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光の宮三度
大神官の変化
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光の御子がまた宮から逃げた。
回復次第すぐに追っ手を出そうと言っていた上層部に、大神官は待ったを掛けた。
「このまま力尽くで御子を戻せるとは思えない。また何か手を考えてからにしよう」
と。
御子の意識が目覚めてしまえば、光の者達が抑える事は出来ない。今度は薬を盛るにもいちいち警戒されるだろうので同じような手は使えない。また何かいい手が浮かんだら追っ手を向かわせようという話しで終わった。しかしそんないい手が浮かぶものだろうか。
苦い顔をしながら寝所へ戻って行く神官達を見ながら、大神官は溜息を吐いた。そして「穴」について何か案件は来ていなかったかと、使いの者を走らせた。
星の宮で受け付けられる案件。余程の事がなければ太陽の宮まで来ることはない。これもまたおかしな事だ。光でなければ対処しようがないことを、何故あまり力を持たない星の宮の者達が受け付けているのか。
(ここにも歪みが見られる…)
大神官は何度目になるかの溜息を吐く。
あのダーディンに出会ってから、何故か大神官は頭に掛かっていた靄が晴れたような気がしていた。この宮に来たばかりの頃に浮かんでいた疑問が再び頭をもたげてくる。
何かがおかしい。
いつの間にか気にしなくなっていた疑問。しかしここに来てその疑問が強く湧き起こる。
「穴の進行を止めている」
ダーディンが言っていたあの言葉はなんのことなのか。何故こんなにも気になるのか。とにかく何か調べてみれば何かが分かるかもしれない。
大神官は自分の庶務机に座り、ペンを動かしながら考えていた。
そして、いつの間にか忘れてしまっていた懐かしい人の顔が浮かぶ。大神官も昔は只の男の子だった。どこにでもある在り来たりな街で、幼馴染みと街を駆け回っていた。自分より2つ年上の彼女は少し大人びた感じで、いつも自分を子供扱いしてくることにヤキモキしていたものだ。
大人になったら絶対に君と結婚する。と宣言した子供時代。彼女は嬉しそうに微笑んでいた。
しかし彼女は闇の力を発現させてしまった。しばらくはそのまま黙って過ごしていたのだが、やはり隠し通せるものではなかった。彼女は街を追い出されてしまう。
追いかけようとしたのだが、まだ子供だった自分には難しい事だった。どうにか出来ないかと画策していたら、光の力が発現した。そしてそのまま光の宮へと強制的に送られたのだ。
特に強い力を持っていた自分は大神官として就任。慣れない宮の運営などに携わり、忙しい中いろいろ考えていたのにいつの間にかその全てを忘れてしまっていた。
(何故、今になって…)
あんなにも焦がれていた彼女のこと。いつかどうにかまた会うことは出来ないかと考えていた若かりし頃。何故全て忘れてしまっていたのか。
御子を宮に迎える。その考えだけに囚われるようになっていた。優秀な子を、光の力を持つ者を絶やしてはいけない。それだけを考える。
しかし、書面を見て大神官は唸る。
宮の妊娠する女性の少なさ、出生率の低さ、そしてその生まれた子が育つ割合の低さ。
宮で生まれる者よりも、明らかに外からやって来る光の者の数が多い。
何かがおかしい。
ほぼ毎夜子作りを課しているというのに、何故こんなにも宮で生まれる子供が少ないのか。そして、その行為を苦痛に感じている者達の多さ。口に出さずとも皆顔に出ている。男はほぼ薬に頼っている事からして、苦行に感じている者がほとんどだろう。
(ここまでして、この出生率の低さ。する意味があるのだろうか?)
