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第1章
20 別居後、初めて会う妻(3) ※イーザック
レフィカと兄上は同時に俺を見た。
分厚い本をテーブルに置き、真剣な顔をしていた。
甘い雰囲気とは違い、どこか重々しい。
――浮気では……ない……?
二人の視線に気づき、我に返った。
しかも、レフィカの目は語っていた。
『なにしにきたの?』
慌てた自分が恥ずかしい。
浮気だと言ったのは誰だ!
ここまで、俺は慌てる必要はなかった。
レフィカは別居中で、俺が『興味が持てない』と言った妻だ。
これではまるで、興味があるようではないか。
そもそも、浮気でレフィカが命を落としたところで、俺に非はない。
――そうだ。俺は同盟を消滅させないために、急いだだけだ。別にレフィカのことなどなんとも思っていない!
「イーザック、どうした? 今、レフィカと話をしていたところなんだが、なにかあったのか?」
「レフィカ? ずいぶん親しげですね」
「なんだ。別居中の妻が、他の男と話しているのが面白くないのか?」
「違うっ! ……いや、それは兄上の勘違いです」
レフィカはキョトンとした顔で、俺を見ていた。
兄上は焦る俺を見て、おかしそうに笑っていた。
「レフィカは俺の配下を助けてくれた。その礼に屋敷に招いただけだ」
「助けた……?」
レフィカはにっこり微笑み、うなずいた。
「イーザック様。旅行を許可してくださり、ありがとうございます。町を観光していたところ、揉め事に遭遇いたしまして」
「のんきなものだな」
「ええ。のんびり旅行させていただいております」
嫌みを言ったつもりが、レフィカに軽くかわされた。
「ジグルズ様っ!」
「陛下っ! 落ち着いてくだされ!」
追いついたゼリヤと侍従が、俺の背後で『あれ?』という顔をしている。
どうやら、ゼリヤと侍従も、俺と同じ勘違いをしていたらしい。
「ジグルズ様と陛下が、レフィカ様をめぐって、決闘するのかと思いました……」
ゼリヤは胸に手を置き、ホッと息を吐いた。
「ふん、決闘などするか。俺にはメリアがいる。俺の正妃だとしても、レフィカに愛情はない」
「イーザック。お前はもっと女性の扱いを学んだほうがいいな」
くすりと兄上が笑ったのを見て、カッとなった。
「王の俺には政務がある! 妻に構っている暇はない!」
「王なら、なにをしてもいいわけではないぞ」
兄上の顔から笑みが消えた。
怒った兄上は恐ろしい――俺と違い、戦場で戦っていただけあって、その威圧感は父上以上だ。
「俺はドーヴハルク王国と同盟するなら、【契約】を断れと言ったな?」
「王位を捨てた兄上に言われたくはない!」
「ジグルズ様が王位を捨てた……?」
レフィカが驚いて、兄上を見る。
きっと意外だったのだろう。
――わかっている。兄上は俺より王にふさわしい人間だと。
「兄ではなくベルクヴァイン公爵として、王に忠告しただけだ」
王女の命を担保にした【契約】は、強固で破られることがない。
兄上はそれを必要ないと言いきった。
「他の国とは、【契約】がなくとも、信頼関係を築けている。犠牲による力は、今の時代にそぐわない。それをドーヴハルク王も理解するべきだ」
――兄上が怒っている……
兄上が止めるのを無視し、俺は【契約】による同盟を選んだ。
だが、俺の選択は間違っていない!
「俺は妻を迎え、王としての責任を果たしています。まだ結婚もしないで、のうのうと自由を満喫している兄上が、俺に説教できる立場ですか?」
兄上は苦笑した。
まるで、駄々っ子の言い分を聞いているような顔だ。
「ドーヴハルク王の策略にはまり、同盟を結ぶしかなくなったのは、お前の失策だ。俺は他国と争うなと忠告したぞ」
「ぐっ……! そ、それは……」
「お前が思っているより、ドーヴハルク王は野心家だ。気を抜けば、他国と手を組み、攻めてくる」
「言われずともわかっています!」
「わかっているなら、レフィカを大切にしろ。彼女がいるから、お前は領土を失わずに済んだんだぞ」
兄上に説教されてしまった。
レフィカがいる限り、こちらも領土を奪えないが、ドーヴハルク側も奪えない。
【契約】は絶対だ。
なぜなら、一度でもドーヴハルク王が【契約】を破ったなら、各国は信用しなくなる。
二度と【契約】に応じないだろう。
さらに、歴代のドーヴハルク王が【契約】を破ったことがないという事実がある。
その事実があるからこそ、【契約】による同盟は強いのだ。
「ジグルズ様。私に不満はありませんわ。イーザック様には、私が暮らすに困らないだけのことをしていただいております」
レフィカは微笑み、とても満足そうだ。
「でも、別居中とはいえ、私の身分は妃。なにかできたらと思っております」
「なにかとは? お前になにができる?」
メリアがお茶会を開くと言っていたが、レフィカはどうだろう。
そう思っていると、兄上が口を挟んだ。
「暇なら町の管理を手伝ってもらおうか」
「兄上!? 俺の妃を働かせるつもりですか?」
「人手不足だからな」
「そうですね。仕事が滞って、町で揉め事も起きていますし……」
レフィカは俺の妃のくせに、兄上の元で働くことをなんとも思っていないようだ。
「別居したが、お前は仮にも俺の妃だぞ!」
「そうですね。妃として生活費をいただいております」
「金!?」
「そのぶん、なにか人々のためになるような仕事をしなくてはいけませんね」
「なにができる!」
「私にできることがあれば、お手伝いしたいと思っています」
兄上は止めるどころか、レフィカを優しげなまなざしで見つめている。
あの顔はレフィカを気に入った証拠だ。
レフィカが俺を見て笑っていた。
――まさか、俺が嫉妬したと勘違いしたんじゃないだろうな!?
