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10 嫉妬 ※ルドヴィク
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『ザカリアと逃げたのではないか?』
それを考えるだけで、気持ちが落ち着かず、いらいらしていた。
心を落ち着けるため、楽隊を呼び、音楽を奏でさせたが、まったく効果がない。
思えば、今まで、奪われることがなかった。
欲しいものはなんでも与えられ、妻も自分のひと声で決まった。
「捨てた妻が、どこにいようと、俺の知ったことか!」
デルフィーナの前で、感情を見せられない。
腹の中にいる子に、心を読まれてしまうからだ。
俺がセレーネを少しでも気に掛けると、大騒ぎされて面倒なことになる。
「冷静にならねば……。王の子を身籠っているデルフィーナだけが、俺の妻だ」
俺がセレーネを捨てたのだ――だが、なぜか面白くない。
元々、俺に別れる気はなかった。
別れずに王宮に置いてやったのに、セレーネが勝手に出ていったのだ。
「王妃のくせに……いや、王妃ではないか」
セレーネが俺の妻、もう王妃でないことに気づいてしまった。
側妃にするのも、デルフィーナが嫌がったため、セレーネの身分は元王妃となり、侯爵令嬢に戻った。
つまり、別れた妻、他人である。
不貞の罪にも問えない。
「くそっ!……いや、なにを悔しがる必要がある。だいたい、セレーネがザカリアの元にいるとは限らん。力がなくなると、無力なものだな」
次代の王が生まれると、王は力を失う。
以前なら、遠くを見る能力で、ザカリアを監視することができた。
ザカリアの力は特別だ。
そして、たった一度しか使えないからか、次代の王が生まれても、力を失うことがない。
「奴を子供を奴を近づかせてはならんな」
もし、俺とデルフィーナの子になにかあれば、力を失っていないザカリアが王になってしまう。
「それだけは許さん」
「ルドヴィク様。どうかなさって?」
デルフィーナが部屋に現れた。
「いや。お前の腹の子を心配していたのだ」
「まぁ、どうしてですの?」
「ザカリアだけは、力を失っていない。今、なにかあれば、ザカリアが王になる」
「そ、そんな!」
ザカリアの元へデルフィーナが使者を送ったと聞いた。
奴を怒らせ、なにかあってからでは遅い。
今のところ、ザカリアに王位を狙う様子はないが、いつ、気が変わるかわからない。
「どんな力を持っていますの?」
「忌まわしい呪われた力だ。口にするのもおぞましい」
「呪われた力……。だから、ザカリア様は王宮の外に出されたのね」
「ザカリアに関わらないようにしろ。子供が生まれてからは気を付けろ」
「え、ええ。わかりましたわ」
気の強いデルフィーナだったが、俺の警告が本物であることがわかり、真剣な顔つきになった。
子供がいなければ、王妃でいられなくなるのはデルフィーナも同じ。
「でも、セレーネがザカリア様の領地に、潜んでいるのを見つけたら、連れ戻しても構いませんわよね?」
「本当にザカリアのところにいるのか?」
「今、調べさせていますわ」
――セレーネがどこにいても構わない。だが、ザカリアのそばだけは不快だ。
俺の心の声が聞こえたのか、デルフィーナの顔が険しくなった。
「もし、セレーネがザカリアの元にいたなら、王宮に戻す」
「それは、嫉妬ですの?」
「セレーネは俺の物だ。ザカリアには渡さん」
「なにをおっしゃっていますの? セレーネは、もう王妃ではありませんのよ!?」
わかっているが、これだけは譲れなかった。
「わたくしの侍女にしてよろしいなら、セレーネを王宮に、連れ戻しても構いませんわ」
「それはお前の好きにしろ」
そう言うと、デルフィーナは満足したのか、静かになった。
「ザカリア様にセレーネを奪われ、嫉妬なさったのかと勘違いしてしまいましたわ」
「俺が嫉妬?」
「セレーネのことなんて、ルドヴィク様はなんとも思っていませんものね」
――捨てた妻が誰のものになろうと、俺が嫉妬するわけがない。
そう心の中で呟くと、デルフィーナは機嫌が良くなった。
ただ、ザカリアが気に入らないだけだ。
「陛下、ザカリア王弟殿下の領地より、使者が戻ってまいりました」
セレーネの居場所が知りたいと思ったその時、ちょうど兵士が現れた。
「連れてこい」
「早く報告を聞かせて!」
戻ってきたのは使者ではなく、腕のたつ兵士たちばかりだった。
――もしや、デルフィーナはセレーネを亡きものにしようとしていたのか?
