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伯爵家クラリス編
アルキノコ
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「潰れちまったものはしょーがない」
サーガはうんうんと頷きながら、廃鉱山を後にする。後でギルマスが頭を抱えることになるかもしれないが、サーガの知ったこっちゃない。
帰りは乗合馬車に出会えなければ自力で歩いて帰るしかない。ちょっと面倒臭いなと思ったサーガは、人目のないことを確認しつつ、森の中を低速で飛んで行った。
「ん?」
途中で人の気配と、何か異質な気配を感じて地面に降り立った。
「ん…むぅ…んん!」
と何か呻くような声も聞こえてくる。
「こんな森の中で…ナニしてんだ?」
サーガが音を立てないようにし、こっそりと近づく。
木の陰から覗くと、赤髪の美人が仰向けになり、その上に手足の生えたキノコが乗っていた。キノコが手に持ったミニキノコを一生懸命美人の口に押し込もうとしている。
「うむ…んん!」
美人さんはそれを一生懸命押し込まれまいと押し返している。
「何してんだ?」
サーガは観察を続ける。
キノコがミニキノコを押し込む。
「んむ! うう!」
美人が押しのける。
キノコがそうは行くかとさらに押し込む。
「んんん!」
美人さんも負けじと押し返す。
押し込んで、押し返して、押し込んで、押し返して…。
ミニキノコが美人さんの口の中に入ったり出たり入ったり出たり…。
「ナニしてんだ?」
いや、助けろよ。
サーガの呟きが美人さんの耳に届いたのか、美人さんがサーガに気付いた。
「んん! んー!」
サーガに気付いたせいで少し力抜けたのか、盛大に口の中にミニキノコを押し込まれる。
「ふうん! んんー!」
渾身の力で押し返す美人さん。口の中からミニキノコが抜ける。
「たす…」
またミニキノコをツッコまれる。
「んんん!」
美人さんが頑張ってまたミニキノコを口から出す。
「け…」
またミニキノコをツッコまれる。
「うう!」
美人さんがまた頑張って口からミニキノコを引っこ抜く。
「たけ…」
またミニキノコをツッコまれる。
「タスケタケ…? キノコの名前か?」
「ふんんんー!」
美人さんの怒ったような呻き声が聞こえた。
サーガが姿を現わすと、慌てたようにキノコがカサから胞子を噴き出した。
「うわ! なんだ?!」
もちろん効くはずもなく。サーガが慌てず騒がず、キノコをカサと胴体?に綺麗に両断してやる。カサを失ったキノコは力尽きたように美人さんの上から落ちていった。
「はあ…はあ…す、すまな、い…た、すかった…」
どうやら痺れてでもいるらしく、微妙に舌が回っていない。
「大丈夫? 綺麗なお姉さん。そのキノコになんかされたん?」
度直球で綺麗と言われたことに顔を赤くする美人さん。
「う、うっかり…胞子を…浴びて…、し、痺れ、た…」
先程のあれだろう。
「あらら。じゃあ動けない?」
美人さんがこくりと頷く。
「ふうむ…」
サーガがジロジロと美人さんの体を眺め回す。
美人さんがここに来て違う危険を察知して青ざめた。今何かされてもまともに抵抗も出来ない。
「なるほどね」
サーガがニヤリと口元を歪ませる。
美人さんは更に青ざめた。
「高そうな鎧着てんな~。お姉さん金持ってる?」
予想外の言葉に目を点にしつつも、お姉さんは素直にこくりと頷いた。
「ふふん~。じゃあしばらく護衛したげよう。しばらく待てば痺れも取れるだろ? あ、それとも、運んでく?」
ワキワキと手を動かすサーガ。その動きに無気味なものを感じ取ったお姉さんは速攻で答える。
「待つ」
自力で動く事を選んだ。
結局美人さんが動けるようになったのは日が傾き始めた頃だった。森の中は既に暗くなり、下手に歩けば道を見失うことになってしまいそうだった。
動けるサーガが野営の準備を始める。
「すまない。手間をかけてしまった」
「いいっていいって」
金払いが良ければ万事OKである。
「私の名は…クリス。ただのクリスだ」
ただのクリスさんならば普通はただのなど付けない。
「俺はサーガ。冒険者やってる」
「君も冒険者なのかい? 私もなんだ。ランクは?」
顔を輝かせて尋ねてくるクリス。
「C」
「Cだって? 若そうに見えるけど、もしかして見えるだけ?」
