キーナの魔法

小笠原慎二

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青い髪の少女編

プラリンコ

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「テルディアス様。テルディアス様…」

大分宿が静かになってきた頃、シアはテルディアスの部屋の扉を叩いていた。
あの黄色い髪の男、サーガの言う通りならば、そろそろ適した時間のはずである。しかし中から応答はなかった。
試しにノブを回してみても、ガチャリと鍵の閉まっている音がするだけ。

(まだいらしてないのかしら?)

部屋の中に誰かいるような気配もない。こんな遅くまでどこをほっつき歩いているのだろう。

(まさか、何か事件に巻き込まれて…。でもテルディアス様はお強いですから、そんな心配することでもありませんわね)

とうんうん頷く。そこではっと気付く。

(まさか…。その辺りの小汚い女と…浮気?!)

小汚い言うな。

(いえいえ! テルディアス様に限って!)

1人ブンブンと頭を振る。
通りかかった女性が不思議そうな顔をしながら通り過ぎて行った。

(まさかあの男、きちんと伝えてないんじゃ…)

サーガを疑い始める。

サーガはメリンダと訓練・・に入る前にテルディアスと接触。一連の出来事を伝えてある。
それを聞いてテルディアスは、水娘が寝付いてから部屋に入ろうと決めた。サーガはこれから忙しいというので、ダンに水娘のことを探ってくれるように頼んでいる。なので実は、宿屋の屋根で待機していたりする。あまりうろついていても下手に警備兵などに捕まると厄介だからだ。
そんなことなど露知らず、シアはサーガに文句でも言いに行こうかと考えるが、はっきり言ってテルディアス以外興味が無いので部屋が何処か分からない。

まあ今行ってもちょうどお取り込み中なので、訪れると不味かったりするのだけれど。

仕方なくすごすごと部屋へと帰っていくのだった。









シアが大人しくベッドに潜り込んだことにダンが気付いた。ウロウロと部屋を歩き回っている気配があったが、どうやら諦めたようだ。
ダンが窓を開け、合図の太鼓をポポンと叩いた。
テルディアスは立ち上がり、屋根からダンに軽く頷くと、下へと降りて行った。










シアはじっとベッドの中で待っていた。

(! 来ましたわ!)

シアはこっそりとテルディアスの部屋の前に水を散らしておいたのである。
水は気配察知はそれほど上手くはないが、水に触れている状態ならば感知することも可能だ。なのでテルディアスの部屋の前に気にならない程度に水を撒き、テルディアスが踏んだら分かるようにしていたのである。
サーガ達が頼りにならないので、考えた策だった。
テルディアスが誰か水でもこぼしたのか?と不思議に思いながら部屋に入っていた。袋のネズミ状態である。
さっそく行こうかと起き上がるが、いや待てよ、と思い直す。

(テルディアス様は恥ずかしがり屋さんですから、今から行ってもまた追い出されてしまうかも知れませんわ)

嫌われているとは考えないのか。

(そうですわ! テルディアス様が寝静まった頃に行って、添い寝をしてあげればいいのですわ! そしてそのままキセイジジツを…)

シアがくふふと笑う。
此奴、既成事実という言葉は知っていても、その意味までは理解していなかった。一緒に寝るだけで既成事実を成せると思っている。

そしたらキーナはどうなるんだろう…。

シアは再びベッドに潜り込み、テルディアスが寝静まる頃合いを待った。
そして大分時間が過ぎた頃、むくりと起き上がる。

(そろそろ大丈夫かしら?)

抜き足差し足、足音を殺して部屋を出る。他の部屋もとうに寝静まっているのだろう、宿は静かだった。
テルディアスの部屋の前まで来る。

(テルディアス様~。私が参りましたわ♡)

意気揚々、ドアノブを回すが、

ガチャン

鍵が掛かっていた。

(なんですって! 鍵?!)

