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シゲール襲来編
暴走
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翌日、キーナ達を見送り、ダンもいつものように森を目指す。
壁はいつも通りに見えた。だが結界の方に何やら違和感。穴が開いている?
夜中に妖魔でもやって来たのだろうかと、その穴を閉じておいた。
今日はサーガだけが焚き火の前に座っていた。小屋の中に人影が見えるので、メリンダはまだ寝ているのかとダンは特に不思議に思うことなく近づいた。
「うっす…」
そのサーガの姿に唖然となる。
所々焦げた服。焼け縮れた髪。そして体中あちこちに見られる火ぶくれ…。
「えっと…、すまん、…治療をお願いしても…?」
ダンの顔に怒りの色を見たサーガが、少し後退りながら頼んだ。
「何か、あったら、呼ぶ…」
「すまん。でも咄嗟のことだったし、どうせ待ってりゃお前も来るからそれから治療でもいっかと…」
ダンの無言の顔が迫る。
「謝る! 謝るから! 顔近づけんでくれ!!」
怖い顔が余計に怖い。
サーガの治療をしながら、ダンは何があったのかを聞くことになった。というか喋らせた。
「夜が明ける前くらいだったかな…」
サーガがばつが悪そうな顔をして話し始めた。
近頃の疲れと、メリンダが大分正常と思われるようになって来ていたので油断していたのかもしれない。
つい、うつらうつらと船を漕いでしまっていた。
結界に何かが引っ掛かった反応があった。それで目が覚めた。
「やべ…」
何かが来たのかとその気配を探る。するとそれはメリンダの気配。
「え?」
見ればいつの間にかメリンダの姿が小屋の中から消えている。
「メリンダ?!」
慌ててその後を追った。
進路を阻む為の結界が破られていた。その外にある壁はしっかりした壁ではなく目眩まし用のものなので然程通り抜けるのは難しい事ではない。メリンダが通ったであろう場所の木の枝などが折れていた。
(なんで外に?!)
色々な物に興味を示し始めていた。何れは外に向けられるだろうとは思っていたが、何故こんな夜中に…。
駆けて行くと、そこには川がある。水を汲むのに使っていた川だ。然程広くはないが、跳んで対岸に着ける程の狭さではない。渡るならば飛び石が2、3個は必要になるくらいの川幅だ。
その川の中程に全裸になったメリンダが太腿の辺りまで水に浸かり、立っていた。
「メリンダ!」
メリンダが振り向いた。その顔はぼんやりとしながらも、薄らと笑みを浮かべている。
近頃見せていたあの無邪気な笑みではない。
サーガの背筋がゾッとなる。ダンも危惧していた「また壊れた」状態なのではないかと。
「姐さん!!」
駆け寄ろうとしてサーガがその違和感に気付いた。
メリンダの周りを白い湯気のような物が漂っている。そして、メリンダを避けるように水が流れている…。
どれだけの熱量があれば、川の水が流れながら蒸気になるというのか…。
暴走
サーガの頭にこの文字が過ぎった。一番に恐れていたことだ。
火は四大精霊の中でも一番の破壊力を持つ。きっとメリンダが本気になれば、サーガは苦戦を強いられるだろう。
そしてここは森の中。万全を期して川の近くを塒に選んだのだが…。
切り札の水が消し飛んでいる。
いざとなればサーガが川の水を操って消化するつもりだった。微細な調整は出来ないが、水の固まりを落とすくらいなら簡単だ。
しかし今目の前で、川の水がメリンダを避けるように流れて行っている。
(どうしろってんだよ…)
一番防御力の高い地の力も、火の力の前ではその力を存分には発揮できない。切り札としていた川の水さえも一瞬で蒸気になっている。
詰んだ。
もうメリンダを止めることは出来ない。
「んなこと、言ってられっか!!」
サーガが走り出す。無理でも無茶でも止めなければ、このままではメリンダがメリンダ自身の力で自分の体を焼き尽くしてしまうかもしれない。
「姐さん!!」
近づくほどに熱量が増す。勢い近づく事も出来ず、サーガの足も重くなる。ちらちらとメリンダの周りに白い炎のような物が見える。
「サーガ…」
メリンダが妖艶な笑みを浮かべ、サーガに向かって手を伸ばした。
熱量が上がった気がした。
風を出来るだけ体の周りに集め、熱気を遮断する。しかしそんなこともあざ笑うかのようにさらに熱気が伝わってくる。
