さようなら、お別れしましょう

椿蛍

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第2章

22 私にできること(2)

 私は町の相談役として、仕事をすることになった。
 私の役職名は公爵補佐官だけど、これは私だけでなかった。
 ゼリヤからの説明によると、ジグルズ様から信頼されている人たちは、領地内や他国でも公爵補佐官として動けるよう権限を与えられているそうだ。
 信頼できる人間にしか、公爵補佐官の役職を与えてないことを考えたら、かなり破格の扱いをしていただいたと思う。

「レフィカ様が町役場で働くなんて……」

 ジェレンは頬に手をあて、ため息をついた。

「私は楽しみです。どんな人たちと会えるのか、わくわくしてます」
 
 今日は私が相談役として働く、記念すべき初日。

「ジェレン、見てください。大盛況ですよ!」
「店じゃあるまいし、町役場が大盛況でどうするんですか……」
  
 町役場前は、朝一番から大勢の人がやってきて、開く前から行列ができていた。
 私たちが町役場を眺めている間にも、馬を繋いだ馬車、荷物の山が増え、さらに混雑に拍車をかけたのは、仕事へ向かう人々の通行である。
 
 ――目が忙しいですね……

 私とジェレンは道の端に追いやられ、並んでその様子を眺めた。
  
「レフィカ様。本当にこんな雑多な場所で働くのですか? 町の規模に対して、役場が小さすぎますわ」
「市庁舎が必要な規模ですよね……」
 
 ジグルズ様から聞いた話によると、ジグルズ様が領地を治めるようになってから、町は急激に成長した。
 公爵家で事務処理ができる人間は限られており、市庁舎にしたところで窓口は増やせない。
 建物はすぐに建てられても、人材が不足しているとのことだ。

 ――うーん……。まずは行列をどうにかしないと、この間のような揉め事が起きますよね……

「横入はいけませんよ!」
「ちゃんと並んでください! そこっ! ケンカをしない!」

 まだ開く前から列の整備だけで、人の手が取られている。
 朝早くにきても、仕事が進まないからか、役場の人たちはイライラしていた。
 イライラしているのは、列に並んでいる人も同じで、早く手続きを済ませたい人々が不満を募らせてた。

「疲れたよー!」
「もう並ぶの飽きたぁ。昨日も並んだのに、また並ぶのー?」

 親はぐずる子供たちをなだめるのに苦労しており、疲れた様子だった。
 子連れでない人たちも、待ち時間の長さに退屈を持て余し、うんざりした顔をしている。
 
「なんとかしなくてはいけませんね……」
「レフィカ様、ここにいたら危険です!」

 赤い髪に緑の目をした男の子が駆け寄ってきた。

「ハリル、大丈夫ですよ」

 ジグルズ様は私の護衛に、ハリルを選んだ。
 ゼリヤは忙しく、ほとんど公爵家にいない。
 ついさっきまで、ジグルズ様と話をしていたと思ったら、屋敷から姿を消していた――ということが何度もあった。
 戻ってくる時も、急に屋敷に現れる。
 ゼリヤだけでなく、ジグルズ様の配下はそんな人が多いようだ。
 そんな環境のせいか、ハリルは年齢よりも、ずっとしっかりしていた。

「レフィカ様を守るのが、おれの仕事ですからっ!」

 ハリルはキリッとした顔で、私に言った。
 ジェレンは頑張るハリルを見て、にこにこしていた。

「可愛らしいですわねぇ」
「子供扱いはしないでください!」
「え、でも子供……」
「ジェレン。ハリルは子供である前に、ジグルズ様の配下の一人です」

 ハリルは子供に見られるのを嫌う。
 ジグルズ様もそれをわかっていて、ハリルのプライドを尊重して、大人と同じように扱っていた。

「そうですね。ごめんなさい……」
「いえ! ジェレンさんもなにか困ったことがあれば、おれに言ってください!」
「ええ。ありがとうございます」
 
 私も母と暮らしていた頃は、母の足手まといになりたくなかった。
 だから、早く大人になりたいと思うハリルの気持ちがよくわかる。
 後宮の妃たちは、いつも争っていた。
 他の妃たちから嫌がらせを受け、じっと耐えている母を見ていた私は、母を困らせたり、面倒をかけたりしたくなかった。
 だから、自分のことは自分で解決しなくてはいけないと思っていたあの頃。
 母はもういないけれど、ハリルを見ていたら、そんな昔のことを思い出した。

「シャルク・ホジャという町は不思議ですね。賑やかな町だからか、私はここに来て、寂しいと思ったことがないんです」
「わかります。おれもシャルク・ホジャが大好きなんです! 窓から町の明かりがたくさん見えて、眺めているうちに眠くなるんです」
「公爵家は高台にありますからね。眺めがいいですよね」

 部屋の窓からは、運河と船、異国風の町並みが一望でき、眼下に美しい景色が広がっているのだ。
 いつまでも飽きずに眺められる。

「それでは、ハリル。役場の中へ入る前に、この列をなんとかしましょう」
「列を? どうやって……?」
 
 ハリルはポカンとした顔で、私を見た。

「このままだと、通行の妨げになりますし、イライラした人が多いと、もめ事の原因になります」
「でっ、でも、待合室はいっぱいで……」

 ハリルは町役場の中にある待合室をちらりと横目で見る。
 椅子はぎゅうぎゅう詰めで、町役場の中にまで荷物を運び入れる人がいて、ぶつかって歩く始末。
 私とハリルが行列をなんとかしようと話していると、町役場の人たちがやってきた。

