするな。ダン、もしかしたらだが、明日は店に伝言を頼めるか?」
ダンが頷いた。
テルディアスはキーナのお守り兼見張り役。ダンはお店にキーナがお休みすることを伝えに行くことになった。
人と話すことが苦手なダンは、必死に明日言う台詞を考えていたのだった。
そして眠る前にキーナは枕元にある火の宝玉に祈る。
早くメリンダさんが元気になって戻って来て、サーガのリュートを聞けますように。と。
願い事が増えていた。
翌朝、キーナの予想通りお月様は来た。
だいたいの女性はなんとなくそろそろかなという勘が働く。しっかりかっきり28日、30日と生理はやって来てくれないので、人によってはカレンダーに印をつけたりなどして自分の体調を管理するわけだ。日にちは大体の目安でしかなく、その月によっては25日で来たり31日で来たりする。
特にまだ生理が始まったばかりの女の子だと、この日にちがかなり前後する。始まったばかりだと自分の体調の変化にも気付きにくく、このなんとなく来るという勘もあまり働かず、下着を汚してしまったり生理用品を無駄に使ってしまうこともしばしば。まったくもって女の子は大変である。
だいたいの周期が整い、自分の体調の変化にもなんとなく気付くようになってくると、この「くるかも」という勘が働き、さほど下着を汚したり生理用品を無駄に使うことも少なくなっていく。生理用品も消耗品なので無駄に使うと結構お財布が痛いのです。
そしてキーナは異世界特有の精霊の気配という有り難い勘の働きもあり、ほぼ正確に自分の体調の変化に気付けるようになっていた。精霊様様。
ダンに痛み止めの薬をもらう。
「痛みはなくなるけど、この体の重さどうにかならないかな…」
キーナがぼんやりと宙を睨む。痛みがない分カリカリとした不快な気分はないのだが、いつものように体が動かないというのはそれだけでストレスである。
それにお股の不快感。今の時代は生理用品というとても素敵アイテムがあるのでとても有り難い。出る感覚はそれだけで不快感だ。
この異世界はその辺りどこかの女性が頑張ってくれたのか、生理用の下着がある。なんと実は魔道具だったりする。
風と水のなにやらの魔法が掛けられているらしく、勢い出て来た経血もあっという間に吸収、分解して常時さらっさら。キーナ、これだけは異世界に来て良かったと思っている。
ただし値段はやはりお高め。使うほどに力が消耗されてしまうので、普段着には使っていない。この時だけ使う特別下着だった。
特別と聞いてエッチな下着を思い浮かべないように。どちらかというとおしりをゆったりまったり包んでくれるおばパン(おばさんパンツ)と呼ばれる系のものである。
何しろ寝ている時には経血は背中の方にまで流れて行くほどだからね!あの量は半端じゃないよ!だからこそ生理用パンツは少し深めなのだよ!
生理ナプキンでは横漏れの心配があるが、このパンツに横漏れはない!なのでキーナは安心して寝転んでいられるのだった。
ダンが2人の昼食を用意しておく。
「すまんな。頼んだぞ」
テルディアスの言葉にこくりと頷き、ダンは街へと出かけていった。
今日は慣れない人と話をしなくてはならない。ドキドキ。
何、話すことはいとも簡単だ。
「キーナが体調不良なので今日はお休みする」
とだけ伝えれば良い。それにキーナも昨日のうちに体調が悪くなるかもしれないとはお店の方に言ったらしいのでそれほど難しいことではない。ないのだが…。
ダンは緊張でドキドキしていた。慣れない人ということと、そして伝える相手が女性であることと…。
キーナが働く店では地の一族の女性のようにガタイのいい女性はいない。皆キーナと同じくらいか少し高いくらいの華奢な女性達である。それでもちょっと怖かった。
店が見えて来た。
ダンは深呼吸をする。「体調不良で休み」それを伝えればいいだけだ。
店の前に立ち、思い切って扉を開ける。
「いらっしゃいませ~」
薄茶の髪の女性がダンを迎えた。
「お一人様ですか?」
ダンはおろおろと違うと首を振る。
「あら? あなた確か…キーナの送迎をしていた…」
ダンが首を縦に振って肯定の意を示す。
「いらっしゃいませ~、ってどうしたのチナ」
奥にいたレイファが出て来た。
