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30 たとえるなら
「……奏花ちゃん。奏花ちゃん、起きないとキスするよ?」
私の名前を呼ぶ声に目を覚ますと梶井さんの顔が目の前にあった。
「ぎゃっー!!」
ズサッと梶井さんから離れると、ばっと身構えた。
「まだなにもしてないけど」
笑ってる梶井さんはまだ熱っぽい顔をしていて目が潤んでいた。
私が買ってきた水を飲みながら、だるそうにソファーにもたれていた。
そんな姿なのにいつもより色気がある。
むしろ、そんな姿だから?
「看病してくれたんだ?」
「たいしたことはなにも……」
「いや、ありがとう。助かったよ」
時計を見るとそんなに時間は経ってなかった。
うっかり眠ってしまった自分に反省し、立ち上がった。
「なにか作りますね。何も食べてないですよね」
「レトルトのおかゆでいいよ」
「また床に倒れられていると目覚めが悪いので、ちゃんとしたものを食べてください」
「女性に説教されるのって母さん以来だな」
どんな生活を送ってきたらそうなるのよ……尽くされる一方ってこと?
買ってきた食材を手にして冷ややかな視線を送った。
今、気づいたけれど梶井さんの部屋はほとんどなにもない。
だから、いやでも目についてしまった。
梶井さんの仕事依頼の中に海外からのオーケストラ出演依頼があった。
それを梶井さんが断る内容の返事。
途中まで書きかけてやめてあったけど、首席チェロってなかなかなれないものじゃないのかな。
本当に断ってしまうのだろうか。
逢生と似ていると思ったのはこういうところなのかもしれない。
執着心が薄い―――何事にも。
とはいえ、私がなにか言える立場でもないし……
ネギを手にした。
「うどんでいいですよね?」
「奏花ちゃんが作ってくれるものなら、なんでもいいよ。看病されるのっていいなぁ」
「はあ……。梶井さんなら看病してくれる女の人の十人や二十人いそうですけど」
「さすがの俺も二ケタはきついかな」
冗談だったのに真面目に答えないでほしい。
それにしてもキッチンに鍋一つしかないって。
冷蔵庫にはお酒と生ハム、チーズくらい。
なにを食べて生きてるのやら。
うどんのだし汁を作り、ネギを切る。
「梶井さん、ゼリーも買ってきたのでどうぞ」
「ありがとう」
素直ねと思って梶井さんを見ると顔色がよくないくせにニコニコと笑っていた。
「母さんが風邪を引いた俺に一度だけ作ってくれたのはうどんだったなー」
「一度だけって」
「オシャレで美人だったけど、家事が苦手な人だった」
なにもない部屋にひとつだけ写真立てが置いてあった。
すごく綺麗な女の人と笑っていない男の子。
女の人は雑誌で見るような完璧なボディラインとメイクで満面の笑み。
そのちぐはぐな二人の写真に違和感を感じていた。
梶井さんは私に話したくないこともあると思うから、なにも聞けない。
「気づいたかもしれないけど」
同じように梶井さんも写真を眺めていた。
「俺は母親が好きだけど好きじゃなかった」
「梶井さん……」
「恋人を作るのはいいけど、俺を一人にするから。一緒にいてくれたのは体調が悪い時だけ」
「……梶井さんなら、一緒にいたいって思ってくれる人はたくさんいますよ」
「誰でもいいわけじゃないよ」
「それはそうですけど」
出来上がったうどんを入れる丼もなくて、鍋敷きをリビングのローテーブルにひいてから鍋をのせた。