当然だと思うが。
予想外のことに慌てるシア。鍵が掛かっていては部屋には入れない。

(どうしましょう…。テルディアス様が待っているのに…)

いや、待っていないと思うよ。

シアは考える。鍵はサーガに取り上げられてしまった。今から受付に行ってもマスターキーを借りられるとは思えない。

『そもそも鍵がなければテルディアスは部屋に入れない。そしてサーガが受付の人にシアのことを厳重注意しているので結局は無理な話なのだが』

シアは考える。どうやったらこの扉を開けることが出来るだろうかと。

(まあつまりは、鍵を壊してしまえばいいのですわよね)

過激発想であった。
水の球を作り出す。そして思い切りドアノブにぶつけた。

ガギャン!

ちょっと大きい音がしたが、無事にノブは壊れた。無事に?

(これで中に入れますわ!)

意気揚々、ノブがプラリンコしている扉を開ける。そして中に入ろうと思い切り踏み出した。

ガン!

顔面激突した。

「!!!!!!」

蹲って痛みに耐える。

「な、なんですの…」

魔法である程度治癒して、よくよく入り口を見て見れば、うっすらと結界が張ってあるのが見えた。

(結界?)

ペタペタと触ってみる。地系の結界のようだった。これでは中には入れない。

(ど、どうしましょう…)

さすがにこれは想定外だった。中は暗く、うっすらと見えているが、入る事は叶わない。ベッドが盛り上がっているのが分かった。テルディアスが寝ているのだろう。

「テルディアス様、テルディアス様」

シアが小声で呼んでみる。起きて結界を解いてくれないかと思って。
しかしテルディアスは身じろぎもせず、起きる気配もない。
さすがに結界を壊すにはそれなりの力を使わなければならない。そうなると下手をすると宿にいる者達が起き出してしまう可能性がある。そうなると恥ずかしがり屋さんのテルディアスは余計にいい顔はしないだろう。

「テルディアス様ぁ…」

起きる気配のないテルディアス。シアは諦めて扉を閉めた。すごすごと部屋へと戻り、やっと大人しくベッドに入ったのだった。












そしてテルディアス。実は起きていた。
部屋の前に誰かが立った気配で目が覚めた。そう、普通ならばおかしな気配が近づけば目が覚めるものなのである。何故キーナは気づけないのか…。

その人物がドアノブを回してガチャガチャとやっていた。なんとなくシアだと分かった。
鍵はきちんと掛かっている。テルディアスは安心してベッドの中で様子を伺っていたのだが、

ガギャン!

ドアノブの壊れる音がした。

(・・・・・・)

予想外だった。鍵があれば諦めてすごすごと帰ると思っていたのだが…。壊しやがった。
扉が開く。
テルディアス、いつでも逃げられるように身構えた。しかし、

ガン!

結界に思い切りぶつかる音がした。ほっと胸をなで下ろす。
いつもの習慣がこんなところでも役に立ってくれるとは。

「な、なんですの…」

シアが結界に気付き、触って確認しているようだった。そして、

「テルディアス様、テルディアス様」

名前を呼び始めた。
これで下手に反応しようものなら、今夜は安全を確保することはできない。テルディアスは身を固くしながら寝たふりを続けた。

「テルディアス様ぁ…」

ようやっと諦めたようで、シアが扉を閉めて去って行った。
思わず深い溜息を吐いた。
入れないと分かったはずだから、今夜はもう大丈夫なはずだ。
テルディアスは寝返りを打ち、再び眠りの淵へと落ちて行った。







そしてそれからまたしばらくして。
別の部屋からとある人物が出て来た。
てとてとと、半分眠りながらテルディアスの部屋の前に来る。
と、何故かノブがプラリンコしている。
首を傾げながらも、扉を開けて、普通に中に・・・・・入っていった《・・・・・・》…。
そしていつものようにゴソゴソとテルディアスの横に潜り込み、安らかな寝息を立て始めたのだった。













窓から朝の日差しが差し込んでくる。
小鳥達の歌声が聞こえ、テルディアスの意識が覚醒していく。
あの水娘が入って来られないことを確認し、とても安心して眠れた。ダンの地下宿だとベッドに縛り付けられてはいるが、なんとなく恐怖が拭いきれなかったりするので宿も悪くないかもしれないと思い始めていた。
しかし、テルディアス以外に誰もいないはずなのに、隣から寝息が聞こえてくる。
一瞬あの水娘が結界を突破して入って来たのかと体を固くする。

