キーナの魔法

小笠原慎二

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時の狭間の魔女編

緑の賢者と赤の賢者

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「緑の賢者?」

賢者と呼ばれている者達は、赤の賢者を除いてほとんど人前に姿を現わさないことで有名である。故に目の前で自称賢者を名乗る者が現われても信用することなど出来なかった。
サーガが剣の柄に手を掛けながら問いかける。

「名乗るだけなら誰でも出来るぜ。何が目的なんだ?」

いつの間にか、サーガにも気付かせることなく現われていた存在。サーガの背中に冷や汗が流れる。

「警戒されるのも当然かもしれませんけれど、今は急いでいるのではなくて?」

何やら木陰でコネコネしていたエレクトラが、木陰にある何かを見て満足そうに頷いた。

「私も地系のせいか、造形に関しては上手い方だと自負してますわ」
「わしと分かるかな?」
「ご本人そっくりに出来上がったと思います」

不意に男の声が聞こえた。サーガはいつでも剣を抜けるように力を込め、ダンも魔力を練る。
シアもテルディアスの前に構え、メリンダも油断なく相手を見つめた。
サーガは首を捻る。目の前の緑の賢者を名乗る女性の気配はちきんと感じるのだが、他に気配はない。何故男の声が聞こえるのか不思議だ。自分の力さえも及ばない者がいるのかと、手に力を込めた。

「ではどうぞ。皆様、ご紹介致します。赤の賢者と呼ばれているレオナルド・ラオシャス様です」

エレクトラが数歩下がると、木陰から人影が現われた。

「テルディアス久しぶりじゃな」
「え? レオちゃん?」

木陰から出て来た人物を見て、メリンダが間が抜けたような声を出した。サーガも目を見開く。

「あれ?」

メリンダの言葉を聞き、何か慌てたようなレオ。そして顎の辺りを触る。

「ちょっと待て! 大事な髭がないぞ!」
「あら? 髭なんてありましたっけ?」
「あるだろう!」

何か揉め始めた。
そのやりとりを聞き、なんとなく力が抜けたサーガ達。とりあえず害意はなさそうだと、構えを解いた。

「ばれるがな!」
「ばれとりますな」
「遊んでないか?!」

おかしなコントのような掛け合いが終わり、レオが諦めたような顔でサーガ達に向き直った。

「え~と、メリンダちゃんはわし…もう面倒くさいから俺のことは知っているね?」
「え、ええ…。遊び人のレオちゃん」
「そう。で、テルディアス。俺、つまりわしのことがわかるか?」
「まさか…先生?」
「そうだ。あ~…そのうちに話そうとは思っていたが、常に付けていた髭はな、付け髭なんじゃよ。おっと口調が混ざる」

顎をさすりさすり語り出す。

「まあそれは置いといて。今回は何か異様な気配を感じてな。ここからまあそう遠くない、とは言ってもすぐに駆けつけられるような場所にいるわけでもなかったので、彼女、緑の賢者のエレクトラに助勢を頼んだのだ」
「エラって呼んでくださいね」
「聞いてない。じゃなくて。この体は彼女が作り出した土人形で、まあいろいろとややこしい術を使って俺が遠方から操作している。だからつまり俺がここにいると考えてくれて良い」
「制御の大元は私なので、このように踊らせることも出来ますけれど」

と言うが早いか、レオがへんてこな踊りを踊り始めた。

「話が進まんからやめい!」
「ごめんなさい」

すぐに踊りをやめた。

「だから暇なら少しくらい遊びに出たらと…」
「面倒です」
「だからもっと人里近くに…。まあその話しは後にして。テルディアス、とにかくお前の身に起こったことを簡潔に説明してくれんか」

と言って、真剣な表情でテルディアスに向き合った。
その前に踊っていたへんてこな踊りのおかげか、テルディアスの体や表情から少し力が抜けていたのは良かったことなのかもしれない。











