幼馴染は私を囲いたい!【菱水シリーズ②】

椿蛍

文字の大きさ
15 / 39

15 私の初恋

梶井かじい理滉みちひろ―――彼の奏でるチェロはその音色は彼の人生そのもの。
大人の女性を魅了する深みのある濃い音色。
彼の経験を物語っているようだ。

「―――って、コーヒーのCMかっ!」

音楽の雑誌に素敵な写真とともに載っているのは私の初恋の人である梶井さん。
チェリストであることがわかったから、どんな活躍をしているのか知りたくて仕事帰りに本屋に立ち寄った。
いつもなら、通り過ぎるだけの音楽の雑誌コーナー。

「たまたま表紙だったから、手にしただけで気になってるわけじゃないし……」

「気になっているんじゃないの」

「ぎゃっ!」

背後から声がして飛び上がった。

「す、寿実すずみ……」

「浮気?ねぇ。浮気なの?」

「違うっ!私は逢生あおと付き合っていないって言ったでしょ」

「ふーん。で、その人は?」

「私の初恋のお兄さんよ。偶然、引っ越し先のマンションで再会したの。だから少しだけ気になって調べていただけよ。ほんの少しだけね」

「初恋の人と再会なんてロマンチックね。でも、引っ越したって聞いたから、てっきり逢生君と付き合い始めたのかと思ったわ」

「付き合ってないってば!」

「はいはい」

なんて鋭い。
寿実に住居の変更届を会社に提出しているのがバレて、しつこく問い詰められた。
もちろん、逢生と暮らしていることも住所も秘密にした。
教えると厄介なことになりそうだし……
秘密にしていたのにそこまで思考を発展させていたとは。
恐るべし。
恋愛ハンター。

「どんな人なの?」

「私が小学生の頃、公園に遊びに行ったらチェロを弾く高校生がいてね。チェロを弾く姿がすっごくかっこよかったの。ほら、小さい頃って大人の人に憧れたりするじゃない?そのノリよ、そのノリ!」

「楽器を弾ける男はいいわよね」

同感と寿実がうなずいた。
私が梶井さんに会ったのはちょうど逢生と二人でピアノを習っていた時期だった。
夏休みに入った最初の週、ピアノのお稽古かばんを手にして逢生と一緒にピアノ教室に向かっていた時のことだった。
ピアノ教室へは公園を抜けると近道でいつものように最短ルートを選ぶ。
逢生と二人、緑の多い公園の小道を歩いていた。
公園の木々が夏の日差しを遮って涼しい木陰を作り、暑さをやわらげてくれる。

「音楽が聴こえる」

最初に気づいたのは逢生だった。
耳がいい逢生はどこから聴こえるかわかったらしく、木々の中にある東屋を指さした。

「ほんとだ。見に行ってみようよ。逢生!」

「でも、ピアノ教室に遅刻する」

「ちょっとくらい平気よ」

逢生を引きずって東屋にいくと高校の制服を着たお兄さんが大きな楽器を手にし、真剣な顔で曲を弾いていた。
お兄さんの表情はどこか悲しそうで泣いてしまうのかな?と思って近寄れなかった。
『母さん』と口が動き、目を閉じる。
逢生が足元の草をかき分け、がさっと音をたててると、その音が聞こえたのか演奏する手が止まった。
お兄さんは私と逢生を見ると不機嫌そうな顔をし、黙ってうつむいた。
演奏が終わったから、近寄ってもいいよね?と逢生の顔を見るといいんじゃないって顔をしていたから、そのお兄さんのそばに歩いて行った。

「ねえねえ。お兄さんは外国人?」

「……は?」

そう思ったのは長い前髪や目鼻立ちがくっきりとしているせいだった。
制服のシャツの首元のボタンを二つも外し、着崩して胸元が見える。
不良というより、着こなしでそうしているんだって思った。
なんとなくだけど。