「あら、違いますわよ。どんな状態でもセレーネはセレーネでしょう? 多少の怪我を負わせても連れ戻しなさいと命じただけですわ」
心を読んだデルフィーナが、俺の疑問に答えた。
セレーネが帰ったという報告はない。
つまり――
「セレーネ様はいらっしゃいませんでした」
「ザカリア様がお一人で、領地に戻られたのを確認しました」
「気になる情報としては、王都の安い宿屋にて、数日間、セレーネ様に似た女が泊まっていたくらいでしょうか」
デルフィーナはげんなりした顔をした。
「情報はもうたくさんよ。偽情報ばかり集まっただけだったわ! お金欲しさに、嘘ばかり! 卑しい民が多すぎなのよ!」
「民は貧しいので、お金を必要としています」
「デルフィーナ王妃。民は苦しんでおります。セレーネ様が王妃でいらっしゃった時のように、慈善事業をなさり、民に目を向けていただきたい」
デルフィーナは、セレーネと比べられたと思ったのか、兵士たちを鋭い目で睨みつけた。
「わたくしに、セレーネの真似をしろと?」
「そうではなく、昨年の不作で、民は飢えております」
「追い詰められ、犯罪に手を染める者が多くなっているのです」
デルフィーナに言っても無駄だと判断したのか『陛下』と、兵士は俺にすがった。
「大臣たちに頼め。いいようにしてくれるだろう」
兵士たちの顔に失望の色が浮かぶ。
ザカリア様なら、と誰かが言ったような気がした。
――目障りな弟だ。
だが、ザカリアの元にセレーネがいないのであれば、それでいい。
「国王陛下、セレーネ様の捜索はどうなさいますか」
「ああ、もう必要はない」
「ですが、セレーネ様は侯爵家にも帰れず、行き場がないでしょう。もしかすると、どこかで自害を……」
「それなら、それでいいと言っている」
兵士たちは黙り込んだ。
デルフィーナは嬉しそうに笑った。
「そうね。セレーネを助ける人なんていないわ。ザカリア様の元にいないのなら、道に倒れて野垂れ死んでいることでしょうね。なんて憐れなのかしら」
兵士たちは、デルフィーナを蔑んだ目で見ている。
だが、浮かれているデルフィーナは気づいていなかった。
「下がれ。もういい」
兵士たちは不満そうな面持ちをしたまま、去って行った。
セレーネがザカリアのところにいない――それを知れただけで満足だった。
『セレーネが王宮に戻ることはない』
俺もデルフィーナも、そう思っていた。
この時は――
それを考えるだけで、気持ちが落ち着かず、いらいらしていた。
心を落ち着けるため、楽隊を呼び、音楽を奏でさせたが、まったく効果がない。
思えば、今まで、奪われることがなかった。
欲しいものはなんでも与えられ、妻も自分のひと声で決まった。
「捨てた妻が、どこにいようと、俺の知ったことか!」
デルフィーナの前で、感情を見せられない。
腹の中にいる子に、心を読まれてしまうからだ。
俺がセレーネを少しでも気に掛けると、大騒ぎされて面倒なことになる。
「冷静にならねば……。王の子を身籠っているデルフィーナだけが、俺の妻だ」
俺がセレーネを捨てたのだ――だが、なぜか面白くない。
元々、俺に別れる気はなかった。
別れずに王宮に置いてやったのに、セレーネが勝手に出ていったのだ。
「王妃のくせに……いや、王妃ではないか」
セレーネが俺の妻、もう王妃でないことに気づいてしまった。
側妃にするのも、デルフィーナが嫌がったため、セレーネの身分は元王妃となり、侯爵令嬢に戻った。
つまり、別れた妻、他人である。
不貞の罪にも問えない。
「くそっ!……いや、なにを悔しがる必要がある。だいたい、セレーネがザカリアの元にいるとは限らん。力がなくなると、無力なものだな」
次代の王が生まれると、王は力を失う。
以前なら、遠くを見る能力で、ザカリアを監視することができた。
ザカリアの力は特別だ。
そして、たった一度しか使えないからか、次代の王が生まれても、力を失うことがない。
「奴を子供を奴を近づかせてはならんな」
もし、俺とデルフィーナの子になにかあれば、力を失っていないザカリアが王になってしまう。
「それだけは許さん」
「ルドヴィク様。どうかなさって?」
デルフィーナが部屋に現れた。
「いや。お前の腹の子を心配していたのだ」
「まぁ、どうしてですの?」
「ザカリアだけは、力を失っていない。今、なにかあれば、ザカリアが王になる」
「そ、そんな!」
ザカリアの元へデルフィーナが使者を送ったと聞いた。
奴を怒らせ、なにかあってからでは遅い。
今のところ、ザカリアに王位を狙う様子はないが、いつ、気が変わるかわからない。