「なるほど…」

話しを聞き終え、レオが腕を組んだまま考え込んだ。
なんとなく言葉を発してはいけない気がして、皆黙っていた。
長い逡巡の後、レオがやっとこさ口を開く。

「わしならばその場所へ案内できると思っているならば、それは無理だ」

口調がまた混ざっている。
テルディアスが目を剥いた。

「何故…!」
「わしが魔女を送った場所はな、わしが知っていたとある術式で開いたものだからだ」

レオが魔女を送った時のことを話し始める。
聞き終えテルディアスも愕然となる。それはまさに闇の領域の方法。あの時魔女が、

「私のような闇ならともかく、光はどうかしら?」

というような事を言っていた意味が分かった。

「どうにか…、どうにか出来ないのか…」
「闇の宮に聞きに行けば良いんじゃね?」

テルディアスの呟きに、サーガが答える。

「闇の者であるならば、確かに空間を開くこともできるかもしれん」

レオが答える。

「ならば!」
「しかしな、無数にある空間から、たった1人を探し出すことは出来るのか?」

レオの問いに、テルディアスとサーガの顔が曇った。あの時ルイスも言っていた「手掛かりがなければその空間を探し当てるのは難しい」と。

「それとな、俺が聞いたところによると、わしが開いたものは闇の者達が開くものとは少し何かが違うらしい。何が違うのかまでは分からなかったが」

髭がないせいなのか、口調が混ざりまくるレオ。
どうやら闇の魔女について調べるうちに、闇の宮へ行ってそこの所も聞いていたようだ。

「故に俺ももう彼女がこの世界には戻ってこないだろうと少し安心してしまっていた」

レオの表情も沈んだ。油断していたとでも言うように。

「ならば…、キーナは…、もう…」

テルディアスの顔が絶望に染まっていく。

「いや。1人だけなのだが、もしかしたら何か良い方法を知っているかもしれないお方がいる」

レオの言葉に、テルディアスが顔を上げる。

「ウクルナ山脈に住む、時の狭間の魔女と呼ばれているお方だ。その方ならば、何か助ける方法を知っているかもしれない」

聞いた事のない名前に、テルディアスも目をしばたたかせ、サーガ達も首を傾げたのだった。















その時の狭間の魔女とやらは、ウクルナ山脈の中腹に住んでいる。
レオにそう聞いて早速出発の準備を整える一行。赤の賢者と緑の賢者は付いてこないらしい。赤の賢者は物理的に遠い所にいて、緑の賢者もいろいろ離れられない理由があるのだとか。

「そこには魔法で空から行っても決して見付けられないようにしてあるから、下から地道に登って行くしかない」

レオが言った。

「じゃあ俺がその近くまで運べば良いわけね」

とサーガがレオと地図を確認し合う。
詳しい場所を聞いて、サーガがレオに疑問に思っていたことを質問してみた。

「おたく、いつも髭付けてるわけ? なんで?」

その質問を聞いて、何故かレオが懐かしそうにふと笑った。

「何かおかしい事聞いたか?」
「いや。昔同じような事を同じ顔の奴に聞かれてな」
「同じ顔ってーと、俺の親父?」
「ああ。あいつもずけずけと聞いてくるような奴だったな」

少し呆れたようにレオが口にする。

「ちなみに聞くが、俺は何歳に見える?」
「ん~、若めに言って25くらい?」
「実は100を越えている」
「え…」

何故かテルディアス達も聞き耳を立てている。メリンダの顔が驚きで凄い顔になっている。

「え…、いや…、だって…」
「驚くだろうな。そして権力やら財力やらの力がある奴は大抵同じ事を聞いてくる」
「・・・。「どうやってその若さを」ってか?」
「そう。それが面倒くさくなってな。髭を付けていればある程度誤魔化しもきくだろう? 適当に皺も書いておけば尚更に」
「変装か」
「そう。変装なんだよ。いい加減同じ事を聞かれるのも疲れるものだ」
「で、その若さの秘訣は?」
「そこで聞いて来るのがあいつの息子だなーと思うよ」

レオが笑った。

「これは呪いだ。人が踏み入れてはいけない領域に足を踏み込んだ罪の証さ。いつまでも同じ様相でいるというのはかなり辛い物だぞ」

レオの瞳が悲しみを帯びていた。さすがのサーガもそれ以上突っ込んで聞く気にはなれなかった。
後ろで聞いていたメリンダもなんだか萎れているようだった。何故に。

「なんだか君の顔は懐かしすぎていかんな。どうだ、いろいろ片付いたら一度俺を、いやわしを訪ねて来ないか? ちょっと昔の話しなんかをしてみないか?」
「ふ~ん。まあ面白そうだから気が向いたら行ってみてもいいぞ」

少し照れたような様子で、サーガが返事を返す。
こやつら意気投合したら早速花街に繰り出しそうだな。と思ったテルディアスとメリンダだった。
















準備を整える。と言ってもほとんどサーガの準備を待つだけなのだが。
テルディアスももしかしたらキーナを助ける方法があるかもしれないと聞き、多少は元気になっている。まだ少し顔は暗いが。あれ、元々暗い顔してた気も…。
そして賢者達が見送る中、一行は教えられたウクルナ山脈の麓目指して出発した。
夜闇の中飛ぶのは危ないかもしれないが、北を示す星があるので方角はなんとかなる。時間を惜しむ一行(主にテルディアスだが)はすぐ出発することにしたのだ。
念の為サーガの魔力温存の為にテルディアスが結界を張り、サーガがそれを動かしている。

「あれ、なんか調子いいな」

これまでと違い、速度が段違いに上がっている。

「ああ、宝玉を持ってるからじゃない?」
「え? そういうもん?」
「ええ。宝玉が力を貸してくれてるんでしょうね。適正のある者は宝玉から力を借りられるのよ。そんなことも知らないのね、風の一族…」

メリンダが軽く頭を抱える。

「そうなのか…」
「そうなのか…」

サーガと何故かテルディアスも呟く。

「なんであんたまで」
「いや、これを…」

腰の袋に入っている物を軽く叩き、ちらりとシアを見た。
シアがぽっとなり、頬に手を当てる。

「私は大丈夫ですわ。それは婚約の証とでも思ってテルディアス様がお持ち頂ければよろしいですわ」
「やはり返そうか…」

テルディアスが真剣に悩み出した。
持ち逃げされたら困ると思い持っていたのだが、そもそも持ち逃げする理由がシアにはない。どちらかというと持たせていたら「宝玉を使いたければ結婚を!」と迫って来そうで怖い。
まだしばらく一応預かっておくことにした。婚約はしてないがな!
今までとは考えられない早さで、ウクルナ山脈の麓の辺りに着いた。

「すっげー。それほど疲れてもねーぜ」
「さすがは宝玉ね」

長い距離を飛んだというのにそれほどの疲れも見せないサーガに、メリンダも感心する。宝玉とはこれほどの力を持っていたのかと。
メリンダが本気を出すと大陸が火の海になってしまいそうで怖いので、今までに本気を出したことはありませぬ。あしからず。
あとは明るくならなければ道を探すことは出来ない。一行はそこで一晩過ごすこととなった。
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