「姐さん…」
熱さで息をするのも苦しくなってくる。
一歩一歩メリンダに近づく。川に足を入れると、風の壁に遮られ、川の水がサーガさえも避けて通って行った。
「姐さん!!」
サーガがメリンダの手を掴んだ。熱い。焼けた鉄を握っているようだった。だがサーガはその手を放そうとはしない。
掴んだ瞬間にサーガはメリンダの周りから空気を薄くしていった。
火が燃えるには空気が必要だ。それで熱が抑えられれば僥倖。魔力でもって火を起こしているとしても、人が活動するにはやはり空気が必要…。
メリンダに近づき過ぎたのか、髪がチリチリと音を立て始める。燃えているのかもしれない。
体中が熱さで悲鳴を上げる。しかしこの手を放すわけにはいかない。
しばらく熱さに耐えてメリンダを見つめていた。そのうちにメリンダの頭がくらりとなった。
酸欠になったのかもしれない。
熱量が下がってきたことを感じる。
メリンダが目を閉じ、体から力が抜けた。
そのまま倒れ込みそうになるのを受け止める。そのままにしておいたら川に流されてしまう。
風の壁を維持したまま、メリンダを抱えてサーガが川から上がった。途端に足の力が抜けた。
メリンダを落としそうになったので、一先ずメリンダを地面に横たえる。
「だあーーー! しんど」
サーガもその隣にゴロリと横になった。
極限まで集中していたせいか、疲れ方が半端ではない。集中が切れたせいか、体のあちこちに痛みを感じ始めていた。
両手を掲げてみる。見事に真っ黒になってしまっていた。
(自分で治すのは…駄目だこりゃ)
集中し過ぎた反動か、頭痛がする。上手く魔力を練ることが出来ない。魔法が使えたとしても、風の魔法ではさすがにこれは治せないだろう。
(ま、いっか。しばらくすりゃ、ダンも来るし…)
この状態では呼ぶことも出来ない。サーガは早々に諦めて、体の力を抜いた。
少しすると陽が差し始めてきた。木々の間から太陽の光が見えた。
(あ~、小屋まで戻んなきゃなぁ…)
横を見れば全裸のメリンダが、何事もなかったかのような顔で眠っている。その寝顔に心底ほっとする。とにかく生きている。生きてくれている。
多少回復したのを見計らい、痛む手や体をかばいつつ、メリンダを抱えて小屋まで戻って来たのだった。
確かに掌が一番重症だ。この手でメリンダを抱え上げたのかと思うとダンは背筋が凍る思いがした。
「傷、残るかも…」
「別にいいよ」
サーガにとってはそんなことどうってことのないことなのだろう。
それでもダンの目は潤み始める。この優しい男ダンは他人の痛みで泣ける男なのである。
「な、なんでてめーが泣くんだよ…。キモ」
酷い。
ダンは頑張った。傷1つ残らず綺麗に治してやろうと頑張った。頑張り過ぎた。
「なんでてめーが休む羽目になってんだよ!」
回復するまでしばらく休む羽目になってしまった。
掃除は適当にして、洗濯はしっかりやっておく。料理も今日は手抜き料理。
「いや、別に落ち込まんでも…」
サーガの治療をやり過ぎて時間もろともなくなってしまい、簡単な物しか作れなかったのでサーガに詫びた。
「最悪携帯食料でもいいし?」
しかしあれは味が然程良い物ではない。栄養は満点だけどね。
明日はきちんと作るからとサーガに謝り倒し、その場を後にした。
メリンダは眠ったまま、眼を覚ます様子はなかった。
キーナには「変わらない」と伝えておく。余計な心配はかけさせたくなかった。
キーナは仕事が楽しそうで「近頃は年配のお客さんも増えて来た」と笑っていた。客層が若い女性だけではなく男性、それに年配と広がったので、ミラが何やら張り切っているらしい。
キーナが風呂に入っている間に、またテルディアスと2人で話をする。
今日サーガから聞いた話をすると、テルディアスの顔が曇った。
「また、逆戻りするのか…?」
そうなるかもしれない。できればそうならないで欲しい。
「メリンダが目覚めてみないとなんとも言えんな。ダン、注意してやっててくれ」
ダンは頷いた。
せっかく良くなって来ていると思ったのに、また悪くなってしまうのだろうか。
メリンダの回復を楽しみにしているキーナに、明日からなんと報告すれば良いのだろうかと、ダンは気が重くなるのだった。
翌日、いつも通りにキーナ達を見送る。
しかしキーナが、
「ダン、なんか元気ない?」
と声を掛けてきた時にはドキリとした。無表情鉄皮面と自他共に認める自分の表情を、キーナは敏感に見分けたのだろうか?
