さようなら、お別れしましょう

椿蛍

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第3章

48 あなたに感謝を

「もしかして、以前、ジグルズ様が悪夢を見たと言っていたのは、その時の記憶ですか?」

 私を見つめるジグルズ様の瞳の色が、月の光に似た瞳の色へ戻っていく。

「そうだ。母が父に殺される夢を繰り返し見る」

 ドーヴハルク王は娘を犠牲にし、グランツエルデ王は妻を犠牲にする――犠牲のない王の力はない。

「グランツエルデ王家は王の力を隠し続けてきた。歴代の妃は、病や事故で亡くなったと公表されているが、次の王を産んだ妃は全員、夫に殺された」
 
 グランツエルデ王家が王の力を隠したかった理由はわかる。
 夫に殺されると知ったら、嫁ぐ女性がいなくなる可能性がある。
 そうなれば、グランツエルデ王家の血筋は絶える。
 だから、長い歴史の中で、王家はその事実を隠した。
 そして、継承する者だけが知ることになったのだろう。
 
「母は嫁ぐ前から父に聞かされ、死を覚悟して嫁いだ。次のグランツエルデ王を産むために、嫁いだと言っていた」
「死を覚悟して嫁ぐ……」
「俺は生きていてほしかった」

 ジグルズ様はそう言いながら、私の手を取り、バルコニーに向かって歩く。
 砂漠からの風は強くて冷たい。
 風でショールが飛ばないよう手で押さえ、ジグルズ様を見上げた。

「幼い頃から、お前が王になるのだと、父と母から言い聞かせられて育った」
「言われても、ジグルズ様は受け入れられなかったんですね」
「ああ。イーザックが生まれ、初めて赤ん坊を見た時、無垢で本当に可愛かった。たぶん、王の力について、俺が考えるきっかけになったと思う」
「イーザック様がきっかけに……?」
「今の姿から想像できないかもしれないが、昔は可愛かった。俺の後ろをついて回ってな」

 ジグルズ様にとって、イーザック様は可愛い弟なのだと思った。
 成長した今でも。
 
「俺が親になった時、無垢な子供に、罪のない妻を殺し、生まれた子が妻を殺すような運命を背負わせたくないと思った」

 ジグルズ様は次の王に望まれるほど、幼い頃から優秀でしっかりした子供だったのだと思う。
 だからこそ、自分で考えて答えを出した。

 ――王の力を捨て、妻を殺さないという答え。

 ジグルズ様とバルコニーに並び、星空を見上げた。 
 冷たい大気の中で、空の星はまたたきを繰り返し、星空は遥か遠くまで広がっている。
 私たちが眺める方角には、グランツエルデ王国があり、さらにその先にはドーヴハルク王国がある。

「俺は自分が優秀であれば、王の力など必要ないと、父上にわかってもらえると思った。だが、意思を変えられず、無駄に終わった」
「無駄ではありません。私はジグルズ様に救われましたわ」

 心臓がある左胸に手を置いた。

「私たち王女は、王の力の犠牲になって死ぬのが当たり前でした。でも、それを終わりにしたいと考える王子が、いつかきっと現れる。ドーヴハルク王国にも」

 数多の星が輝く下で、私はあなたに感謝を伝える。
 王の力の犠牲になった人たちに代わり、犠牲を終わりにしてくれたあなたへ。

「ジグルズ様、ありがとうございます。あなたの存在は、私たちにとって希望となるでしょう」

 命と引き換えに、ジグルズ様への想いを伝えたいと思う日が来るかもしれない。 
 
 ――私はあなたを尊敬し、愛しています。

 いつかあなたに、今は言えない私の想いを伝えたい。

「レフィカ、動くなよ?」
「え? は、はい……」

 バルコニーの手すりに置かれた私の手に、自分の手を重ねた。

「文献によると、俺から触れれば、平気らしいからな」
「まさか、さっきの文献で!?」
「そうだ。どうすれば、レフィカに触れられるか考えていた」

 笑いながら、ジグルズ様は私の顔を覗き込んだ。

「俺もレフィカに救われた。ありがとう、レフィカ」

 その言葉を聞いた時、私とジグルズ様の出会いは、偶然ではなかったのだと思った。

 ――意味のない出会いなんてない。

「レフィカ。俺はイーザックに五つ目の【契約】を聞くつもりだ」

 ジグルズ様はこの先のことを語り始めた。

「でも、イーザック様とリュザール王は違います。お父様と【契約】した時、イーザック様は私を自由する気はなかったでしょうし……」

 また絶望するのかと思ったら、私は聞くのが怖かった。
 もし、五つ目の【契約】が無効にできるものでなかったら――私は死ぬまで自由を奪われる。

「聞くまでわからない。それでも、駄目なら、また探せばいい。王の力は完璧ではないと、わかっているんだからな」

 ジグルズ様の重ねた手が、王の力は完璧ではないと、私に教えていた。

「ただ、五つ目が駄目だったとしても、イーザックを憎まないでくれ」
「ジグルズ様にとっては、大切な弟だからですか?」
「それもあるが、イーザックがいるからこそ力を隠し、この忌まわしい王の力を終わらせられる」
「王になり、妻を殺さないという選択肢はなかったのですか?」

 ジグルズ様は私を見て、それから刺された傷口に視線を落とした。

「人の心は弱い。俺が王の力が必要だと考えるかもしれない。もちろん、それを思ったことはないが、先はわからない」
「まさか、ジグルズ様が……」

 そう言いかけて、悪夢にうなされるジグルズ様を思い出した。
 そして、しかたなかったとはいえ、私を助けてくれた時、ジグルズ様は王の力を使った――
 
「そうですね。私もそれがいいと思います」
「王の力は俺で終わりにする」

 私を握る手が力強く、ジグルズ様の決意の固さを感じた。

「明日、グランツエルデ王国へ戻ろう。そして、王都へ向かい、五つ目の【契約】をイーザックから聞く」
「はい。ご一緒します」

 イーザック様が父と交わした五つ目の【契約】。
 私はすべての契約を知るため、ジグルズ様と共に、再び王宮へ戻る。
【契約】を無効にできると信じて――

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