もっと生まれる数が多ければ、その中でも光の力を持つ者が多ければ話しは違う。しかし生まれ落ちた者達はその殆どが光の力を持たない。または持っていたとしてもかなり程度が低く、やっと星の宮に置くことを許されるくらいだ。
これを見れば何の為にしているのか分からなくなってしまう。自分達がやっていることは何の意味があるのか…。
扉がノックされる。
「入れ」
「失礼します」
穴のことを調べさせに行っていた者が戻って来た。時間が掛かったのは太陽の宮から月の宮に依頼し、そこからさらに月の宮から星の宮へと伝えに行っていたからだろう。効率が悪すぎる。
思ったよりも多い書類の束を差し出して来た。
「ええと、穴に関する届けです。少しあやふやな部分がありましたので、とにかく関連すると思われた全てを持って来させました」
「分かった。ありがとう。下がっていい」
頭を下げて神官が出て行った。
大神官がその書類の束を読み始める。
読み進めるうちに、大神官はあのダーディンの言っていたことを理解した。
各地に見られる黒い穴。それは大きさはまちまちであるが、共通するのはそれが何を入れても飲み込んでしまい、徐々にではあるが大きくなって行っているというもの。飲み込まれた物は帰って来ず、消えてしまう。
そしてとある北の小さな村に出来たその穴。村を飲み込むほどに大きくなったその穴。危険だと言うことで村人は全員逃げ出した。国も動き、その周辺は封鎖された。ある時警備の者が確認しに行ってみると、不思議な事に穴は大きくなることを止められていた。とても美しい光の檻によって。
大神官は頭を抱える。これこそ光の者が総員で対処しなければならないことではないのか。もし御子が宮にいたままだったなら、このことに気付かず穴は大きくなり続けていたのではないか。
御子は宮にいるべき。
そう教えられてきた。それこそ人類の希望となるために。
何かがおかしい。
強い疑問が沸き起こる。だがしかし、そのことを相談できそうな者は、今の大神官の周りには誰もいなかった。
(何故こうなってしまったのか…)
光の者達は御子を宮に縛り付けることしか考えていない。つい昨日までは自分も同じことしか考えられなかった。あのダーディンが何かしたのか?
例え何かされていたとしても、それが悪い事だとは思えない。おかげで自分はぼんやりとしていた頭がとてもクリアになっている。
(闇は世界を混乱させる為にある、と聞いていたが…)
彼女がそんなことを考えていたとは思えない。確かにはぐれ闇と呼ばれる者達はあちこちで尋常ではない被害を出してはいる。しかし闇の宮が何かしたという話しは聞かない。
なんだかよく分からなくなって来てしまった。
(しかし、この穴については…)
光の檻が出来ていた、そしてダーディンの言っていた事からして、これは光の御子が何かしたと考えるのが打倒だろう。しかし光の御子でさえ、その穴の進行を止めただけでそれ以上は何もできなかった。
(ということなのだろうな…)
この世界で最も強い力を持つ者が、それだけしか出来なかった。これはとてつもない異常事態な気がする。
体の奥で、何かが告げる。彼女に会わなければならない。今その気になれば、彼女に連絡を付けることは可能だろう。しかし、もう何十年と会っていない彼女。自分の事はもう忘れてしまっているかもしれない。誰かと所帯を持って幸せに暮らしているかもしれない…。
気が重い。
彼女に会えるかもしれないということにどこか期待している自分がいる。しかしどんな顔をして会えば良いのか。
(いやいや、そんなことを言っている場合ではない)
今は緊急事態なのだ。よく分からないが、これはきっと闇の者の協力がいる。
大神官は立ち上がった。今ならばこっそり出掛けて帰ってくることも容易いだろう。
こっそり…。
ふと気付く。光の宮の衣しか持っていない…。
今まで気にしたことはなかったが、こっそり動くとなるとなんとも目立つ格好である。
しかも光の者が闇の宮へと風文を出すことを、誰かに気付かれてはいろいろ不味い事になる。
大神官は腕を組んで考える。これはどこかで服を調達しなければならないだろう。
ふと昔のことを思い出す。昔はそれなりに悪戯もしたものだ。
なんとなく楽しい気分になりながら、星の宮に通いでやってくる下働きの者達の服を、ちょっと無断で借りられないかと考えるのだった。
闇の宮へなんとか風文を送って翌日。返事はすぐにやって来た。
見慣れない宛先からの手紙に持って来た神官は首を傾げていたが、ある時懇意にしていた者だと誤魔化してさっさと手紙を受け取る。
『エンドリーのテイン』
と書かれた差出人。もちろんだが闇の宮からなどと書かれていたら大神官の元まで来ないのは確実。なので架空の人物をでっち上げてもらったのである。
エンドリーは昔2人が住んでいた街の名「スーレンドリー」を変えたもの。名前も然り。
宛先には大神官の本当の名前が書かれていることからして、大神官の見知った者として手紙が運ばれてきたのだろう。