スープ用のカップがあり、そのカップにうどんをよそい、棚の中に入っていた割り箸を差し出した。
本当に最低限の物しかない。
「奏花ちゃん。料理上手だね」
「普通です。食べたら風邪薬飲んでくださいね。それから、着替えてベッドで眠ってください」
「はいはい」
母親より母親らしいなーと梶井さんは茶化すように笑って言った。
割り箸をパチンっと割る。
うどんを口にした梶井さんは少しだけ泣きそうな顔をしていた。
「深月はずるいな」
「逢生がずるいですか?」
「俺と違って奏花ちゃんがいるから、ずるい」
風邪で気持ちが弱っているのかもしれないけれど、梶井さんにそばにいますよとは言えなかった。
私には逢生がいる。
そうですかとも、そんなことはないですよとも返事ができずにキッチンに戻って後片付けをした。
うどんを食べ終えた梶井さんは薬を飲むと服を着替えて、またソファーにごろんと横になった。
顔色もさっきよりはずいぶんいい。
「それじゃあ、私は帰りますね。明日の仕事は延期にしてもらうよう先輩にメールしましたから、しっかり休んでください」
「奏花ちゃんはしっかり者だなぁ。ますます好きになったかも」
「そんなことを言えるようになったなら、もう大丈夫ですね」
「本気だってば」
「私、逢生と付き合い始めたんです」
そう言うと、梶井さんは面白くなさそうな顔をした。
「深月、うまかっただろ?」
「えっ、な、なにがっ」
「寝たんだろ?」
「なっ、なんてこと聞くんですかっ!」
「チェロは女の形をした楽器だって知ってた?だから、俺のほうがうまいよ?試してみる?」
誘惑するように色っぽい目で私を見る。
そんな目をしたら大抵の女性はくらっとくるんだろうけど。
「梶井さん。私はわかったんです。私が梶井さんにドキドキするのはジェットコースターと同じだって」
「ふうん。ジェットコースターね」
ジェットコースターみたいに怖いのだ。
しっかりつかまってないと振り落とされてしまう。
「逢生は観覧車なんです」
「……騙されているよ、それは」
「えっ!?そうですか?」
「そんな男か」
そう梶井さんが言った瞬間、インターホンが何度も押されて音が鳴り響いた。
「深月だぞ」
「えっー!?」
どうして私がここにいるってわかったの?
「観覧車じゃなくてお化け屋敷の間違いだろ」
梶井さんがそう言ったのを否定できずに入口を戦々恐々として見た―――
私の名前を呼ぶ声に目を覚ますと梶井さんの顔が目の前にあった。
「ぎゃっー!!」
ズサッと梶井さんから離れると、ばっと身構えた。
「まだなにもしてないけど」
笑ってる梶井さんはまだ熱っぽい顔をしていて目が潤んでいた。
私が買ってきた水を飲みながら、だるそうにソファーにもたれていた。
そんな姿なのにいつもより色気がある。
むしろ、そんな姿だから?
「看病してくれたんだ?」
「たいしたことはなにも……」
「いや、ありがとう。助かったよ」
時計を見るとそんなに時間は経ってなかった。
うっかり眠ってしまった自分に反省し、立ち上がった。
「なにか作りますね。何も食べてないですよね」
「レトルトのおかゆでいいよ」
「また床に倒れられていると目覚めが悪いので、ちゃんとしたものを食べてください」
「女性に説教されるのって母さん以来だな」
どんな生活を送ってきたらそうなるのよ……尽くされる一方ってこと?
