幼馴染は私を囲いたい!【菱水シリーズ②】

椿蛍

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19 仕事と恋と

朝、出勤すると突然、先輩から『打ち合わせがあるから出席してね』なんて説明もなく増やされた仕事があった。
今ままで加わったこともない『ヒーリングミュージック部門』のチームでベテラン組の先輩達がほとんどだ。
そんな中に私がなぜ?と不思議に思いながらも断る選択肢はなく、わかりましたとだけ言った。
言ったけどっ!

「今、やってる仕事もあるのにー」

これ以上は無理、無理だよー。
冬に向けた新製品に加え、来春の企画も提出するように言われてる。
その提出もまだなのに。
商品開発部の企画会議を終え、打ち合わせのため違う会議室に入った。
なにもわからないまま、打ち合わせに参加するのも気がひける。
資料もまだ満足に読めてない。

「すみません。遅くなりまして」

会議室のドアを開けるとそこには―――

奏花そよかちゃん、待ってたよ」

「待たせないで欲しいわ」

笑顔の梶井かじいさんと不機嫌な顔をした桑地くわち恵加めぐかさんのコンビが座っていた。
バンッとドアを閉める。
今のはなに?
幻覚?
そう幻覚よね。
ドアを開けて、隙間からそっとのぞく。
やっぱりいる……

「奏花ちゃん、ひどいな。ゴキブリに遭遇した時みたいな態度をとらなくても」

梶井さんにドアを全開にされ、よろけるように会議室の中に入った。
ヒーリングミュージックの制作メンバーが苦笑している。
これは梶井さんの罠だと察した。

「ぜひ渓内たにうちさんにも加わって欲しいと言われたのよ」

「音楽、特にチェロに詳しいからって」

「梶井さんと知り合いらしいじゃないの」

先輩達の視線が痛い。
あきらかに『このイケメンとどこで知り合ったのよ』という目だ。

「知り合いというか、奏花ちゃんの恋人候補ってとこかな」

「違いますっ!」

深月みづきがいるくせに梶井さんにまで手を出してるの!?」

「ややこしくなるから、そういう言い方はやめてください。逢生あおは幼馴染で梶井さんは昔、チラッと会ったことがあるだけの知り合いです」

「奏花ちゃん。冷たいなぁ」

気に入らないという顔で桑地さんは私をにらんでるし。
もう、なんなのよー!

「梶井さん。仕事の邪魔をしないでください。私は新製品の今年の冬向けレトルト食品の開発に関わっていて忙しいんですっ!」

先輩達がぽんっと私の肩を叩いた。

「そーよねぇ。渓内さん、忙しいわよね。知ってるわ」

「梶井さんのことは私達に任せて」

う、うわぁ。
先輩達の目が怖い。
梶井さんは笑顔で言った。

「俺は奏花ちゃんがいいな」

「深月がいるのに浮気者っ!」

なにこのめんどくさい人達は。

「渓内さん。とりあえず、今日の会議は参加して」

このままだと会議にならないと判断した先輩が私にそう言った。

「はぁ……」

逢生との約束をまもるべく、なるべく梶井さんから遠く離れた席に行こうとして、腕をつかまれた。

「俺の隣に座ったら?」

その逆隣の席で桑地さんがすごい目でにらんでいるんですけど。
言いたいことは山ほどあったけど、会議が遅れるのも困るので渋々席に着いた。

「今回、わが社の店内ミュージックの制作に協力していただくのは世界的に有名なチェリスト梶井理滉さんです」

「私もね」

桑地さんがすかさず口を挟んだ。
資料をめくると二人は同じ事務所に所属し、桑地さんはデビューしたばかりで現在、事務所が売り込み中のピアニストということが書いてある。
桑地さんは顔を売るために梶井さんの伴奏を担当ってことになってるけど、桑地さんの経歴もすごい。
逢生と同じ菱水ひしみず音大附属高校出身でコンクールに入賞後、音楽院に留学して帰国。
今は日本を拠点に活動中。
海外のオーケストラとも共演する実力があるピアニストとのことだった。

