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24 ライバルじゃない
「私、梶井さんとは一緒にはいけません」
崩れることがないと思っていた梶井さんのポーカーフェイスが崩れた。
それこそ高校生の頃に戻ったんじゃないかと思わせるような顔で。
感情をこぼれさせていた。
しばらく、私と梶井さんは黙って見つめ合っていた。
どちらがなにを言うのか、お互いを探るようにして。
私達の沈黙を破ったのは周りの声と音だった。
近くの会議室のドアがバタンッと大きな音をたてて開き、会議を終えた社員達が廊下にバラバラと出てきた。
梶井さんを見るといつもの顔に戻り、笑っている。
「さすがに奏花ちゃんは手強いな。俺をチェリストの道に戻しただけある」
「梶井さーん、渓内さんとなんの話ですかー?」
会議を終えた先輩達が集まって来た。
「食事に誘ったけど、フラられたとこ」
「それじゃあ、私と食事に行きませんか?」
「ずるい!私だって行きたいんだから」
「いいよ。みんなで食事に行こうか」
梶井さんが笑いながら明るく言った。
「えー!いいんですかー!」
「もちろん」
私も、私もと他の関係ない女性社員まで集まってきて、きゃあきゃあと廊下が大騒ぎになった。
社交的な梶井さん―――それが本当の梶井さんの姿とは思えなかった。
女性に囲まれる梶井さんと目があって、軽く会釈をしてその場を離れた。
梶井さんのことは嫌いじゃない。
私に逢生がいなかったら、きっと梶井さんと一緒に行っていた。
逢生がいるから、私は一緒にはいけない。
私が一番一緒にいたいのは逢生だから。
会社を出て、スマホをみたけど、いつもは逢生がマメに送ってくるメッセージもない。
逢生は桑地さんと食事って言ってたから、今頃二人で食事をしているんだろう。
マンションに帰っても逢生はいないとわかっているのにどこにも寄らずにいつもより急いで帰った。
「ただいまー」
玄関の電気だけついていた。
足元が暗いと私が転ぶとでも思っているのか、逢生は自分が先に帰ると必ず玄関の電気だけつけてある。
そういえば、マンションだけでなく家にいる時からずっとだったかもしれない。
私が暗くなってから隣に顔を出すことがあったから。
もしかして、あれは私が逢生に会いにくるのを待っていた?
「逢生が帰ってる?」
消し忘れかなとも思ったけど、逢生の大きな靴が玄関にある。
私より身長が低かった逢生だけど、昔から足だけは大きかった。
それだけ、逢生が私より大きくなるってことだったのに私は何も気づいてなかった。
逢生がそばにいるのが当たり前だったから。
リビングは暗い。
部屋にいるのかなと思いながら、ドアを開けた。
逢生はいた。
いたけど―――
夕暮れの日差しが床を赤く染める中、窓に寄り添ってぼんやりと窓の外を眺める逢生。
電気もつけずに薄暗い中、一人いる逢生の姿は子供の頃の逢生に重なって見えた。
逢生は昔、ああしてよく窓の外をぼんやり眺めていた。
暗い目をしていたのが気になって、強引に逢生を私の家にひっぱっていった。
私の家で過ごす逢生は嬉しそうで明るい表情をするから―――
「ただいま、逢生……」
なんだか様子がおかしい?
ぴりぴりとした緊張感を感じる。
「おかえり、奏花」
逢生の手にはスカーフが握られていた。
それは私が梶井さんと会った時、身に着けていたスカーフだった。
「あの、逢生……」
「これ、梶井から渡された」
逢生は立ち上がり、私の手にスカーフを渡す。
何事もなかったかのように。
私のことなんてもうどうでもいいの?
普通に渡せるくらいの気持ち?
泣きそうになって逢生の顔を見た。
「奏花?どうして、泣いて……」
「少しくらい悔しい顔してみなさいよっ!」
逢生が驚き、目を見開いていた。
自分がすごく理不尽なことを言っているのはわかってる。
なにそれって思う。
だって、逢生に嫉妬してよって言ってるようなものだったから。
「いつも私、逢生に負けたような気分になる」
「奏花が俺に負けたことなんか一度もないよ」
「わかってるわよっ!私が勝手に逢生のことライバル視してただけってことくらいっ」
逢生はきょとんとした顔をしていた。
「ピアノも勉強もスポーツも全部、逢生に追い抜かれちゃったし。一人で留学だって決めて……だから、私はもう逢生に必要ないって思ってた」
いつもと違うと逢生は気づいたのか、私にそっと寄り添って自分の手で涙をぬぐった。
逢生の香りがする。
私が好きだと言ったコットンフレグランス。
それ以来、その香りしか逢生はつけない。
なんなの。
ずるすぎる。
言葉がなくても逢生はいつも私のことを想ってくれていた。
私が気づかなかっただけで。
「桑地さんだって逢生にはいるし。今日だって、一緒に食事に行ったんじゃなかったの?」
「行かなかった。奏花に会いたかったから、途中で行くのをやめて帰ってきた。もしかして、桑地に嫉妬?」
「しっ、嫉妬って」
逢生からはさっきまで感じていた緊張感はなかった。
顔には優しげな笑みを浮かべていた。
「奏花は俺にとって必要な人間だよ。他の誰よりも」
逢生は私の髪に触れ、頬を撫でた。
その大きな手のひらに自分の重みを預け、目を閉じる。
「私、逢生に伝えたいことがあるの」
私の言いたいことを理解したらしく、泣きそうな顔をしていた。
泣く逢生なんて見たことない。
その顔に煽られて私からキスをした。
逢生は角度を変え、何度も唇を重ねた。
「大好きよ、逢生」
「うん」
震える声で逢生は返事をして体をきつく抱きしめた。
「逢生。私のライバルじゃなくて、恋人になってくれる?」
「奏花は俺の一番だから、恋人になれてもライバルになれないよ」
痛いくらいに抱きしめたまま、逢生は耳元で囁いた。
「チェロを始めたのも奏花に俺を好きになってもらいたかったから」
「……うん」
やっぱりそうだったんだ―――逢生の人生を左右してしまったという悔恨。
優秀な逢生は他にもまだ選べる道があったはずなのに。
子供の頃、私がなにげなく言った言葉を信じてここまできた。
嬉しいけど、逢生のためにそれはよかったのかなと思ってうつむくと顎をつかまれ、上を向かされた。
「俺は全部、奏花のものだ」
またキスをして、逢生はもう私を逃がさない。
きっと逃がしてはくれない。
自分の気持ちに気づくまでこんなにかかるなんて思っても見なかった。
逢生はいつも私のそばにいて、留学中も寂しいって私に感じさせないくらい連絡を寄越していたから、そばにいるのが当たり前になって―――でも梶井さんに出会って逢生の存在が当たり前なんかじゃないってわかった。
私に安心感をくれる大切な存在。
「逢生。梶井さんからスカーフを渡されて悔しかった?」
「あたりまえ。殴ってやろうかと思った」
「じゃあ、悔しい顔をして」
頬を両手で包み込むと逢生は嬉しそうに笑って言った。
「今は奏花のお願いでも無理だよ」
こんなに幸せなのに―――と言って逢生は私の体を強く抱きしめた。
やっぱり私は逢生に負けてる。
だって、逢生は私をこんなに必要としてくれていて、幸せな気持ちにしてくれるんだから。
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