さようなら、お別れしましょう

椿蛍

文字の大きさ
50 / 54
第4章

50 父の訪れ(1)

 まさか、父自身がグランツエルデ王国へやってくるとは思わなかった。
 五つ目の【契約】を教えてもらえないまま、私はドーヴハルク王国からやってくる父を王宮で待つようイーザック様に命じられた。
 そして、なぜか別居前に使っていた部屋とは別の部屋を与えられた。
 さらにイーザック様から、花やドレス、アクセサリーなどが届き、違和感と戸惑いしかない。

 ――なぜ、今になって……?

 そう思ったのは、私だけではなかった。

「ここは以前と同じ部屋ではありませんわね」

 父が到着する前に、シャルク・ホジャにいたジェレンと侍女たちが、大急ぎで王宮へやってきた。
 私のそばに、自分がつけたはずの侍女がいなければ、父がなにかおかしいと、勘づくに違いない。
 とはいえ、抜け目のない父のことだから、すでに私が別居されたことも、イーザック様が新しい妻を迎えたことも知っているはずだ。

 ――やってきて、私に正妃としての役目を果たすよう命じるはず……

「なんというか……。この部屋は豪華ですけれど、薄暗くて重々しい雰囲気ですわね。それに、テーブルにはひっかいたような傷がありますわ……」

 ジェレンは部屋を眺め、浮かない顔をした。
 金の装飾が施された立派な木のテーブルは、ジェレンが言った通り、爪でひっかいたような細い線が残っている。
 私を部屋に案内した侍従の説明によれば、歴代の王妃が使っていた部屋だという。
 この部屋には、戦いを描いた絵画や豪奢な金の刺繍が施されたカーテン、金の燭台、神々の天井画が描かれている。
 天井にはクリスタルシャンデリアがきらめき、部屋は明るく美しく贅沢なもの。
 素晴らしい部屋だけど、私たちはシャルク・ホジャのお屋敷へ戻りたいと思っていた。

 ――シャルク・ホジャに帰りたい……。ゼリヤやハリル、町役場の人たちは元気でいるかしら?

 窓の外をぼんやり眺めた。
 前の王が、王妃のために造らせたという薔薇園には、見事な薔薇の花が咲いている。
 
「レフィカ様。もしかしたら、この豪華な部屋は王妃が使う部屋かもしれませんね。でも、いったいどんな風の吹きまわしで、こんな待遇になったのでしょうか?」

 ジェレンは怪訝そうな顔をし、イーザック様から届いたドレスや靴、宝石を横へやった。

「それが、イーザック様はなにも言ってこないのよ……」

 私が五つ目の【契約】を教えてほしいとお願いしたのが悪かったのか、イーザック様とはあれ以来、一度も顔を合わせていない。
 それはジグルズ様も同じで、避けられているらしい。
 ジグルズ様は王宮に来たら使う部屋をお持ちだそうで、そちらに滞在している。

「ジグルズ様のお屋敷から、レフィカ様のドレスを持ってきました。こちらをお召しになりますか?」
「ええ。そうね」

 さすがに毒は仕込まれていないと思うけど、ジェレンたちはなにかウラがあるのではと怪しんで、使う気になれないようだ。
 それは、他の侍女たちも同じだった。
 
「メリア様がいなくなったから、別居を解消して、レフィカ様を妃に戻すなんて、都合がよすぎますわ!」
「まずは、レフィカ様に謝罪をしていただかないと!」
「なにもなかったような顔で、夫として振る舞うおつもりでしょうか?」

 今までの冷遇ぶりを考えたら、ジェレンたちのように思って当たり前だ。
 
「イーザック様は同盟を維持するため、私を妃に戻したいのかもしれません」

 もしかしたら、シャルク・ホジャへ帰れない可能性もある。

 ――このまま、王宮でイーザック様の妃として、私は縛られ続けるの?
 
