さようなら、お別れしましょう

椿蛍

文字の大きさ
3 / 54
第1章

3 去っていった妻 ※イーザック視点

しおりを挟む
「私、別居します!」

 ――なぜ、そんな笑顔で?

 妻をまともに見たのは、これが初めてかもしれない。

「さようなら。二人の幸せを願っていますわ!」

 ドーヴハルク人に多い銀髪。
 美しい銀髪をなびかせ、颯爽と去っていく。
 こちらを一度も振り返らず、彼女の足取りは軽やかだ。

 ――な、なんなんだ。俺に未練はないのか!?

 俺に『会いたい』と、しつこく手紙を送ってきた妻。
 王妃付きの侍女を通し、食事やお茶、散歩に誘われたが、いつも面倒だと言って断った。
 手作りの贈り物は、侍従に返却させた。

『どれだけ、俺を愛していても、俺にはメリアがいる』

 そんな思いがあったからだ。
 別居を告げられたら、ショックのあまり、妻は俺に泣いてすがるだろうと思っていた。
 だが、満面の笑顔で去っていった。

 ――どういうことだ? 俺に好意を持っていたのではないのか?

 好意がないなら、わざわざ冷たくする必要もなかった。
 彼女と子供を作るわけにはいかない。
 我が国の領土を奪ったドーヴハルク人。
 その血を引く子が、王になるなど冗談ではない。
 腹黒い策略家のドーヴハルク王は、娘に王子を産ませ、王家を乗っ取るつもりだ。
 
 ――策略が失敗したというのに、笑顔だと?

 まさか、彼女は本当に『幸せな家庭』を築くつもりでいたのか?

「イーザック様、よろしかったですわね!」
「なにがだ?」
「だって、わたくしたちの仲をレフィカ様が認めてくださったでしょう?」
「……そうだな」
 
 メリアほど喜べなかった。

 ――待て、おかしい。なぜ、喜べない?
 
 俺が愛しているのはメリアだ。
 幼い頃から、メリアは俺に尽くし、愛してくれた。
 そんな可愛らしいメリアを裏切れるだろうか。
 裏切れるわけがない! 
 
「メリア。これで、お前は俺の妻だ。妃として、恥ずかしくない振る舞いをするんだぞ」
「ええ! イーザック様、嬉しいですわ。わたくし、あなたの妻として頑張りますわ」

 可愛らしくメリアは両手を胸の前に合わせて、目をキラキラ輝かせた。
 メリアは愛嬌がある。
 冷たい銀髪に青い目をしたドーヴハルク人と大違いだ。
 レフィカが去っていった後ろ姿を思い出す。
 広間の天窓から日差しが降り注ぎ、光が冠のように、銀髪の上できらめいていた。
 
 ――冠か。だが、レフィカはもう王妃ではない。

「イーザック様。正妃はレフィカ様のままでして?」
「お前を正妃にはできない」
「わたくしは、ずっと正妃になれないということですの?」
「メリアはレフィカが正妃でも構わないから、妃にしてくれと言っただろう? 俺の気持ちがあれば、それで満足だと」
 
 俺の心はメリアにあるというのに、レフィカに嫉妬したようだ。
 メリアは恥ずかしそうに頬を赤らめてうつむいた。

「ええ。イーザック様の愛がわたくしの元にあれば、じゅうぶんですわ」

 彼女はこちらが想像した通りの答えが返ってくるため、扱いやすい。
 予想外の態度だったのは、レフィカだ。

 ――夫から別居を告げられたんだぞ。少しは悔しそうな顔をしたらどうなんだ?