「王妃様、部屋にいていただいてもよろしいでしょうか?」
「やりたいことがあれば、王妃様の勝手になさってください。私たちは忙しく、これ以上、人の手を割く余裕がありませんので……」
「私たちは仕事で手一杯なのです。もてなせず、申し訳ありません」
「レフィカ様になんて口の利き方をするんだよっ……!」

 ハリルはそこまで言って、口をつぐんだ。
 私を見る役人たちの目が、冷たかったからだ。
 忙しさは心の余裕を奪って、ギスギスした雰囲気が漂っていた。

「毎日忙しいのに、王妃様の世話までやっていられない」
「猫の手も借りたいとは言ったが、王妃様をよこすなんて、ジグルズ様はいったいなにを考えているんだ」

 そんな声が聞こえてくる。
 そして、さっさと自分たちの業務に戻っていった。
 ハリルは泣きそうな顔で、私を見た。

「あ、あの……! レフィカ様、ベルクヴァイン公爵家の人間がこんな人ばかりだと思わないでください! いつもは優しい人たちなんです。忙しいせいで、余裕がないっていうか……」
「お邪魔をしているのは、私のほうです。忙しいのに、私のお世話までしていられませんよ。でも、好きにしてもいいと言われましたし、さっそくとりかかりましょう!」
「え? 勝手にしてもいいって言ってたけど、好きにしていいとは……」
「同じ意味ですよ!」
「そ、そうかなぁ……?」
 
 私はハリルににっこり微笑んだ。

「ハリル、木材を買ってきてくれますか? そうですね……。この手帳くらいの大きさにそろえて、木を切ってください」
「わかりました」

 町役場を出て、ハリルは木材を買いに行った。
 私は部屋へ戻る。
 そして、何枚もの白い紙に線を引いていると、ジェレンがお茶を持ってきてくれた。

「忙しいのはわかりますけど、レフィカ様に失礼すぎますわ!」
「ジェレン。他の方にもお茶をお願いします」
「レフィカ様があんな冷たい態度を取られたのに、お茶なんて出す気になれませんわ」
「私はドーヴハルク人ですし、最初から歓迎されるとは思っていません。話しかけてくれるだけ、王宮よりもまだ好意的なほうではないでしょうか?」

 ジェレンはグランツエルデ王宮での扱いを思い出し、口ごもった。

「それから、ジェレン。行列が落ち着いたら、待合室にもお茶をお出ししてください。待っている人にお茶を出して、くつろいでいただきます。それで少しはイライラが減るでしょう」
「構いませんけど、あの行列をどうにかできますの?」
「どうにかしたいと思ってます」

 説明している暇はなく、私が黙って線を引く作業を続けていると、ジェレンは諦めて部屋を出ていった。
 これで、他の人たちにもお茶が行き届くはずだ。
 何枚もの白い紙に表を作り終えたところで、ハリルが戻ってきた。
 ハリルが抱えた木のカゴには、手帳サイズの木の板がたくさん入っていた。

「レフィカ様、買ってきたよ!」
「木材を手帳の大きさに切ってもらえたんですね」
「うん。木材売りのおじさんが、手帳を見せたら切ってくれたんだ!」
「ハリル、ありがとう」

 木の板を受け取ると、その板に番号を彫っていく。
 文字を書けば早いけれど、書いた文字を誤魔化す人が出てくるかもしれないからだ。

「レフィカ様、この板に数字を彫ればいいってこと?」
「ええ。そうです」
「なんの役に立つかわからないけど、おれもやるよ」

 私とハリルで数字を彫っていると、ジェレンが戻ってきた。

「レフィカ様。彼らはそんなに悪い人たちではないようです。お茶のお礼を言われました」
「そうでしょうね。では、お昼前にあの行列をなくして、休憩を取れるようにしましょう」
「レフィカ様? 数字が入った札で、なにをされるんですか?」

 ジェレンが不思議そうな顔をした。
 私が部屋から出ると、町役場の人たちが驚いた顔をした。 

「あ、あの……王妃様……」
「お茶をありがとうございました」
「同じ場所で働く仲間ですから、私のことは王妃でなく、名前で呼んでください」
「へ? そ、そ、そんな恐れ多い……!」
「みなさん、よろしくお願いしますね! 町の相談役として頑張ります!」

 嬉々とした顔で言うと、暗い表情をされた。

「そんな楽しい仕事ではないと思います」
「毎日、手続きにやってくる人たちの列を管理したり、文句を言われたり……」
「そのうち、嫌になりますよ」

 暗い顔した役場の人たちに、私は木の札と表を見せた。

「まずは、この混雑をどうにかしましょう」
「木と紙?」
「この行列をなんとかできるんですか?」

 ベルクヴァイン公爵家の人材は限られている。
 屋敷内のことを最低限にし、町のほうへ人をやっていても、この有り様である。

「人は増やせませんが、手間は減らせます。列の整理にかかる手間を減らし、その分、他の仕事ができるようにしましょう!」

 木の札を手に、にっこり微笑んだ。

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