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伯爵家クラリス編
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「おっさ~ん、来たぜ~」
レミが村へ帰る頃、サーガはベイルデンの武器屋を訪れていた。
「おう、なんだ小僧。また剣が折れたか?」
「そんなしょっちゅう折ったりしねーよ」
1億もの大金を出した剣をそんな粗末に扱いません。
「ほれ、ミスリルが欲しいとかブツブツ言ってたろーが」
街に帰って来て早々レミの事に掛かりきりになり、すっかり忘れていたのは黙っておく。
「まあそうだがな」
髭もじゃ親父が髭を撫でる。
「しかしなあ、通達が来たんだが、あのダンジョンこの前の地震で崩れてしまったらしいぞ」
「・・・・・・」
崩れて地震が起きたのだけれど、地震で崩れたことにしたらしい。ちなみにサーガは空を飛んでいたので地震があったことは知らない。後で聞いて知った所だ。
「あそこはミスリルなんかも採れていたんだがなぁ。惜しいことをしたもんだよ。お前さんも時期が悪かったな」
諦めたような笑顔の親父さん。サーガは袋の中身を出していいのか迷った。しかし収納袋とて限界はある。必要の無いものは早々に片付けてしまいたい。
「ええと、その、地震が起こる前に上手く中に潜れて、多少だけど、そんな感じの鉱石を採ってきたんだけど…」
視線が斜め上だけど。
「ほう? よく巻き込まれなかったな」
巻き込まれたよ。絶賛崩落のただ中にいましたよ。
「ま、まあ、運が良かったかな?」
誤魔化し誤魔化し、袋を取り出す。
「で、買い取って欲しいんだけど」
ガラガラガラガラ
カウンターに鉱石の山が出来た。
親父が口をあんぐりさせる。
「お、お前さん、これだけの量を、一人で?」
「ああ。この剣役に立ったぜ~」
ツルハシは早々に投げ捨てて、剣で壁を割ったと白状。親父が遠い目をする。
「そんな堀り方聞いた事もないがな…」
そうだろうね。
「ついでにこの赤い石も買い取らん?」
その横に赤い石をガラガラガラガラ。
親父が再び口をあんぐりさせる。
「こ、こりゃ魔石じゃねーか。なんだこの量…」
魔物を倒しつつその度に拾っていたので、かなりの量になっている。
「よく分からんけどなんかの石だろ? 使わない?」
「これは…わしも使わないわけではないが…、この量だとギルドで買い取ってもらった方がいいな」
親父が手に取り、魔石を眺める。
「あそ。じゃそうしよう」
そう言ってひょいひょいと収納袋に仕舞っていく。
「ま、待て! 少しは買い取る!」
慌てて親父が自分の分を確保し始めた。
親父が鉱石を鑑定し、ほとんどの物がミスリルだったとホクホク顔でサーガに言った。
「これで仕事が捗るわ!」
「ほう。それは良かった。んで? 交換の物は?」
「これでどうだ?」
親父がデン! とカウンターに袋を置いた。なんだかどこかで見たことがあるような…。
「1億エニーだ! 文句はあるめい!」
「まあ…ない、けど…」
袋を覗き込むと、金貨に混じってあの指輪が転がっていた。
お金とは巡る物である。
「サーガさん!」
次の日にギルドに久しぶりに顔を出すと、サララが引き攣った笑顔でサーガを迎えた。
「こんちは~サララさん」
「では、ギルマスの部屋へ行きましょう」
またがっしりと腕を掴まれ、連行されていった。
「なじぇ?」
「伯爵家からサーガ君を寄越すようにと催促されてるんだよ…」
げんなりとヤンがサーガに伝える。
「君、今度は何をしたんだい…」
いつものようにゴルドも待機しているが、その顔はすでに諦めたのか悟ったような能面顔。
「え…。まあちょっとお手伝いを…。さすがにお貴族様案件だし、ギルドに相談するのも憚られて…」
話の内容からしてあまり対外的に話して良い物でも無い。伯爵家の不手際で国の重要地点とも言える薬草畑が窮地に陥ってしまったのだ。そんなこと触れ回るわけにも行かない。
「詳しくは聞かないでおくよ。まったく、君はなんでランクを上げて欲しいのに下手な時に依頼は受けて必要な時に依頼を受けてくれないんだよ! こちとら身動き出来ないじゃないか!」
