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21 窮地
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正月も終わり、仕事が始まる。
地獄のように感じた正月もやっと終わると、ほっと息を吐いた。
「お母さん。私、明日から仕事だから、学園に戻るわね」
「何を言ってるの。またあの高校生に色目使うんでしょ。気持ち悪い。美知は辞めますって学園に電話しておいたわよ」
「辞めますって、これから、お金はどうするの? お給料をもらえなくなったら、生活できないのよ?」
声が震えた。
もう戻らせないつもりだとわかった。
自分の目の届く範囲に置いて、好きなように私を使うつもりなのだ。
「お金のことは心配しなくて、大丈夫よ」
母の機嫌がいい。
その機嫌の良さが怖かった。
不安が胸に広がり、今、ここで逃げなければ、二度と泉地に会えなくなるような気がした。
「お願い、学園に戻らせて。一日でいいから!」
狼谷家の人達に泉地は反対されて、私達が別れることになるのはわかっている。
でも、その別れの言葉すら、私は言わせてもらえない。
「美知。やめてよ。本気で好きだったの?」
「そうよ」
母は驚いていた。
私が肯定するとは思っていなかったようだった。
「美知を育てるのは大変だったのよ? お母さんのためになにかしようとは思わないの?」
「どういう意味?」
今まで私は母に尽くしてきた。
物心ついた時から、機嫌を損ねないように気を付けていたし、働きだしてからはお金も送っていた。
「美知は最低ね。自分のことばかり優先させて。私のことをなにも考えてくれないんだから」
呆然としていると、母はスマホを取り出して、誰かに連絡をしている。
「そう。私。今すぐ来て。もちろん、お金も持ってきてよ」
「誰に電話しているの?」
「ふふっ。知りたい?」
母は赤い唇をあげて、楽しげに笑う。
私を苦しめる時、昔からあんな顔をして笑うのだ。
「わ、私、ちょっと買い物に行ってくる」
コートとバッグを手にして、外に出ようとした私の腕を母が掴む。
「だめよ。今から大事なお客様が来るんだから」
「そのお客様って、ろくでもない人なんでしょう!?」
「失礼ねぇ。たくさんお金をくれるんだから、ろくでもない人じゃないわよ」
ぞくりと背筋が寒くなった。
母がなにをしようとしているのか、私にはわかった。
体が奮えた。
「私を売ったの?」
「適合者って高く売れるのよ。学園に入れなかった獣人で、後からお金持ちになったような獣人とかね? ちょっと年配の方が多いらしいけど」
「それが母親のすることなの!?」
「私は悪くないわよ。美知が悪いの。だって、お母さんのことを一番に考えてくれないんだもん」
「適合者を売るのは重罪なのよ? わかってるの?」
それも、実の親が適合者を保護しなかった場合、より罪が重くなる。
「やあねえ、ばれなきゃいいのよ」
ここまで、愚かな人だったとは。
冗談ではない。
逃げないと本当に泉地に会えなくなってしまう。
このまま、売られるわけにはいかない。
母の手を振り払い、玄関に走った。
「美知。待ちなさい!」
母の声を無視して、玄関のドアを開けた。
そこにはすでに人がやってきていて、大きな体でドアの前に立ち塞がっていた。
「どうも」
「娘さんか。可愛いね」
「ブスって言ってたのに」
お金が入っていると思われるスーツケースを手にした男が三人。
サングラスをかけ、スーツを着ていて、パッと見はビジネスマンのように見える。
「えー、ブスでしょー? 父親に似ていて、全然可愛くないんだから」
母は笑っていた。
どうして娘を売って、笑っていられるの?この人は。
「その人達は獣人なのよ。裏ルートで適合者をお金持ちの獣人に売り飛ばすお仕事をしてるの」
「獣人……」
獣人は人よりも運動能力に優れている。
私が逃げ出そうとしたところで、すぐに捕まってしまうだろう。
「契約書にサインをいただけますか」
「えー。この金額、安すぎるわよ。オークションにかけて値段をつり上げるんでしょ?」
母が金額に納得いかなかったようで、交渉を始めた。
その間に逃げようと、そっと入り口に近づこうとした瞬間。
「おい! 逃げられるなよ!」
「捕まえて縛っておけ!」
狭いアパートの中を追いかけられ、気が付くと部屋のすみに追いやられてしまった。
「お嬢ちゃんみたいな逃げる獲物を追い詰めるのは得意なんだよ」
獣人達はじりじりと距離を詰めて、私に手を伸ばした。
捕まる―――!
