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19 嫉妬
しおりを挟む会社には結婚したことをまだ言ってなかったのに金曜日になると、大半の人が知っていた。
「父が嬉しくて言いふらしているんだ」
惟月さんは恥ずかしそうに目を伏せたけど、口元は緩んでいた。
惟月さんの手のひらが頬を撫でた。
結婚してから、惟月さんは遠慮なく、触れてくるようになり、その指も手も優しい。
けれど、触れられるのに慣れてない私は照れてしまう。
「あっ、あのっ!書類渡してきますね」
「ああ」
惟月さんは微笑んだ。
あの微笑みも反則だと思う。
きっと今の私は赤い顔をしているに違いない。
エレベーターに乗り、廊下を歩いていると、誰かが叱られていた。
「中井さん!困ります!コピー機の紙の詰りをそのままにしないでください」
「大事な書類をシュレッダーにかけて!わからなかったんですか?」
同じ年頃の女子社員に叱られ、中井さんは睨み返していた。
「今までこんな雑用したことなかったんだから、しかたないでしょ!」
「雑用って。前から私達のこと、バカにしていましたよね。誰にでもできる仕事って言って!」
「もう、結構です。中井さんのことは人事部に報告します!」
「好きにしたらいいわよ!」
中井さんは怒って、床に書類を叩きつけてコピー機の所から、離れて行ってしまった。
「どうする?」
「困ったわね」
二人は残された書類を眺め、ため息を吐いた。
「あの、良かったら、私が代わりにしましょうか」
「高辻さん!いえ、今は清永さんですよね」
「させるわけにはいきません」
「今日は急ぎの仕事はありませんから」
床にバラバラになった書類を集めた。
「大丈夫です。任せてください」
二人はお礼を言うと、忙しそうに行ってしまった。
コピーを終え、資料をわけていると、怖い顔をした中井さんが戻ってきた。
「ちょっとなにしてるの!」
「コピーです」
「余計なことしないで」
睨み付けられたけれど、負けずに言った。
「中井さん。頼まれた仕事は最後まできちんとしないと、皆さん、困りますよ」
「今からするつもりだったのよ。余計なことしないで!」
ドンッと乱暴に体を突き飛ばされ、足がもつれ、転倒してしまった。
「わざとらしいわね」
私を見る中井さんの目が大きく見開かれた。
首筋に赤い痕が残っていることを思いだし、慌てて、手で隠した。
恥ずかしくて、顔をあげれずにいると中井さんの手が胸ぐらにかかり、体にのしかかられ、逃げようにも逃げれず、もがくことしかできない。
「や、めてっ」
「惟月を返しなさいよ!」
「うっ、くっ」
どこにこんな強い力があるのかと、思うほどに胸ぐらをつかみ、揺さぶられた。
目が憎悪に染まり、ぐっと襟首を締められると息が苦しくなった。
「な、なかいさっ……」
止めようとしたのに中井さんの耳には届いていない。
さらに首に力をこめられ、苦しさから目を閉じかけた瞬間―――
「やめろ!」
ドンッと中井さんの体が突き飛ばされ、体が自由になった。
「大丈夫か!? 」
気づくと、惟月さんの腕の中で、ホッとして、深く呼吸をした。
「どうして惟月さんが……」
「遅かったから、見に来たんだ。どうしてこんな!」
惟月さんは中井さんに向き直ると、声を張り上げた。
「何のつもりだ!」
「惟月。どうして?私のことはもういいの!?そんな簡単に私を捨てられるの!?」
「俺は待てないと言った。それを承知で海外支店に行ったんだろう」
「違うわ!待っててくれると思ったからよ。簡単に捨てたわけじゃないわ!海外支店で自分の力を試したかったの。でも、失敗してからは周りの皆は私に冷たくて」
「周りがどうであれ、海外支店に行くのが夢だったなら、チャンスをものにして思いを貫くべきだった」
惟月さんの目は鋭く、声は低い。
「咲妃に危害を加えることは許さない。敵になるなら、容赦はしない」
真っ青な顔で中井さんはこちらを見ていた。
「惟月さん!やめてください!」
ギュッとシャツを握りしめると、惟月さんは肩の力を抜き、息を吐いた。
「あなたに庇われたくないわ!なんなの?哀れみ?」
「中井さん。違うんです。私と中井さんの決定的な違いはたった一つだけなんです」
「なによ」
「ただ惟月さんはそばにいてほしかっただけなんです。だから、私が中井さんだったかもしれないと思ったら、私っ」
「なにそれ」
中井さんは泣き笑いのような顔をした。
人が集まりだし、ざわざわとし始め、中井さんに視線が集中していた。
「私は平気ですから。もう」
私の声に惟月さんはようやく、状況が見え始めたのか、周囲を見渡すと頷いた。
「そうだな。………今日は帰ったほうがいい」
騒ぎになりそうなことを察した惟月さんはその場から、離れて部屋に戻ると、帰り支度をさせた。
「マンションは一度も来ていないから、安心だが、念のため、俺が帰るまでは誰もいれないように」
「はい」
「静代さんに頼んで一緒にいてもらうようにしたから、静代さんと待っていてくれ。俺は後始末してから帰る」
「中井さんにあまりひどいことはなさらないで」
「それは約束できない」
さあ、と促すように背中を押され、駐車場までいくと運転手さんが待っていて、有無を言わさず車に乗せた。
今まで見たことがないくらいに惟月さんは怖い顔をしていたせいで、私は何も言えなかった。
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