疲れが出たのかもしれないと適当に誤魔化した。
「そう? ならいいけど」
キーナも深くは突っ込んでは来なかった。
メリンダとサーガの服も買い、今日は食材をどうしようかと悩む。メリンダが目覚めているならばたくさん作ってやりたいが、眠ったままならば、そして以前のように食べる事を拒否するような事があったならば…。気が重い。
迷った挙句、多少消費期限に余裕がありそうな食材を買い、サーガ達の元へと向かった。
「うーす」
起きているのはサーガだけだった。
あれからメリンダはこんこんと眠り続けているそうだ。サーガもずっと気が張っていたのか、疲れたような顔をしている。無理もない。一瞬の気の緩みであんなことになってしまったのだから。
「飲む」
ずいっとサーガの目の前に丸薬を差し出す。
「いやでも、姐さんが目覚めて万が一また暴走でもしたら、お前だけじゃ無理じゃね?」
地の力で火の力を抑えられるとは思えない。
「休む。大事」
ずずいっと丸薬を顔に近づける。今のサーガには休息が必要とダンは判断した。
この丸薬を飲むと眠りが深くなる。なのでよく休めるのではあるが、その分咄嗟の時に起きるのが難しい。
サーガが渋面を作る。
嫌だと無理に拒絶してもいいが、サーガは風。地の力には弱い。無理矢理地の力で縛り付けられて飲ませられるのは御免被りたい。それに、別の意味でダンに拘束されるのはとても怖い。
何が。
なので渋々丸薬を飲むことにしたのだった。
「なんかあったら蹴飛ばしてでもいいから起こせよ!」
そう言いつけることは忘れなかった。
ダンも何かあったら気付けの薬でも口に放り込んで無理矢理起こすつもりだった。しかしダンがくるくると動き回っている間も、メリンダは眠ったままで起きる気配はなかった。
サーガ、口に放り込まれなくて良かったね。
少し多めに作り置いて、今日は去ることにした。念の為果物も置いてある。
「何かあったら、連絡」
「するする。今度は間違いなくする」
顔を近づけると何故そんなに嫌そうな顔になるのか。しかしこの方が何故か了承を取りやすいので積極的に顔を近づけるようにする。
それがまたいらぬ誤解を生んだりしているのだが…。知らぬが仏ということで。
その日のキーナへする報告は心苦しいものだった。
「変わらない」
と答えるのが精一杯。普段から無口な自分を、この時ほど良かったと思ったことはない。
キーナは無邪気に、
「早くメリンダさんに会いたいなぁ」
と口にしていた。その姿と言葉に心を抉られる。
テルディアスと2人きりになると、メリンダが眠り続けたままだったと報告した。
「そうか…」
テルディアスも少し苦しそうな顔になって、炎を見つめる。
「何かあったなら、俺から言う。お前は普段通りにしていろ。態度に出ているぞ?」
テルディアスにも気付かれていたようだ。
表情は然程変わらずとも、態度がいつもよりオドオドしていたらしい。ダンは指摘されて初めて気付いた。もしかしたらキーナもある程度察していたのかもしれない。
ダンは改めて落ち込んでしまったのだった。
壁はいつも通りに見えた。だが結界の方に何やら違和感。穴が開いている?