「おい、なにを笑っている?」
「いえ、イーザック様とちゃんと話をする機会がなかったので、会話ができてよかったと思っていました」
「……それくらいで喜ぶのか」
「え?」
「いや、なんでもない。兄上の手伝いでもなんでもやればいいだろう。お前がなにをしていようが、俺には関係ないことだ」
これ以上、ここにいると調子が狂う。
いつもの冷静な俺でいられない――そんな気がした。
「侍従!」
「は、はいっ!」
「王都へ戻るぞ」
「待て、イーザック」
兄上が俺を止めた。
「なにかあれば、いつでも相談に乗る。王都まで気をつけて戻れよ」
――兄上。兄上に頼ることができれば、楽だろう。
だが、それはできない。
兄上にとって弟だろうが、俺は大国グランツエルデの王なのだ。
頼りない弟だと言われているような気がして、兄上の言葉を無視した。
そして、立ち去る前にレフィカに告げた。
「レフィカ。【契約】を忘れるな。一つでも破れば、お前は死ぬ」
「……心得ております」
先ほどまで、明るかったレフィカの表情が陰り、視線を落としてうつむいた。
どうやら、レフィカは【契約】をまったく知らないわけでもなさそうだ。
「わかっているならいい」
レフィカは【契約】があるかぎり、俺を裏切ることはできない。
死にたくないのであれば、レフィカは【契約】を守るしかないのだ。
分厚い本をテーブルに置き、真剣な顔をしていた。
甘い雰囲気とは違い、どこか重々しい。
――浮気では……ない……?
二人の視線に気づき、我に返った。
しかも、レフィカの目は語っていた。
『なにしにきたの?』
慌てた自分が恥ずかしい。
浮気だと言ったのは誰だ!
ここまで、俺は慌てる必要はなかった。
レフィカは別居中で、俺が『興味が持てない』と言った妻だ。
これではまるで、興味があるようではないか。
そもそも、浮気でレフィカが命を落としたところで、俺に非はない。
――そうだ。俺は同盟を消滅させないために、急いだだけだ。別にレフィカのことなどなんとも思っていない!
「イーザック、どうした? 今、レフィカと話をしていたところなんだが、なにかあったのか?」
「レフィカ? ずいぶん親しげですね」
「なんだ。別居中の妻が、他の男と話しているのが面白くないのか?」
「違うっ! ……いや、それは兄上の勘違いです」
レフィカはキョトンとした顔で、俺を見ていた。
兄上は焦る俺を見て、おかしそうに笑っていた。
「レフィカは俺の配下を助けてくれた。その礼に屋敷に招いただけだ」
「助けた……?」
レフィカはにっこり微笑み、うなずいた。
「イーザック様。旅行を許可してくださり、ありがとうございます。町を観光していたところ、揉め事に遭遇いたしまして」
「のんきなものだな」
「ええ。のんびり旅行させていただいております」
嫌みを言ったつもりが、レフィカに軽くかわされた。
「ジグルズ様っ!」
「陛下っ! 落ち着いてくだされ!」
追いついたゼリヤと侍従が、俺の背後で『あれ?』という顔をしている。
どうやら、ゼリヤと侍従も、俺と同じ勘違いをしていたらしい。
「ジグルズ様と陛下が、レフィカ様をめぐって、決闘するのかと思いました……」
ゼリヤは胸に手を置き、ホッと息を吐いた。
「ふん、決闘などするか。俺にはメリアがいる。俺の正妃だとしても、レフィカに愛情はない」
「イーザック。お前はもっと女性の扱いを学んだほうがいいな」
くすりと兄上が笑ったのを見て、カッとなった。
「王の俺には政務がある! 妻に構っている暇はない!」
「王なら、なにをしてもいいわけではないぞ」
兄上の顔から笑みが消えた。
怒った兄上は恐ろしい――俺と違い、戦場で戦っていただけあって、その威圧感は父上以上だ。
「俺はドーヴハルク王国と同盟するなら、【契約】を断れと言ったな?」
「王位を捨てた兄上に言われたくはない!」
「ジグルズ様が王位を捨てた……?」
レフィカが驚いて、兄上を見る。
きっと意外だったのだろう。
――わかっている。兄上は俺より王にふさわしい人間だと。
「兄ではなくベルクヴァイン公爵として、王に忠告しただけだ」
王女の命を担保にした【契約】は、強固で破られることがない。
兄上はそれを必要ないと言いきった。
「他の国とは、【契約】がなくとも、信頼関係を築けている。犠牲による力は、今の時代にそぐわない。それをドーヴハルク王も理解するべきだ」
――兄上が怒っている……
兄上が止めるのを無視し、俺は【契約】による同盟を選んだ。
だが、俺の選択は間違っていない!