「16ですが」
「ええ?! それでC?! 凄いね!」
クリスの目がキラッキラしている。
「どうやってなったんだい? やっぱり大変だったのかい? やっぱり鍛えているのかい?」
もの凄く食いついてくる。
「鍛えるのは当然だけど、Cになるのにそこまで苦労はしてねーな」
実際してない。なんだかあっという間にさせられたという感じである。
「ああ、やはり早めに上に上がる者は言うことが違うな。私などEランクでしかもこの有様だ」
先程のキノコとのやりとりを言っているのだろう。
「で、大事な事を聞きたいんだけど」
「なんだい?」
「このキノコって、食える?」
先程クリスの上に乗っていたキノコを掴み上げる。なんだかちょっとクリスの顔が引き攣った。
「た、食べられないことはないと思う…。薬の原材料にもなっているし…」
「よし。食べてみよう」
サーガがナイフで一口大に切り出した。そしてそれを鍋の中にボチャボチャと入れていく。
「ま、まさか…、アルキノコを食する日が来るとは…」
「アルキノコ? タスケタケじゃねーの?」
「なわけないだろう!」
クリスがツッコむ。
「そういえば君、毒消しポーションなどは持っていないのかい? それがあればもっと早く動けたんだが…」
「毒消しポーション? なにそれ?」
サーガはポーションも知らなかった。
クリスからポーションの説明を受け、
「なるほど。それは便利だな。街に戻ったら買いに行こう」
サーガが頷いた。
ついでにアルキノコの説明も受ける。アルキノコはポーションの原材料の1つであり、新鮮なまま収穫?しなければならないらしい。その捕り方というのが、捕まえて手足を切り落とすという方法だという。しかしアルキノコだって大人しく捕まってくれるわけではない。捕まえるとあの痺れる胞子を放出してくる。マスクなどをしてそれを上手く躱すのである。
しかし今回クリスが捕まえた時、キノコが暴れて口元を覆っていた布が外れてしまった。そこに胞子の雨。動けなくなったクリスにアルキノコが跨がり、口元にミニキノコを押し込んでいたわけである。
「そういや、なんでキノコを口にツッコんでたんだ?」
「そんなことも知らないのかい? アルキノコは痺れて倒れた獲物に自分の体から生やしたミニキノコをツッコむことにより仲間を増やすんだ。あのままミニキノコを食べさせられていたら、今頃私はキノコの苗床になっていたよ」
「女性にキノコが生えるのは好ましくないな…」
何処を見て言っている。
「あれ? となるとこれって…」
サーガが鍋を見る。
「食っても平気かな?」
「わ、私は、携帯食料がまだあるので…」
クリスが腰の収納袋から携帯食料を取り出した。
知らないキノコはやはりいろいろとまずいので、泣く泣くサーガはキノコ鍋を土へと還した。
「ちょっと美味そうだったのに…」
「キノコが生えてきても私は知らないぞ?」
「もう生えてるけど…」
「え? 大丈夫なのかい?」
ボケたつもりなのにそう真面目に返されるとなんだか照れくさいものだ。
本気で心配そうな顔のクリスに大丈夫だと言って落ち着かせる。
意味の分からない女の子はそのまま綺麗でいて下さい。
そしてそこで野営し、無事に朝を迎えた。
「もう2、3アルキノコを捕りたかったが、仕方ないか…」
出発の準備をしていたクリスがしょんぼり呟く。
「ん? 金払ってくれるなら手伝おうか?」
サーガがその呟きを拾って言葉をかける。
「え? いいのかい? しかし、自分の力で捕らなければ…」
「探すのだけ手伝えばいいんだろ? 捕るのは自分でやれば?」
「そ、それなら…」
広大な森の中、狙う獲物を見付けるのは容易な事ではない。普通ならば。
「ほれ、いたぜ」
サーガにかかればあっという間だった。
「あ、ああ…」
30分とかからずに、3体のアルキノコを収穫出来た。昨日半日歩き回ってやっと2体発見したのだが。
目標の数を捕らえたので、街に向かう。
「君は凄いな。獲物の場所が分かるのかい?」
「まあ。なんとなく」
風なので気配を読むのが得意なのだと説明するのも面倒くさくなり、適当に返す。
「だからその年でCランクになれるのだな。やはり上に上がる者は何か特別な力がいるのだろうか…」
「お姉さんやけに上に上がるのに拘るね。何かあるの?」
「聞いてくれるかい?!」
なんだか食いついてきた。
