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21 安らぎは恋じゃない?
電車の窓ガラスに映る私は髪はぼさぼさで疲労感が最大値まで振り切れた姿をしていた。
周りも残業帰りの人や飲んだ後のサラリーマンが多く、似たような姿だったことが唯一の救いだ。
―――すごく疲れた。
梶井さんと話すと生気を吸い取られてしまうような気がしてならない。
全力投球というか、全力ダッシュっていうか。
気が抜けない。
よろよろとしながら電車を降りて駅を出たところでスマホが点滅していることに気づいた。
「うん?逢生から?」
『人質はいただいた』
人質―――!?
そのスマホ画面の向こうには私のプリンがあった。
『そよか』とご丁寧に名前が書いた箇所をバッチリ写して。
「わっ、私のプリンちゃんがぁぁぁっー!」
カッと目を見開き、マンションまでの道を猛ダッシュした。
カカッと暗証番号を入力し、ロックを解除してマンション内に入るとエントランスを走り抜け、エレベーターのボタンとバシッと押す。
いつもなら、遅いなんて思わないのにエレベーターのドアが開くまでの時間すらもどかしい。
エレベーターの中でスマホを確認すると新たな画像が送られてきた。
人質の横にスプーンが置かれている。
なんて卑劣な真似を!
エレベーターから素早く降りて、部屋のドアを勢いよくバンッと開けた。
「すとっーぷっ!!」
「おかえり」
開けたなり、逢生が待っていた。
遅い私を心配していたのかもしれない。
いつもと同じ逢生の顔を見た瞬間、なぜだか泣きたくなった。
ホッとするってこういうことなんだとわかった。
「奏花?」
名前を呼ばれてハッとした。
「なに私のプリンを食べようとしてるのよ!」
デデーンとリビングのテーブルにはプリンがあった。
私の名前が書いてあるプリンがっ!
プリンの横にはご丁寧にスプーンまで置いて。
はー!?これはとんでもない悪党だわ!
キッと逢生をにらみつけた。
「逢生!あんた、私のプリンちゃんになにするつもり!?」
「こいつは人質だから」
「帰ってきたんだから、返しなさいよ」
「そうだね」
はい、と渡してくれた。
「プリンちゃーん!怖かったねー!逢生に食べられるところだったね。私が食べるから、安心して!」
ぱかっとふたをあけて、口にした。
はー、おいしー!
なめらかでとろけるー。
プリンの甘さに癒されてやっと落ち着いた。
ふと視線を走らせると逢生がチェロを手にしていた。
「逢生、練習してたの?」
「そうだよ」
チェロに対しては真面目よね。
逢生は私を見て微笑んで私もつられて笑う。
「奏花が好きな曲、なにか弾こうか?」
「じゃあ、ドビュッシーの月光」
「奏花、その曲好きだね」
「そうね。落ち着くから」
―――逢生みたいで。
マンションの窓から見える夜景を背に逢生はチェロを弾いてくれる。
私のためだけに。
恋愛感情があれば、ドキドキするシチュエーションのはずなのに私は安心してウトウトと眠りそうになってしまう。
梶井さんとは全然違う。
私の感情をかき乱して苛立たせる梶井さん。
恋愛感情ってなんだろう。
私がもっと恋愛上手ならよかった。
そしたら、答えに迷わなかったはずだから。
「逢生、もう一度弾いて」
「いいよ」
曲が終わってもまた私はそう言っていた。
私の心が落ち着くするまで繰り返して。
ぺたんとテーブルに頬をつけた。
『深月に向ける感情は恋でも愛でもない。安全な男ってとこだな。それで深月と恋愛できると思えないね』
まるで呪い。
恋愛感情じゃないって言われて私はどうして否定したくなったんだろう。
逢生は何も言わないけど、きっと私が誰と会っていたのか気づいてる。
それなのに聞かなかった。
―――どうして?
前みたいに怒ったりしないの?
逢生の顔から心のうちを読み取ることはできなかった。
自分の気持ちもわからないのに逢生の気持ちもわかるはずもなく。
チェロの深い音色を聴きながら目を閉じた。
安心する。
このまま眠ってしまいたい。
逢生が私のそばからいなくなったら、私はきっと泣くだろう。
だって、二度とこの音をそばで聴けなくなるんだから。
それくらい逢生の音は私にとって心地いいものだった。
「奏花。風邪ひくよ」
眠りかけた私を逢生が揺さぶった。
「うん―――」
逢生の顔が近くにあって、ボウッとした頭で『キスするのかな?』と思っていた。
逢生はクラシック界のプリンスって呼ばれくらいに顔は整っている。
まつげもながくて、小さい時は女の子みたいだった。
私より可愛かったよね。
でも、逢生は私のほうが可愛いなんて言うから、恥ずかしかった。
だから、フリルがついたワンピースや女の子らしい色の物は着なくなった。
だって、逢生のほうが似合ったから。
いつも逢生は私のライバルだったよね。
でも今はもう男の人の顔だった―――
「奏花、俺がいらなくなったら言って」
キスする寸前で逢生はそんなことを言って顔を背けた。
「逢生……」
黙ったまま、逢生は自分の部屋に入って行った。
取り残された私はフラれたわけでもないのに傷ついていた。
逢生に拒否されたような気がして。
でも、私より傷ついていたのは逢生だったかもしれない。
私の服から微かに香るのは梶井さんの煙草の匂いと香水の香り。
それが残っていたから逢生は私を―――もしかして嫌いになった?