とっととランクを上げてしまいたいのに何故かギルドの仕事を後回しにしているサーガ。ヤンが怒るのも無理はない。
「わ、わーったよ。今日は仕事しに来たから…」
「その前に伯爵家に!」
「はい…」
行かないつもりだったけど、そうもいかなさそうだった。
訪問を告げるとすぐに中に通された。
「やあ、サーガ君。連絡が取れずにどうしようかと思っていたよ」
クラリスがしばらくするとやって来た。
「仕事は終わったっしょ? 何か用?」
仕事が終わったならば関わる気はない。しかもお貴族様となれば余計に。
「せめて、レミ嬢の見送りくらい来たら良かっただろうに」
「もう別れは済ませてあったし。あとは文句言われるくらいだろう?」
なにせ勝手に作戦に引き込んであちらに売ったと思わせたのだ。いい印象は抱かれていないだろう。好き好んで罵詈雑言を聞きにくる物好きは…広い世の中そういう人がいないではないがサーガにそういう趣味はない。
クラリスは諦めたように溜息を吐く。
「実は、何もかも喋ってしまったよ…」
「えー。クリス口軽くね?」
「その名前…はもう捨てたよ…」
恥ずかしそうにするクラリス。
「レミ嬢から伝言だ。「ありがとう馬鹿」だとさ」
「礼を言われてるのかけなされてるのか分からん言葉だな」
サーガが唸る。
「私は、レミ嬢の気持ちも分からないでもないけれど…」
言われた当初は目をパチクリさせたものの、その言葉の奥に秘められた気持ちがなんとなく分かったクラリスだった。
「さて。君には感謝してもしきれない所なんだけれど、今回のことで父上が君の働きをいたく気に入ったようでね。是非とも我が家で専属で雇わないかと話しが出たんだが―」
「お断りします」
速攻でサーガが断わった。
クラリスが再びお目々をパチクリさせる。
「いい話だと思ったんだけれど…。君も安定した生活というものを送りたいのではないかと…」
「俺は一所に縛られるのは苦手でね。そういうのは遠慮させてもらってる」
「そ、そうなのかい…」
「話しはそれだけ?」
「え、まあ…」
報酬の事はすでに手配も終わってサーガに渡し終わっているし、レミの言葉も伝えてしまったから本当に用はない。
「じゃ、俺はこれで」
「あ、サーガ君…」
引き留める間もなくサーガが足早に部屋を出て行ってしまった。
「本当に、分からない男だな…」
クラリスはポカンとその姿を見送ったのだった。
扉をノックすると、
「入れ」
中から声がし、クラリスは中へと入っていった。
書斎では父が書類に埋もれて必死に机に齧り付いている。
今回のことで後始末もまだまだいろいろ残っており、伯爵は忙しくしている。
「父上」
「おお、クラリス。サーガ君はどうだった?」
顔を上げ、にこりと笑顔を向ける。
「無碍もなく断わられました」
クラリスが肩を竦める。
「なんと…」
伯爵家からの直接の通達だ。普通の者ならば両手を挙げて喜ぶ所だと思うのだが。
「ふむ。よく分からない男だね」
伯爵が手を止め、椅子に寄りかかる。
「まったくです」
クラリスも同意する。
すると伯爵がなんとなくそわそわとしながら、
「ところで、クラリス。君もそういうお年頃であるし、その、まあ、優秀な者であれば、その市井の者との、そのなんだを、考えてもみてもいいけれど…」
鈍いクラリスは父が何を言っているのか分からない。
「なんのお話でしょう?」
「いや、まあ、彼はその、優秀な技能を持っているし、その、そのうちに何か功績を立ててもらえば、男爵くらいにはなれてもおかしくはないと私は思っていてだね。あんな使える人間がまあ、私の部下になってくれると、いろいろ動きやすくなりそうだし…。まあ、クラリスの気持ち次第なのであるけれど…」
鈍いクラリスもやっと何を言いたいのか察してきて、顔を赤くする。
「ち、父上?! わ、私は、サーガ君にそんな邪な気持ちは抱いておりません!」
「そ、そうなのかい? それならいいんだ」
クラリスの怒ったような口調に慌てる伯爵。
「それならいいんだ。うん。私はただ娘の幸せを祈っているだけだからね。もし気になる相手がいたら、相談するんだよ?」
「私はこれから騎士として鍛錬を積むのです! そんな感情はいりません!」