「俺は妻を迎え、王としての責任を果たしています。まだ結婚もしないで、のうのうと自由を満喫している兄上が、俺に説教できる立場ですか?」
兄上は苦笑した。
まるで、駄々っ子の言い分を聞いているような顔だ。
「ドーヴハルク王の策略にはまり、同盟を結ぶしかなくなったのは、お前の失策だ。俺は他国と争うなと忠告したぞ」
「ぐっ……! そ、それは……」
「お前が思っているより、ドーヴハルク王は野心家だ。気を抜けば、他国と手を組み、攻めてくる」
「言われずともわかっています!」
「わかっているなら、レフィカを大切にしろ。彼女がいるから、お前は領土を失わずに済んだんだぞ」
兄上に説教されてしまった。
レフィカがいる限り、こちらも領土を奪えないが、ドーヴハルク側も奪えない。
【契約】は絶対だ。
なぜなら、一度でもドーヴハルク王が【契約】を破ったなら、各国は信用しなくなる。
二度と【契約】に応じないだろう。
さらに、歴代のドーヴハルク王が【契約】を破ったことがないという事実がある。
その事実があるからこそ、【契約】による同盟は強いのだ。
「ジグルズ様。私に不満はありませんわ。イーザック様には、私が暮らすに困らないだけのことをしていただいております」
レフィカは微笑み、とても満足そうだ。
「でも、別居中とはいえ、私の身分は妃。なにかできたらと思っております」
「なにかとは? お前になにができる?」
メリアがお茶会を開くと言っていたが、レフィカはどうだろう。
そう思っていると、兄上が口を挟んだ。
「暇なら町の管理を手伝ってもらおうか」
「兄上!? 俺の妃を働かせるつもりですか?」
「人手不足だからな」
「そうですね。仕事が滞って、町で揉め事も起きていますし……」
レフィカは俺の妃のくせに、兄上の元で働くことをなんとも思っていないようだ。
「別居したが、お前は仮にも俺の妃だぞ!」
「そうですね。妃として生活費をいただいております」
「金!?」
「そのぶん、なにか人々のためになるような仕事をしなくてはいけませんね」
「なにができる!」
「私にできることがあれば、お手伝いしたいと思っています」
兄上は止めるどころか、レフィカを優しげなまなざしで見つめている。
あの顔はレフィカを気に入った証拠だ。
レフィカが俺を見て笑っていた。
――まさか、俺が嫉妬したと勘違いしたんじゃないだろうな!?
「おい、なにを笑っている?」
「いえ、イーザック様とちゃんと話をする機会がなかったので、会話ができてよかったと思っていました」
「……それくらいで喜ぶのか」
「え?」
「いや、なんでもない。兄上の手伝いでもなんでもやればいいだろう。お前がなにをしていようが、俺には関係ないことだ」
これ以上、ここにいると調子が狂う。
いつもの冷静な俺でいられない――そんな気がした。
「侍従!」
「は、はいっ!」
「王都へ戻るぞ」
「待て、イーザック」
兄上が俺を止めた。
「なにかあれば、いつでも相談に乗る。王都まで気をつけて戻れよ」
――兄上。兄上に頼ることができれば、楽だろう。
だが、それはできない。
兄上にとって弟だろうが、俺は大国グランツエルデの王なのだ。
頼りない弟だと言われているような気がして、兄上の言葉を無視した。
そして、立ち去る前にレフィカに告げた。
「レフィカ。【契約】を忘れるな。一つでも破れば、お前は死ぬ」
「……心得ております」
先ほどまで、明るかったレフィカの表情が陰り、視線を落としてうつむいた。
どうやら、レフィカは【契約】をまったく知らないわけでもなさそうだ。
「わかっているならいい」
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死にたくないのであれば、レフィカは【契約】を守るしかないのだ。
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