なにもなかったのに……
ちょっとはなにかあったか聞いてくれたっていいじゃない。
逢生とケンカをしても泣かなかった私が初めて泣いた。
どうして悲しくなったのかもわからずに。
周りも残業帰りの人や飲んだ後のサラリーマンが多く、似たような姿だったことが唯一の救いだ。
―――すごく疲れた。
梶井さんと話すと生気を吸い取られてしまうような気がしてならない。
全力投球というか、全力ダッシュっていうか。
気が抜けない。
よろよろとしながら電車を降りて駅を出たところでスマホが点滅していることに気づいた。
「うん?逢生から?」
『人質はいただいた』
人質―――!?
そのスマホ画面の向こうには私のプリンがあった。
『そよか』とご丁寧に名前が書いた箇所をバッチリ写して。
「わっ、私のプリンちゃんがぁぁぁっー!」
カッと目を見開き、マンションまでの道を猛ダッシュした。
カカッと暗証番号を入力し、ロックを解除してマンション内に入るとエントランスを走り抜け、エレベーターのボタンとバシッと押す。
いつもなら、遅いなんて思わないのにエレベーターのドアが開くまでの時間すらもどかしい。
エレベーターの中でスマホを確認すると新たな画像が送られてきた。
人質の横にスプーンが置かれている。
なんて卑劣な真似を!
エレベーターから素早く降りて、部屋のドアを勢いよくバンッと開けた。
「すとっーぷっ!!」
「おかえり」
開けたなり、逢生が待っていた。
遅い私を心配していたのかもしれない。
いつもと同じ逢生の顔を見た瞬間、なぜだか泣きたくなった。
ホッとするってこういうことなんだとわかった。
「奏花?」
名前を呼ばれてハッとした。
「なに私のプリンを食べようとしてるのよ!」
デデーンとリビングのテーブルにはプリンがあった。
私の名前が書いてあるプリンがっ!
プリンの横にはご丁寧にスプーンまで置いて。
はー!?これはとんでもない悪党だわ!
キッと逢生をにらみつけた。
「逢生!あんた、私のプリンちゃんになにするつもり!?」
「こいつは人質だから」
「帰ってきたんだから、返しなさいよ」
「そうだね」
はい、と渡してくれた。
「プリンちゃーん!怖かったねー!逢生に食べられるところだったね。私が食べるから、安心して!」
ぱかっとふたをあけて、口にした。
はー、おいしー!
なめらかでとろけるー。
プリンの甘さに癒されてやっと落ち着いた。
ふと視線を走らせると逢生がチェロを手にしていた。
「逢生、練習してたの?」
「そうだよ」
チェロに対しては真面目よね。
逢生は私を見て微笑んで私もつられて笑う。
「奏花が好きな曲、なにか弾こうか?」
「じゃあ、ドビュッシーの月光」
「奏花、その曲好きだね」
「そうね。落ち着くから」
―――逢生みたいで。
マンションの窓から見える夜景を背に逢生はチェロを弾いてくれる。
私のためだけに。
恋愛感情があれば、ドキドキするシチュエーションのはずなのに私は安心してウトウトと眠りそうになってしまう。
梶井さんとは全然違う。
私の感情をかき乱して苛立たせる梶井さん。
恋愛感情ってなんだろう。
私がもっと恋愛上手ならよかった。
そしたら、答えに迷わなかったはずだから。
「逢生、もう一度弾いて」
「いいよ」
曲が終わってもまた私はそう言っていた。
私の心が落ち着くするまで繰り返して。
ぺたんとテーブルに頬をつけた。
『深月に向ける感情は恋でも愛でもない。安全な男ってとこだな。それで深月と恋愛できると思えないね』
まるで呪い。
恋愛感情じゃないって言われて私はどうして否定したくなったんだろう。
逢生は何も言わないけど、きっと私が誰と会っていたのか気づいてる。
それなのに聞かなかった。
―――どうして?
前みたいに怒ったりしないの?
逢生の顔から心のうちを読み取ることはできなかった。
自分の気持ちもわからないのに逢生の気持ちもわかるはずもなく。
チェロの深い音色を聴きながら目を閉じた。
安心する。
このまま眠ってしまいたい。
逢生が私のそばからいなくなったら、私はきっと泣くだろう。
だって、二度とこの音をそばで聴けなくなるんだから。
それくらい逢生の音は私にとって心地いいものだった。
「奏花。風邪ひくよ」
眠りかけた私を逢生が揺さぶった。
「うん―――」
逢生の顔が近くにあって、ボウッとした頭で『キスするのかな?』と思っていた。
逢生はクラシック界のプリンスって呼ばれくらいに顔は整っている。
まつげもながくて、小さい時は女の子みたいだった。
私より可愛かったよね。
でも、逢生は私のほうが可愛いなんて言うから、恥ずかしかった。
だから、フリルがついたワンピースや女の子らしい色の物は着なくなった。
だって、逢生のほうが似合ったから。
いつも逢生は私のライバルだったよね。
でも今はもう男の人の顔だった―――
「奏花、俺がいらなくなったら言って」
キスする寸前で逢生はそんなことを言って顔を背けた。
「逢生……」
黙ったまま、逢生は自分の部屋に入って行った。
取り残された私はフラれたわけでもないのに傷ついていた。
逢生に拒否されたような気がして。
でも、私より傷ついていたのは逢生だったかもしれない。
私の服から微かに香るのは梶井さんの煙草の匂いと香水の香り。
それが残っていたから逢生は私を―――もしかして嫌いになった?
なにもなかったのに……
ちょっとはなにかあったか聞いてくれたっていいじゃない。
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どうして悲しくなったのかもわからずに。
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