早速封を開けて中を読む。そこには了承する文面と、早速だがこの手紙が届いた日に、指定された場所に指定された時間に来てくれと書いてあった。場所は光の宮からほど近い森の中。時間は深夜である。
闇の宮と光の宮はもちろんだが近い所にあるわけがない。だが、空間を司るという闇の力を使って来るのかもしれないと、大神官は手紙をそっと引き出しに仕舞い込んだ。
数十年振りに彼女に会える。
大神官の胸に期待と不安が入り交じった。
夜の勤めでやってきた女官を、昨日と同じように薬で眠らせてしまう。
もう想いももたない女性を抱くのは嫌だった。かといって「こんなことは意味が無いからやめよう」と宮の者達に進言しても、ある種洗脳状態のようになってしまっている者達が素直に言うことを聞くとは思えない。下手なことをすればこちらが薬で意識を封じられ、それこそ子作りの為だけの道具にされてしまう。
大神官だからこそ出来ることがある。少しずつでもいいから今の宮をなんとか変えていきたい。そう思っていた。
指定された場所までやってくる。少し早い時間だったかもしれない。
心臓がドクドクとうるさい。久しぶりにとても緊張している。
目印となっている三つ叉の木の下に立ち、大神官は大きく溜息を吐いた。
「何年振りかな。こんな感じも」
仕事に追われ、意識に靄が掛かり、光の宮の大神官という最高権力を手にしていた。緊張などとはほぼ無縁だった。
数十年振りに会う彼女。思い出の中の彼女はまだ少女の面影を残している。
分かるのだろうかという不安。彼女だと気づけるだろうか。年を取ったことに何かショックを受けてしまうのだろうか。
だが自分も年を取っている。彼女は自分のことを分かってくれるのだろうか…。
2人きりで会うのだから、お互いしかいないのだから、間違うわけはないのであるが…。
大神官はもう一度溜息を吐いた。
すると、目の前の空間に亀裂が入った。
縦に1本黒い線がスーッと走り、それをカーテンでも捲るかのように白い手が押し広げていく。
大神官の胸がうるさいほどに高鳴る。
人が通れるくらいの幅になったその黒い穴から、黒髪黒眼の女性が出て来た。
ドクン
大神官の心臓が大きな音を立てる。
彼女の面影を残した、会わなかった分年を取った彼女の顔。思い出の中の彼女よりも大人の女性の顔になった彼女が、目の前に降り立った。
「リーステイン…」
彼女の名前が、勝手に口から零れた。懐かしい、愛しい人。
彼女、リーステインも大神官の顔を見て、にっこりと妖艶な笑みを浮かべた。
「久しぶりね。アドバン」
「特に罠というわけでもなさそうだな」
離れた所から2人の様子を見守っていたルイスと数人の闇の宮の者達。もちろんだが気配を隠して隠れている。
あの手紙を受け取って中身を読んだ彼女、リーステインは、読みながらしばらく固まっていた。
珍しい彼女の反応にルイスが声を掛けると、慌てたようなリーステイン。不審に思ったルイスが手紙を取り上げて中を見ると、緊急の用で会いたいと簡潔に書かれてあった。
見慣れない差出人にルイスが問い詰めてみれば、なんと光の大神官だと言うではないか。
罠ではないかと訝しむ闇の宮の者達。しかしリーステインはどうしても会いたいと言い張った。気持ちは分からないでもない。
ほとんどの闇の宮の者達は、片割れとも呼ぶべき相手が光の宮にいる。光の宮から攫ってこようとした者だっている。出来るなら会いたい。共にいたい。
しかし光の宮の者達に邪魔され、それが叶ったことはない。光と闇が敵対していると思われているのは、光の宮の者を攫おうとしたのも原因かもしれない。
リーステインも本当はずっと会いたがっていた。幼い頃に別れ別れになってしまった恋人に。その想いを抱いて、彼女はずっと独身だ。
闇の者は同じように1人の人を想い続けている者が多いので、ほとんどが独身である。
それが今回、向こうから危険を犯して会いたいと言ってきた。何か裏があるのではないかと思ってしまうのも仕方がない。それも最高権力者の大神官だ。
何がなんでも会いに行くというリーステインに、ルイスは遠巻きに自分達が護衛に付くことで許した。
リーステインは今の所闇の者の中では一番上位になる。次位がはぐれ闇のオルトだ。今リーステインに何かがあると、もしかしたらはぐれ闇のオルトが闇の宮にやって来るかもしれない。そんな事があったら、この闇の宮にいる全員がオルトによって狂わされてしまうかもしれない。そんな事になったら大惨事だ。
リーステインを失うわけにはいかない。なので動ける者が総出でリーステインを守る為に少し遠くから護衛することになったのである。リーステイン自身がかなり強いのではあるが、相手が光となると何があるか分からない。
約束の場所にやって来たのはなんと大神官1人。他に誰も付けてはいなかった。
あの手紙は本当だったのかもしれない。
リーステインがやって来ても、大神官は特にリーステインに何をするでもなく、穏やかに話をしている。
いや、泣いている?