ピシリと言い切るクラリスに、ちょっと涙目になる伯爵。
「しかし、一応婚期というものは考えておいてだよ?」
「…っ! 分かっております! 失礼します!」
くるりと背を向け、クラリスが足音高く部屋を出て行った。
伯爵は娘の将来を思って溜息を吐いた。
19歳だと、貴族ではすでに婚約者がいないとおかしい年齢ではある。しかし幼い頃から冒険者になると宣言していた令嬢にいい話が来るわけもなく…。やっと騎士になると言ってはくれたものの、すでに良い物件はだいたい売り切れている。
そして武闘派伯爵家では自分より弱い男に嫁ぐなど! という風潮があり…。
「ああ神よ…。どうかクラリスが幸せになれますように…」
独身のままの者がいないわけではないけれど、やはり外聞が良くない。結婚が全てとは言わないが、やはり親としては心配してしまうのであった。
「全く! 父上と来たら!」
カッカしながら廊下を歩くと、メイド達が少し怯えたように廊下の端に下がる。自分の部屋に着いて少しは冷静になったクラリスが、己の行動を省みて反省する。
「いかん。感情的になってしまったな…」
戦士たる者いつも冷静に。ルードラン冒険記にも書いてあったではないか。
しかし冷静になってみると、自分の置かれた状況も分かってくる。この年で婚約者もその候補もいない。
「いや、私は騎士に人生を捧げるのだ。伴侶など…」
何故かサーガの顔が浮かんでくる。
「いやいや、彼はそんなわけでは…」
そんな風に見たことはない。仕事も出来るし有言実行で行動も素早い。金に関してうるさい所はあれど、決して不人情というわけでもない。
そして、これはクラリスも手合わせした事がないのでどれくらいとは言えないが、強い。
クラリスも父や兄にはまだまだ敵わないが、そんじょそこらの男に負ける気はしない。しかし、サーガと向かい合ったら、まず勝てる気がしない。もしかしたら父や兄もサーガには敵わないのではないかと思う。
強い。というのはサクセス家にとっては非情に重要なポイントであり…。
「い、いやいや! わ、私はそんな…」
クラリスはしばらく、己の内に芽生え始めていた気持ちに気づき、葛藤するのであった。
レミが村へ帰る頃、サーガはベイルデンの武器屋を訪れていた。
「おう、なんだ小僧。また剣が折れたか?」
「そんなしょっちゅう折ったりしねーよ」
1億もの大金を出した剣をそんな粗末に扱いません。
「ほれ、ミスリルが欲しいとかブツブツ言ってたろーが」
街に帰って来て早々レミの事に掛かりきりになり、すっかり忘れていたのは黙っておく。
「まあそうだがな」
髭もじゃ親父が髭を撫でる。
「しかしなあ、通達が来たんだが、あのダンジョンこの前の地震で崩れてしまったらしいぞ」
「・・・・・・」
崩れて地震が起きたのだけれど、地震で崩れたことにしたらしい。ちなみにサーガは空を飛んでいたので地震があったことは知らない。後で聞いて知った所だ。
「あそこはミスリルなんかも採れていたんだがなぁ。惜しいことをしたもんだよ。お前さんも時期が悪かったな」
諦めたような笑顔の親父さん。サーガは袋の中身を出していいのか迷った。しかし収納袋とて限界はある。必要の無いものは早々に片付けてしまいたい。
「ええと、その、地震が起こる前に上手く中に潜れて、多少だけど、そんな感じの鉱石を採ってきたんだけど…」
視線が斜め上だけど。
「ほう? よく巻き込まれなかったな」
巻き込まれたよ。絶賛崩落のただ中にいましたよ。
「ま、まあ、運が良かったかな?」
誤魔化し誤魔化し、袋を取り出す。
「で、買い取って欲しいんだけど」
ガラガラガラガラ
カウンターに鉱石の山が出来た。
親父が口をあんぐりさせる。
「お、お前さん、これだけの量を、一人で?」
「ああ。この剣役に立ったぜ~」
ツルハシは早々に投げ捨てて、剣で壁を割ったと白状。親父が遠い目をする。
「そんな堀り方聞いた事もないがな…」
そうだろうね。
「ついでにこの赤い石も買い取らん?」
その横に赤い石をガラガラガラガラ。
親父が再び口をあんぐりさせる。
「こ、こりゃ魔石じゃねーか。なんだこの量…」
魔物を倒しつつその度に拾っていたので、かなりの量になっている。