夜中に妖魔でもやって来たのだろうかと、その穴を閉じておいた。
今日はサーガだけが焚き火の前に座っていた。小屋の中に人影が見えるので、メリンダはまだ寝ているのかとダンは特に不思議に思うことなく近づいた。
「うっす…」
そのサーガの姿に唖然となる。
所々焦げた服。焼け縮れた髪。そして体中あちこちに見られる火ぶくれ…。
「えっと…、すまん、…治療をお願いしても…?」
ダンの顔に怒りの色を見たサーガが、少し後退りながら頼んだ。
「何か、あったら、呼ぶ…」
「すまん。でも咄嗟のことだったし、どうせ待ってりゃお前も来るからそれから治療でもいっかと…」
ダンの無言の顔が迫る。
「謝る! 謝るから! 顔近づけんでくれ!!」
怖い顔が余計に怖い。
サーガの治療をしながら、ダンは何があったのかを聞くことになった。というか喋らせた。
「夜が明ける前くらいだったかな…」
サーガがばつが悪そうな顔をして話し始めた。
近頃の疲れと、メリンダが大分正常と思われるようになって来ていたので油断していたのかもしれない。
つい、うつらうつらと船を漕いでしまっていた。
結界に何かが引っ掛かった反応があった。それで目が覚めた。
「やべ…」
何かが来たのかとその気配を探る。するとそれはメリンダの気配。
「え?」
見ればいつの間にかメリンダの姿が小屋の中から消えている。
「メリンダ?!」
慌ててその後を追った。
進路を阻む為の結界が破られていた。その外にある壁はしっかりした壁ではなく目眩まし用のものなので然程通り抜けるのは難しい事ではない。メリンダが通ったであろう場所の木の枝などが折れていた。
(なんで外に?!)
色々な物に興味を示し始めていた。何れは外に向けられるだろうとは思っていたが、何故こんな夜中に…。
駆けて行くと、そこには川がある。水を汲むのに使っていた川だ。然程広くはないが、跳んで対岸に着ける程の狭さではない。渡るならば飛び石が2、3個は必要になるくらいの川幅だ。
その川の中程に全裸になったメリンダが太腿の辺りまで水に浸かり、立っていた。
「メリンダ!」
メリンダが振り向いた。その顔はぼんやりとしながらも、薄らと笑みを浮かべている。
近頃見せていたあの無邪気な笑みではない。
サーガの背筋がゾッとなる。ダンも危惧していた「また壊れた」状態なのではないかと。
「姐さん!!」
駆け寄ろうとしてサーガがその違和感に気付いた。
メリンダの周りを白い湯気のような物が漂っている。そして、メリンダを避けるように水が流れている…。
どれだけの熱量があれば、川の水が流れながら蒸気になるというのか…。
暴走
サーガの頭にこの文字が過ぎった。一番に恐れていたことだ。
火は四大精霊の中でも一番の破壊力を持つ。きっとメリンダが本気になれば、サーガは苦戦を強いられるだろう。
そしてここは森の中。万全を期して川の近くを塒に選んだのだが…。
切り札の水が消し飛んでいる。
いざとなればサーガが川の水を操って消化するつもりだった。微細な調整は出来ないが、水の固まりを落とすくらいなら簡単だ。
しかし今目の前で、川の水がメリンダを避けるように流れて行っている。
(どうしろってんだよ…)
一番防御力の高い地の力も、火の力の前ではその力を存分には発揮できない。切り札としていた川の水さえも一瞬で蒸気になっている。
詰んだ。
もうメリンダを止めることは出来ない。
「んなこと、言ってられっか!!」
サーガが走り出す。無理でも無茶でも止めなければ、このままではメリンダがメリンダ自身の力で自分の体を焼き尽くしてしまうかもしれない。
「姐さん!!」
近づくほどに熱量が増す。勢い近づく事も出来ず、サーガの足も重くなる。ちらちらとメリンダの周りに白い炎のような物が見える。
「サーガ…」
メリンダが妖艶な笑みを浮かべ、サーガに向かって手を伸ばした。
熱量が上がった気がした。
風を出来るだけ体の周りに集め、熱気を遮断する。しかしそんなこともあざ笑うかのようにさらに熱気が伝わってくる。
「姐さん…」
熱さで息をするのも苦しくなってくる。
一歩一歩メリンダに近づく。川に足を入れると、風の壁に遮られ、川の水がサーガさえも避けて通って行った。
「姐さん!!」