顔を合わせて二言三言話したかと思えば、大神官が滝のような涙を流し始めた。それをリーステインが側に寄って慰めているのが見えた。よく見ればリーステインの目にも涙が光っている。
ルイスは光の宮の方へ視線を向けた。あそこにはルイスの恋人だった彼女もいる。一度ルイスも彼女をどうにか攫うことは出来ないかと光の宮に強襲した事があった。しかしそれは叶わなかった。
今、リーステインがあの大神官と会っているのを見て、ルイスは羨ましいという気持ちが抑えきれない。
あの手紙が何故彼女からではないのか。あそこにいるのが何故自分では無いのか。
きっとこの場にいる闇の者達が、同じ事を思っているのだろう。
羨ましく思いながらも警戒は怠らない。
ルイス達はリーステイン達の話し合いが終わるのを、静かに見つめていた。
回復次第すぐに追っ手を出そうと言っていた上層部に、大神官は待ったを掛けた。
「このまま力尽くで御子を戻せるとは思えない。また何か手を考えてからにしよう」
と。
御子の意識が目覚めてしまえば、光の者達が抑える事は出来ない。今度は薬を盛るにもいちいち警戒されるだろうので同じような手は使えない。また何かいい手が浮かんだら追っ手を向かわせようという話しで終わった。しかしそんないい手が浮かぶものだろうか。
苦い顔をしながら寝所へ戻って行く神官達を見ながら、大神官は溜息を吐いた。そして「穴」について何か案件は来ていなかったかと、使いの者を走らせた。
星の宮で受け付けられる案件。余程の事がなければ太陽の宮まで来ることはない。これもまたおかしな事だ。光でなければ対処しようがないことを、何故あまり力を持たない星の宮の者達が受け付けているのか。
(ここにも歪みが見られる…)
大神官は何度目になるかの溜息を吐く。
あのダーディンに出会ってから、何故か大神官は頭に掛かっていた靄が晴れたような気がしていた。この宮に来たばかりの頃に浮かんでいた疑問が再び頭をもたげてくる。
何かがおかしい。
いつの間にか気にしなくなっていた疑問。しかしここに来てその疑問が強く湧き起こる。
「穴の進行を止めている」
ダーディンが言っていたあの言葉はなんのことなのか。何故こんなにも気になるのか。とにかく何か調べてみれば何かが分かるかもしれない。
大神官は自分の庶務机に座り、ペンを動かしながら考えていた。
そして、いつの間にか忘れてしまっていた懐かしい人の顔が浮かぶ。大神官も昔は只の男の子だった。どこにでもある在り来たりな街で、幼馴染みと街を駆け回っていた。自分より2つ年上の彼女は少し大人びた感じで、いつも自分を子供扱いしてくることにヤキモキしていたものだ。
大人になったら絶対に君と結婚する。と宣言した子供時代。彼女は嬉しそうに微笑んでいた。
しかし彼女は闇の力を発現させてしまった。しばらくはそのまま黙って過ごしていたのだが、やはり隠し通せるものではなかった。彼女は街を追い出されてしまう。
追いかけようとしたのだが、まだ子供だった自分には難しい事だった。どうにか出来ないかと画策していたら、光の力が発現した。そしてそのまま光の宮へと強制的に送られたのだ。
特に強い力を持っていた自分は大神官として就任。慣れない宮の運営などに携わり、忙しい中いろいろ考えていたのにいつの間にかその全てを忘れてしまっていた。
