私はお世話係じゃありません!【時任シリーズ②】

椿蛍

文字の大きさ
37 / 43

37 土地の所有者【姫凪視点】

しおりを挟む
「どうも。こんにちはー」
まるで友達の家に遊びに来た男子小学生のノリで諏訪部すわべのビルに現れたのは副社長だった―――
黒のTシャツとだぶっとしたブラウンのカーゴパンツを着た副社長はまるで大学生のように見えた。
スーツ姿の人達の中で異彩だったけれど、その存在感は圧倒的で副社長の周りから全員が遠ざかって行った。
それは私も同じで、あの事件以来、怖くてしかたなかった………。
「ひえっ!ケルベロス!」
「ここにはもう何もないですよ!!!」
佐藤君が言うように諏訪部さんの会社は倒産した―――解約が後を絶たず、会社のパソコンはウィルスのせいで破壊された。
この自慢のビルも人の手に渡るため、社内の片づけをしていたところだったのだ。
そこまでやっておいて、よく顔を出せたものだと、私ですら思うのに副社長はけろっとした顔をしていた。
「えーと、『諏訪部すわべさんいますか』」
メモ書きをみながら、棒読みで言った。
「会社を攻撃した本人がよくこれたものだね」
片づけをしていた諏訪部さんが出てくると、どうもと会釈した。
本人はそれが礼儀正しいと思っているのか、ちょっと得意げな顔をしていた。
「自分がしたことだよ。USBを差し込まなければ、決定的に終わることなかったから」
「……そうだな」
疲れた様に諏訪部さんは返事をした。
まともに話せる相手ではないと思ったらしい。
それは正解だと思う。
「なにしにきたんだ。この状況を見たくてきただけか?」
「土地売って」
唐突過ぎる申し出に全員がしんっと静まり返った。
「土地?」
副社長は住所を書いた紙を諏訪部さんに渡した。
「ああ。俺が親からもらった土地か。借地料をおこづかい代わりにもらっていたところな」
「お金持ちだね」
「……嫌味か」
この状況でさすがに『お金持ち』はないと思う。
けれど、諏訪部さんの両親は不動産会社を経営しているから、ずいぶん助けてもらった。
「残念だが、一足遅かったな。次の会社の資本金を作るために土地を売ったんだ。姫凪ひなの父親の銀行を通してね」
「そうか」
「嘘じゃないぞ」
「あ、あの!私、調べておきましょうか」
素直に副社長は首を縦に振った。
ほっとした空気が広がり、用事が済んだとばかりに帰ろうとした副社長が振り返り言った。
「ありがとう、狭山さやまさん」
「……いえ、須山すやまです」
あれ?という顔をして、頭をかくとぺこっと頭を下げて出て行った。
最後の最後まで私の名前を覚えてはくれなかったのだった―――


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


副社長が去っていくと、気分転換にビルのテラスに出て外の空気を吸った。
夏が近いせいか、日差しが暖かいものから熱く感じるようになっていた。
「あーあ……終わっちゃった」
私は自分の恋がこれで終わったのだと悟った。
泣きたいけど、泣けなかった。
それは完敗だったからもしれない。
私の人生で初めておとせなかった相手で一番理解できなかった男。
それが彼だった―――途中からは恋ではなく、もう半ば意地だった。
「名前くらい覚えてくれてもいいのにね」
「それは無理だな」
諏訪部さんがテラスに出てきて言った。
「俺はあいつと同じ高校で同級生だったからな」
「えっ……?」
まるで初対面だったけど、と思っていると諏訪部さんは笑った。
「俺の事なんか、相手にもしてない。時任ときとうにいる連中、全員がそうだった。同じ業界を選んで、起業したのはあいつらの目に少しでも映りたかったのかもしれないな」
その気持ちは痛いほどわかる。
けれど―――
「最後まで俺を同級生だと気づかなかったな」
「諏訪部さん……」
私と諏訪部さんは似た者同士だったみたいだ。
「まあ、いいさ。俺はあいつに持ってないものをもってるからな」
「持っていないもの?」
「普通の感覚」
確かにそうだ。
ふっと私は笑って諏訪部さんの腕に手を絡めた。
「一緒に来てくれるか?」
「もちろん」
「社長っ―!次のところにこの机もっていきますかぁー?」
佐藤君がおしゃれな机を指さしていた。
「ああ。まだまだこれからだ。見てろよ」
諏訪部さんは自信たっぷりな顔で笑っていた。
きっと諏訪部さんは成功する。
大衆の感覚がわかる人だから。
だから、今だけなんだからね?
そんな余裕でいられるのは!!
私はにっこりほほ笑んで、薬指の指輪に口づけたのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

ハメられ婚〜最低な元彼とでき婚しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
久しぶりに会った元彼のアイツと一夜の過ちで赤ちゃんができてしまった。どうしよう……。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

フッてくれてありがとう

nanahi
恋愛
「子どもができたんだ」 ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。 「誰の」 私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。 でも私は知っている。 大学生時代の元カノだ。 「じゃあ。元気で」 彼からは謝罪の一言さえなかった。 下を向き、私はひたすら涙を流した。 それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。 過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──

処理中です...