「実は私は『ルードラン冒険記』が大好きでね!」
クリスが活き活きと語り出した。
サーガはうんうんと頷きながら、廃鉱山を後にする。後でギルマスが頭を抱えることになるかもしれないが、サーガの知ったこっちゃない。
帰りは乗合馬車に出会えなければ自力で歩いて帰るしかない。ちょっと面倒臭いなと思ったサーガは、人目のないことを確認しつつ、森の中を低速で飛んで行った。
「ん?」
途中で人の気配と、何か異質な気配を感じて地面に降り立った。
「ん…むぅ…んん!」
と何か呻くような声も聞こえてくる。
「こんな森の中で…ナニしてんだ?」
サーガが音を立てないようにし、こっそりと近づく。
木の陰から覗くと、赤髪の美人が仰向けになり、その上に手足の生えたキノコが乗っていた。キノコが手に持ったミニキノコを一生懸命美人の口に押し込もうとしている。
「うむ…んん!」
美人さんはそれを一生懸命押し込まれまいと押し返している。
「何してんだ?」
サーガは観察を続ける。
キノコがミニキノコを押し込む。
「んむ! うう!」
美人が押しのける。
キノコがそうは行くかとさらに押し込む。
「んんん!」
美人さんも負けじと押し返す。
押し込んで、押し返して、押し込んで、押し返して…。
ミニキノコが美人さんの口の中に入ったり出たり入ったり出たり…。
「ナニしてんだ?」
いや、助けろよ。
サーガの呟きが美人さんの耳に届いたのか、美人さんがサーガに気付いた。
「んん! んー!」
サーガに気付いたせいで少し力抜けたのか、盛大に口の中にミニキノコを押し込まれる。
「ふうん! んんー!」
渾身の力で押し返す美人さん。口の中からミニキノコが抜ける。
「たす…」
またミニキノコをツッコまれる。
「んんん!」
美人さんが頑張ってまたミニキノコを口から出す。
「け…」
またミニキノコをツッコまれる。
「うう!」
美人さんがまた頑張って口からミニキノコを引っこ抜く。
「たけ…」
またミニキノコをツッコまれる。
「タスケタケ…? キノコの名前か?」
「ふんんんー!」
美人さんの怒ったような呻き声が聞こえた。
サーガが姿を現わすと、慌てたようにキノコがカサから胞子を噴き出した。
「うわ! なんだ?!」
もちろん効くはずもなく。サーガが慌てず騒がず、キノコをカサと胴体?に綺麗に両断してやる。カサを失ったキノコは力尽きたように美人さんの上から落ちていった。
「はあ…はあ…す、すまな、い…た、すかった…」
どうやら痺れてでもいるらしく、微妙に舌が回っていない。
「大丈夫? 綺麗なお姉さん。そのキノコになんかされたん?」
度直球で綺麗と言われたことに顔を赤くする美人さん。
「う、うっかり…胞子を…浴びて…、し、痺れ、た…」
先程のあれだろう。
「あらら。じゃあ動けない?」
美人さんがこくりと頷く。
「ふうむ…」
サーガがジロジロと美人さんの体を眺め回す。
美人さんがここに来て違う危険を察知して青ざめた。今何かされてもまともに抵抗も出来ない。
「なるほどね」
サーガがニヤリと口元を歪ませる。
美人さんは更に青ざめた。
「高そうな鎧着てんな~。お姉さん金持ってる?」
予想外の言葉に目を点にしつつも、お姉さんは素直にこくりと頷いた。
「ふふん~。じゃあしばらく護衛したげよう。しばらく待てば痺れも取れるだろ? あ、それとも、運んでく?」
ワキワキと手を動かすサーガ。その動きに無気味なものを感じ取ったお姉さんは速攻で答える。
「待つ」
自力で動く事を選んだ。
結局美人さんが動けるようになったのは日が傾き始めた頃だった。森の中は既に暗くなり、下手に歩けば道を見失うことになってしまいそうだった。
動けるサーガが野営の準備を始める。
「すまない。手間をかけてしまった」
「いいっていいって」
金払いが良ければ万事OKである。
「私の名は…クリス。ただのクリスだ」
ただのクリスさんならば普通はただのなど付けない。
「俺はサーガ。冒険者やってる」
「君も冒険者なのかい? 私もなんだ。ランクは?」
顔を輝かせて尋ねてくるクリス。
「C」
「Cだって? 若そうに見えるけど、もしかして見えるだけ?」
「16ですが」
「ええ?! それでC?! 凄いね!」
クリスの目がキラッキラしている。
「どうやってなったんだい? やっぱり大変だったのかい? やっぱり鍛えているのかい?」