「その大きな楽器なに?すごく素敵な曲だったけど、なんの曲?」

「うるさいガキだな」

「教えてよー!けちー!」

お稽古かばんをぶんぶんと振り回すとピアノの楽譜が落ちた。
お兄さんは落ちた楽譜に気付き、私が拾う前に拾ってくれた。

「ピアノ習ってんのか」

「うん。私はうまくないけど。逢生は上手だよ。ね、逢生?」

「ふつう」

「なんだ、この不愛想なガキ」

「変な音」

「うわっ……!生意気な奴だな」

逢生は私の後ろにさっと隠れた。
人見知りな逢生は初対面ではいつもこうだ。

「私はバイエルだけど、逢生はもう本を三つも終わってるんだから!」

「ふーん」

「もっと驚いてよ」

「俺の方がすごいし」

おとなげないってこういうこと言うんだなと思いながら、手にある楽器を見た。
にやりとお兄さんは得意気な顔で笑った。

「特別に教えてやるよ。これはチェロって楽器だ。さっきの曲はサンサーンスの白鳥」

「これがチェロ……。もう一回、弾いてみて」

「ガキが聴いてもつまらないだけだろ」

「そんなことない。綺麗な曲だったよ」

ふっとお兄さんは笑った。
笑うと優しく見えた。
それに大人っぽい。

「ねえ、もう一回、聴かせて」

「図々しいガキだな。俺の演奏なんかへたくそで聴けたもんじゃないだろ」

自信があるのかないのか、わからないけど、お兄さんが悩んでいるだけはわかった、
お兄さんの顔が苦しそうに歪んでいたから。

「ううん。上手だよ」

「お前に言われてもな。まあいいか。弾いてやるよ」

そう言うとお兄さんは細い弓を弦に触れさせ、視線を下に向けた。
大きな楽器から出る音は私が思うよりずっとなめらかで途切れることなく―――そして空気が震えていた。

「すごい楽器だね」

逢生が後ろからそっと囁いた。

「うん」

逢生は私と同じ気持ちだった。
最近、私と逢生はうまくいってなかった。
同じピアノ教室に通っていて、逢生だけがどんどん先に行くから、どこかぎくしゃくしていた。
でも今は一人じゃなくて逢生とこの演奏を聴けて嬉しい。
演奏を終えるとお兄さんは得意顔で私を見た。

「どうだ!」

わっーと拍手をするとお兄さんは嬉しそうだった。

「かっこよかった!ね、逢生!」

逢生は無言で小さくうなずいた。

「そっか。かっこよかったか」

「うん!弾いてる時の方がすごくかっこよかった」

「……弾いてなかったら、だめか」

「そうだねー」

子供相手に張り合ってくる高校生だし……
そう思って頷くと苦笑していた。

「やっぱり俺は弾かないとだめなんだな」

「やめようと思ってたの?」

「まあ、食える奴なんか一握りだし、俺じゃなくてもいいかって思ってた」

「そうなの?よくわからないけど、聴かせてくれてありがとう」

「いや、こっちこそありがとな。本当はやめようと思ってた」

「え?」

「いや。決めたってこと」

なにを決めたんだろうと思っているとお兄さんはチェロを片付けて、その大きな楽器を背中に背負った。
立ち上がると身長も高くてずっと私達より大人に見えた。

「さてと。先生に叱られるだろうけど、学校に戻るかな」

お兄さんが着ているのはこの近くにある菱水音大附属高校の制服だった。

「俺がプロになったら、お前のせいだから責任とれよ」

「えっ!?おかげじゃなくて!?」

「お前のせいだ。じゃあな」

ぽんぽんっと頭を叩いて去って行った。
その手のひらが大きくていつまでも触れた感触が残っていた。

「素敵な人だったなぁ……」

「奏花、あんな男が好き?」

「そうだねー。すっごくかっこよかったし。チェロを弾けるなんてすごいよね!」

「チェロを弾けたら、かっこいい?」

「うん!」

「わかった」

なにがわかったなんだろうと思っていると、逢生がぐいっと手をひいた。

「行こう」

「うん?」

逢生はこの日、突然ピアノ教室をやめると言い出して先生を困らせた。
止められたけど、結局、逢生はピアノをやめて数か月後、チェロを始めた。
なんて美しい思い出って―――あ、あれ?