買ってきた食材を手にして冷ややかな視線を送った。
今、気づいたけれど梶井さんの部屋はほとんどなにもない。
だから、いやでも目についてしまった。
梶井さんの仕事依頼の中に海外からのオーケストラ出演依頼があった。
それを梶井さんが断る内容の返事。
途中まで書きかけてやめてあったけど、首席チェロってなかなかなれないものじゃないのかな。
本当に断ってしまうのだろうか。
逢生と似ていると思ったのはこういうところなのかもしれない。
執着心が薄い―――何事にも。
とはいえ、私がなにか言える立場でもないし……
ネギを手にした。
「うどんでいいですよね?」
「奏花ちゃんが作ってくれるものなら、なんでもいいよ。看病されるのっていいなぁ」
「はあ……。梶井さんなら看病してくれる女の人の十人や二十人いそうですけど」
「さすがの俺も二ケタはきついかな」
冗談だったのに真面目に答えないでほしい。
それにしてもキッチンに鍋一つしかないって。
冷蔵庫にはお酒と生ハム、チーズくらい。
なにを食べて生きてるのやら。
うどんのだし汁を作り、ネギを切る。
「梶井さん、ゼリーも買ってきたのでどうぞ」
「ありがとう」
素直ねと思って梶井さんを見ると顔色がよくないくせにニコニコと笑っていた。
「母さんが風邪を引いた俺に一度だけ作ってくれたのはうどんだったなー」
「一度だけって」
「オシャレで美人だったけど、家事が苦手な人だった」
なにもない部屋にひとつだけ写真立てが置いてあった。
すごく綺麗な女の人と笑っていない男の子。
女の人は雑誌で見るような完璧なボディラインとメイクで満面の笑み。
そのちぐはぐな二人の写真に違和感を感じていた。
梶井さんは私に話したくないこともあると思うから、なにも聞けない。
「気づいたかもしれないけど」
同じように梶井さんも写真を眺めていた。
「俺は母親が好きだけど好きじゃなかった」
「梶井さん……」
「恋人を作るのはいいけど、俺を一人にするから。一緒にいてくれたのは体調が悪い時だけ」
「……梶井さんなら、一緒にいたいって思ってくれる人はたくさんいますよ」
「誰でもいいわけじゃないよ」
「それはそうですけど」
出来上がったうどんを入れる丼もなくて、鍋敷きをリビングのローテーブルにひいてから鍋をのせた。
スープ用のカップがあり、そのカップにうどんをよそい、棚の中に入っていた割り箸を差し出した。
本当に最低限の物しかない。
「奏花ちゃん。料理上手だね」
「普通です。食べたら風邪薬飲んでくださいね。それから、着替えてベッドで眠ってください」
「はいはい」
母親より母親らしいなーと梶井さんは茶化すように笑って言った。
割り箸をパチンっと割る。
うどんを口にした梶井さんは少しだけ泣きそうな顔をしていた。
「深月はずるいな」
「逢生がずるいですか?」
「俺と違って奏花ちゃんがいるから、ずるい」
風邪で気持ちが弱っているのかもしれないけれど、梶井さんにそばにいますよとは言えなかった。
私には逢生がいる。
そうですかとも、そんなことはないですよとも返事ができずにキッチンに戻って後片付けをした。
うどんを食べ終えた梶井さんは薬を飲むと服を着替えて、またソファーにごろんと横になった。
顔色もさっきよりはずいぶんいい。
「それじゃあ、私は帰りますね。明日の仕事は延期にしてもらうよう先輩にメールしましたから、しっかり休んでください」
「奏花ちゃんはしっかり者だなぁ。ますます好きになったかも」
「そんなことを言えるようになったなら、もう大丈夫ですね」
「本気だってば」
「私、逢生と付き合い始めたんです」
そう言うと、梶井さんは面白くなさそうな顔をした。
「深月、うまかっただろ?」
「えっ、な、なにがっ」
「寝たんだろ?」
「なっ、なんてこと聞くんですかっ!」
「チェロは女の形をした楽器だって知ってた?だから、俺のほうがうまいよ?試してみる?」
誘惑するように色っぽい目で私を見る。
そんな目をしたら大抵の女性はくらっとくるんだろうけど。
「梶井さん。私はわかったんです。私が梶井さんにドキドキするのはジェットコースターと同じだって」
「ふうん。ジェットコースターね」
ジェットコースターみたいに怖いのだ。
しっかりつかまってないと振り落とされてしまう。
「逢生は観覧車なんです」
「……騙されているよ、それは」
「えっ!?そうですか?」
「そんな男か」
そう梶井さんが言った瞬間、インターホンが何度も押されて音が鳴り響いた。
「深月だぞ」
「えっー!?」
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「観覧車じゃなくてお化け屋敷の間違いだろ」
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