 振り向きもせずに去られ、こっちが捨てられたような気分になった。
 今日、初めて彼女の顔をはっきりと見た。
 結婚式の時の彼女はヴェールをかぶっており、周囲には大勢の人間がいた。
 それもあって、お互いなにも話さなかった。
 婚約の時は、ドーヴハルク王国から代理人が現れた。
 なんでも、ドーヴハルク王家のしきたりで、王女は結婚するまで男性の前に姿を見せてはいけないらしい。
 ドーヴハルク王家では、生まれた王女たちを後宮に閉じ込め、国から一歩も出さない。
 その理由は簡単だ。

『ドーヴハルク王家の王女は、政治の道具に使える』

 成人して嫁ぐまで、変な男にひっかからないよう後宮で閉じ込めて管理する。
 ドーヴハルク王国は北の小国だが、侮れない。
 多くの国と同盟を結び、自国の領土を守ることに成功しているからだ。
 歴史上、ドーヴハルク王国側から一度も同盟を破ったことがない。
 破れば、【契約】の力によって、嫁がせた娘の心臓が止まり死ぬ。
 そして、国々からの信用を一瞬で失う。

『ドーヴハルク王国側から、絶対に同盟を破らない』

 その信用があるからこそ、この政略結婚を承諾した。
 簡単に破られる同盟であれば、俺は信用しなかっただろう。
 
「命がけの政略結婚。逃げられない【契約】か……」

 哀れな王女たち。
【契約】を刻まれた王女は、常に死の恐怖に怯えて暮らさねばならない。

「イーザック様? 今、なんておっしゃいましたの?」
「メリアが知る必要のないことだ」
「でも……今、なにか……」
「お前は血生臭い話を聞かなくていい」

 そう言ったが、メリアは知りたそうな顔で、こちらを覗き込んでいた。
 だが、俺は【契約】のことを詳しくメリアに教える気はなかった。
 妃は政治に関わらず、おとなしく控えめなのが一番だ。
 その点、レフィカは面倒な妃だった――

『陛下。孤児院からお礼の手紙が届いております。レフィカ様がベットカバーを孤児院に寄付されたそうです』
『庭師がレフィカ様と庭仕事をしたと、自慢しておりました』
『レフィカ様は掃除係の侍女にまでお礼を言ったとか』

 そんな声が多数あった。
 最初は敵国ドーヴハルク王国から嫁いだとあって、王宮の使用人たちは警戒していた。
 だが、気がつけば王妃としての評判は悪くなかった。
 しかし、その評判の良さが、逆に迷惑だった。
 メリアを妃にするタイミングが、なかなかなく、予定より遅れたからだ。
 結婚式が終わったら、すぐにでもメリアを迎えるつもりでいたが、一年もかかってしまった。

 ――勝手なことを。

 レフィカは俺の気を引こうと、余計なことばかりしていた。
 その点、メリアは控え目で従順な――
 
「イーザック様。わたくし、お茶会を開きますわ」
「は? お茶会?」

 なぜ、お茶会を開く必要があるのかわからず、聞き返した。

「ええ! お茶会です! 王宮主催のお茶会を開いて、わたくしが妃になったご報告をするつもりですの」
「……なるほど」

 特に必要だと思えなかったが、メリアがやりたいというのなら仕方がない。

「レフィカ様をわたくしのお茶会に招待してもよろしいでしょうか?」
「好きにしろ。だが、気をつけろよ。メリアに嫉妬し、なにをするかわからない」
「まあ! わたくしを心配してくださるのですね。平気ですわ。わたくし、レフィカ様と仲良くできますわ。あなたの妻ですもの!」

 純粋で心が美しいメリア。
 メリアは、レフィカと仲良くなれると思っているようだ。

「ご歓談中、失礼いたします。メリア様はもっと警戒するべきですわ。相手は野蛮なドーヴハルク人。簡単に信じないほうがよろしいでしょう」

 メリアに昔から仕えている侍女のベルタが、険しい目をして言った。

「そうだな。ベルタの言う通りだ」
「でも……」
「メリアは優しいな」

 泣きそうになったメリアを見て、ベルタはうなずく。

「メリア様はとてもお優しい方です。残忍なドーヴハルク人と比べるまでもございませんわ」
 
 ベルタは主が心配だったようで、忠告を終えると深く頭を垂れ、サッと後ろへ下がった。
 会話中、我慢できずに入ってきたのは、主であるメリアを心配してのことだ。
 ベルタの反応が、普通の反応である。 
 我が国の北の地をを奪ったドーヴハルク王国。
 その恨みは深い。
 