「あ、レイファさん、こちらの方、キーナの送迎をしてた方」
「ああ、大きい人。確か、ダンさん、だったっけ?」
ダンが首を縦に振る。
「ああ、もしかしてやっぱり来たって? 正確に分かるってあの子凄いわね」
「そうですね」
女の子達がくすりと笑い合った。
「お休みって伝えに来てくれたんですね。ありがとうございます」
レイファとチナが頭を下げた。
ダンがオロオロとこちらも頭を下げる。
用は済んだとダンはさっさと店を出ようとした。しかし、レイファが踵を返そうとしたダンの腕を掴んだ。
「すいません。ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど、お時間良いですか?」
そのにっこりと微笑む笑顔に、逃れられない何かを感じたダンは、大人しく腕を引かれて奥の椅子に座らされた。
まだ早い時間のせいか、客の姿はない。
チナが気を利かせたのか、水を持って来た。
向かいにレイファが座り、ダンの目をじっと見つめる。ダンは緊張しながら、その視線を逸らすように視線をあちこちに彷徨わせる。
「ぶっちゃけ聞きますけど、あの2人、出来てますよね?」
ぶっちゃけて来た。
ダンは焦りながらどもりながら、なんとか言葉を紡いで今の状態を説明した。
実際ダンも最初は2人が出来ているものだと思っていた。しかし一緒に行動してその矛盾に気付いていったのである。むしろ何故くっついていないのか甚だ疑問であった。
2人は拙いダンの説明から、なんとか状況を把握してくれたようだった。
「そっか~。その病気を治すまではこれ以上の進展はないのか…」
「もやっとしますが、それなら仕方ないですね」
サーガの病気説をお借りしました。
「ダンさんは、もうお相手はいらっしゃるのですか?」
とチナが聞いて来た。
ダンはいないと首を横に振る。なによりダンはまず女性恐怖症を治さなければならない。
「わたくしなどは、如何ですか?」
とチナがにっこり。
「チナ~。お仕事中だよ~。お仕事中のナンパはお断りだよ~」
レイファがニヤニヤとチナを見る。
「まだお客様もいらっしゃいませんし、ナンパされているのではなくてわたくしから誘っているだけですし」
すまし顔で答えるチナ。
ダンは内心ガクブルだった。
女性に告白されるというのは、少し嬉しい気持ちもあったが、それよりも怖さが立った。
ここで断わったらどんな目に合わされるのか。といって、良いですとも答えることも出来ない。
無表情を余計に固く無表情にして、ダンはガクブルをなんとか隠し通す。
「ほらほら、いきなりでダンさんも困ってるって。後にしな」
「そうですね。ダンさん、よろしければ考えておいてください」
にっこり笑って立ち上がるチナ。レイファも立ち上がったので話しは終わったとダンも立ち上がる。
そして逃げるように店から出て行ったのだった。
「チナ、ガタイのいい人好きだよね」
「ああいう方は好みですね。それになんとなく頼りがいがありそうで良いですわ」
チナさん、先見の明があるかもしれない。
ただし、ダンの足がこのお店から遠ざかるようになってしまったかもしれない。残念。
ダンがいつもの森の中を通って行く。その顔はどことなくほっとしていた。
ダンに女性とのお付き合いはまだまだ難しそうだ。
結界を潜り抜けると、すぐにリュートの音が聞こえてきた。サーガの歌も聞こえる。
朝を迎えた喜びの歌のようだ。落ち込んでいた気分が晴れていくような気がした。
「うい~っす」
「うい~っす」
「違う違う。そこはこんにちは」
「そこはこんにちは」
「こんにちはだけでいいから」
「こんにちは」
「そうそう」
丁度曲が終わり、サーガが挨拶をして来た。真似してメリンダも挨拶してくる。
「ダンはご飯を作ってくれる人だろ? 昨日も来たっしょ?」
「うん! ご飯!」
昨日よりも会話がしっかりして来ている。
少し湧き上がった不安を飲み込んだ。
「ダン、ご飯、美味しいよ!」
メリンダに満面の笑みで言われ、照れるダン。そう言ってもらえると作りがいがある。主夫の喜び。
近頃は作った物が綺麗になくなるので、ダンも料理に精が出る。
今日もメリンダを寝かせるのかと思いきや、サーガがダンに頼み込む。
