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12 引っ越し戦線
私のファーストキスをよくもっ……!
荷物を片付けながら、逢生の様子を伺った。
さっきの失態を挽回するため、近寄れないように怒りのオーラを放ち、逢生をにらみつけていた。
まだ心臓がばくばくいっている。
なんてことするのよっー!
キュンというより心臓を横殴りされたようなものだ。
「逢生、私から提案があります。ちゃんと聞くのよ。いい?」
「だめ」
「まだ何も言ってないでしょ」
逢生に拒否権はないのっ!
ダンッと床を踏み鳴らし、びしっと指をつきつけた。
「絶対ルールを決めます」
「うん」
こくっと素直に逢生はうなずいた。
よし!
「私の部屋には絶対に入ってこないでよ。私の部屋とはここの線を言います」
びしっとフローリングの木目を指さした。
「線?」
「そう。ここから先は立ち入り禁止のラインとします」
本をしばってあった紐をほどき、すすっと床に置いた。
長い線を作る。
「わかったわね?」
「わかった」
そう言いながら、逢生はひょいっと線をまたいだ。
「あっ!ちょっとー!ここから立ち入り禁止って言ったでしょ!」
紐を拾って逢生は笑う。
「もう子供じゃないんだから」
はいっと紐を手のひらにのせる。
「意味ないよ」
ぐっ……!
それはそうだけど。
近い、近すぎるのよっ!
「わざわざ近寄らないでよねっ」
「犬にじゃれられていると思えば?」
「しつけのなってない犬ね」
「それは主人の奏花しだいだから」
ああいえば、こういう。
逢生ってこんなかんじだった?
私の後ろを静かについてきていた逢生はどこいっちゃったの?
恋人同士というより、お互いの出方をうかがう武士。
間合いをとる私と逢生。
その重苦しい雰囲気を破ったのは逢生だった。
「奏花。荷物を片付けようか」
「え?あ、うん」
「どれを持っていけばいい?」
「じゃあ、これ」
本の入った袋を渡そうとすると腕をつかまれ、抱き寄せられた。
「う、うそつき!」
「俺から離れようとするからだよ」
「そんなことない」
「意識しないように俺から距離を置くのはずるい」
「そ……それは」
否定できなかった。
逢生を男の人だと意識しないようにしたいという気持ちは確かにある。
それがバレていたとは思いもしなかった。
抱き締める手から抜け出せない。
こうなったら―――
「逢生。キスしたりこんなことするなら、嫌いになるわよっ!」
そう言うと悲しい顔をして、ようやく解放してくれた。
「わかった……」
しゅんっとしながら、荷物を運びいれる姿は主人に叱られ、うなだれる犬のようだった。
ちょっと胸が痛んだけど、当たり前よね。
「荷物運んだけど、他にして欲しいことある?」
「そうね。私の荷物の片付けの邪魔にならないようにリビングで静かにしてるか、チェロの練習でもしていて」
「わかった」
素直だ。
とぼとぼとした足取りで歩き、逢生はチェロを手にすると椅子に座った。
「明るい曲でも弾こうか?」
気をきかせたつもりだろうけど……
「静かにするのがお仕事です」
思わず、真顔で言ってしまった。
「俺の唯一の取り柄なのに」
「そうね。チェロが自分の取り柄だってわかってるみたいで安心したわ」
部屋に入って服を片付けていると逢生がチェロを弾いていた。
ドビュッシーの月光。
私が好きだと言っていたのを逢生は覚えていたんだ。
どうしてその曲を好きだと言ったかといえば、月光が逢生のイメージだったから。
静かな夜に降り注ぐ月の光。
さっきまで波立っていた気持ちがおさまってきて、ようやく穏やかになれた。
それは逢生も同じみたいで部屋のドアからそっと覗き見た顔はさっきの激しさも険しい表情も消え、演奏に集中していた。
ホッとして声をかけた。
「逢生。一緒に食料の買い出しに行ってくれる?」
「いいよ」
それはいつもの逢生だった。
「手をつないでいい?」
―――前言撤回。
でも、断るとまたキスされるかもしれない。
「手をつなぐだけなら」
言い終わるが早いが、するりと手に指を絡めて握りしめた。
そして、顔をのぞきこんだ。
いつもそう。
私の顔を見て表情を確認する。
泣いてないか、怒ってないか、辛い顔をしていないか―――気にかけている。
「なに買う?チョコレート?」
「それは逢生の好きなものでしょ!」
「まずは夕飯よ。今日はセロリ入りのポテトサラダにするわ」
「セロリはちょっと厳しい」
「もちろん、私が頑張って夕飯を作るんだから食べてくれるわよね?逢生?」
これはキスした仕返しだから厳しくて当然よ!
