幼馴染は私を囲いたい!【菱水シリーズ②】

椿蛍

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34 勝敗

リベルタンゴの曲の時は様子がおかしかった逢生だけど、次の演奏からはいつもどおりの逢生だった。
常連マダム達も気づいてない。
ほっとして逢生の音を聴く。
音楽センスはゼロの私だけど逢生の音だけはわかる。
ずっと聴いていたせいかもしれないけれど、三人が弾くグノーのアヴェマリアは清らかで澄んだ音。
これは三人の定番曲。
前に逢生が言っていた。

『アヴェマリアを弾く時、俺達の一番大事な女性を想って弾けって知久に言われた』

だから、これは―――思わず、顔が赤くなってしまう。
陣川さんは本当に女心をぐっとつかむのがうまいわね!
逢生によからぬことを吹き込んで教えてるのは陣川さんじゃないかと疑いの眼差しを向けた。
最後の曲は梶井さんを加えた四人で。
ラストはアメイジンググレイス。
マダム達が感嘆のため息をつく。
わかる。
梶井さんあんなの音は人を魅了する。
どうしたら、あんな音がだせるのか。
それに加えて、あの三人の王子っぷりときたら梶井さんを確実に圧倒してるわよ。
マダム達が乙女ポーズで聴いている。
実態を知っている私ですら、かっこいいなんて思ってしまう。
演奏がすべて終わってアンコール。
陣川さんと逢生の早弾きや桑地さんと渋木さんのジャズアレンジ。
でも、最後はやっぱり梶井さんだった。
梶井さんが弾いたのは白鳥。
お母さんが好きだった曲。
マダム達は惜しみ無い拍手を送っていた。

「梶井さん。今回も素敵だったわねぇ」

「あの若い子達もよかったじゃないの」

「私はCD、持ってるのよ」

「いつの間に!」

演奏が終わるとマダム達は感想を言い合っていた。

「一番よかったのはタンゴじゃない?」

「あのチェロの子。梶井さんに噛みつく子犬みたいで可愛かったわね」

「要チェックよ」

逢生が褒められてる!
よかたったね、逢生。
子犬っていうのが気になるけど、悪い評価じゃないわよ。
ありがとう!ありがとうっと手を握って回りたいとこだけど、それをやるとただのおかしな人だ。
遠巻きに眺めて、目でお礼を言っておいた。
逢生ってば、やるじゃないの。
自分が褒められたみたいに嬉しい。
席を立ち、楽屋へ向かう。
さすがにキスは無理でも頭くらいはなでてあげよう。
そんな気持ちになっていた。
宰田さんから渡されていたIDカードを首からかけて、関係者通路に入った。
楽屋の周りはまだ静かで戻ってきていないようだった。

「逢生、お疲れさまって……まだみたいね」

楽屋に顔を出すと逢生も他の人達もいなかった。
宰田さんも見当たらない。
まだ帰ってきてないんだと思って、もう一度楽屋の外に顔を出した。
そこへちょうど梶井さんが服を着替えて楽屋から出てきた。

「奏花ちゃん、来ると思っていたよ」

どうして梶井さんが?
今日のコンサートの主役なのに早々に楽屋に戻ってきていいの?
梶井さんは私を見つけて笑った。

「今からデートに行こうか」

「行きませんよ。だいたい今日のコンサートは梶井さんが主役でしょ?打ち上げにでなくていいんですか?」

「今日は奏花ちゃんといたいからパスしてきた。行くよ」

梶井さんが強引に腕をつかんだ。

「深月、いいだろう?俺が勝ったんだから」

やっと今、楽屋に戻ってきた逢生達が私と梶井さんを見ていた。
梶井さんは私の手に持っていたバッグを逢生に放り投げた。
強くバッグを叩きつけられて受け止めたけど、痛みで顔をしかめた。

「梶井!」

「深月。今日は俺に奏花ちゃんを譲れよ。負けたんだからな!」

逢生がなにか言ってくれるはず!
そう思っていたのになにも逢生は言わなかった。
どうして―――?
なにかを言う前に私の気持ちを探るように見る。
私が梶井さんの演奏を聴いて梶井さんを好きになったとでも思ってるの?

「約束だったよね?奏花ちゃん?」

逢生が手を伸ばすのが見えたけれど、その手は届かなかった。
無邪気に笑って梶井さんは私の体を軽々と抱えるとその場から連れ去った。
なにも言ってくれなかった逢生。
自分が梶井さんに負けたなんて思ってるの?
私が考えている間に梶井さんは有無をいわせず、自分の車に放り込んだ。

「深月。追いかけてこなかったね」

「……そうですね」

振り返る私を見て梶井さんは笑う。
それは勝者の笑みだった。
逢生に追いかけて欲しかったなんて言えずに黙り込んだ。
コンサートホールから車を走らせて向かったのは私の家の近く。
見慣れた場所だった。

「ここ……」

「奏花ちゃんには近所だけど、俺は久しぶりだから付き合ってよ。昔を少し思い出してさ」

梶井さんと初めて会った公園だった。
あの頃よりも公園は整備され、週末にはイベントが多く開かれる公園になっていた。
ライトアップされた野外ステージで菱水音大附属高校の演奏が流れている。
梶井さんが着ていた制服と同じ。
今日、このイベントがあることを知っていたに違いない。
懐かしそうに目を細めて野外ステージを眺めていた。

「間に合ったか」

「聴きたかったんですか?」

「そう。俺の原点だからね。俺が師事していた先生もいる」

ほらと指さした方向には熱心に聴き入る年配の男の人がいた。
目が合うと梶井さんが会釈していた。
梶井さんとは目で挨拶を交わすだけで、すぐにステージのほうを向く。
真剣そのもの。

「先生は相変わらずだなぁ」

けど、先生は歳をとったなと梶井さん寂しげにつぶやいた。

「母さんが死んだ後、卒業まで先生の家に住まわせてもらっていたんだ。先生は俺が苦しんでいるのを知っていて、チェロを続けてもいいし、やめてもいいって言ってくれてね。先生は俺の父親みたいなものだよ」

梶井さんの口からお父さんの話は一切、語られなかった。
親戚も。
きっといろいろ事情があるのだろう。

「深月の周りにはあいつを支えるたくさんの人がいる。でも俺は一人だ」

梶井さんの顔を見上げた。

「俺と一緒にいてほしい」

一人にしないでくれと梶井さんは私の手を握って自分の額に握った手を触れさせた。
梶井さんの孤独が手から伝わってきてふりほどくことができなかった。

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