さようなら、お別れしましょう

椿蛍

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第1章

6 無礼な侍女

 妃付きの侍女たちの力関係は、王に寵愛されている妃の侍女が強い。
 後宮育ちの私には、それがわかっていた。
 ジェレンは悔しそうに唇を噛んだだけで、なにもできなかった。
 その様子を見て、くすりとベルタは意地悪く笑った。

「ジェレン、落ち着いて」
「わかっていますけど、あの態度! 我慢なりませんわ!」
「不利なのはこちらです。ジェレン、耐えてください」
「そんな……レフィカ様……」

 ジェレンは嫌がらせと無縁の生活だっただろうけど、私は違う。
 異母姉妹や妃たちは、立場の弱い私に、気まぐれで嫌がらせをすることが多かった。
 
 ――ベルタは私を煽ったつもりでしょうけど、嫌がらせへの耐性は、ジェレンたちよりあるんですよね。

 私がベルタににこっと微笑むと、向こうは怯んだ。

「イーザック様が私の手紙を不要だとおっしゃるのであれば、燃やしていただけますか? 薪の代わりくらいにはなるでしょうから」
「え……? 燃やす? 薪?」
「はい、燃やしてください」

 まさか、手紙を書いた本人から、『燃やしてください』なんて言われるとは思っていなかったようだ。

「どうせ捨てられるなら、燃料にしてもらえたほうが、無駄になりません」
「ね、燃料……?」

 ベルタは呆気にとられていた。
 
「なぜ、そんな清々しい態度でいられるの……? メリア様に嫉妬し、恨まないのですか!?」
「恨むなんてとんでもないですわ。メリア妃にお伝えください。荷物を運び終えたら、すぐにでも自由……じゃなくて、すぐにでも出ていきますと」

 危ない――うっかり本音が漏れてしまった。
 ベルタは気まずそうな顔で、散らばった手紙を眺めていた。
 嫌がらせをしたつもりが、私には通用せず、どうしていいかわからないようだ。

「王宮を去る前に、私の手紙を見ることができてよかったですわ」
「は……? なにがよかったの?」

 私がイーザック様に宛てた手紙。
 ベルタにぶちまけられてしまったけど、そのおかげでわかったことがある。

「イーザック様は、私の手紙を読んでくださっていたのですね」
 
 ベルタがハッとした顔で、手紙に目をやる。
 手紙の封さえ開けてもらえていないと思っていた。
 でも、手紙の封はすべて開けられていた。
 私の手紙を読んでくれていたのだ。
 それも、破れたり折れ曲がった手紙はなく、綺麗に保管されていた。

「イーザック様は律儀で真面目な方なんですね。そんな方だから、一途に一人の女性を愛し続けていたのでしょう」

 敵国のもくろみによって、押しつけられた妻。
 それが私。
 イーザック様はメリアへの愛を貫きたかったに違いない。
 
「手紙を見ただけで、どうしてわかるのよ……!」

 私が言ったことは、間違っていなかったようだ。
 ベルタは目に見えて動揺していた。
 私は床に落ちた手紙を一通ずつ拾い集め、テーブルの上に置く。
 そして、ベルタに告げた。

「私は二人の仲を引き裂くつもりはありません。王宮から静かに去ります」

 ベルタがここへやってきて、嫌がらせをしたのは、私を王宮から早く追い出したかったからだ。
 メリアに忠実な侍女のベルタ。
 主の恋を邪魔した私を憎んでいた。
 けれど、もう私を憎しむ必要はない。
 妻として、愛されなかった私は、王宮から去って形だけの妃となるのだから。

「ジェレン。荷物は片付いたかしら?」
「はい……。侍女たちの荷物も馬車に積み終わりました」

 新しい住まいは王宮の外にあるお屋敷だ。

「レフィカ様。手紙はどうなさいますか?」 

 私よりも悲しげな顔をした侍女が、私に尋ねた。

「……このまま、ここに残していきましょう。私が勝手に持っていっていいものではありませんから」
 
 私が送った手紙は、イーザック様のものだ。
 私のものではない。
 煮ようが焼こうが、それはイーザック様が決めることだ。

「では、行きましょうか」
 
 私と侍女が部屋を出ようとすると、ベルタが呼び止めた。

「レフィカ様! あなたは夫を奪われたのですよ? 正妃なのに、王宮を追い出されて悔しくないのですか? 悔しいと言ったらどうですかっ!」
「王宮を追い出されましたが、代わりにお屋敷をいただきました」

 それも、立派なお屋敷である。
 ありがたいことに、町が近く、でかけるのに、とっても便利だ。
 王妃という立場上、どこへ行くにも許可や厳重な警護が必要で、外出なんてできなかった。かった。

 ――もうワクワクしかないですよ!

「イーザック様には、私と侍女が暮らせる場所を用意していただき、とても感謝しております」

『生活費も』とお礼を言いかけてやめた。
 ベルタがイライラしているのが、わかったからだ。

「陛下が一番愛されている女性はメリア様ですわ! それをお忘れなきよう! いずれ、正妃になるのはメリア様ですからっ!」

 ――メリアの最終的な望みは、正妃になることなの?

 私だけでなく、ジェレンや他の侍女たちは驚き、一斉にベルタを見た。
 なぜなら【契約】が一つでも破られたら、王女がどうなるか、全員知っているからだ。
 【契約】の内容は全部で五つあると、父から聞かされていた。

 『王女を正妃として迎える』
 『王女の逃亡を禁ずる』
 『領土を奪わない』
 『妻の不義』

 どれか一つを破っても、私は死ぬ。
 五つ目、最後の一つだけは教えてもらえなかった。

 ――ドーヴハルク王の【契約】の力をメリアは知らないはずない……

 今となっては、古い昔話だと思っている人も多い『王の力』の話。
 古代、神は争いが止まない大陸を嘆き、大陸に住んでいた部族に力を与えた。
 それぞれの部族の長に与えた『王の力』――その力によって、大陸に争いがなくなり、国ができたという。
 やがて、力は必要なくなり消えていったという話であるが、古い力を残す国もある。
 私の故国、ドーヴハルク王国のように。

「正妃だけは譲れません」
「本性を現したわね! 正妃のままでいて、側妃のメリア様をバカにし続けるつもりでしょう!」
「違います」

【契約】の内容は、父とイーザック様だけが知る。
 五つ目の【契約】がなんであるかわからない以上、私は慎重に行動しなくてはならない。

「一番愛されているメリア様こそ、正妃にふさわしいわ……! 絶対にメリア様を正妃にしてみせる!」

 ブツブツと呪文のようにベルタは繰り返した。

 ――もし、イーザック様がメリアにお願いされて、正妃の地位を与えたら? そうなったら、そこで私の命は終わり……

 いつ、イーザック様が心変わりするかわからない。
 私は後宮で生まれ育ち、父の愛人を何人も見てきた。
 長く寵愛を維持できた女性はいない。
 後宮の女性たちは蹴落とし合いの奪い合い。
 まずは国王陛下の侍女になるのが目標で、そこから王の目にとまって部屋をもらい、側妃となる。
 側妃になれたら、次は正妃を蹴落とそうとする。
 正妃になれば、側妃を貶める――終わりのない女の戦いが、延々と続く。
 何度もそれを見てきたというのに……
 想いが通じたら、妻になれたら、妃として権力を持てたら――その欲望には果てがない。

 ――イーザック様、わかっていますよね……?

 私から正妃の地位を奪えば、死ぬということを。
 メリアが正妃になる前に、私は心臓に刻まれた【契約】を無効にする方法を探さなくてはならない――生き延びるために。

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