サーガがメリンダの手を掴んだ。熱い。焼けた鉄を握っているようだった。だがサーガはその手を放そうとはしない。
掴んだ瞬間にサーガはメリンダの周りから空気を薄くしていった。
火が燃えるには空気が必要だ。それで熱が抑えられれば僥倖。魔力でもって火を起こしているとしても、人が活動するにはやはり空気が必要…。
メリンダに近づき過ぎたのか、髪がチリチリと音を立て始める。燃えているのかもしれない。
体中が熱さで悲鳴を上げる。しかしこの手を放すわけにはいかない。
しばらく熱さに耐えてメリンダを見つめていた。そのうちにメリンダの頭がくらりとなった。
酸欠になったのかもしれない。
熱量が下がってきたことを感じる。
メリンダが目を閉じ、体から力が抜けた。
そのまま倒れ込みそうになるのを受け止める。そのままにしておいたら川に流されてしまう。
風の壁を維持したまま、メリンダを抱えてサーガが川から上がった。途端に足の力が抜けた。
メリンダを落としそうになったので、一先ずメリンダを地面に横たえる。
「だあーーー! しんど」
サーガもその隣にゴロリと横になった。
極限まで集中していたせいか、疲れ方が半端ではない。集中が切れたせいか、体のあちこちに痛みを感じ始めていた。
両手を掲げてみる。見事に真っ黒になってしまっていた。
(自分で治すのは…駄目だこりゃ)
集中し過ぎた反動か、頭痛がする。上手く魔力を練ることが出来ない。魔法が使えたとしても、風の魔法ではさすがにこれは治せないだろう。
(ま、いっか。しばらくすりゃ、ダンも来るし…)
この状態では呼ぶことも出来ない。サーガは早々に諦めて、体の力を抜いた。
少しすると陽が差し始めてきた。木々の間から太陽の光が見えた。
(あ~、小屋まで戻んなきゃなぁ…)
横を見れば全裸のメリンダが、何事もなかったかのような顔で眠っている。その寝顔に心底ほっとする。とにかく生きている。生きてくれている。
多少回復したのを見計らい、痛む手や体をかばいつつ、メリンダを抱えて小屋まで戻って来たのだった。
確かに掌が一番重症だ。この手でメリンダを抱え上げたのかと思うとダンは背筋が凍る思いがした。
「傷、残るかも…」
「別にいいよ」
サーガにとってはそんなことどうってことのないことなのだろう。
それでもダンの目は潤み始める。この優しい男ダンは他人の痛みで泣ける男なのである。
「な、なんでてめーが泣くんだよ…。キモ」
酷い。
ダンは頑張った。傷1つ残らず綺麗に治してやろうと頑張った。頑張り過ぎた。
「なんでてめーが休む羽目になってんだよ!」
回復するまでしばらく休む羽目になってしまった。
掃除は適当にして、洗濯はしっかりやっておく。料理も今日は手抜き料理。
「いや、別に落ち込まんでも…」
サーガの治療をやり過ぎて時間もろともなくなってしまい、簡単な物しか作れなかったのでサーガに詫びた。
「最悪携帯食料でもいいし?」
しかしあれは味が然程良い物ではない。栄養は満点だけどね。
明日はきちんと作るからとサーガに謝り倒し、その場を後にした。
メリンダは眠ったまま、眼を覚ます様子はなかった。
キーナには「変わらない」と伝えておく。余計な心配はかけさせたくなかった。
キーナは仕事が楽しそうで「近頃は年配のお客さんも増えて来た」と笑っていた。客層が若い女性だけではなく男性、それに年配と広がったので、ミラが何やら張り切っているらしい。
キーナが風呂に入っている間に、またテルディアスと2人で話をする。
今日サーガから聞いた話をすると、テルディアスの顔が曇った。
「また、逆戻りするのか…?」
そうなるかもしれない。できればそうならないで欲しい。
「メリンダが目覚めてみないとなんとも言えんな。ダン、注意してやっててくれ」
ダンは頷いた。
せっかく良くなって来ていると思ったのに、また悪くなってしまうのだろうか。
メリンダの回復を楽しみにしているキーナに、明日からなんと報告すれば良いのだろうかと、ダンは気が重くなるのだった。
翌日、いつも通りにキーナ達を見送る。
しかしキーナが、
「ダン、なんか元気ない?」
と声を掛けてきた時にはドキリとした。無表情鉄皮面と自他共に認める自分の表情を、キーナは敏感に見分けたのだろうか?