「ひっ…」

喉の奥に出かかった悲鳴を飲み込んだ。馴染みの焦げ茶の頭が見える。キーナだった。

「ほぅ…」

安心して息が漏れた。いや、良くはないのだが良かった。あの水娘だったら悲鳴を上げていたかも知れない。いや、いつもキーナでも悲鳴を上げていたのだが…。恐怖の色合いが違う。
キーナが人の腕を枕にしてすやすやと眠っている。その顔を見たら気が抜けた。

(いや、こいつが寝ている事に安心するのもなんだが…)

心底キーナで良かったと思ってしまう。いやいや、横に潜り込んでくるのは問題なのであるが。
テルディアスがそんな思考に陥っていると、キーナが目覚めた。

「にゅぅ…。テル?」
「お、起きたか…」
「うん。おはよう…」

半分寝惚け眼でへにゃりと笑う。その笑顔が心臓にズギュンと来る。
テルディアスは目を手で覆った。なんだかいけない物が起き出してしまいそうである。

「? テル?」
「いや、ナンデモナイ…。起きたなら起きろ」

腕を返せと動かすが、起き出す気配がない。

「にゅぅ…。もうちょっと…」

と体を擦り寄せてくる。いやいやいけない物が…。

「アホ。離れろ」

と自由な方の腕で頭を押し返す。キーナが軽く仰け反った。

「いやぁん。ちょっとくらいいいじゃ~ん」
「良くない」

キーナも必死で押し返してきた。

「だってぇ、昨日、あんまし話せなかったし…」

テルディアスの腕から力が抜けた。確かに昨日はほとんど一行から離れて移動していたので、キーナともまともに話していない。まともに顔を見たのも朝と風文の所にいた時のほんの少しだけだ。
テルディアスもちょっぴり寂しいと思っていたので、キーナの頭を押し返せなくなった。
ここぞとばかりにキーナがひっついてきた。テルディアスが体を固くする。

「今日もほとんど顔を合わせられないんでしょ? 今だけ、ちょっとだけお喋りしよ?」

などと上目遣いで言われたら、いけない物が反応しそうになる。

「わ、分かったから…。体を離せ…」

軽くキーナの頭を押し返しつつ、テルディアスは体を離す。

「ん…。分かった…」

珍しく大人しくキーナが言葉に従った。その素直な態度に「おや?」と思うテルディアス。
いつもならば「いいじゃ~ん」と言いながらひっついてくるのだが。
実はキーナ、昨夜のサーガの言葉を少し気にしていた。あまりくっつき過ぎると嫌われるという言葉を。それにここでごねてもテルディアスとお話出来なくなるかもしれない。なので素直に従ったのである。
一抹の寂しさを感じつつも、いけない物を鎮めることが出来たので、テルディアスも安心してキーナと話す体勢をとった。

それから少しの間、2人は他愛もないお喋りを楽しんだ。
テルディアスが昨夜屋根で待っていたと話すと、キーナが手を叩いた。

「そか。屋根に行けばいいんだね!」

これまでにもテルディアスは時折屋根に上って空を眺めていることがあった。キーナもそれに便乗したことが何度かある。

「寝る前に僕も屋根に行くよ。そしたらまたお喋り出来るでしょ?」

そんなに嬉しそうにされると、テルディアスも嬉しくなっていけない物が…。

「あ、ああ…。そうだな…」

手で目を覆って、キーナの顔を直視することを避ける。離れていたせいなのか、朝だからなのか、なんだか余計に可愛く見えてしまうから大変だ。

「えへへ。楽しみが出来たな~」

キーナの楽しそうな声が聞こえる。直視できない…。

「そ、そろそろ時間だろ?」

これ以上はいろいろ不味いと、テルディアスが早く出て行けと遠回しに口にする。

「あ、そうだね」

キーナが素直に起き出す気配があったので、油断した。

「最後に!」

と言って、テルディアスの胸に飛び込んできた。
べったりと言うわけでは無いが、その柔らかさを感じ取ってしまう。それになんだか良い匂いがして…。

「じゃ、またね」

一瞬の事だった。キーナはすぐに体を離し、固まるテルディアスを置いて部屋を出て行った。
その後のテルディアスは…、ご想像にお任せします。
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