世の中にセロリという食べ物があることに今日ほど感謝した日はないわよ。
「わかった……」
「明日のお弁当にもいれておくわね。打ち合わせの後、練習があるんでしょ?」
スケジュールを忘れないように大きくプリントアウトされた紙がリビングのカレンダー横にはってあったから知っている。
「鬼かな」
誰が鬼よ。
じろりと逢生を見ると微笑んでいた。
え?ここはしょんぼりするところじゃないの?
「どうして嬉しそうなのよ!?」
「奏花のお弁当が嬉しいなって思ってた」
「そ、そう」
私の仕返しセロリがまるで悪みたいじゃないの。
そう思いながらも、すでに買い物かごにいれたセロリを戻せずにセロリ入りポテトサラダは決定してしまった。
「明日の練習に梶井さんもくるの?」
「気になる?」
「あれだけ仲が悪ければね」
「俺は嫌だけどくるらしいよ」
逢生がここまで誰かを嫌うなんて珍しい。
嫉妬だけじゃない気がした。
その理由を私は知ることになるけれど、今はまだ知らない。
梶井さんは私にとって突然現れた初恋の人。
ただそれだけだった。
荷物を片付けながら、逢生の様子を伺った。
さっきの失態を挽回するため、近寄れないように怒りのオーラを放ち、逢生をにらみつけていた。
まだ心臓がばくばくいっている。
なんてことするのよっー!
キュンというより心臓を横殴りされたようなものだ。
「逢生、私から提案があります。ちゃんと聞くのよ。いい?」
「だめ」
「まだ何も言ってないでしょ」
逢生に拒否権はないのっ!
ダンッと床を踏み鳴らし、びしっと指をつきつけた。
「絶対ルールを決めます」
「うん」
こくっと素直に逢生はうなずいた。
よし!
「私の部屋には絶対に入ってこないでよ。私の部屋とはここの線を言います」
びしっとフローリングの木目を指さした。
「線?」
「そう。ここから先は立ち入り禁止のラインとします」
本をしばってあった紐をほどき、すすっと床に置いた。
長い線を作る。
「わかったわね?」
「わかった」
そう言いながら、逢生はひょいっと線をまたいだ。
「あっ!ちょっとー!ここから立ち入り禁止って言ったでしょ!」
紐を拾って逢生は笑う。
「もう子供じゃないんだから」
はいっと紐を手のひらにのせる。
「意味ないよ」
ぐっ……!
それはそうだけど。
近い、近すぎるのよっ!
「わざわざ近寄らないでよねっ」
「犬にじゃれられていると思えば?」
「しつけのなってない犬ね」
「それは主人の奏花しだいだから」
ああいえば、こういう。
逢生ってこんなかんじだった?
私の後ろを静かについてきていた逢生はどこいっちゃったの?