「レフィカ様……。泣かないでくださいませ」
 
 ジェレンがハンカチを差し出した。
 気づかないうちに泣いていたらしく、私はハンカチを受け取って、涙をぬぐう。

「わかっております。レフィカ様の今までの行動は、【契約】を無効にし、自由になるのが目的だったのでしょう? リュザール王国へ行ったのも、イレーネ様にお会いするためだったのではないですか?」
「ジェレン……。なぜ、それを……」
「私たちはレフィカ様付きの侍女に選ばれるにあたり、ドーヴハルク国王陛下より、密命を承っておりました」

 やはり、父はイレーネお姉様の死を信じていなかったのだ。
 そして、私とイレーネお姉様が親しかったことから、いつか接触するのではと思っていた。
 ジェレンたちに私の監視役を命じていた――

「ご安心くださいませ。イレーネ王女の姿は見ておりませんと報告しておきました」
「ジェレン!」
「嘘はついておりませんわ。見ておりませんもの」

 侍女たちも同様にうなずいている。

「カリム様しか見ておりません! 見目麗しいエキゾチックな男性で!」
「ジグルズ様とカリム様が並ぶと、魅力が増しますわ」
「目の保養になりますよねぇ~」
「色んなタイプのイケメンがいるシャルク・ホジャは最高です!」

 シャルク・ホジャでの生活が楽しかったのは、私だけではなかったようだ。

「ドーヴハルク王国からシャルク・ホジャへ。そして、遠いリュザール王国の地まで行かれたレフィカ様に、私たちは誰よりも幸せになってほしいと願っております」 

 私が【契約】を無効にし、生きようとしていたことに、彼女たちは最初から気づいていたのだ。
 ドーヴハルク王国から、ここまでの間、ずっと一緒にいて助けてくれた。

「今まで、私についてきてくれて本当にありがとう」

 左胸に手を置き、私は父と対峙する覚悟を決めた。

 ――父が来る。

 父は多くの王子たちの中で、生き延びて王位を手に入れた。
 中途半端な嘘であれば、簡単に見抜くだろう。

「もし、お父様に嘘をついたと責められたら、私に頼まれたと言ってください」
「レフィカ様!?」
「全員、お父様を知っているはず。甘い人ではありませんよ」

 ジェレンは貴族令嬢で、他の侍女たちもそれなりの家柄である。
 ドーヴハルク王国には大切な家族がいる。

「いいですか? 必ず、自分の身を守ってください。お父様は容赦なく、あなたたちに罰を与えるでしょう」

 誰も『違う』とは言わなかった。

「ドーヴハルク王が到着されました」

 侍従が部屋にやってきて、父の到着を告げた。

「出迎えましょう」
 
 ジェレンたちを伴い、部屋を出た。
 私はグランツエルデ王国に嫁ぎ、多くの人と出会い、二度と会えないはずだったイレーネお姉様と再会した。
 そして、私にはジグルズ様がいる。
 私はもうドーヴハルク王国の後宮の片隅で、虐げられていた王女ではないのだ―― 

あなたにおすすめの小説

結婚式の翌朝、夫に「皇太子の愛人だろう」と捨てられました――ですが私は、亡き国王の娘です

柴田はつみ
恋愛
母の遺した薬草店を守りながら、慎ましく暮らしていたアンリ。 そんな彼女に求婚してきたのは、国内でも名高い騎士にして公爵家当主、アルファだった。 真っすぐな想いを向けられ、彼を信じて結婚したアンリ。 けれど幸せなはずの結婚式の翌朝、夫は冷たく言い放つ。 「君を愛していると本気で思っていたのかい? 」 彼はアンリが第一皇太子と深い仲にあり、自分との結婚は身を隠すための偽装だと誤解していたのだ。 アンリは実は、亡き国王の婚外子。 皇太子にとっては、隠して守らなければならない妹だったのである。

文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
幼馴染を優先しても、婚約者アウローラは何も言わない。だから、これからも幼馴染みとイチャイチャできる── 侯爵令息トリスタンは、そんな甘い幻想を信じていた。 だが婿入りした瞬間、彼の“軽んじた態度”はすべて清算される。 アウローラは冷徹に、トリスタンの傲慢と欲望を1つずつ暴き、労働と屈辱を与える。 そして最後に残ったのは、誰にも必要とされない現実だけ。 「どうして……俺は、こんなにも愚かだったんだ」 これは愛を勘違いし、身分を過信し、自分の価値を見誤った男の終焉を描くダークドラマ。 ⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。過激ざまぁタグあります。 4/1「エステルに対する殺意」の内容を一部変更しました。