もの凄く食いついてくる。
「鍛えるのは当然だけど、Cになるのにそこまで苦労はしてねーな」
実際してない。なんだかあっという間にさせられたという感じである。
「ああ、やはり早めに上に上がる者は言うことが違うな。私などEランクでしかもこの有様だ」
先程のキノコとのやりとりを言っているのだろう。
「で、大事な事を聞きたいんだけど」
「なんだい?」
「このキノコって、食える?」
先程クリスの上に乗っていたキノコを掴み上げる。なんだかちょっとクリスの顔が引き攣った。
「た、食べられないことはないと思う…。薬の原材料にもなっているし…」
「よし。食べてみよう」
サーガがナイフで一口大に切り出した。そしてそれを鍋の中にボチャボチャと入れていく。
「ま、まさか…、アルキノコを食する日が来るとは…」
「アルキノコ? タスケタケじゃねーの?」
「なわけないだろう!」
クリスがツッコむ。
「そういえば君、毒消しポーションなどは持っていないのかい? それがあればもっと早く動けたんだが…」
「毒消しポーション? なにそれ?」
サーガはポーションも知らなかった。
クリスからポーションの説明を受け、
「なるほど。それは便利だな。街に戻ったら買いに行こう」
サーガが頷いた。
ついでにアルキノコの説明も受ける。アルキノコはポーションの原材料の1つであり、新鮮なまま収穫?しなければならないらしい。その捕り方というのが、捕まえて手足を切り落とすという方法だという。しかしアルキノコだって大人しく捕まってくれるわけではない。捕まえるとあの痺れる胞子を放出してくる。マスクなどをしてそれを上手く躱すのである。
しかし今回クリスが捕まえた時、キノコが暴れて口元を覆っていた布が外れてしまった。そこに胞子の雨。動けなくなったクリスにアルキノコが跨がり、口元にミニキノコを押し込んでいたわけである。
「そういや、なんでキノコを口にツッコんでたんだ?」
「そんなことも知らないのかい? アルキノコは痺れて倒れた獲物に自分の体から生やしたミニキノコをツッコむことにより仲間を増やすんだ。あのままミニキノコを食べさせられていたら、今頃私はキノコの苗床になっていたよ」
「女性にキノコが生えるのは好ましくないな…」
何処を見て言っている。
「あれ? となるとこれって…」
サーガが鍋を見る。
「食っても平気かな?」
「わ、私は、携帯食料がまだあるので…」
クリスが腰の収納袋から携帯食料を取り出した。
知らないキノコはやはりいろいろとまずいので、泣く泣くサーガはキノコ鍋を土へと還した。
「ちょっと美味そうだったのに…」
「キノコが生えてきても私は知らないぞ?」
「もう生えてるけど…」
「え? 大丈夫なのかい?」
ボケたつもりなのにそう真面目に返されるとなんだか照れくさいものだ。
本気で心配そうな顔のクリスに大丈夫だと言って落ち着かせる。
意味の分からない女の子はそのまま綺麗でいて下さい。
そしてそこで野営し、無事に朝を迎えた。
「もう2、3アルキノコを捕りたかったが、仕方ないか…」
出発の準備をしていたクリスがしょんぼり呟く。
「ん? 金払ってくれるなら手伝おうか?」
サーガがその呟きを拾って言葉をかける。
「え? いいのかい? しかし、自分の力で捕らなければ…」
「探すのだけ手伝えばいいんだろ? 捕るのは自分でやれば?」
「そ、それなら…」
広大な森の中、狙う獲物を見付けるのは容易な事ではない。普通ならば。
「ほれ、いたぜ」
サーガにかかればあっという間だった。
「あ、ああ…」
30分とかからずに、3体のアルキノコを収穫出来た。昨日半日歩き回ってやっと2体発見したのだが。
目標の数を捕らえたので、街に向かう。
「君は凄いな。獲物の場所が分かるのかい?」
「まあ。なんとなく」
風なので気配を読むのが得意なのだと説明するのも面倒くさくなり、適当に返す。
「だからその年でCランクになれるのだな。やはり上に上がる者は何か特別な力がいるのだろうか…」
「お姉さんやけに上に上がるのに拘るね。何かあるの?」
「聞いてくれるかい?!」
なんだか食いついてきた。
「実は私は『ルードラン冒険記』が大好きでね!」
クリスが活き活きと語り出した。
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