「野蛮人めが」
「野蛮人とは、レフィカ様のことですか?」

 メリアに言われ、レフィカの姿を思い出し、『野蛮人』であるかどうか考えた。
 ドーヴハルク王国は北の蛮族だったが、国を手に入れてから変わった。
 グランツエルデ王宮を真似て、ドレスや調度品などをすべてグランツエルデ風にしたという。
 異国の人間でありながら、たしかにレフィカは、グランツエルデ流の礼儀作法を身に付けていた。
 そのせいか、レフィカから野蛮さは、いっさい感じられなかった。

「……ドーヴハルク人だ」

 そう答えると、メリアは表情をこわばらせた。

「今、イーザック様はレフィカ様を庇いましたわね」
「メリア、レフィカにくだらん嫉妬をするな。俺は別居までしたんだぞ?」
「わたくし、嫉妬なんてしてませんわ。イーザック様を信じてますもの」
「そうだ。美しい王女を送り込み、俺の心をほだそうとしても無駄だ。俺にはメリアがいるからな」
「美しい……」

 ――レフィカを美しいと思った。

 別れ際に見たレフィカは、とても美しく、長い銀髪が印象的だった。
 グランツエルデ王国では、めったに見かけることのない銀髪。
 青いガラスのような澄んだ瞳。
 そして、明るい笑顔。

 ――今さら、俺はなにを……

 メリアがムッとした顔で俺をにらんでいることに気づいた。
 俺はメリアを愛してる。
 レフィカを気にかけてどうするんだ。
 そう思いながら、レフィカが去った方角から、目をそらせずにいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~

なか
恋愛
 私は本日、貴方と離婚します。  愛するのは、終わりだ。    ◇◇◇  アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。  初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。  しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。  それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。  この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。   レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。    全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。  彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……  この物語は、彼女の決意から三年が経ち。  離婚する日から始まっていく  戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。  ◇◇◇  設定は甘めです。  読んでくださると嬉しいです。

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

【完結】王妃はもうここにいられません

なか
恋愛
「受け入れろ、ラツィア。側妃となって僕をこれからも支えてくれればいいだろう?」  長年王妃として支え続け、貴方の立場を守ってきた。  だけど国王であり、私の伴侶であるクドスは、私ではない女性を王妃とする。  私––ラツィアは、貴方を心から愛していた。  だからずっと、支えてきたのだ。  貴方に被せられた汚名も、寝る間も惜しんで捧げてきた苦労も全て無視をして……  もう振り向いてくれない貴方のため、人生を捧げていたのに。 「君は王妃に相応しくはない」と一蹴して、貴方は私を捨てる。  胸を穿つ悲しみ、耐え切れぬ悔しさ。  周囲の貴族は私を嘲笑している中で……私は思い出す。  自らの前世と、感覚を。 「うそでしょ…………」  取り戻した感覚が、全力でクドスを拒否する。  ある強烈な苦痛が……前世の感覚によって感じるのだ。 「むしろ、廃妃にしてください!」  長年の愛さえ潰えて、耐え切れず、そう言ってしまう程に…………    ◇◇◇  強く、前世の知識を活かして成り上がっていく女性の物語です。  ぜひ読んでくださると嬉しいです!

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

あなたへの愛を捨てた日

柴田はつみ
恋愛
公爵夫人エステルは、冷徹な夫レオニスを心から愛していた。彼の好みを調べ、帰宅を待ちわび、献身的に尽くす毎日。 しかし、ある夜会の回廊で、エステルは残酷な真実を知る。 レオニスが、未亡人クラリスの手を取り囁いていたのだ。 「君のような(自立した)女性が、私の隣にいるべきだった」 エステルは悟る。自分の愛は彼にとって「重荷」であり、自分という人間は彼にとって「不足」だったのだと。その瞬間、彼女の中で何かが音を立てて砕け散る。

処理中です...