「離縁状の印が乾く前に、王太子殿下から花束が届きました」〜五年間「置物」と呼ばれた侯爵夫人、夫が青ざめるのは王家との縁が切れてからでした〜

まさき
恋愛
侯爵夫人として過ごした五年間、夫に名前を呼ばれたことが一度もなかった。 愛人を夜会に連れてきた翌朝、私は離縁状を置いて屋敷を出た。 夫は「すぐ戻る」と思っていたらしい。 でも届いたのは、王太子殿下からの白薔薇だった。 「五年、待ちすぎました。今度こそ私の隣に」 幼馴染の殿下は、いつも私を「アメリア」と呼んでくれた。 ただそれだけで、五年分の何かが、ほどけていった。 夫が全てを失うのはこれからの話。 私が本当の笑顔を取り戻すのも、これからの話。

白い結婚のまま、旦那様は薔薇のような美人に夢中になりました

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢リディアは、美貌で有名な侯爵レオンハルトに嫁いだ。 けれど結婚して二年、夫婦は一度も結ばれないまま――白い結婚だった。 それでも旦那様は優しかった。 冷たいわけではない。気づかいの言葉も、穏やかな笑顔もくれる。 だからリディアは、愛されてはいなくても、いつか少しは夫婦になれるのではないかと信じていた。 そんなある日、彼女は知ってしまう。 旦那様が薔薇の君と呼ばれる絶世の美女に心を奪われていることを。 彼が触れなかったのは私にだけだったのだと。 都合のいい奥方として、役に立っていたと悟る 静かに離縁を決意したリディアは、実家へ戻ったあと、女子学院で働き始める。 すると侯爵夫人時代には当たり前だった実務のすべてが、外では驚くほど必要とされていた。 感謝され、認められ、自分の足で立ち始めた彼女は、少しずつ見違えるほど美しくなっていく

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

幼馴染しか見えない婚約者と白い結婚したので、夜明け前にさよならしました

ゆぷしろん
恋愛
公爵令嬢レティシアは、家同士の都合で伯爵アルフレッドに嫁ぐ。 けれど夫は結婚後もずっと幼馴染のシルヴィばかりを優先し、婚礼の夜から夫婦として触れ合おうともしなかった。名ばかりの妻として伯爵家を支え、領地経営まで立て直しても、彼にとってレティシアは“都合のいい伯爵夫人”でしかない。 やがて結婚一周年の夜、アルフレッドが自分を手放す気はない一方で、幼馴染を屋敷に迎え入れようとしている会話を聞いてしまったレティシアは、ついに決意する。 ――もう、この結婚には見切りをつけよう。 夜明け前、彼女は離縁の準備を整え、伯爵邸を出奔。 身を寄せた北の港町で薬舗を手伝いながら、自分の力で生きる穏やかな日々を手に入れていく。そこで出会ったのは、身分ではなく一人の女性として彼女を尊重してくれる青年医師ノアだった。 一方、都合よく尽くしてくれる妻を失ったアルフレッドは、ようやく自分が何を失ったのかを思い知ることになる。 幼馴染ばかりを優先する婚約者との白い結婚に終止符を打ち、傷ついた公爵令嬢が新天地で本当の幸せを掴む、離縁から始まる逆転ラブストーリー。

本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~

なか
恋愛
 私は本日、貴方と離婚します。  愛するのは、終わりだ。    ◇◇◇  アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。  初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。  しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。  それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。  この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。   レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。    全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。  彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……  この物語は、彼女の決意から三年が経ち。  離婚する日から始まっていく  戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。  ◇◇◇  設定は甘めです。  読んでくださると嬉しいです。

夫は私を愛していないそうなので、遠慮なく離婚します。今さら引き止められても遅いです

藤原遊
恋愛
王妃付き護衛騎士である夫に、「お前を愛したことはない」と告げられた。 理由は単純。 愛などなくても、仕事に支障はないからだという。 ──そうですか。 それなら、こちらも遠慮する必要はありませんね。 王妃の機嫌、侍女たちとの関係、贈り物の選定。 夫が「当然のように」こなしていたそれらは、すべて私が整えていたもの。 離婚後、少しずつ歯車は狂い始める。 気づいたときにはもう遅い。 積み上げてきた信用は、静かに崩れていく。 一方で私は、王妃のもとへ。 今さら引き止められても、遅いのです。