(何故、今になって…)
あんなにも焦がれていた彼女のこと。いつかどうにかまた会うことは出来ないかと考えていた若かりし頃。何故全て忘れてしまっていたのか。
御子を宮に迎える。その考えだけに囚われるようになっていた。優秀な子を、光の力を持つ者を絶やしてはいけない。それだけを考える。
しかし、書面を見て大神官は唸る。
宮の妊娠する女性の少なさ、出生率の低さ、そしてその生まれた子が育つ割合の低さ。
宮で生まれる者よりも、明らかに外からやって来る光の者の数が多い。
何かがおかしい。
ほぼ毎夜子作りを課しているというのに、何故こんなにも宮で生まれる子供が少ないのか。そして、その行為を苦痛に感じている者達の多さ。口に出さずとも皆顔に出ている。男はほぼ薬に頼っている事からして、苦行に感じている者がほとんどだろう。
(ここまでして、この出生率の低さ。する意味があるのだろうか?)
もっと生まれる数が多ければ、その中でも光の力を持つ者が多ければ話しは違う。しかし生まれ落ちた者達はその殆どが光の力を持たない。または持っていたとしてもかなり程度が低く、やっと星の宮に置くことを許されるくらいだ。
これを見れば何の為にしているのか分からなくなってしまう。自分達がやっていることは何の意味があるのか…。
扉がノックされる。
「入れ」
「失礼します」
穴のことを調べさせに行っていた者が戻って来た。時間が掛かったのは太陽の宮から月の宮に依頼し、そこからさらに月の宮から星の宮へと伝えに行っていたからだろう。効率が悪すぎる。
思ったよりも多い書類の束を差し出して来た。
「ええと、穴に関する届けです。少しあやふやな部分がありましたので、とにかく関連すると思われた全てを持って来させました」
「分かった。ありがとう。下がっていい」
頭を下げて神官が出て行った。
大神官がその書類の束を読み始める。
読み進めるうちに、大神官はあのダーディンの言っていたことを理解した。
各地に見られる黒い穴。それは大きさはまちまちであるが、共通するのはそれが何を入れても飲み込んでしまい、徐々にではあるが大きくなって行っているというもの。飲み込まれた物は帰って来ず、消えてしまう。
そしてとある北の小さな村に出来たその穴。村を飲み込むほどに大きくなったその穴。危険だと言うことで村人は全員逃げ出した。国も動き、その周辺は封鎖された。ある時警備の者が確認しに行ってみると、不思議な事に穴は大きくなることを止められていた。とても美しい光の檻によって。
大神官は頭を抱える。これこそ光の者が総員で対処しなければならないことではないのか。もし御子が宮にいたままだったなら、このことに気付かず穴は大きくなり続けていたのではないか。
御子は宮にいるべき。
そう教えられてきた。それこそ人類の希望となるために。
何かがおかしい。
強い疑問が沸き起こる。だがしかし、そのことを相談できそうな者は、今の大神官の周りには誰もいなかった。
(何故こうなってしまったのか…)
光の者達は御子を宮に縛り付けることしか考えていない。つい昨日までは自分も同じことしか考えられなかった。あのダーディンが何かしたのか?