「夜寝付きが悪いから、起こしたままでいいか?」
昼に寝すぎて夜寝ないらしい。
ちょっと不安だったが、仕方ないと了承する。良い子は夜眠るものです。
キーナが今日は寝込んでいることを報告。サーガがそれで察したようだった。
いつものように丸薬をサーガに差し出したが、サーガが今日は飲まないと拒否した。
「それ飲むといざという時に起きれないだろ?」
確かにそうではあるが…。まあメリンダもそれほど手がかからなくなってきたし、と丸薬は諦めた。
サーガが休もうとすると、メリンダが不思議そうにサーガに近づく。
「サーガ? 朝なのに寝るの?」
「俺はお寝坊さんだから朝なのに寝るのよ」
「じゃああたちが手繋いでてあげるね」
「ありがと、メリンダ」
あれじゃあゆっくり休めないのではとダンは心配になるが、サーガは目を閉じる。
その横でサーガの手を握りながら、メリンダが子守唄を歌い出した。サーガが歌っていたものだ。
それは子供の歌い方ではない。しっかりと音程をとり、声も綺麗に出ている。
ダンは湧き上がる不安を抑えつつ、この隙にと動き出す。
しばらくしてサーガが寝入ってつまらなくなったのか、メリンダが手を解きダンの側にやって来た。
汚れた食器などを洗うのをじっと見つめる。
「何やってるの?」
「食器洗い…」
じゃぶじゃぶと洗うのをずっと見ている。
何が面白いのかと思いながらも、ダンは食器を洗いきる。
適当な台に置いて乾かす。その間に別の用事。
メリンダの服はサーガが毎日取り替えている。メリンダは今は脱ぎ着しやすいワンピースを着せている。なのでそれをお洗濯するのだ。
干している食器や鍋をじろじろ見ていたメリンダがやって来て、洗濯するダンの様子をじっと見る。
「何やってるの?」
「洗濯…」
見られていると仕事がしにくい。
洗濯をささっと終わらせ、次は掃除である。
今日はメリンダが外に出ているので久しぶりに小屋の中もしっかりやってしまおうと動く。
それもメリンダがじっと見つめていた。
「何やってるの?」
「掃除…」
やりにくい。
ダンお手製の箒で掃いて、雑巾掛け。メリンダはその様子をじっと見ていた。
掃除が終わって料理の準備に入る。
ダンお手製の竈に鍋を仕掛け、材料を準備。ちらりとメリンダを見ると箒を手にして地面を掃いていた。真似しているらしい。
危ない事をしていなければいいかと、下拵えを始める。すると箒を置いてメリンダがやって来た。
「何やってるの?」
「料理…」
包丁をじっと見つめられ、なんとなく緊張するダン。
メリンダは飽きもせずじっとその手つきを見つめていた。
メリンダが見ていない隙に包丁を手にするのではないかと気が気でないダンは、料理に集中することが出来なかった。いつもより気疲れしてしまったダンだった。
サーガが起きるとダンはほっとした。
いつメリンダが何かするのではないかと心配でならなかったからだ。サーガはずっとこんなに気を張っているのかと改めて尊敬する。
「見つめるな気持ち悪い…」
何故嫌がられるのだろうか。
「まだメリンダさんのお見舞いには行けないの?」
今日は一日寝ていて暇だったのか、キーナがそう聞いてきた。
しかしダンは首を横に振らざるをえない。サーガにも一応そのことについては相談してある。あの状態のメリンダをキーナには見せられない。それが2人の結論だった。
良い状態にはなって来ている。しかしまだ目を離せない状況であると説明する。
目を離せない、がちょっと違う意味だけれども。
「そっか…」
キーナがっくり項垂れる。ちょっと心が痛むけれど、キーナのためにもメリンダのためにもここはぐっと堪える。
「キーナ、落ち込むな。良い感じになって来ているんだ。近いうちに会えるさ」
「うん、そうだね」
テルディアスの言葉に、にっこり笑うキーナ。ダンは心の中でテルディアスにお礼を言った。
キーナがいつものようにベッドの枕元にある火の宝玉に祈る。
早くメリンダさんが良くなりますように。早く会えますように。と。
体調の悪さも手伝ったのか、すぐに眠りに落ちていった。
生理の時はとにかく眠いのである。
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