「梶井さんが作曲された曲と現代ミュージックのカバー曲などを考えていますが、梶井さんからのご要望はありますか?」

「白鳥をいれてくれるかな」

―――白鳥。
思わず、梶井さんの顔を見た。
私の顔をみて微笑む。

「この曲を聴くたびに俺のことを思い出してもらえるようにね」

誰にとは質問されなかった。
私の顔を覗き込んでそのセリフを言っていたから。

「は、はい」

会議を進行していた先輩が顔を赤くしていた。
なんなのこの色気は。
わざわざシャツのボタン二つはずす必要あるっ!?
しかも、近いし。

「二人の思い出の曲だからね。奏花ちゃん」

「勝手に逢生の存在を抹消しないでください。逢生も一緒にいたでしょ!」

「そうだっけ」

覚えているくせにわざとらしい。
何曲か曲の候補を選び、最終的には梶井さんが選ぶことになった。
よく見ると先輩達はいつもより服もメイクもばっちりで自社製品じゃないものを身に付けていた。
愛社精神とは……
私は今日も自社製品のボーダーシャツにワイドパンツ、パンプスというカジュアルスタイルだというのに。
唯一のおしゃれっぽいアイテムとして首にスカーフを巻いている。
まあ……これは逢生のせいだけど。
会議が終わるなり、梶井さんの周りにはわらわらと先輩達が取り囲んだ。

「梶井さんの演奏が楽しみです」

「私、コンサートやリサイタルにも行ったことあるんですよ」

なんて、先輩達に言われて梶井さんはにこにこしている。
サインまでしちゃってるし。
彼女と別れても寂しいどころか、入れ食い状態じゃないの。
寂しそうにしていたのは気のせいだったわね。
心配して損したなーと思いながら、椅子から立ち上がった。

「奏花ちゃん。もう仕事終わりだろ?」

「そうですけど。残業していこうかなって」

―――嘘だった。
逢生に義理立てたわけじゃないけど、梶井さんが女性に対して百戦錬磨なことくらい私にだってわかる。
自分なりのガードのつもりだった。

「食事に連れて行ってあげようと思ったのにな」

「いえ。私には仕事がありますから」

びしっと断ったのに先輩達が横から口を挟んだ。

「うちの会社、今日はノー残業デイなんですよー!梶井さん、一緒に食事でもどうですかー?」

「へぇー。そうなんだ。あれ?もしかして、奏花ちゃん。嘘ついた?」

梶井さんの視線が痛い。
すいっと目をそらすと梶井さんに腕をつかまれた。

「あ、あの……」

「嘘はよくないなあ。さすがに傷つくよ」

有無をいわさず会議室から連れ出された。

「俺、奏花ちゃんに嫌われるようなことした?」

「い、いえ。その」

どうしようと思っていると意外なところから助けがやってきた。

「待ちなさい!梶井さんと一緒に行くつもりなら、深月にあなたの浮気を報告するんだからねっ!」

「う、浮気!?」

「恵加ちゃん、残念。深月と奏花ちゃんは付き合ってないから浮気じゃない」

梶井さんの桑地さんに向けられた目は冷たい。
勢いのよかった桑地さんもさすがにたじろいでいた。

「それに人は誰のものでもない。自由だ。そうだろう?」

どろりとした重たい声。
足に絡みつき、動けなくしてしまうような声に桑地さんが押し黙った。
言い返せない桑地さんに梶井さんは挑発する。

「止めたいなら、店まで追いかけてきて止めたらいい。知り合いのイタリアンレストランに行くだけだから。俺も奏花ちゃんも食事を楽しむだけ。やましくもなんともない」

梶井さんは店名を桑地さんに伝え、悪い顔をして言った。

「よく考えてごらん。どうすればいいのか」

まるで悪魔が罪をそそのかすような声。
目を見開き、桑地さんは梶井さんを見上げた。
梶井さんは強く掴んだ腕を離さず、私をこの場から連れ去ったのだった。

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