「よく分からんけどなんかの石だろ? 使わない?」
「これは…わしも使わないわけではないが…、この量だとギルドで買い取ってもらった方がいいな」
親父が手に取り、魔石を眺める。
「あそ。じゃそうしよう」
そう言ってひょいひょいと収納袋に仕舞っていく。
「ま、待て! 少しは買い取る!」
慌てて親父が自分の分を確保し始めた。
親父が鉱石を鑑定し、ほとんどの物がミスリルだったとホクホク顔でサーガに言った。
「これで仕事が捗るわ!」
「ほう。それは良かった。んで? 交換の物は?」
「これでどうだ?」
親父がデン! とカウンターに袋を置いた。なんだかどこかで見たことがあるような…。
「1億エニーだ! 文句はあるめい!」
「まあ…ない、けど…」
袋を覗き込むと、金貨に混じってあの指輪が転がっていた。
お金とは巡る物である。
「サーガさん!」
次の日にギルドに久しぶりに顔を出すと、サララが引き攣った笑顔でサーガを迎えた。
「こんちは~サララさん」
「では、ギルマスの部屋へ行きましょう」
またがっしりと腕を掴まれ、連行されていった。
「なじぇ?」
「伯爵家からサーガ君を寄越すようにと催促されてるんだよ…」
げんなりとヤンがサーガに伝える。
「君、今度は何をしたんだい…」
いつものようにゴルドも待機しているが、その顔はすでに諦めたのか悟ったような能面顔。
「え…。まあちょっとお手伝いを…。さすがにお貴族様案件だし、ギルドに相談するのも憚られて…」
話の内容からしてあまり対外的に話して良い物でも無い。伯爵家の不手際で国の重要地点とも言える薬草畑が窮地に陥ってしまったのだ。そんなこと触れ回るわけにも行かない。
「詳しくは聞かないでおくよ。まったく、君はなんでランクを上げて欲しいのに下手な時に依頼は受けて必要な時に依頼を受けてくれないんだよ! こちとら身動き出来ないじゃないか!」
とっととランクを上げてしまいたいのに何故かギルドの仕事を後回しにしているサーガ。ヤンが怒るのも無理はない。
「わ、わーったよ。今日は仕事しに来たから…」
「その前に伯爵家に!」
「はい…」
行かないつもりだったけど、そうもいかなさそうだった。
訪問を告げるとすぐに中に通された。
「やあ、サーガ君。連絡が取れずにどうしようかと思っていたよ」
クラリスがしばらくするとやって来た。
「仕事は終わったっしょ? 何か用?」
仕事が終わったならば関わる気はない。しかもお貴族様となれば余計に。
「せめて、レミ嬢の見送りくらい来たら良かっただろうに」
「もう別れは済ませてあったし。あとは文句言われるくらいだろう?」
なにせ勝手に作戦に引き込んであちらに売ったと思わせたのだ。いい印象は抱かれていないだろう。好き好んで罵詈雑言を聞きにくる物好きは…広い世の中そういう人がいないではないがサーガにそういう趣味はない。
クラリスは諦めたように溜息を吐く。
「実は、何もかも喋ってしまったよ…」
「えー。クリス口軽くね?」
「その名前…はもう捨てたよ…」
恥ずかしそうにするクラリス。
「レミ嬢から伝言だ。「ありがとう馬鹿」だとさ」
「礼を言われてるのかけなされてるのか分からん言葉だな」
サーガが唸る。
「私は、レミ嬢の気持ちも分からないでもないけれど…」
言われた当初は目をパチクリさせたものの、その言葉の奥に秘められた気持ちがなんとなく分かったクラリスだった。
「さて。君には感謝してもしきれない所なんだけれど、今回のことで父上が君の働きをいたく気に入ったようでね。是非とも我が家で専属で雇わないかと話しが出たんだが―」
「お断りします」
速攻でサーガが断わった。
クラリスが再びお目々をパチクリさせる。
「いい話だと思ったんだけれど…。君も安定した生活というものを送りたいのではないかと…」
「俺は一所に縛られるのは苦手でね。そういうのは遠慮させてもらってる」
「そ、そうなのかい…」
「話しはそれだけ?」
「え、まあ…」
報酬の事はすでに手配も終わってサーガに渡し終わっているし、レミの言葉も伝えてしまったから本当に用はない。
「じゃ、俺はこれで」
「あ、サーガ君…」
引き留める間もなくサーガが足早に部屋を出て行ってしまった。
