幼馴染は私を囲いたい!【菱水シリーズ②】

椿蛍

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22 失いたくはないから【逢生】

奏花そよか梶井かじいと会っていたのはわかっていた。
許す?
そんなわけない。
奏花に嫌われたくないから我慢しただけだ。

「ひとつ大人になったな」

「頑張ったと思うぞ」

唯冬ゆいと知久ともひさは俺のイライラした音に気づいたらしく、理由を聞いて褒めてくれた。
さっきの演奏はひどい演奏だったのに褒められた。
優しい言葉をかけてくる二人に俺は『ありがとう、親友』という目で見ると唯冬は首を横に振った。
冷たい。

「知久が男の嫉妬はみっともないって俺に言うからだよ」

「そこまでは言ってないだろ?余裕をみせろって言っただけだ」

「同じことだよ」

チューニングしながら、溜息をついた。
長い溜息のような音。
音が悪い。
チェロが悪いわけじゃない。
鬱鬱としながら、弓を動かした。
コンサートまであと少し。
この共演が終われば、梶井の顔をみなくて済む。
やる気があるのかないのか、今日もあいつは遅刻してきた。
昔、付き合っていた女が死ぬとか死なないとかでもめたらしい。
練習の合間にミネラルウォーターを口にした。
そして、引っ越しの相談をする。

「引っ越したい。一分後にでも引っ越したい」

呆れた顔で唯冬が俺を見た。

「余裕はどうした」

「そんなものない。奏花のこと二十四時間監視したい」

「おーい!戻ってこい!余裕!」

知久の願いは叶わないよ。
心が乱れているとチューニングさえ、うまくいかない。
自分の気分を音にのせないタイプのはずなのに奏花のことだけは別。
奏花だけが俺の心の乱す。
激しく苦しく辛い―――

「梶井と一緒のマンションは嫌だ。奏花が危ない」

「おい。深月みづき。梶井さんって呼べよ。俺は危険物か」

嫌な奴が近寄ってきた。
一緒に桑地くわちまでいる。
宰田さいだめ。
恨んでやる。
こんな仕事を引き受けたことを末代まで祟るからな。

「梶井さん。この曲の部分はどうします?」

俺からピリピリとした空気を感じた唯冬は梶井を俺から遠ざけようと話しかけ、梶井をなるべく遠くまで連れて行った。
その代わりに桑地が俺に近づいた。

「深月。すこしいい?」

良いも悪いも答える前に桑地は俺を見おろすように前に立ち、長い髪をさらりと俺の頬に落とす。
まるで誘惑するように。
桑地が使っている甘い香水の香りが鼻につく。

「深月、あの浮気女のどこがいいの?」

「浮気女?」

「これ、見せてあげる」

どこから撮ったのか桑地のスマホには梶井と奏花が二人で食事をしている姿とソファーで梶井が奏花にキスするところがおさめられていた。
正しくはキスしようとしているところか―――?
密着しているのはわかる。
梶井の背中から撮ったせいで奏花が見えない。

「……奏花」

「そうよ、二人でいちゃいちゃしてたわよ。深月より梶井さんとのほうがいい雰囲気だったわよ?どこからどうみても恋人同士だったもの」

「恋人同士……」

「深月のことなんて本当は好きじゃないのよ」

『好きじゃない』という言葉が頭の中に響き渡った。
奏花は俺のこと好きじゃない?
奏花がいなくなったら、俺は暗い世界に一人ぼっちになってしまう。

「いやだ」

「深月?」

「絶対にいやだ」

「逢生!」

バッと立ち上がり、部屋から飛び出そうとしたのを梶井がドアの前をドンッと足でふさいだ。

「子犬、仕事中だぞ」

「足をどかせよ。梶井」

俺の低い声に周囲が驚き、視線が集まった。
今、一番見たくない顔だ。
唯冬と知久が気づき、そばにきたのはわかった。
けれど―――無理だ。
誰も俺を止められない。

「逢生」

「落ち着け」

唯冬と知久が俺の肩をつかむ。

「仕事を途中で投げ出すのは感心しないな。子犬」

「奏花に手を出すからだ」

「小学生じゃあるまいし。奏花ちゃんを自分だけのものにしておけるような年齢か?違うだろ?」

「年齢?」

俺は笑う。
そうやって理由をつけて簡単に捨てられるから梶井はそんなことを言えるんだ。
俺は違う。

「いくつになっても奏花は俺のそばにいてもらう」

永遠にそばにいて。
俺のそばに。
じゃないと俺は―――怖い顔をした唯冬がすっと間に入った。

「梶井さん。逢生をからかうのはやめてもらいたい」

「そうそう。俺達の中で逢生が一番純粋だからね」

知久が梶井の背後に立つ。
お手上げだとばかりに梶井は両手をあげて笑った。

「友達思いでなにより。殴られないうちに退散しておこう」

俺の横を通り過ぎる時、梶井は耳元で囁き、スカーフを俺の手に握らせた。

「奏花ちゃん、俺のことを男として見てるけど深月のことはどうなんだろうな」

梶井はそう言って俺の目の前から去った。
それなのに俺はドアから向こうに行くことはできなかった。
まるで、毒が体に巡るように梶井の言葉が俺の足をその場につなぎとめていた。
手の中にあるスカーフを見つめていた。
いつか奏花は俺から去っていく。
そんな予感がして―――怖かった。

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