「どんな力を持っていますの?」
「忌まわしい呪われた力だ。口にするのもおぞましい」
「呪われた力……。だから、ザカリア様は王宮の外に出されたのね」
「ザカリアに関わらないようにしろ。子供が生まれてからは気を付けろ」
「え、ええ。わかりましたわ」
気の強いデルフィーナだったが、俺の警告が本物であることがわかり、真剣な顔つきになった。
子供がいなければ、王妃でいられなくなるのはデルフィーナも同じ。
「でも、セレーネがザカリア様の領地に、潜んでいるのを見つけたら、連れ戻しても構いませんわよね?」
「本当にザカリアのところにいるのか?」
「今、調べさせていますわ」
――セレーネがどこにいても構わない。だが、ザカリアのそばだけは不快だ。
俺の心の声が聞こえたのか、デルフィーナの顔が険しくなった。
「もし、セレーネがザカリアの元にいたなら、王宮に戻す」
「それは、嫉妬ですの?」
「セレーネは俺の物だ。ザカリアには渡さん」
「なにをおっしゃっていますの? セレーネは、もう王妃ではありませんのよ!?」
わかっているが、これだけは譲れなかった。
「わたくしの侍女にしてよろしいなら、セレーネを王宮に、連れ戻しても構いませんわ」
「それはお前の好きにしろ」
そう言うと、デルフィーナは満足したのか、静かになった。
「ザカリア様にセレーネを奪われ、嫉妬なさったのかと勘違いしてしまいましたわ」
「俺が嫉妬?」
「セレーネのことなんて、ルドヴィク様はなんとも思っていませんものね」
――捨てた妻が誰のものになろうと、俺が嫉妬するわけがない。
そう心の中で呟くと、デルフィーナは機嫌が良くなった。
ただ、ザカリアが気に入らないだけだ。
「陛下、ザカリア王弟殿下の領地より、使者が戻ってまいりました」
セレーネの居場所が知りたいと思ったその時、ちょうど兵士が現れた。
「連れてこい」
「早く報告を聞かせて!」
戻ってきたのは使者ではなく、腕のたつ兵士たちばかりだった。
――もしや、デルフィーナはセレーネを亡きものにしようとしていたのか?
「あら、違いますわよ。どんな状態でもセレーネはセレーネでしょう? 多少の怪我を負わせても連れ戻しなさいと命じただけですわ」
心を読んだデルフィーナが、俺の疑問に答えた。
セレーネが帰ったという報告はない。
つまり――
「セレーネ様はいらっしゃいませんでした」
「ザカリア様がお一人で、領地に戻られたのを確認しました」
「気になる情報としては、王都の安い宿屋にて、数日間、セレーネ様に似た女が泊まっていたくらいでしょうか」
デルフィーナはげんなりした顔をした。
「情報はもうたくさんよ。偽情報ばかり集まっただけだったわ! お金欲しさに、嘘ばかり! 卑しい民が多すぎなのよ!」
「民は貧しいので、お金を必要としています」
「デルフィーナ王妃。民は苦しんでおります。セレーネ様が王妃でいらっしゃった時のように、慈善事業をなさり、民に目を向けていただきたい」
デルフィーナは、セレーネと比べられたと思ったのか、兵士たちを鋭い目で睨みつけた。
「わたくしに、セレーネの真似をしろと?」
「そうではなく、昨年の不作で、民は飢えております」
「追い詰められ、犯罪に手を染める者が多くなっているのです」
デルフィーナに言っても無駄だと判断したのか『陛下』と、兵士は俺にすがった。
「大臣たちに頼め。いいようにしてくれるだろう」
兵士たちの顔に失望の色が浮かぶ。
ザカリア様なら、と誰かが言ったような気がした。
――目障りな弟だ。
だが、ザカリアの元にセレーネがいないのであれば、それでいい。
「国王陛下、セレーネ様の捜索はどうなさいますか」
「ああ、もう必要はない」
「ですが、セレーネ様は侯爵家にも帰れず、行き場がないでしょう。もしかすると、どこかで自害を……」
「それなら、それでいいと言っている」
兵士たちは黙り込んだ。
デルフィーナは嬉しそうに笑った。
「そうね。セレーネを助ける人なんていないわ。ザカリア様の元にいないのなら、道に倒れて野垂れ死んでいることでしょうね。なんて憐れなのかしら」
兵士たちは、デルフィーナを蔑んだ目で見ている。
だが、浮かれているデルフィーナは気づいていなかった。
「下がれ。もういい」
兵士たちは不満そうな面持ちをしたまま、去って行った。
セレーネがザカリアのところにいない――それを知れただけで満足だった。
『セレーネが王宮に戻ることはない』
俺もデルフィーナも、そう思っていた。
この時は――
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