「本当に、分からない男だな…」
クラリスはポカンとその姿を見送ったのだった。
扉をノックすると、
「入れ」
中から声がし、クラリスは中へと入っていった。
書斎では父が書類に埋もれて必死に机に齧り付いている。
今回のことで後始末もまだまだいろいろ残っており、伯爵は忙しくしている。
「父上」
「おお、クラリス。サーガ君はどうだった?」
顔を上げ、にこりと笑顔を向ける。
「無碍もなく断わられました」
クラリスが肩を竦める。
「なんと…」
伯爵家からの直接の通達だ。普通の者ならば両手を挙げて喜ぶ所だと思うのだが。
「ふむ。よく分からない男だね」
伯爵が手を止め、椅子に寄りかかる。
「まったくです」
クラリスも同意する。
すると伯爵がなんとなくそわそわとしながら、
「ところで、クラリス。君もそういうお年頃であるし、その、まあ、優秀な者であれば、その市井の者との、そのなんだを、考えてもみてもいいけれど…」
鈍いクラリスは父が何を言っているのか分からない。
「なんのお話でしょう?」
「いや、まあ、彼はその、優秀な技能を持っているし、その、そのうちに何か功績を立ててもらえば、男爵くらいにはなれてもおかしくはないと私は思っていてだね。あんな使える人間がまあ、私の部下になってくれると、いろいろ動きやすくなりそうだし…。まあ、クラリスの気持ち次第なのであるけれど…」
鈍いクラリスもやっと何を言いたいのか察してきて、顔を赤くする。
「ち、父上?! わ、私は、サーガ君にそんな邪な気持ちは抱いておりません!」
「そ、そうなのかい? それならいいんだ」
クラリスの怒ったような口調に慌てる伯爵。
「それならいいんだ。うん。私はただ娘の幸せを祈っているだけだからね。もし気になる相手がいたら、相談するんだよ?」
「私はこれから騎士として鍛錬を積むのです! そんな感情はいりません!」
ピシリと言い切るクラリスに、ちょっと涙目になる伯爵。
「しかし、一応婚期というものは考えておいてだよ?」
「…っ! 分かっております! 失礼します!」
くるりと背を向け、クラリスが足音高く部屋を出て行った。
伯爵は娘の将来を思って溜息を吐いた。
19歳だと、貴族ではすでに婚約者がいないとおかしい年齢ではある。しかし幼い頃から冒険者になると宣言していた令嬢にいい話が来るわけもなく…。やっと騎士になると言ってはくれたものの、すでに良い物件はだいたい売り切れている。
そして武闘派伯爵家では自分より弱い男に嫁ぐなど! という風潮があり…。
「ああ神よ…。どうかクラリスが幸せになれますように…」
独身のままの者がいないわけではないけれど、やはり外聞が良くない。結婚が全てとは言わないが、やはり親としては心配してしまうのであった。
「全く! 父上と来たら!」
カッカしながら廊下を歩くと、メイド達が少し怯えたように廊下の端に下がる。自分の部屋に着いて少しは冷静になったクラリスが、己の行動を省みて反省する。
「いかん。感情的になってしまったな…」
戦士たる者いつも冷静に。ルードラン冒険記にも書いてあったではないか。
しかし冷静になってみると、自分の置かれた状況も分かってくる。この年で婚約者もその候補もいない。
「いや、私は騎士に人生を捧げるのだ。伴侶など…」
何故かサーガの顔が浮かんでくる。
「いやいや、彼はそんなわけでは…」
そんな風に見たことはない。仕事も出来るし有言実行で行動も素早い。金に関してうるさい所はあれど、決して不人情というわけでもない。
そして、これはクラリスも手合わせした事がないのでどれくらいとは言えないが、強い。
クラリスも父や兄にはまだまだ敵わないが、そんじょそこらの男に負ける気はしない。しかし、サーガと向かい合ったら、まず勝てる気がしない。もしかしたら父や兄もサーガには敵わないのではないかと思う。
強い。というのはサクセス家にとっては非情に重要なポイントであり…。
「い、いやいや! わ、私はそんな…」
クラリスはしばらく、己の内に芽生え始めていた気持ちに気づき、葛藤するのであった。
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