疲れが出たのかもしれないと適当に誤魔化した。
「そう? ならいいけど」
キーナも深くは突っ込んでは来なかった。
メリンダとサーガの服も買い、今日は食材をどうしようかと悩む。メリンダが目覚めているならばたくさん作ってやりたいが、眠ったままならば、そして以前のように食べる事を拒否するような事があったならば…。気が重い。
迷った挙句、多少消費期限に余裕がありそうな食材を買い、サーガ達の元へと向かった。
「うーす」
起きているのはサーガだけだった。
あれからメリンダはこんこんと眠り続けているそうだ。サーガもずっと気が張っていたのか、疲れたような顔をしている。無理もない。一瞬の気の緩みであんなことになってしまったのだから。
「飲む」
ずいっとサーガの目の前に丸薬を差し出す。
「いやでも、姐さんが目覚めて万が一また暴走でもしたら、お前だけじゃ無理じゃね?」
地の力で火の力を抑えられるとは思えない。
「休む。大事」
ずずいっと丸薬を顔に近づける。今のサーガには休息が必要とダンは判断した。
この丸薬を飲むと眠りが深くなる。なのでよく休めるのではあるが、その分咄嗟の時に起きるのが難しい。
サーガが渋面を作る。
嫌だと無理に拒絶してもいいが、サーガは風。地の力には弱い。無理矢理地の力で縛り付けられて飲ませられるのは御免被りたい。それに、別の意味でダンに拘束されるのはとても怖い。
何が。
なので渋々丸薬を飲むことにしたのだった。
「なんかあったら蹴飛ばしてでもいいから起こせよ!」
そう言いつけることは忘れなかった。
ダンも何かあったら気付けの薬でも口に放り込んで無理矢理起こすつもりだった。しかしダンがくるくると動き回っている間も、メリンダは眠ったままで起きる気配はなかった。
サーガ、口に放り込まれなくて良かったね。
少し多めに作り置いて、今日は去ることにした。念の為果物も置いてある。
「何かあったら、連絡」
「するする。今度は間違いなくする」
顔を近づけると何故そんなに嫌そうな顔になるのか。しかしこの方が何故か了承を取りやすいので積極的に顔を近づけるようにする。
それがまたいらぬ誤解を生んだりしているのだが…。知らぬが仏ということで。
その日のキーナへする報告は心苦しいものだった。
「変わらない」
と答えるのが精一杯。普段から無口な自分を、この時ほど良かったと思ったことはない。
キーナは無邪気に、
「早くメリンダさんに会いたいなぁ」
と口にしていた。その姿と言葉に心を抉られる。
テルディアスと2人きりになると、メリンダが眠り続けたままだったと報告した。
「そうか…」
テルディアスも少し苦しそうな顔になって、炎を見つめる。
「何かあったなら、俺から言う。お前は普段通りにしていろ。態度に出ているぞ?」
テルディアスにも気付かれていたようだ。
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ダンは改めて落ち込んでしまったのだった。
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