恋人同士というより、お互いの出方をうかがう武士。
間合いをとる私と逢生。
その重苦しい雰囲気を破ったのは逢生だった。
「奏花。荷物を片付けようか」
「え?あ、うん」
「どれを持っていけばいい?」
「じゃあ、これ」
本の入った袋を渡そうとすると腕をつかまれ、抱き寄せられた。
「う、うそつき!」
「俺から離れようとするからだよ」
「そんなことない」
「意識しないように俺から距離を置くのはずるい」
「そ……それは」
否定できなかった。
逢生を男の人だと意識しないようにしたいという気持ちは確かにある。
それがバレていたとは思いもしなかった。
抱き締める手から抜け出せない。
こうなったら―――
「逢生。キスしたりこんなことするなら、嫌いになるわよっ!」
そう言うと悲しい顔をして、ようやく解放してくれた。
「わかった……」
しゅんっとしながら、荷物を運びいれる姿は主人に叱られ、うなだれる犬のようだった。
ちょっと胸が痛んだけど、当たり前よね。
「荷物運んだけど、他にして欲しいことある?」
「そうね。私の荷物の片付けの邪魔にならないようにリビングで静かにしてるか、チェロの練習でもしていて」
「わかった」
素直だ。
とぼとぼとした足取りで歩き、逢生はチェロを手にすると椅子に座った。
「明るい曲でも弾こうか?」
気をきかせたつもりだろうけど……
「静かにするのがお仕事です」
思わず、真顔で言ってしまった。
「俺の唯一の取り柄なのに」
「そうね。チェロが自分の取り柄だってわかってるみたいで安心したわ」
部屋に入って服を片付けていると逢生がチェロを弾いていた。
ドビュッシーの月光。
私が好きだと言っていたのを逢生は覚えていたんだ。
どうしてその曲を好きだと言ったかといえば、月光が逢生のイメージだったから。
静かな夜に降り注ぐ月の光。
さっきまで波立っていた気持ちがおさまってきて、ようやく穏やかになれた。
それは逢生も同じみたいで部屋のドアからそっと覗き見た顔はさっきの激しさも険しい表情も消え、演奏に集中していた。
ホッとして声をかけた。
「逢生。一緒に食料の買い出しに行ってくれる?」
「いいよ」
それはいつもの逢生だった。
「手をつないでいい?」
―――前言撤回。
でも、断るとまたキスされるかもしれない。
「手をつなぐだけなら」
言い終わるが早いが、するりと手に指を絡めて握りしめた。
そして、顔をのぞきこんだ。
いつもそう。
私の顔を見て表情を確認する。
泣いてないか、怒ってないか、辛い顔をしていないか―――気にかけている。
「なに買う?チョコレート?」
「それは逢生の好きなものでしょ!」
「まずは夕飯よ。今日はセロリ入りのポテトサラダにするわ」
「セロリはちょっと厳しい」
「もちろん、私が頑張って夕飯を作るんだから食べてくれるわよね?逢生?」
これはキスした仕返しだから厳しくて当然よ!
世の中にセロリという食べ物があることに今日ほど感謝した日はないわよ。
「わかった……」
「明日のお弁当にもいれておくわね。打ち合わせの後、練習があるんでしょ?」
スケジュールを忘れないように大きくプリントアウトされた紙がリビングのカレンダー横にはってあったから知っている。
「鬼かな」
誰が鬼よ。
じろりと逢生を見ると微笑んでいた。
え?ここはしょんぼりするところじゃないの?
「どうして嬉しそうなのよ!?」
「奏花のお弁当が嬉しいなって思ってた」
「そ、そう」
私の仕返しセロリがまるで悪みたいじゃないの。
そう思いながらも、すでに買い物かごにいれたセロリを戻せずにセロリ入りポテトサラダは決定してしまった。
「明日の練習に梶井さんもくるの?」
「気になる?」
「あれだけ仲が悪ければね」
「俺は嫌だけどくるらしいよ」
逢生がここまで誰かを嫌うなんて珍しい。
嫉妬だけじゃない気がした。
その理由を私は知ることになるけれど、今はまだ知らない。
梶井さんは私にとって突然現れた初恋の人。
ただそれだけだった。
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