例え何かされていたとしても、それが悪い事だとは思えない。おかげで自分はぼんやりとしていた頭がとてもクリアになっている。
(闇は世界を混乱させる為にある、と聞いていたが…)
彼女がそんなことを考えていたとは思えない。確かにはぐれ闇と呼ばれる者達はあちこちで尋常ではない被害を出してはいる。しかし闇の宮が何かしたという話しは聞かない。
なんだかよく分からなくなって来てしまった。
(しかし、この穴については…)
光の檻が出来ていた、そしてダーディンの言っていた事からして、これは光の御子が何かしたと考えるのが打倒だろう。しかし光の御子でさえ、その穴の進行を止めただけでそれ以上は何もできなかった。
(ということなのだろうな…)
この世界で最も強い力を持つ者が、それだけしか出来なかった。これはとてつもない異常事態な気がする。
体の奥で、何かが告げる。彼女に会わなければならない。今その気になれば、彼女に連絡を付けることは可能だろう。しかし、もう何十年と会っていない彼女。自分の事はもう忘れてしまっているかもしれない。誰かと所帯を持って幸せに暮らしているかもしれない…。
気が重い。
彼女に会えるかもしれないということにどこか期待している自分がいる。しかしどんな顔をして会えば良いのか。
(いやいや、そんなことを言っている場合ではない)
今は緊急事態なのだ。よく分からないが、これはきっと闇の者の協力がいる。
大神官は立ち上がった。今ならばこっそり出掛けて帰ってくることも容易いだろう。
こっそり…。
ふと気付く。光の宮の衣しか持っていない…。
今まで気にしたことはなかったが、こっそり動くとなるとなんとも目立つ格好である。
しかも光の者が闇の宮へと風文を出すことを、誰かに気付かれてはいろいろ不味い事になる。
大神官は腕を組んで考える。これはどこかで服を調達しなければならないだろう。
ふと昔のことを思い出す。昔はそれなりに悪戯もしたものだ。
なんとなく楽しい気分になりながら、星の宮に通いでやってくる下働きの者達の服を、ちょっと無断で借りられないかと考えるのだった。
闇の宮へなんとか風文を送って翌日。返事はすぐにやって来た。
見慣れない宛先からの手紙に持って来た神官は首を傾げていたが、ある時懇意にしていた者だと誤魔化してさっさと手紙を受け取る。
『エンドリーのテイン』
と書かれた差出人。もちろんだが闇の宮からなどと書かれていたら大神官の元まで来ないのは確実。なので架空の人物をでっち上げてもらったのである。
エンドリーは昔2人が住んでいた街の名「スーレンドリー」を変えたもの。名前も然り。
宛先には大神官の本当の名前が書かれていることからして、大神官の見知った者として手紙が運ばれてきたのだろう。
早速封を開けて中を読む。そこには了承する文面と、早速だがこの手紙が届いた日に、指定された場所に指定された時間に来てくれと書いてあった。場所は光の宮からほど近い森の中。時間は深夜である。
闇の宮と光の宮はもちろんだが近い所にあるわけがない。だが、空間を司るという闇の力を使って来るのかもしれないと、大神官は手紙をそっと引き出しに仕舞い込んだ。
数十年振りに彼女に会える。
大神官の胸に期待と不安が入り交じった。
夜の勤めでやってきた女官を、昨日と同じように薬で眠らせてしまう。
もう想いももたない女性を抱くのは嫌だった。かといって「こんなことは意味が無いからやめよう」と宮の者達に進言しても、ある種洗脳状態のようになってしまっている者達が素直に言うことを聞くとは思えない。下手なことをすればこちらが薬で意識を封じられ、それこそ子作りの為だけの道具にされてしまう。
大神官だからこそ出来ることがある。少しずつでもいいから今の宮をなんとか変えていきたい。そう思っていた。
指定された場所までやってくる。少し早い時間だったかもしれない。
心臓がドクドクとうるさい。久しぶりにとても緊張している。
目印となっている三つ叉の木の下に立ち、大神官は大きく溜息を吐いた。
「何年振りかな。こんな感じも」
仕事に追われ、意識に靄が掛かり、光の宮の大神官という最高権力を手にしていた。緊張などとはほぼ無縁だった。
数十年振りに会う彼女。思い出の中の彼女はまだ少女の面影を残している。
分かるのだろうかという不安。彼女だと気づけるだろうか。年を取ったことに何かショックを受けてしまうのだろうか。
だが自分も年を取っている。彼女は自分のことを分かってくれるのだろうか…。