「どうしたの?奏花」

「逢生がチェロを始めたのって……ううん、なんでもない」

まさかね?

「私はこれから弘部ひろべ君とデートなの。じゃあね、奏花」

「順調なのね」

そう言うと少しだけ寿実は表情を曇らせた気がした。
けれど、すぐにいつものように笑った。

「じゃあ、また明日ね!」

明るく寿実が言って、立ち去った後も私は雑誌の梶井さんを見ていた。
かっこいいっていうのもあるけど、私の記憶にある梶井さんより暗い表情をしている気がしてならない。
公園で会った時も確かに苦しそうではあったけど。
でも、これが歳を重ねるってことなのかな。
梶井さんのどこか影が差した表情が気になっていた。 

あなたにおすすめの小説

触れられないはずの私が、ただ一人の彼にだけ心も体も許してしまいました

由香
恋愛
男性に触れられると体調を崩す令嬢リリア。 そんな彼女にとって唯一“触れられる”存在は――幼なじみの公爵令息レオンだけだった。 手を取られ、抱き寄せられ、当たり前のように触れられる日々。 それがどれほど特別なことなのか、彼女はまだ知らない。 やがて政略結婚の話が持ち上がり、“触れられない相手との結婚”か、“彼に触れられる人生”かを選ぶことに。 「お前に触れていいのは俺だけだ」 逃げ場のない独占と、甘すぎる溺愛。 これは、触れられないはずの少女が、ただ一人にだけすべてを許していく物語。

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

年下で可愛い旦那様は、実は独占欲強めでした

由香
恋愛
政略結婚で嫁いだ相手は―― 年下で、可愛くて、なぜか距離が近すぎる旦那様でした。 「ねえ、奥さん。もうちょっと近く来て?」 人懐っこく甘えてくるくせに、他の男が話しかけただけで不機嫌になる彼。 最初は“かわいい弟みたい”と思っていたのに―― 「俺、もう子供じゃないよ。……ちゃんと男として見て」 不意に見せる大人の顔と、独占欲に心が揺れていく。 これは、年下旦那様にじわじわ包囲されて、気づいたら溺愛されていた話。

番探しにやって来た王子様に見初められました。逃げたらだめですか?

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はスミレ・デラウェア。伯爵令嬢だけど秘密がある。長閑なぶどう畑が広がる我がデラウェア領地で自警団に入っているのだ。騎士団に入れないのでコッソリと盗賊から領地を守ってます。 そんな領地に王都から番探しに王子がやって来るらしい。人が集まって来ると盗賊も来るから勘弁して欲しい。 お転婆令嬢が番から逃げ回るお話しです。 愛の花シリーズ第3弾です。

仮面王の花嫁

松雪
恋愛
婚約者を腹違いの妹に奪われ、新しい相手も見つからず修道院に行く覚悟を決めたルチア。修道女となるため髪を切った日の夜、王城から「国王がルチアを妻に望んでいる」という書簡を持った使者がやって来た。 しかし、従兄弟であり恋仲だったニールが国王のせいで死に至った過去を持つルチアは、国王からの求婚を喜べずーー。

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

手を伸ばした先にいるのは誰ですか~愛しくて切なくて…憎らしいほど愛してる~【完結】

まぁ
恋愛
ワイン、ホテルの企画業務など大人の仕事、そして大人に切り離せない恋愛と… 「Ninagawa Queen's Hotel」 若きホテル王 蜷川朱鷺  妹     蜷川美鳥 人気美容家 佐井友理奈 「オークワイナリー」 国内ワイナリー最大手創業者一族 柏木龍之介 血縁関係のない兄妹と、その周辺の何角関係…? 華やかな人々が繰り広げる、フィクションです。

溺愛のフリから2年後は。

橘しづき
恋愛
 岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。    そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。    でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?