目をきつく閉じて、緊張で体を強ばらせた。
地獄のように感じた正月もやっと終わると、ほっと息を吐いた。
「お母さん。私、明日から仕事だから、学園に戻るわね」
「何を言ってるの。またあの高校生に色目使うんでしょ。気持ち悪い。美知は辞めますって学園に電話しておいたわよ」
「辞めますって、これから、お金はどうするの? お給料をもらえなくなったら、生活できないのよ?」
声が震えた。
もう戻らせないつもりだとわかった。
自分の目の届く範囲に置いて、好きなように私を使うつもりなのだ。
「お金のことは心配しなくて、大丈夫よ」
母の機嫌がいい。
その機嫌の良さが怖かった。
不安が胸に広がり、今、ここで逃げなければ、二度と泉地に会えなくなるような気がした。
「お願い、学園に戻らせて。一日でいいから!」
狼谷家の人達に泉地は反対されて、私達が別れることになるのはわかっている。
でも、その別れの言葉すら、私は言わせてもらえない。
「美知。やめてよ。本気で好きだったの?」
「そうよ」
母は驚いていた。
私が肯定するとは思っていなかったようだった。
「美知を育てるのは大変だったのよ? お母さんのためになにかしようとは思わないの?」
「どういう意味?」
今まで私は母に尽くしてきた。
物心ついた時から、機嫌を損ねないように気を付けていたし、働きだしてからはお金も送っていた。
「美知は最低ね。自分のことばかり優先させて。私のことをなにも考えてくれないんだから」
呆然としていると、母はスマホを取り出して、誰かに連絡をしている。
「そう。私。今すぐ来て。もちろん、お金も持ってきてよ」
「誰に電話しているの?」
「ふふっ。知りたい?」
母は赤い唇をあげて、楽しげに笑う。
私を苦しめる時、昔からあんな顔をして笑うのだ。
「わ、私、ちょっと買い物に行ってくる」
コートとバッグを手にして、外に出ようとした私の腕を母が掴む。
「だめよ。今から大事なお客様が来るんだから」
「そのお客様って、ろくでもない人なんでしょう!?」
「失礼ねぇ。たくさんお金をくれるんだから、ろくでもない人じゃないわよ」
ぞくりと背筋が寒くなった。
母がなにをしようとしているのか、私にはわかった。
体が奮えた。
「私を売ったの?」
「適合者って高く売れるのよ。学園に入れなかった獣人で、後からお金持ちになったような獣人とかね? ちょっと年配の方が多いらしいけど」
「それが母親のすることなの!?」
「私は悪くないわよ。美知が悪いの。だって、お母さんのことを一番に考えてくれないんだもん」
「適合者を売るのは重罪なのよ? わかってるの?」
それも、実の親が適合者を保護しなかった場合、より罪が重くなる。
「やあねえ、ばれなきゃいいのよ」
ここまで、愚かな人だったとは。
冗談ではない。
逃げないと本当に泉地に会えなくなってしまう。
このまま、売られるわけにはいかない。
母の手を振り払い、玄関に走った。
「美知。待ちなさい!」
母の声を無視して、玄関のドアを開けた。
そこにはすでに人がやってきていて、大きな体でドアの前に立ち塞がっていた。
「どうも」
「娘さんか。可愛いね」
「ブスって言ってたのに」
お金が入っていると思われるスーツケースを手にした男が三人。
サングラスをかけ、スーツを着ていて、パッと見はビジネスマンのように見える。
「えー、ブスでしょー? 父親に似ていて、全然可愛くないんだから」
母は笑っていた。
どうして娘を売って、笑っていられるの?この人は。
「その人達は獣人なのよ。裏ルートで適合者をお金持ちの獣人に売り飛ばすお仕事をしてるの」
「獣人……」
獣人は人よりも運動能力に優れている。
私が逃げ出そうとしたところで、すぐに捕まってしまうだろう。
「契約書にサインをいただけますか」
「えー。この金額、安すぎるわよ。オークションにかけて値段をつり上げるんでしょ?」
母が金額に納得いかなかったようで、交渉を始めた。
その間に逃げようと、そっと入り口に近づこうとした瞬間。
「おい! 逃げられるなよ!」
「捕まえて縛っておけ!」
狭いアパートの中を追いかけられ、気が付くと部屋のすみに追いやられてしまった。
「お嬢ちゃんみたいな逃げる獲物を追い詰めるのは得意なんだよ」
獣人達はじりじりと距離を詰めて、私に手を伸ばした。
捕まる―――!
目をきつく閉じて、緊張で体を強ばらせた。
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