2人きりで会うのだから、お互いしかいないのだから、間違うわけはないのであるが…。
大神官はもう一度溜息を吐いた。
すると、目の前の空間に亀裂が入った。
縦に1本黒い線がスーッと走り、それをカーテンでも捲るかのように白い手が押し広げていく。
大神官の胸がうるさいほどに高鳴る。
人が通れるくらいの幅になったその黒い穴から、黒髪黒眼の女性が出て来た。
ドクン
大神官の心臓が大きな音を立てる。
彼女の面影を残した、会わなかった分年を取った彼女の顔。思い出の中の彼女よりも大人の女性の顔になった彼女が、目の前に降り立った。
「リーステイン…」
彼女の名前が、勝手に口から零れた。懐かしい、愛しい人。
彼女、リーステインも大神官の顔を見て、にっこりと妖艶な笑みを浮かべた。
「久しぶりね。アドバン」
「特に罠というわけでもなさそうだな」
離れた所から2人の様子を見守っていたルイスと数人の闇の宮の者達。もちろんだが気配を隠して隠れている。
あの手紙を受け取って中身を読んだ彼女、リーステインは、読みながらしばらく固まっていた。
珍しい彼女の反応にルイスが声を掛けると、慌てたようなリーステイン。不審に思ったルイスが手紙を取り上げて中を見ると、緊急の用で会いたいと簡潔に書かれてあった。
見慣れない差出人にルイスが問い詰めてみれば、なんと光の大神官だと言うではないか。
罠ではないかと訝しむ闇の宮の者達。しかしリーステインはどうしても会いたいと言い張った。気持ちは分からないでもない。
ほとんどの闇の宮の者達は、片割れとも呼ぶべき相手が光の宮にいる。光の宮から攫ってこようとした者だっている。出来るなら会いたい。共にいたい。
しかし光の宮の者達に邪魔され、それが叶ったことはない。光と闇が敵対していると思われているのは、光の宮の者を攫おうとしたのも原因かもしれない。
リーステインも本当はずっと会いたがっていた。幼い頃に別れ別れになってしまった恋人に。その想いを抱いて、彼女はずっと独身だ。
闇の者は同じように1人の人を想い続けている者が多いので、ほとんどが独身である。
それが今回、向こうから危険を犯して会いたいと言ってきた。何か裏があるのではないかと思ってしまうのも仕方がない。それも最高権力者の大神官だ。
何がなんでも会いに行くというリーステインに、ルイスは遠巻きに自分達が護衛に付くことで許した。
リーステインは今の所闇の者の中では一番上位になる。次位がはぐれ闇のオルトだ。今リーステインに何かがあると、もしかしたらはぐれ闇のオルトが闇の宮にやって来るかもしれない。そんな事があったら、この闇の宮にいる全員がオルトによって狂わされてしまうかもしれない。そんな事になったら大惨事だ。
リーステインを失うわけにはいかない。なので動ける者が総出でリーステインを守る為に少し遠くから護衛することになったのである。リーステイン自身がかなり強いのではあるが、相手が光となると何があるか分からない。
約束の場所にやって来たのはなんと大神官1人。他に誰も付けてはいなかった。
あの手紙は本当だったのかもしれない。
リーステインがやって来ても、大神官は特にリーステインに何をするでもなく、穏やかに話をしている。
いや、泣いている?
顔を合わせて二言三言話したかと思えば、大神官が滝のような涙を流し始めた。それをリーステインが側に寄って慰めているのが見えた。よく見ればリーステインの目にも涙が光っている。
ルイスは光の宮の方へ視線を向けた。あそこにはルイスの恋人だった彼女もいる。一度ルイスも彼女をどうにか攫うことは出来ないかと光の宮に強襲した事があった。しかしそれは叶わなかった。
今、リーステインがあの大神官と会っているのを見て、ルイスは羨ましいという気持ちが抑えきれない。
あの手紙が何故彼女からではないのか。あそこにいるのが何故自分では無いのか。
きっとこの場にいる闇の者達が、同じ事を思っているのだろう。
羨ましく思いながらも警戒は怠らない。
ルイス達はリーステイン達の話し合いが終わるのを、静かに見つめていた。
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辺境から始まる、農業革命ファンタジー&国家創成譚が、ここに開幕する。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
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